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悪い人は許せない

 ある日の午後ーー


「くらえー! 正義の裁きだ! 七年殺しー!」

「うわっ!? やったな!」

「かんちょー! あはははっ!」


 年上の男の子達がはしゃぎ立てる様を家の前で見ていたウィルは、キラキラした目で隣りにいたエリスを見上げた。


「ダメですよ、ウィル様」

「ちぇー」


 エリスに釘を刺されて唇を尖らせるウィル。

 エリスは内心冷や汗を掻きながら、ウィルの行動を未然に防げて安堵した。


「特に女の子には絶対なさってはいけません。ウィル様が嫌われてしまいますからね?」

「あい……」


 素直に返事をしたウィルが道の小石を蹴って拗ねる。

 そこへレンが小走りで駆け寄ってきた。


「お待たせしました」


 ウィルの今日の予定はエリスとマエル先生の治療院のお手伝い。

 レンは冒険者ギルドに用事があるということで途中まで一緒だ。


「いっぱいひとくるかな?」

「本当は来ない方がいいんですけどねー」

「そーだね。おけが、いたいもんね」


 エリスとそんな会話を交わしながら、ウィルはエリスとレンに手を引かれて通りを歩いた。

 最近のウィルは外に出てはマエル治療院の手伝いをし、家に居ては【土塊の副腕】という新たな魔法の修練に勤しんでいる。

 もっと子供らしく遊べばいいのだが、「うぃるのしたいことだからいーのー」の一点張りだ。

 魔力切れだけは起こさないように使用人達も目を光らせている。

 もっとも、最近のウィルの魔力的成長には目を見張るものがあり、ウィル自身も「つかれたー」とは言うものの魔力切れを起こすような素振りは見せていなかった。


「もうすこしー」

「そこの角までですよ」


 レンとの道の別れもそろそろという所に差し掛かった頃、唐突に前方から陶器の砕けるような音が派手に響き渡った。


「なに……?」


 驚いたウィル達がその場で立ち止まる。

 すると、ギルドの横に併設された食堂からガラの悪そうな男が姿を現した。


「やめてっ! は、放してください! きゃっ……!?」


 男に腕を掴まれた食堂の従業員らしき女性が通りに引き倒された。


「ああん? 俺らに酌が出来ねぇたぁどーいう了見だ、コラッ!」

「ですから、そのようなサービスは……!」


 頑なに拒み続ける女性が気に食わなかったのか、男が拳を振り上げて見せると女性は身を縮こまらせた。


「冒険者でしょうか……?」


 男の姿からエリスが推測する。

 よく見れば赤ら顔で酒に酔っているように見える。

 冒険者が住人に狼藉を働く行為は国とギルド間の関係悪化をもたらしてしまう。

 その為、そのような行為を発見した場合は同業の冒険者やギルド職員が速やかに対処しなければならない。

 だが、今は真っ昼間だ。

 大抵の冒険者なら稼ぎに出ている時間帯である。

 遠巻きに様子をうかがう者の姿はあるが、誰も止めに入ろうとはしていなかった。


「おそらく、あの者達を止められる冒険者が不在なのでしょう」


 レンはそう呟くと、騒ぎに割って入るかどうか思案した。

 普段なら即座に行動を起こすのだが、今はウィルがいる。

 彼女達の第一の使命はウィルを守ることなのだ。

 そのウィルはというと、騒ぎを目の当たりにして怒った表情をしていた。


「あのおじさん、わるいひとだ! おんなのひといじめたらだめなのに!」

「その通りです、ウィル様」


 相槌を打つレンを見上げて、ウィルが騒ぎの中心にいる男を指差した。


「れん、やっておしまいなさい!」


 そうだった、とレンとエリス思わず笑みを浮かべた。

 ウィルは他人の悲しむ姿を見るのが大嫌いな子だ。

 苦しめられている人を見て、黙っていられるような子ではないのだ。


「れんがやらないならうぃるがやるね! おしおきー!」


 そうだった、とレンとエリスは冷や汗を浮かべてウィルを捕まえた。

 ウィルは悪党を自ら断罪しようとする勇ましい子だ。

 苦しめられている人を見て、黙っていられるような子ではないのだ。


「私が参ります。エリスさん、後を宜しく」


 レンはウィルをエリスに預けると手短に告げて駆け出した。


「じゃ、うぃるも!」

「お待ち下さい、ウィル様」


 行動を予測していたエリスがいとも簡単にウィルを抱き締める。


「どーしてー? おねーさんのおけがなおしてあげないとー」

「周りを見て動かなければなりませんよ。レンさんが男から女性を引き離しますから……そっと近付いて参りましょう」

「ん……」


 ウィルはこくんと頷くとエリスに付き添われてゆっくりと騒ぎに近付いていった。




「いい加減にしなさい」

「なんだぁ?」


 女性を背に庇うように割って入ったレンに男が訝しげな表情を浮かべる。

 かなり酒気を帯びているらしく、焦点を合わせようとした男がレンから少し距離を置いた。


「おお!? 美人じゃねーか!」


 レンの姿をなめ回すように見た男が気色めいた声を上げる。


「いいぜいいぜ? ねーちゃん、ちぃっと俺達の相手してくれよ!」


 男が無遠慮な手付きでレンの胸に手を伸ばす。

 レンは無言でその手首を横から掴んで遮ると上に反らして捻り上げた。


「なんっ……!?」

「ふっ」


 レンが素早く身を翻すと同時に男の体が宙を舞った。


「ゲハッ!?」


 背中から叩きつけられた男が苦悶の声を漏らす。

 その一部始終を目の当たりにした女性が目を瞬かせた。


「あ、あの……」

「下がって」


 静かなレンの声に従おうとしたのだろう。

 強張った体で後退りしようとした女性の肩を優しくエリスが抱き止めた。


「もう大丈夫ですよ」

「あっ……」


 レンと同じメイド服に身を包んだエリスを見て、女性が安堵する。

 そしてその横にいるウィルに気がついた。


「ちりょーいんにきてくれたおねーさんだ」

「ウィル様……」


 名前を呼ばれて笑みを浮かべるウィル。

 そのやり取りを遮るように騒がしい笑い声が響き渡った。


「ギャハハハッ! アイツ、メイドさんに投げ飛ばされてっぞ!」

「だらしねぇなぁ!」

「女も寝かしつけられねぇのかよ?」


 食堂から男の仲間がぞろぞろと姿を現す。

 その最後に出てきた一際厳ついリーダーと思われる大男が倒れている仲間とレンを交互に見た。


「俺の仲間に何してくれてんだ、ねーちゃん。そいつはそこにいる給仕にサービスを頼んだだけだぞ?」


 大男に視線を向けられ、女性がまた身を竦めた。


「酌のサービスなど、ギルドの食堂では行っていないはずですが?」

「はっ! これから俺達が顔効かせてやるんだ! それくらいのサービスは当然だろ?」


 息巻く大男に周りの仲間達がニヤニヤとした笑みを浮かべる。

 どうやら自分達が強者であり、その振る舞いが当然だと思っているようだ。


「なんならアンタがその嬢ちゃんの代わりに手取り足取り給仕してくれてもいいんだぜ? 得意だろ? メイドさんなら、よ」


 大男の言葉にその仲間達がゲラゲラと笑い出す。

 その耳障りな声を聞きながら、レンは深々と嘆息した。


「どこにでもいるんですね。あなた達のような身の程を知らない頭の悪い連中は……」

「あんだとっ! このクソアマッ!! テメェ等、体に分からせてやれ!」

「おうっ!」


 男達が一斉にレンを取り囲む。


「ああ、危ない……!」


 レンの後ろ姿を見守っていた女性が声を震わせる。

 ウィルはそんな女性の肩にそっと手を乗せた。


「だいじょーぶだよ」


 振り向く女性にウィルが笑みを浮かべる。


「あんなのに、れんはまけないから」


 そう呟いたウィルが女性の腕を擦る。

 無理やり掴まれた腕には痣があり、引き倒された際の傷からも血が滲み出していた。


「えりす、いいよね?」

「はい、ウィル様」


 短くやり取りしたウィルが杖を女性にかざす。


「きたれみずのせいれーさん。たまみずのほうよう、なんじのりんじんをいやせすいめいのきらめき」


 ウィルの唱えた水の回復魔法が女性の傷を癒やしていく。

 樹属性の回復魔法を強化する為、ウィル自ら教えを請うた水の回復魔法である。

 回復魔法は水と光と樹の属性にあり、水と光、そして土の助けを借りた樹属性がその最高位にあたる。

 本来は水と光の回復魔法を覚えて高めるのが先なのだ。


「きず、なくなったよ♪」

「お見事です。ウィル様」


 ウィルの回復魔法の効果を確認したエリスが笑みを浮かべてウィルの頭を撫でる。

 そうこうしている内にレンは次々と男達を投げ飛ばしていた。

 ウィルの言葉通り、まるで相手になっていない。

 ようやく心の底から安堵した女性はウィルとエリスに頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……」


 その瞳からポタリと涙の雫が落ちる。

 安堵して気が緩んだのだろう。

 それを察してエリスが女性の肩を優しく撫でた。

 遠巻きに見ていた者達にとっても彼女の涙の理由は明白だった。

 ただ一人を除いて――


(おねーさん、ないちゃった……)


 ウィルはショックを受けた。

 怖い思いをしたのだと、ウィルの胸が締め付けられる。

 と、同時に再び怒りが込み上げてきた。


(よくも、おねーさんを、なかせたな……!)


 頬を膨らませたウィルは手にした杖を握り直し、レンと冒険者達の方へ向き直った。

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