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再生魔法とウィルの強敵

 日が西に傾き、王都レティスの景色が色付き始めた頃、マエルの治療院を訪れる者も落ち着き始めた。


「お疲れ様でしたな、ウィル様」

「つかれたー」


 休憩室で座り込んだウィルの頭をマエルが撫でる。

 ウィルは自分のできる事をやり遂げたのか、満足気な笑みを浮かべていた。


「今日は一日、ありがとうございました、マエル先生」

「いやいや」


 腰を折るセシリアをマエルが手で制する。


「手伝って頂いたのはこちらです。大変助かりましたぞ」


 人手を確保できた事で回復魔法の治療価格を下げられたマエルは回復薬の在庫を想定以上に残す事ができていた。

 途中、ウィルの噂を聞きつけた者たちがウィル目当てで訪れたのも大きい。

 おかげでウィルは魔力切れ寸前まで回復魔法を使う事ができた。


「堪能しましたかな、ウィル様」

「たんのーしましたー」


 マエルの問いかけにウィルがまったりとした笑みで返し、周りにいた者が表情を綻ばせる。


「うぃる、さいせーまほーつかえるようになれるかなぁ……」


 再生魔法。

 回復魔法の上位に位置付けられ、部位の欠損ごと癒やす事ができる魔法だ。

 治療を行っていたウィルが、とある冒険者に回復魔法の練習する理由を教えたところ、そんな魔法があると聞いたのだ。

 ウィルの呟きを聞いた大人たちは困り顔で笑みを浮かべた。

 大人たちはそれがどれほど難しい魔法か知っていたからだ。

 だが、マエルは笑顔のまま、ウィルの顔を覗き込んだ。


「そうですな……ウィル様が樹属性の魔法を頑張って練習すれば、ひょっとしたら使えるようになるかも知れませんな」

「ほんとー?」

「ええ」


 首を傾げるウィルにマエルが頷いてみせる。


「かつて、再生魔法を使えた人物がいらっしゃったのですよ。遠い異国の地に……」

「じゃー、そのひとにおしえてもらえば……」

「もうお亡くなりになっております。三百年ほど前に……」

「むぅ……」


 妙案だと思ったのだろう。

 顔を輝かせたウィルだったが、マエルの言葉に眉根を寄せた。

 マエルはそんなウィルを見て、ほっほと笑った。


「残された資料から、その人物が樹の精霊魔法の使い手であった事、樹の精霊でも特定の精霊しか再生魔法を使えない事などが分かっています」

「せーれーさん……?」


 精霊の事ならアジャンタかシャークティに聞けば分かるかもしれない。


「そして、樹の精霊がいるだろうとされているのが世界樹です」

「せかいじゅ……?」

「ええ。多くの冒険者が目標とする場所でもあります。世界樹の事はウィル様のお父上にお伺いしてみればよろしいのではないですかな? きっとお詳しいと思いますよ?」

「とーさまが……?」


 不思議そうに考え込むウィルを見ていたマエルがちらりとセシリアの方に視線を向けた。

 それに気付いたセシリアが少し頬を赤く染め、視線を逸らす。

 その様子に満足気な笑みを浮かべたマエルはウィルの頭をぽんぽんと撫でた。


「まぁ、諦めぬ事です」


 どのみち、強力な魔法を使うには魔法の修練が不可欠。

 それが精霊魔法ともなれば、精霊と契約できるだけの技量が求められるのだ。

 今のウィルにはまだ無理だ。


「そろそろお暇しましょうか、ウィル」

「あい」


 セシリアに促されて振り向いたウィルがふと動きを止めた。


「どうしたの、ウィル?」


 きょとんとしてしまったウィルにセシリアが尋ねると、ウィルはセシリアを見上げて言った。


「すてらさんがいる……」

「「「…………?」」」


 ステラは最初からいる。

 一緒に治療院を手伝いに来たのだ。

 ウィルもその事は知っているはずである。

 ステラが隣にいたエリスと視線を合わせ、不思議に思ったセシリアはウィルに聞き返した。


「そうよ。一緒に来たでしょう?」

「おゆーはんはぁ?」

「お夕飯……?」


 確かにいつもならステラが夕飯の準備を始め、台所の近くを通るといい匂いがする時間である。

 ウィルがステラの方を見上げるのでセシリアもその視線を追った。


「今日は他の者に頼んでありますよ?」


 ステラの言葉にセシリアが視線をウィルへ戻す。


「ウィル……?」


 ウィルはプルプル震えていた。

 聞いてはいけないことを聞くかのように、恐る恐る口を開く。


「きょうのおゆーはんは、だれが……?」

「レンとミーシャですよ、ウィル様」


 ステラが笑顔で答えると、ウィルはがーんとショックを受けた。


「そ、そんな……」


 がっくりと崩れ落ちるウィル。


「え? ええっ……!?」


 ステラが打ちひしがれるウィルに動揺し、不思議に思ったセシリアが首を傾げた。


「どうしたの、ウィル? レンもミーシャもお料理上手じゃない?」


 同じく料理をするセシリアから見ても、二人の料理が他人に比べて劣っているとは思えない。

 だが、ウィルは料理の腕前とは全く違うところで悲嘆に暮れていた。


「うぃる、しってるもん! れんもみーしゃも、いっぱいぴーまんさんいれてくるんだもん!」

「「「ピーマン……」」」


 ウィルのピーマン嫌いはトルキス家の者たちの知るところである。

 基本的に厨房を預かるステラや好んで料理をするセシリアはその事に配慮して、入れる時でも一切れだけなど加減をしている。

 しかし、たまに料理当番になるレンやミーシャはそういった配慮をしない。


「いつもならいっこなのに、さんこも……ああ……」


 三倍である。

 緑色のピーマンが三倍でも赤いパプリカになる事はない。


「あの子たちが料理当番の時はいつもピーマンが安くなっているそうですよ」

「あはは……」


 ステラの言葉にセシリアが苦笑いを浮かべる。

 別に狙ってやっているわけではない。

 トルキス家の家計を助けるセール品がウィルを助けないだけだ。

 崩れ落ちたまま「あんまりだ……」と繰り返すウィルに相好を崩したマエルがほっほと笑った。


「ウィル様はピーマンがお嫌いですかな?」

「あいつはてきです!」


 力強く拒絶するウィルに治療院の者たちは面食らったが、思わず笑ってしまった。


「はいはい。ウィル、それくらいにして帰りますよ」


 気恥ずかしくなったセシリアに促されて、ウィルがぱっ、と顔を上げる。


「そうだ! いそいでかえればまにあうかも!」


 そうと決まれば、とウィルがステラの背後に回って押し始めた。


「きゃっ!? ウィル様、お尻を押さないでくださいまし!」

「すてらさん、いそいでー!」


 マエルを始め、治療院の者たちは可笑しそうに笑いながら、セシリア達を急かすウィルの後ろ姿を見送った。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 日も暮れ、トルキス家の者たちが食堂に集う頃、ウィルも自分専用の椅子に腰掛けていた。

 悲壮感の漂うその顔をシローやセレナ、ニーナが不思議そうに眺める。

 この場では唯一その理由を知るセシリアだけが困った笑顔を浮かべていた。


「まにあわなかった……」


 帰ってきて厨房の様子を見たウィルが吐き出した呟きを思い出し、セシリアが思わず笑いそうになる。

 ウィルは今、最後の審判を下される者のような様子でその時を待ち受けていた。

 メイドたちがワゴンを押して給仕に回る。


「はい、ウィル様〜。お待たせしました〜」


 ミーシャが笑顔でウィルの前に食事を用意した。

 クロッシュに覆われていて中身が見えない。

 そのドーム型のクロッシュをウィルは緊張した面持ちで眺めていた。


 これのなかに、やつが……みどりいろの、やつが……


 そんな心の声が聞こえてきそうなウィルの表情とは裏腹にミーシャはいつも通りニコニコ顔だ。


「はい、どうぞ〜♪」


 ミーシャがクロッシュを退けると出来たての料理の湯気がふわりと立ち昇った。

 緊張していたウィルが息を呑み、次いで目を見開き、最後に目を輝かせた。


「ふわぁぁぁ……」


 興奮したウィルが思わず声を漏らす。

 ウィル専用の子供用プレートにはウィルの大好物が散りばめられていた。


「どうですか〜? ウィル様〜?」


 クロッシュを下げたミーシャが小首を傾げる。

 ウィルがミーシャを振り返り、すぐ近くに控えていたレンの方を振り返った。


「今日はお手伝い頑張りましたから。ご褒美です」


 ウィルの視線に気付いたレンが微かな笑みを浮かべる。

 ウィルは視線を目の前の夕飯に戻した。

 何度見ても大好物の山だ。

 ピーマンなんてどこにもない。


「お気に召しませんでしたか〜? ウィル様〜?」


 ミーシャの言葉にウィルがぶんぶんと首を横に振る。

 手にスプーンを取ってこんもり盛られたオムライスを掬い取った。


「熱いですからね。気を付けて食べて下さい」

「んんー♪」


 レンの注意にウィルがふーふー冷ましながら夕飯を口へ運んでいく。

 その度にウィルは笑顔になった。

 どこから食べても大好物。

 ウィル、至福の時。

 まさに宝石箱であった。


 さいしょからぴーまんさんなんてなかったんやー!


 そんな心の声が聞こえそうなほど、ウィルの表情は幸せに満ちあふれていた。


「美味しいですか〜? ウィル様〜」

「おいひーです♪」


 ミーシャに応えながら夢中になって食べるウィル。

 その様子に家族が笑みを零し、使用人たちも笑顔で見守っていた。




「おや……これはこれは」


 賄いの時間になって使用人の休憩所にやってきたトマソンが美味しそうに湯気を立てる料理を見て目を細める。

 トルキス家は使用人もしっかりとした食事を取る事を義務付けられている。

 食卓には家人たちと変わらぬ質の食事が用意されていた。


「ピーマンの肉詰めですよ〜」

「ピーマンが安かったので……」


 食事の用意をしていたミーシャとレンが交互に答える。


「それはいいんだけどさぁ……」


 取皿の用意を手伝っていたマイナは食卓を見て少しうんざりしたようにため息を吐いた。


「もう少しどーにかなんなかったの?」


 メインも付け合わせもピーマン尽くしである。


「安かったんですよ、ピーマン」

「それはも〜、いつも以上に〜」


 いくら安いといっても限度がある。

 とても使用人だけで賄う量ではない気がする。


「「あははは……」」


 事情を知るステラとエリスは愛想笑いを浮かべた。


「さぁ、温かいうちにどうぞ」


 レンに促されてそれぞれが席につく。



 ウィルは知らない。

 その日に出される予定だったピーマンが使用人たちによって内密に処理された事を。


現時点でのウィルの強敵

悪い人<魔獣<【越えられない壁】<ピーマン

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― 新着の感想 ―
[一言] コミックス化がここまでなのが悲しいです。 可愛いウィル君の成長を小説同様、漫画でも見ていたかったです。残念だな。
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