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来客

 冒険者ギルドのレティス支部は冒険者達にかなりの人気を誇っていた。

 都市部の治安がよく活気があり、王国に管理されたダンジョンもある。

 高難易度の依頼は少ないが、気候も穏やかな部類に入り、生活するのに過ごしやすく依頼の種類も豊富だ。

 そんなギルドの奥まった一室、ギルド長の執務室ではレティス支部を預かる女性が緊張した面持ちで自分の席に身を預けていた。

 彼女達は本日訪れるであろう来客を迎える為、落ち着かない様子で待機していた。


「本当にいらっしゃるんでしょうか?」


 傍に控えたギルド職員の呟きにギルド長が視線を向ける。

 各ギルドには連絡を取り合える魔道具が設置されており、日夜報告のやり取りがなされている。

 正式な報告である以上、その来客がないはずがない。

 何を今更、と言いたげなギルド長の視線に射抜かれて、ギルド職員が慌てたように手を振った。


「あ、いえ……その……現実味がなくて……」


 尻すぼみに小さくなっていく職員の声に、視線を戻したギルド長が深々とため息をついた。


「……報告があってからの日数を考えると、遅くても今日中には到着するだろうな」


 今回あった報告はかなり重要な案件で、ここ数日はギルド職員の間にも緊張が走っていた。

 ギルド長も今のポストにつく前は冒険者として少しは名の知れた存在であった。

 それなりの修羅場は潜っている。

 しかし、今回直面する問題はそのどれにも該当しない類のものであった。

 我知らず、何度目かのため息をギルド長がついた時、外がにわかに騒がしくなった。

 廊下を足早に進む音が響き、段々と近付いてくる。


「ギルド長! い、いらっしゃいました!」


 ギルドの女性職員がノックと同時に扉を開けて、声を震わせながら報告する。

 その言葉にギルド長は目を見開き、椅子を蹴立てるように立ち上がった。


「よし、通せ!」

「は、はい!」


 ギルド職員が来た時と同じ勢いで戻っていく。

 再び訪れた静寂に元から室内にいた職員が生唾を飲み込む音が響いた。


「と、とうとう来ましたね……」

「ああ……」


 二人して緊張に体を震わせる。

 ややあって、コツコツと廊下を進む靴音が響いてきた。

 その歩調ですら只者でないことを伺わせ、ギルド長は体を強張らせた。

 静かに扉が開き、ギルド職員が緊張しながら頭を下げる。


「ギルド長、第六席【魔法図書】カルツ・リレ様、【祈りの鎚】ヤーム・トッド様をお連れ致しました」

「ご苦労様」


 ギルド長が改めて職員を労って、室内に通された二人に視線を向けた。

 一人は丈の長いローブを身に纏った長髪の男、もう一人は使い古された旅装束に短髪の男だ。

 どちらも只者ではない雰囲気を発している。


「あー、嬢ちゃん?」

「ひゃ、ひゃい!?」


 短髪の男――ヤームに声をかけられた女性職員の声が緊張で裏返る。

 その様子に困ったような笑みを浮かべた。


「できれば俺の紹介をしてもらう時は【祈りの鎚】じゃなくて【無銘の工房】にしてもらいたいんだが……」

「えっ……? えっ?」


 困惑する女性職員の横でローブの男――カルツがため息をつく。


「無理に決まっているでしょう。【祈りの鎚】は他国とはいえ王から下賜された正式な二つ名なのですから」

「そうは言うけどな、立派過ぎんのよ。後、坊さんのように聞こえる」

「滅多なこと言うもんじゃありませんよ。ホント、相変わらずの男ですね。レッテルの方を好むなんて」

「レッテルじゃねぇし! これだって立派な二つ名だ!」

「はいはい……」


 ヤームの剣幕に肩を竦めるカルツ。

 二人のやり取りをポカンと眺めていたギルド長と職員達にカルツが笑みを振り撒いた。


「いやー、申し訳ございません。どうもヤームは少々テレ屋のようでして」

「テレてねぇ!」

「はいはい……」


 ツッコむヤームを適当にいなしながら、カルツは突っ立ったままのギルド長へ向き直った。


「ではでは。早速、受付して頂いてよろしいですか? ギルド長様」

「あ、はっ、はい……」


 我に返ったギルド長が応接用のソファーをカルツに勧め、自らも対面に腰掛ける。

 カルツの前に用紙を一枚置いて顔を上げるとカルツと目が合った。

 思わず息を飲むような美しい顔が優し気に微笑む。


「……どうかされましたか?」

「あ、いや……」


 慌てて視線を逸したギルド長がわざとらしく咳払いをする。

 聞くべきことを聞かなければならない。

 見惚れている場合ではないのだ。

 気を取り直したギルド長は背筋を伸ばしてカルツに向き直った。


「では、テンランカー【魔法図書】カルツ様。王都レティスでのご用向きを教えて頂けますか?」


 緊張した面持ちのギルド長に対し、カルツは柔らかな笑みを浮かべたまま、はっきりと答えた。


「はい。昔馴染みの友人に会いに」




 ギルドでの挨拶もそこそこに、カルツとヤームはギルドを出た。

 ギルド長がつけてくれたトルキス邸までの案内役を先頭にカルツとヤームが並んで歩く。

 その後ろに付き従うのがヤームの妻子だ。


「面倒くせぇなぁ……行く先々でギルドに顔を出してんのか?」

「ええ。テンランカーにもなると所在を明確にしておかなければならないのですよ。昔からそうだったでしょう?」


 テンランカーに限らず、有力な冒険者は主に二つの理由から所在を明確にしておかなければならない。

 一つはギルドから直接指名される依頼の為だ。

 危険度が高く、現地に滞在する冒険者に提示できないような依頼や急を要する依頼などはテンランカーや有力な冒険者に直接依頼される。

 その時、所在が分からないとか都合が悪いのだ。

 もう一つは取引のある国に対して無用な疑いをかけられない為だ。

 ギルドや冒険者達にその気がなくても極秘に戦力が集結していれば、その周辺の国にとっては脅威である。

 冒険者ギルドは運営責任としてギルド所属の実力者がどこに滞在しているかを国に報告しなければならない。

 但し、身の潔白さえ証明されれば有力者の存在は多大な利益を生み出す。

 殆どの国は有力な冒険者の滞在は願ってもない事なのだ。


「辞めちまえよ、テンランカーなんて。名誉が欲しいわけじゃねぇだろ?」

「それはそうですが、テンランカーなのは色々と都合のいい事もあるんですよ」


 カルツの二つ名【魔法図書】は魔法の知識と探究心、それを教え広める力を評されたものだ。

 テンランカーとしての依頼も自然とその傾向が強くなる。

 カルツはその舞い込む魔法の難問奇問を楽しんでいるのである。


「まぁ、程々にな」


 老婆心を覗かせるヤームにカルツが笑みを浮かべる。

 昔から行き過ぎる仲間の心配をするのがヤームの役割だった。


「こちらです」


 前を歩いていたギルドの職員が立ち止まり、一行が目の前の屋敷を見上げる。


「「うわぁ……」」


 ヤームの妻子が感嘆の声を上げる。

 普通に生活していてはまず足を踏み入れないような大きな屋敷である。

 ギルド職員が門の脇にある守衛室の窓をのぞき込んで来客の取り次ぎをすると、門番は笑顔で対応した。


「さぁ、どうぞ」


 門の中に通されると待たされることなく屋敷から執事とメイドが姿を現す。

 執事とメイドが一人、カルツ達の前に進み出て、残るメイド達は道の脇に整列した。

 近付いてくる黒髪のメイドを見て、カルツとヤームが目を細める。

 かつての仲間だ。

 見間違える筈もない。


「長旅、お疲れ様でございました。当家にお使えさせて頂いております執事のトマソンと申します」


 トマソンが下げた頭を素早く戻す。


「積もる話もございましょうが、まずは屋敷でゆっくりとおくつろぎ下さいませ」

「ご丁寧に、恐れ入ります」


 トマソンの言葉にカルツが笑顔で応え、ヤームと揃って黒髪のメイドの方に視線を向けた。


「お久しぶりですね、レン」

「どうだ? 元気にしてたか?」

「カルツ、ヤーム。ご無沙汰しております。見た通り、元気に過ごしてますよ」


 その表情は懐かしみを帯びてやんわりと優しい笑みをたたえていた。

 ヤームの妻子から見ても美しいと思える笑顔に、しかし――


「レンが……」

「笑った……」


 カルツとヤームは驚愕で声を震わせた。

 ヤームの妻子が訝しげな視線を向ける中、カルツとヤームが手で顔を覆って目頭を熱くする。


「あの……無表情だったレンが……」

「単語の一言二言で会話を済ませてたレンが……」

「よかったですね……ヤーム」

「ホントに、よかったな……カルツ」

「あなた達……」


 ジト目のレンを気にした風もなく、カルツとヤームはしばらくお互いの肩を叩いて頷き合った。


人物紹介

カルツ……【魔法図書】の二つ名を持つイケメン冒険者。テンランカー第六席。


ヤーム……【祈りの鎚】【無銘の工房】の二つ名を持つ。カルツと共にレティスへ訪れた男。妻子連れ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 個人的に無名の工房のほうがすき、カッコいい(≧▽≦)
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