第二話 森は味方だよ 前編
凪の部屋に足を踏み入れたリックはその様相に開いた口が塞がらなかった。リックも一度しか訪れた事がない魔法都市の技術が至る所に散りばめられ、さながら現代の雰囲気も漂っている。雨木の部屋なんかよりもよほど魅力的で浪漫のある部屋だ。凪のススメで近くにあった椅子に座ると、グニャグニャと突然椅子が形を変え始めた。
「うわっ、えっ、わわ」
何度か軽く跳ねるように動くと、椅子はリックに最も負担の少ない形状に変わる。何時間でも座ってられるような居心地の良さだ。ふふんと鼻を鳴らし、凪は棚から携帯型のゲーム機たちを取り出した。小さな躯体に少し古い外観
を持つゲーム機は2003年頃に日本で作られた物で、最新ではない。凪はベッドの上にゲームとカセットを置いて電源のスイッチを入れた。
「あれ?」
何度かカチカチ動かすが、電源が入らない。頭を掻きながら棚から充電用ケーブルを取り出す。凪はコンセントの先を持ち、魔力をこめる。
「 ◼️◼️◼️◼️◼️ 」
リックはその言葉を聞き取ることができなかった。彼女の知らない魔術だ。凪の表情は真剣で話しかけることができない。何も知らないリックの観察では凪はよくわからないものを持って、しばらく動いていないように見える。
「これでよし!」
凪はリックの座っている椅子を勢いよく引っ張る。慣性の都合上、一瞬頭が置き去りにされそうになってリックは体を震わせる。凪はゲーム機をリックに渡すと、右横にあるボタンを上げてと言った。凪に説明を受けながらリックはその世界に飛び込んでいった。存在も知らない未知の体験だ。興味が出ない方がおかしい。彼女の瞳は星の瞬きのようである。現世に無理やり行ったときには自分の存在が崩壊する危険もあったために、文化に触れることができなかった。期せずして訪れた絶好の機会だ。
このゲームというものは、魔法都市にある物の原理と似ている。似て非なる物という方が正しい。凪の世界とリックの世界は魔法の有無で文化的に違う発展を遂げていた。それでも魔法都市の技術と似ているというのは何の因果だろうか。リックは凪と話しながら日付が変わるまでゲームをプレイし続けていた。流石に疲れたリックが一息つくと、凪は今日はこれでおしまいにしようと言ったので彼女に返却した。
「充電無くなってて慌てたよ〜魔法界も電気はあるけど規格とか色々違うからさ、魔術で無理やり充電するしかないんだ。リックちゃん楽しめた?」
「これと似たようなものが魔法都市にあると聞いた事があります。本でしか読んだことはないけど。現世ではゲームって言うんだ。こっちだとなんて言うんだろ」
「う〜ん、私も魔法都市に行ったことは無いんだ。実はこの部屋にある魔法都市の物も全て羽山さんの持っていた物なんだ。魔法都市は気になる。やっぱり魔法がこっちだと思う存分使えるし、違う発展を遂げているのかな?ねぇリックちゃん、考えても仕方ないし今度一緒に行こ。文句は言わせないよ〜」
リックが少し笑みを浮かべて頷くと、凪は満面の笑みになった。
「よし決まり!楽しみにしておく!じゃあ、もう遅いから今日は寝ようか」
リックは部屋を出て行こうと扉に手をかけるが、凪の方に振り向く。
「あの、どうしてここまでしてくれるんですか?私はそんな……」
「特に理由は無いかな。強いて言えば同世代の女の子がここにいなかったのもある。まぁ色々あったけどさ、友達でいようよ。これからは同じシェアハウスに住むんだし!」
リックは凪の優しさに少し涙腺が緩むが、何とか堪える。
「はい……!」
部屋に一人になった後、凪はベッドに仰向けで寝転がる。
「君からは見返りなんていらないよ」
目を瞑る。夢への入り口は中々開かなかった。
雨木は羽山とヴィドと話をしていた。現状、リックを郵便局に招き入れた。彼女が郵便局を出て行った動機、実際に起きた事、理由は明確で細部に渡ることは追々わかっていくことだろう。今は海斗がなぜ自分を危険視しているのか。友人から突きつけられた課題に雨木の脳内は支配されていた。だが、彼の身には精神的にも肉体的にも、一日で許容できる以上の疲労が溜まっていた。多くのことが起こりすぎた。
雨木はいつの間にか眠気が強くなっていた。あれ?今は何を話してたっけ?うつらうつらしていると羽山の声が響く。今日はもう休めと言っているのか。静かに頷いた雨木は自分の部屋に戻り、ベッドに深く沈んだ。いつもよりも柔らかい。安堵感と良質な疲れが彼を包み込み、そのまま彼の意識はすぐに霧散した。
その日は夢を見なかった。
休日って何していたっけ。就職しようと躍起になっていたあの頃に休みなんて無かったなと、寝起きの雨木の思考はぼやけていた。そんな彼の視界に映ったのは部屋に部屋に忍び込んでいたソフィアだった。宙に浮かびながら雨木の机の上に置きっぱなしだった本を読んでいる。
「ソフィアさん。勝手に人の部屋に忍び込んで何しているんですか」
一瞬ビクッとしたソフィアは雨木の周りを飛び回る。
「おーやっと起きたか寝ぼすけ!だが、いきなり驚かすんじゃない。そのままポックリ成仏したらどうするんじゃ。こっちは中々起きんから暇しておったわ。アメキは瞳のくまも取れてグッスリ眠れていたようじゃがな」
頭をボリボリ描きながら鏡に映った自身を見る。顔色がいささか良くなっている。壁掛け時計を見ると時刻はまだ7時、昨日は夕方には寝ていたから12時間以上寝ていたことになる。
「アメキ、お疲れさん」
「何がお疲れさんですか。ソフィアさんいつも居ないですよね?!?ちょっとは手伝ってくださいよ」
「バカもん!わしゃ死んでるんじゃよ。生きている者の問題は生きている者同士で解決しなさいな。老人はゆっくり幽霊ライフを楽しむだけじゃ」
「それは確かに」
やけに物分かりの良い雨木の反応にソフィアは苦い顔をした。
「なんじゃい。わしゃ覗きなんかしておらんぞ」
「いえ、ヒントをありがとうございます。お供えいります?今ならステルラの街で買えるものなら何でも買ってきますよ。少し給料前借りしておいたんで」
「何!可愛いやつじゃのう。じゃあ生菓子を買ってきてくれ!ヨシヨシ、これからは孫のように可愛がってやろう」
ソフィアは満面の笑みで雨木の頭を撫でる。しばらく撫でて、状況の異常さに気がついた。手を震わせて、そっと雨木の頭から手を離す。
「アメキ、なんでお主に触れるんじゃ?まさか……魔力が?!?!?!?」
「あ、良かった。まだ抜けてなかったようです。昨日から魔力を使えるようになったんですよ。これからは触れることできますから、変なことしたらぶっ飛ばしますからね。それと着替えるんでさっさと部屋から出て行ってください」
「あーやっぱり可愛くない!凪の部屋に行ってくるわ!」
慌ただしく出ていったソフィアをよそに雨木は着替え始めた。羽山が作ってくれていた私服を着ながら、出かける準備をする。琴吹郵便局に来てまだまだ日が浅いけど、この濃密な日々は間違いなく想像できなかったものだ。少し前までお祈りメールを貰うだけの日々とはかけ離れている。
グチャグチャの感情由来の、自己を顧みない行動をここしばらくは取っていた。不安が拭えないのは当然だった。命を狙われ、現世の常識が全く通用しない現象に立ち会い、今後もずっと自分は狙われるという事も事実だった。だけど、今はどうだろう。
朝ご飯を食べにピクシー達の元へ向かう。ちょうどソフィアに起こされた凪と鉢合わせた。叩き起こされたみたいで少し不機嫌そうだったが、凪は雨木の表情を見て口角を上げる。
「いい表情してるじゃん。おはよ、雨木」
自身を、そして郵便局を取り巻くその全てを明らかにさせる。雨木は心にそう誓っていた。
「おはよう、凪。髪ボサボサだよ」
雨木も笑顔で返す。全ては自分の傲慢のために。




