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大人達の懸念

「子供達は寝たかい?」


 リビングに入ってきたセシリアにシローが問いかけると彼女は優しい笑みを浮かべた。


「はい……ウィルは腕輪をとても気に入ったみたいです。抱えたまま寝てしまいました」

「そっか……」


 シローもまた、優しい笑みを浮かべる。

 我が子の寝姿がなんとなく頭に浮かんだ。


「ヤームさん、ターニャさん、ありがとうございます」


 セシリアがソファーに腰掛ける二人に頭を下げるとターニャが慌てて立ち上がって頭を下げ返した。


「そ、そんなセシリア様! こちらこそ、拙い贈り物をお受け取りくださり、誠にありがとうございます! ほら、あなたも立って!」


 座ったままのヤームをターニャが睨みつける。

 それをヤームが半眼で見返した。


「だから、俺とセシリアさんは友達なの。お前にも、そう振る舞って欲しいっ、て……セシリアさん、言わなかったか?」

「そ、それは……」


 モゴモゴと言い淀むターニャを見て、セシリアが微笑んだ。


「そうですね。ターニャさんにも私を友人として見て頂きたいです」

「そう仰られましても……」


 ターニャが困り果てるのも無理はない。

 公爵令嬢にいきなり友達になって欲しいと言われても平民のターニャには身分が気になって仕方がないのだ。

 だがしかし、セシリアにもそう願う理由があった。

 ターニャに腰掛けるよう勧めながら、セシリアがシローの隣に腰掛ける。


「貴族を辞した私には心から話せる友人が少ないのです」

「あ……」


 ターニャは納得した。

 貴族を辞めるという事は貴族との関わりを断つという事だ。

 今までの交友も殆ど残ってはいないだろう。

 だからといって平民のように振る舞えるかといえばそうではない。

 皆、ターニャのように公爵令嬢として意識してしまうのだ。

 まともに話せるわけがない。


「私達、【大空の渡り鳥】はシローが結婚する際、セシリアさんの友人になりました。友人であるヤームの奥さんなんですから、ターニャさんもセシリアさんの友人ですよ」


 カルツが執り成すと、ターニャは戸惑いながら承諾した。


「宜しくお願いします、ターニャさん」

「こちらこそ、宜しくお願い致します」


 まだ少々ぎこちないやり取りで頭を下げ合うセシリアとターニャ。

 その様子を微笑ましく見ていたシローがソファーに預けていた体を起こした。


「……さて」


 表情を真剣なものへと切り替えて周りを見回す。

 今、この場には使用人達も含め、トルキス家に住まう大人達が全員顔を揃えていた。


「本題に入ろうか」


 全員がシローに視線を向ける。

 先日起こった王都での事件。

 その詳細と調査結果を話しておきたい――シローはそう言い添えた。

 本来、個人が王国で起きた事件の調査結果を口外する事はない。

 シローもフェリックス宰相の許可は得ている。

 上層部に許可を得てまで懸念している事がシローにはあるのだ。

 シローは事件の流れを一通り説明した。


「今回、王都で起きた事件はカルディ伯爵の謀反であると調査機関が結論づけた」

「……普通だな。何をそんなに懸念してる?」


 ヤームの疑問にシローが少し間を置いてから答えた。


「謀反の終わり際に首謀者と思われる人物がうちの子供達を強襲した」

「んん……?」


 ヤームが首を傾げる。

 その反応はカルツも同じだったようで少し身を乗り出した。


「そのカルディ伯爵が首謀者ではないのですか?」

「カルディ達は恐らく首謀者の手で、実行犯は全員装備した魔道具に殺された。しかも実行犯の大半は国外から集められたらしい……身元が照合できない」


 外部からの侵入。

 言うのは簡単だが気付かれずに人を集めるのは容易いことではない。


「証拠は?」

「ないな……だが」


 カルツの追求にシローが座り直した。

 懐から何枚か硬貨を取り出し、テーブルに置く。


「謀反の前にカルディの息子が事件を起こして、その関係者が牢屋に入れられていた。そいつ等は正規の手続きで雇われてた私兵で謀反の事は聞かされていなかったらしいが……その中の一人がこいつの存在を明かしてくれた」

「こりゃあ……」


 ヤームとカルツが硬貨を拾い上げて唸る。


「東方の通貨ですね……」

「こっちのは南方の通貨だ」


 世界で流通している通貨は何種類か存在し、単位は似たりよったりだがデザインに違いがある。

 地域によっては両方の通貨が取り扱われていたりもするが、フィルファリア王国では稀だ。


「私兵の数が多すぎたのか、時折国外の通貨で報酬の支払いが行われていたらしい」

「そのカルディとやらが外交関係の職務についていたのなら、考えられない話ではないですが……」


 カルツの発言にシローが首を振る。


「そんな事実はないな」

「だとすると国外の何らかの組織と繋がりがあったと考えるのが妥当だな」

「その何らかの組織が最後に子供達を狙った事を気にかけているという訳ですか」


 ヤームの後を続けるカルツにシローは頷いた。


「確かに、謀反鎮圧の中心にいたのはウィルだ。だが、組織の存在が明るみに出る危険を犯してまで子供達を狙った理由は何だったのか……」

「うーん……」


 腕を組んだヤームが天井を見上げる。

 カルツも目を瞑って思考を巡らせた。


「シローは敵の狙いがウィル君だったのでは、と疑っているのですか?」

「状況的にその可能性は低いと思ってはいるんだが……」


 シローが力無く笑う。

 そうとは思っていても狙われたのが我が子では正常な判断が下せない、ということなのだろう。

 セシリアも表情を曇らせている。

 カルツは眼を開くとシローを見返して、いつもの笑みで頷いてみせた。


「最初からウィル君が狙われたのではない事は状況的に明らかです。だからといって安心してくださいとも言い切れませんが。問題は別にあります」

「んー?」


 天井を見上げていたヤームがカルツに視線を向ける。


「まず一つ目が、私の知る限り装備して命を奪われるような魔道具に心当たりがない事、もう一つはシローの言ったように、謀反の失敗が確定したタイミングで子供達に手を出した事です」


 カルツの笑みがどことなく不敵なものへ変わっていく。


「シロー、当然話に出した以上、私にその魔道具を見せてくれるのでしょうね?」

「あ、ああ……」


 気圧されたシローがこくこくと頷くと、カルツは満足した様子でソファーに背中を預けた。


「興味を示すのは分かるが、子供達の事は?」


 呆れたような表情で促すヤームにカルツはいつも通りの笑みを浮かべる。


「そのまま手を出さなければ暗躍をうやむやにできたのにそうはせず、姿を見せたと言う事ですよ。随分とまぁ、自己主張の激しい首謀者さんですね」

「確かに……」


 顎に手を当てるヤーム。

 カルツは指を一本立てて宙に踊らせた。


「手駒をあっさり切り捨てたという事は首謀者にはこの国への執着が無かったことを意味します。にも関わらず、姿を見られる事を承知でトルキス家の子供達に手を出している。国の調査機関に尻尾を掴ませないほどの首謀者が、です。不思議ですね? いったい、なんの為に? 何がそうさせたのでしょうか?」

「謀反を食い止めたウィルを脅威に思った、とかですか?」


 黙って聞いていたセシリアが尋ねるとカルツは頷いた。


「そう考えるのが自然ですね。つまり、首謀者には別の目的がある。カルディの謀反を成功させる事でもトルキス家の子供達に手をかける事でもなく。優秀な子供達がやがて邪魔になるであろう何か。姿を見られる事と天秤にかけて、子供達に手を出した」

「うーん……なんかこう、フワッてしてんな」


 ヤームが眉根を寄せる。

 シローも黙って考え込んだままだ。


「目的は正直分かりませんね。規模は大きいでしょう。手駒をあっさり捨てておいて、存在自体は隠さない。名乗りを上げるつもりはまだないが、暗躍はする。むしろ、そういう組織がある事を印象付けたいのかもしれませんねぇ……」


 しんと静まり返るリビング。

 ややあってレンがシローの方へ視線を向けた。


「シロー、その……師匠とは連絡を取ったんですか?」

「いや、まだだ」

「せめて情報の共有だけでもしておいた方がいいのでは? 詳しく話せないにしても……」

「そいつは名案だな。ロンなら何か嗅ぎつけてる可能性もあるし……」


 レンの進言にヤームが相槌を打つ。

 シローも納得して頷いた。


「分かった。ロンとライオットにも連絡してみよう」

「……ライオットは結構です」


 ムッとしたレンの表情に周りから笑いが溢れる。

 シローも苦笑してから肩の力を抜いた。


「さて、俺から言いたい事は片付いた。あとは大人達で親睦でも深めるとするか」


 付き物の落ちた笑みを浮かべ直したシローが控えていたトマソンに目配せをすると、トマソンが合図を送り、メイド達が飲み物を配って回った。


「主人も使用人も関係なし! 皆、飲み物持ったか?」


 シローが全員の手に飲み物が行き渡った事を確認して、視線をセシリアに向ける。

 セシリアはその視線に頷き返すと笑みを浮かべて杯を掲げた。


「それでは、【大空の渡り鳥】とその友の再会を祝して。乾杯」

「「「乾杯!」」」


 セシリアの音頭に合わせて全員が杯を掲げ、大人達はしばらく再会の宴に酔いしれた。


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