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できる事からコツコツと

 久々にお風呂回。

 ある夜の事――

 早くに仕事を終えたシローはウィルと風呂に入る事にした。

 こうした親子での時間はなるべく取りたいというのがシローの考えである。


「とーさま、はなしがあります」

「んー?」


 ウィルの体を洗っているとウィルがそんな風に言い出したのでシローはふと考えた。


「分かった。じゃあ、一回体流して湯に浸かろうか」

「あい」


 成長著しいウィルからどんな話が聞けるのか、興味はあるが湯冷めしては敵わない。

 シローはウィルを一通り洗い終えると湯をかけて泡を流し、ウィルと一緒に湯船に浸かった。


「なんだい、話って?」


 シローが促すとウィルは神妙な顔つきで話し始めた。


「とーさま、うぃる、ぴくにっくにいきたいの」

「ピクニック……?」


 ウィルの言葉を聞いてシローは首を傾げた。

 最近、ウィルは手足を失った者たちを治したいという一心で樹属性の回復魔法を頑張っている。

 その延長線上に再生魔法があるのだから努力する方向性としては正しい。

 だが、その修練を差し置いてどこへ行きたくなったというのか。

 ひょっとして、怪我を負った者たちの気分転換などを考えついたのだろうか。


「どこに行きたいんだ?」


 王都のすぐ傍にある丘くらいなら魔獣も居らず、たまに遊んでいる子供を見かけるくらいだ。

 ピクニックにはちょうどいい。

 そんな風に思っていたシローにウィルは嬉々として答えた。


「せかいじゅ!」


 思いがけない単語が飛び出して、シローは尻を滑らせて湯船に沈みそうになった。


「…………は?」

「とーさま、せかいじゅにぴくにっくいこう!」

「あー……」


 ウィルが世界樹をどこで知ったのかは、まぁいい。

 樹の精霊がいるであろうとされている場所なので、ウィルの努力と同じベクトルであるのも頷ける。

 が、しかし。


「ウィル、世界樹がどこにあるか知ってるか?」

「ううん」


 シローの質問にウィルは首を横に振った。


「世界樹はな、お隣の国の更にお隣の森の奥深くにあるんだ」

「とーい?」

「遠いな」

「おとまりかな?」

「今のウィルには無理だよ」

「そっかー……」


 項垂れるウィルの頭をシローが撫でる。


「それにな、世界樹の周りはダンジョンに囲まれていて簡単にはたどり着けないんだ」

「だんじょん……?」

「ああ、世界樹の迷宮と呼ばれる難しいダンジョンだ」


 世界樹の迷宮は数あるダンジョンの中でも最上級の難易度を誇る。

 広大な森そのものが膨大な魔素を吸収して生まれたダンジョンだと言われていた。

 高ランクの魔獣が巣食うそのダンジョンは意思を持っているかのように内部の形を変えて、冒険者を惑わせる。


「でも……まえるせんせーはとーさまがせかいじゅしってるってゆってた」

「父さん、世界樹の迷宮には入ったけど、途中で目的を達成して出てきちゃったからなぁ……世界樹までは行ってないんだ」

「そんときさいせーまほーもおしえてもらってきたらよかったのにぃ……もー」

「はっは。どの道、父さんじゃ再生魔法を覚えられないさ」


 湯船で口をブクブクさせ始めたウィルにシローが笑みを浮かべた。


「慌てることはないよ、ウィル。今、ウィルにできる事をみんなにしてあげなさい」

「あい……」


 背伸びしたところで実力以上のことはできないのだ。

 シローはそれをよく分かっていた。

 だから、いくらウィルに魔法の素養があっても強力な魔法を自ら準備するような真似はしない。

 ウィルには順を追って強くなって欲しい。


「さぁ、ウィル。頭洗って上がっちゃおうか? のぼせちゃうからさ」

「むぅ……」


 先に湯船から上がるシローの後に続いてウィルが湯船から上がった。

 そのまま、シローは洗い場へ。

 ウィルは扉の方へ進む。

 洗い場から離れようとするウィルに気付いたシローが振り向いた。


「ウィル、どこへ行くんだ? まだ頭、洗ってないだろう?」


 一瞬びくりと肩を震わせたウィルが半分だけ向き直る。


「とーさま、じゃ」

「じゃ、じゃないよ。綺麗にしとかないと女の子に嫌われるぞ?」


 あからさまにため息をつくシロー。

 動かないウィル。

 言っても駄目だな、と判断して頭を掻いたシローが動き出すのとウィルが動き出したのはほぼ同時だった。


「とーさま、じゃ!」

「じゃ、じゃないって! あっ、こら、逃げるな!」


 パタパタ走って脱衣所に飛び出していくウィル。


「レーン! ウィルが逃げたー! 捕まえてー!」

「いやー! あたまあらうのいやー!」


 半身を乗り出して声を上げるシローにウィルの悲鳴が重なる。

 脱衣所の向こうからバタバタ駆け回る音が響く。


「ウィル様っ!」

「いやー!」


 今日もトルキス家は賑やかであった。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 トルキス家の敷地内には母屋と離れの間に中庭がある。

 普段は使用人たちが体を動かす場として使われている為、土で整地されている。

 庭の被害は中庭までは及んでおらず、日中のウィルやニーナは中庭で遊んでいた。


「うーん……」


 中庭で剣のお稽古をしているニーナを遠目に見ながら、ウィルが唸るように声を漏らす。


「どうかされましたか? ウィル様」


 傍についていたレンに尋ねられ、ウィルが振り返る。


「うぃる、せかいじゅにいきたかったのになー」

「世界樹……?」

「せかいじゅにいけたら、きのせーれーさんにさいせーまほーおしえてもらえるのに」


 ウィルの頭の中には教えを断られるという可能性はないらしい。

 この辺りは本当に純粋な子供だ。


「慌てることはありませんよ、ウィル様。ウィル様にできる事をみんなにしてあげたらよろしいのです」


 魔法を見た端から覚えてしまえるウィルは自分の知りたい魔法を追い求める傾向に陥りやすい。

 だが、魔法は覚えれば簡単に使いこなせるような類のものではない。

 ウィルは類稀なる才能で魔法を使用しているが、それは効率よく魔法を使っている者の真似をする事で自身も使用可能にしているだけである。

 その魔法を鍛え上げていく為にはやはり基礎から学んでいくべきなのだ。

 逆に言えば、段階を踏んで強化された魔法とウィルの能力が合わされば、どれ程の使い手になるか。

 一流の冒険者だったシローやレンにも計り知れない。

 内心でそんな思いを抱くレンの顔を見ていたウィルがプクリと頬を膨らませた。


「れんもとーさまとおんなじこという……」

「……ん」


 ぷいっ、と視線をニーナの方へ向けてしまったウィルは微かに複雑な顔をしたレンに気付かなかった。

 気付かないまま、剣を振るニーナをぼんやり見つめる。


「うぃるにできることってなんだろー?」


 ウィルはまた考え始めた。


「……ウィル様は今、どんな魔法が使えるのですか?」


 レンの質問はいずれ明確にしておきたいと思っていたことだ。

 色んな魔法を見たウィルだが、実はその全てを記憶に留めていたわけではないらしい。


「えーっと……」


 指折り数え始めるウィル。


「かぜのやりでしょー、かぜのあめでしょー、ぶらうんのまほーでしょー、あとはねー」


 いくつかの基本魔法、速度補助の風魔法に霧の分身魔法、樹の回復魔法、空の伝達魔法に土の生成魔法。


(ホント……デタラメですね、ウィル様)


 ウィルの言葉を聞きながら、レンは胸中で呆れたようにため息をついた。

 世界広しといえど、こんなデタラメな魔法の覚え方をしている人間は他にいないだろう。


(ウィル様の為、本格的に魔法を修練する場を設けた方がいいのかも……)


 少なくとも、基礎魔法の反復練習ぐらいは行った方がいいように思う。

 使えなくはないのだろうが、基礎あっての応用である。


「……ウィル様?」


 黙り込んでしまったウィルをレンが横から覗き込む。

 ウィルは黙ったまま、一人ホクホクした笑顔を浮かべていた。


(ごーれむさんはよかった……)


 大きなゴーレムをシャークティの力を借りて作り、思うままに操った。

 悪い魔獣もやっつけて、とても楽しかった。

 ウィル一人ではまだ大きなゴーレムを作り出すことはできないが、あれを一人で作れるようになる事も目標の一つだ。


(そーいえばー……)


 ゴーレムは手を飛ばしたり、飛ばした手を新しく作り直したり、形を変化させたりできた。

 土の魔法なら何かできるかもしれない。

 例えば新しい手を作る、とか。


「ウィル様?」


 再度声を掛けられてウィルはやっと呼ばれている事に気がついた。

 前を見るとニーナのお稽古が一区切りついたのか、こちらに引き返して来ていた。


(あとでしゃーくてぃにきいてみよっと……)


 先程考えていたことを胸の奥に仕舞い込んで、ウィルが立ち上がる。


「さぁ、次はウィル様の番ですよ」

「またへんなおどりー?」

「変な、ではありませんし、踊りとも少し違いますよ」


 ウィルの年の頃ならば庭を駆け回っても十分運動になるのだが、中庭では少し狭い。

 なのでレンはこれを機に、ウィルに武術の基本となる型を遊びと称して教え込んでいた。


「ニーナ様もウィル様も、型を一つ覚えましたから今度は魔法も交えてやってみましょう」


 レンの言葉に反応してウィルがバッ、と振り返る。

 魔法と聞いて興味津々になったウィルの表情にレンとニーナ、ニーナに付き添っていたアイカが顔を見合わせて笑みを浮かべる。


「なんのまほー?」

「基礎魔法ですよ」


 基本の魔法と聞いてもウィルの目は興味を失っていない。

 そのことを確認したレンは少し離れて両手を前に出した。


「来たれ精霊。力を持ちて我が手に宿せ」


 レンが静かだが、分かりやすくはっきりした口調で唱えるとレンの手が魔力の光で包まれた。

 その様を見ていたニーナとウィルが感嘆の息を漏らす。

 ウィルもポイズンスパイダーと戦った時にそれと知らず使用した事があるが、それとは比べ物にならない程魔力が淀み無く流れていた。


「きれいだ……」


 魔力の有り様を目で見てポツリと呟くウィルに、どこか照れ臭さを覚えたレンは微かにはにかんだ。


「支援魔法の基礎です。この魔法は自分の武器に宿してその能力を高める魔法ですね。近接戦闘においてはブースト系の魔法とセットで使われますが、先ずはここまで」


 この二種類の魔法は同時に使用されるが、慣れない内はどちらかが疎かになりやすい。

 なので最初は分けて覚えるのだ。


「魔法は一回の発動でなるべく長く、型は一つ一つゆっくり丁寧に心がけて下さい」

「はい!」

「あい!」


 レンの師事の下、ウィルとニーナは覚えたての型を真剣に繰り返した。


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― 新着の感想 ―
[一言] >…今日も今日もトルキス家は賑やかであった。 ほのぼの~ 口角が上がりましたぁ
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