表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マホウヲハコブモノ  作者: まきなる
第一章
22/74

第八話 見ずは炎となる 後編

 龍というものを見たことがあるだろうか。九つの動物の体を持つ存在と言われれば、翼を持つとかげ、または長い髭を携えた大蛇とも呼ばれる架空の存在の生き物だ。彼らは永劫の時を生き、誰にも存在を知られず朽ち果てる。深い森の中、雨木の前にもすでに命を終えた龍が眠っていた。池の周りには何やら薄いガラスのような膜が形成されて、中に入ることを拒む。アドニスは結界を確認すると残った右の鎌で空間を切り裂く。結界はガラスのヒビのように裂け、アドニスはその中に入って行った。


 雨木は龍の頭らしきものに近づく。池はこの龍の死骸の中にできていることはすぐにわかったが、龍の体は地面に埋まっているものも多い。一体どれほどの大きさだったのだろうか。巨大な命を苗床に、この池どころか森の生態系が構築されているようにも感じるほどの圧力。龍の顔を見ても苔で覆われているが、長い年月を経た力の根源は失われることはない。触れるとほのかに温かみを感じる。


「アドニスさん。依頼は完了いたしました。どうなさいますか?」


 アドニスは池に近づいて水を飲んでいる。あの体では動くことも難しい中、疲れていたこともあるのだろう。雨木の声が聞こえないほど夢中に水を飲んでいた。雨木がジッと彼を見つめていると、池の中心に炎が現れたのに気がついた。見間違いかとも思ったが、炎は音もなく大きくなり始め飛んでいた葉は瞬く間に燃やされる。


「アドニスさん! 前!」


 雨木は叫びながら彼に向かって走った。ようやく気がついたアドニスも池から離れようとするが、上手く動かない体のせいで思うように進むことができない。雨木は池に入りながらアドニスを後ろから押し、何とか先ほどまでいた龍の頭付近に引き上げる。


「はぁ、はぁ。助かったよ。ありがとう雨木さん。着いてきてもらって本当に良かった」


 安堵したのも束の間、炎はさらに勢いを増して大きくなっていた。アドニスを龍の頭の後ろに押し込み、雨木は炎を観察する。炎はやがて龍涙の池の縁にたどり着きー


「消えた?」


 巨大な火柱はその空間が無くなったように消え去り、再び池の中心で小さな炎となっていた。雨木は音がなくなったと錯覚する。だが次の瞬間、再び炎が辺りに飛び散り森を焼き尽くさんとした。雨木の服やアドニスの体にも飛び火し、慌てて消火する。結界の裂け目から森へと炎は燃え広がる。森の動物たちも逃げ惑う中、雨木はその不可解な炎を見て気がついた。あれは炎などでは無い。精霊だ。落ちた火は小さな人の形をした炎となり辺りを歩き始めた。一体どこから沸いたのだ。炎は空中の至る所で輪を作って回っている。


 サン  サン サン サン サン   サン サン サン  サン サン サン サン


 ここはここ 来た 来た 贄だ 贄だ 


 サン サン サン   サン サン         サン


  サン サン サン サン サン サン


 燃やそう 仲間に 燃えれば 仲間 おいで おいで おいで おいで おいで


 サン サン サン サン サン サン  サン サン



「まずい。火霊の渡りだ。森が燃えてしまう! このままでは惨事が引き起こされてしまいます。雨木さん。あなたは結界の外へ。火霊の渡りは結界を破いたことで発生している。私が閉じますのでお早く!」


 雨木は龍涙の池に飛び込み、体を濡らす。そして、彼は火の粉を払いながら、結界の裂け目へと走る。道中、凪に持たされていた紙切れを取り出して、水を召喚する。蠢く火の精霊たちにくらわせると、精霊はその場で聞くに耐えない絶叫を上げながら消えていった。耳を押さえながら走る。やっとのことで雨木が結界の外に出るとアドニスは鎌を使って空中に魔法陣を描き、自身が壊した結界を治す。結界が閉じると外にいた炎の精霊たちは魔力が遮断されて、ただの炎となって崩れ去った。


 彼らが消えゆく刹那つんざく悲鳴が辺りに響き、雨木は両耳を抑えて目を瞑る。閉じてしまった瞳を開けると、体の至る所が焼けたアドニスがこちらを見つめていた。彼は龍の頭の上に登り、月を見上げる。話にあった彼女を待っているのだろうか。だが何も現れない。雨木はその場で動かなかった。


 月明かりは一匹のカマキリを照らす。彼に刻まれた多くの傷は光によって輝きを増して離さない。彼は言葉を使わない。ただ待っていた。やがて天からの光は炎があった池の中心へと集まる。


「雲が……」


 雲は月を覆い隠す。光の届かなくなった池は暗さを際立たせるかに思えたが、池の辺りから大量の蛍が飛び出してきて辺りを照らす。雨木はその幻想的な光景を見ていたが、アドニスはジッと池の中心を見つめていた。渦が巻いていた。渦は次第に大きくなり、穴のようになって池の水を吸い込む。龍の頭から身を乗り出してアドニスは今にでも落ちてしまいそうだ。もう池に落ちてしまうかに思えた時、穴から黒い鎌が現れた。


 アドニスの瞳が大きくなる。黒い影は水面から全身を見せる。その姿は花のように美しく、水に濡れた黒檀を思わせる深い黒色のカマキリだった。龍の頭に登ったままのアドニスは彼女を見て動けなくなっている。しばらくすると、アドニスは羽を開き、ゆったりと動かしはじめる。彼らは互いに見つめている。カマキリは互いに近づいて、水面の上で重なり合った。


 しばらくすると、アドニスはその場で力無く倒れた。黒いカマキリは魔術も使えずに、ただ水面に浮いているアドニスを見つめると、その大きな鎌で彼の首を落とした。


「え」


 黒いカマキリはアドニスの体を食べ始めた。ただ黙々と食べ続け、切り落とした頭も食べ尽くす。彼だったものは緑色の鎌だけ。それもほとんど食べられてしまっていた。やがて黒いカマキリは雨木に気がついた。彼女はアドニスだったものを口に咥えながら結界に近づき、小さな穴を開けた。


「彼を連れてきてくれてありがとう」


 彼女は緑色の鎌を雨木に渡した。その後ろでは再び火が出現し始めて、彼女は気がついていたのかすぐに結界を閉じた。彼女は池の中心に空いた穴へと向かう。月の光が現れ、その姿を照らさんとする。この世のものとは思えない黒い色だった。月の光は彼女を照らすことはできず、その黒を際立たせるだけだった。


 彼女は再び池の底に戻ると、蛍が森を再び照らし出す。立ち尽くす雨木の手のひらには、アドニスだったものが残されていただけだった。そして雨木は龍涙の池で一人になった。いつかの話、彼は一人になると狙われると聞かされていた。そう、狙う側にとっては今が最大の好機だ。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ