第九話 衝動は膿むように 後編
「僕と一緒に琴吹郵便局に帰るよ」
リックにとって前に”帰るよ”と言われたのはずっと昔の事だった。まだエリンが生きていた頃だ。込み上げてくる記憶がフラッシュバックし、呆然としている彼女をよそに雨木は冷静に状況を分析していた。
「アラーム代わりのお守りも壊れたし、そろそろ来るかな」
雨木が森の方角を向くとそこから道が現れ、黒いカラスの影が飛んできて彼の肩にとまる。その方向からは見たことのある二人の人物が歩いてきた。凪とヴィドだ。雨木は彼らに満身創痍の状態で手を振るが、凪の様子が遠くから見てもおかしかった。
「あーめーきぃ。あんたねぇー!!!!!!!」
「え、ちょ、まっ」
気だるげな表情を見せ、凪がゆらゆら近づいてきたかと思えばビックリするぐらいのスピードで雨木をヘッドロックした。そして腰から瓶を取り出し、茶色の液体を動けない雨木の口に流し込む。
「おら! さっさと飲みやがれ!!! カマキリの鎌なんか飲みやがってどんだけ無茶すりゃ気が済むんだ!! このクソ後輩が!!」
『ゴボッゴゴボッ! 溺れる、凪に殺される!!』
雨木の口は当然瓶で塞がれているため、息が苦しい。粘土を液体にしたような不味い物を飲み干すと、すぐに凄まじい吐き気が込み上げてきた。すると、凪は渾身の拳を彼の腹にぶちこむ。雨木は吐き気と痛みで地面に這いつくばり、胃の中の物を吐き出す。血混じりの体液と共に少し消化されたアドニスの鎌が吐き出された。
「よし、吐いた! 次!! これは吐くなよ!」
再びヘッドロックの状態で今度は緑色の液体を雨木の口に流し込む。高濃度のドクダミを直接食べるような味だ。他にも何か気持ち悪い味がするが、あまりの不味さに脳の神経回路が機能を停止した。何とか飲み込むが、地面をのたうち回る。吐き気がまた込み上げてきたが、凪は雨木の口を押さえて吐くことを強制的に抑える。息ができないのと凄まじい吐き気に苛まれている中、体の熱が取れていくのを感じた。さらに痛みが治ってくると吐き気も鎮まってきた。
「これ治癒薬。初めて私が見つけた時と違って、無茶ばかりするあんたのためにとびっきりに不味いやつを用意したよ。めっちゃ大切な情報を隠していたバツでもあるから。しばらくそこで苦しんどけ!」
「ゔおぇ! おぅゔぉえ!!」
しばらく嗚咽を漏らした後、彼は力無く、ぐったりして横たわる。そんな一部始終を見ていたリックにヴィドが近づく。彼はしゃがみ、リックと同じ目線に合わせた。彼女は苦虫を潰したような顔をしながらヴィドを睨みつける。ヴィドは胸元からハコを取り出し、その中身を開ける。
「これは……?」
「エリンの遺品だ。二人が出て行った時、あの子はこのペンダントを置いていた。彼女が死んだことも私は知っている。あの時の村の真相をここで話してもいい。だが、もうリックは知っているだろう。でもー」
ペンダントをリックにかけ、ヴィドは涙を堪えながら彼女の目を見る。
「これはリックが持っておかなければならない。ペンダントを届けた時点で私の役目は終わっている。これから私をどのようにしても構わない」
もがき苦しみながら雨木は呻いたが、呟き終わりと同時に凪に顔面を踏み潰される。
「素直に……なりましょうよ、ヴィドさん」
あたりが静寂に包まれる。風が数回吹き、雲に隠れた月は顔を出さない。
言葉が詰まる。ヴィドの喉元から言いたいことが出てこない。育ての親として失格であること、ただ見ているだけしかできなかったあの日はずっと彼の肩にのしかかっていた。原因は自分の傲慢さであること、真実は彼女たちが年齢を重ねたらで話せばいいと思っていた。だが、それが結果的にエリンの死に繋がった。事実は彼に魔法を奪う形で、バツを与えた。
彼は自分を決して許さない。これから話す言葉も絶対に言ってはならない事の一つだと理解している。リックが一線を越えていたとしても、彼にとって彼女は子供だった。一方的な感情であって構わない。だから、彼は彼自身のために紡いだ。
「リック、琴吹郵便局で暮らそう」
彼女は静かに地面を見つめていた。半分放心状態だった彼女の瞳に再び色が湧き、ヴィドに掴みかかる。ヴィドは胸ぐらを掴まれながら彼女を見つめ続けていた。
「何年も軟禁して……! 私たちを閉じ込めて、真実から遠ざけて楽しかった!?! 故郷を焼かれてただ待っているなんてことできるわけがなかった。わからないだろ! あんたみたいな悠久を生きる魔法使いにとっては取るに足らないだろう! だけどな! 私にとっては唯一の場所だったんだよ。それが、なんで自分たちに降りかかったのか。自分たちは生き残ってしまったのか。ずっと考えてた。真実を知ったエリンが自殺してからもそうだ。結局あの村の生き残りは私だけ。ずっとずっと、考え続けた。何で私だけが生き残った!」
リックはそのままヴィドを押し倒し、彼の胸を殴る。年相応の非力な力だ。
「もうこんな世界に居たくなかった。現世で生きたかった。魔法なんて無い、ただ皆が平等に苦しい現世に行きたくて仕方がなかった! どうせ失敗した? 理論が違う? そんな事はわかっていたよ! だけど、すがるしかなかった。神も何も救ってくれないなら、死ねないなら、自分で自分を救うしか無いじゃないか!?! 私は人間は殺せなかった。だけど、死体を悉く漁った。動物もたくさん殺した! そんな私が郵便局で平穏に暮らすなんて」
ヴィドの胸元が濡れていた。
「私が許せないよ……」
歯軋りによって彼女の口から血が滲んでいた。
「リック、大丈夫。戻っておいで。君の行動は君が全ての原因ではない」
「え?」
「エドワードに調べておいてもらった。リックがその行動を取った場所には魔術の痕跡があった。あの村を襲った存在がかけた呪いだ。それは魔法使いにとっても抵抗できないもの。だから君は……いや違う」
彼は首を振る。
「私に君が生きた証を背負わせてくれないか」
ヴィドはリックの黒髪を撫でる。ボロボロで、今日まで必死に生きてきた証明だった。
「少し見ない内に大きくなった。これからは琴吹郵便局で暮らそう」
彼女の目から再び、涙が溢れる。ヴィドも必死に堪えるがどうしても溢れてしまう。
「うん」
今日、琴吹郵便局に新たな住民が加わった。彼女の名前はリック。まだ17歳の、笑顔が可愛い女の子だ。
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