優しい魔法
翌朝。
朝食を終えたトルキス家と使用人達がリビングに集まった。
「……………………」
庭へと続く窓ガラスの前でウィルはポカンと口を開けて呆然と立ち尽くした。
普段は開放されている庭へと続く大きな窓が今は締め切られている。
その窓の向こうには無惨に荒れ果てた広い庭が広がっていた。
土を失った芝が痩せこせた皮のようなしわを作り、踏み荒らされた箇所が破けて捲れ上がっている。
「ウィル、危ないからお庭には出ないでね?」
セシリアの言葉に目をぱちくりさせたウィルがゆっくりと向き直った。
ウィルの顔がムッとしたへの字口に変わる。
「だれ!?」
「「「…………?」」」
いきなり騒ぎ出したウィルにその場にいた全員が振り返った。
「うぃるのおにわ、こわしちゃったのだれ!?」
キョトンとした様子で全員が顔を見合わせる。
「誰って……」
「ウィルじゃない」
「えっ……?」
ニーナとセレナの言葉にウィルがまた目をぱちくりさせた。
「お庭でゴーレムを召喚したでしょう?」
セレナに教えられ、ウィルがセレナを見上げたままゴーレムを召喚した時の事を思い出す。
「そっ……!」
(((そ……?)))
見守る者達の視線を受けたウィルが何かを言わんと声を発して、スッと視線を横に逸らした。
「……そーともゆー」
いや、そうとしか言わない。
心なし焦った様子のウィルに皆が苦笑した。
「そういうわけだから、ね」
セシリアが本来の優しい笑みでウィルの頭を撫でる。
「今日はお家で大人しくしていてね?」
「うー……」
セシリアの手に身を任せながらウィルが不満げな声を漏らす。
(おうちだといっぱいまほー、つかえない……)
昨日はよかった。
外に出て大好きな魔法がたくさん使えた。
悲しい事もあったけど、楽しい事もいっぱいあった。
もっとたくさん魔法を使えるようになるには、外でもっと魔法を練習しなければならない。
(おそと、いきたいなー)
昨日の一件でウィルの世界は大きな広がりを見せていた。
外にはたくさんの人がいる。
もっと色んな人に魔法を見てもらって、もっともっと多くの人を笑顔にしたい。
昨日の魔法の感触を思い出して、ウィルの表情が嬉しさでホクホクし始めた頃、セシリアの後ろからトマソンが声をかけた。
「それではセシリア様。我々は先に動き始めます。昼過ぎのご出発で、お帰りは夕刻という事でよろしいですか?」
「ええ、よろしくね」
「特に何かご用意する物などは……」
「今回はいいわ、エリス。私達がしっかりと助けになるように勤めましょう」
使用人達の方へ向き直って、セシリアがアレコレと打ち合わせを始める。
その様子を見上げたウィルが首を傾げた。
「かーさま、どっかいくのー?」
「ええ。治療院のお手伝いよ」
「ちりょーいん?」
「そうよ。怪我をした人達を治しに行くの」
セシリアがしゃがみ込んでウィルの顔を覗き込んだ。
「ウィルはお家でいい子にしててね?」
「けがを、なおしに……」
言葉の意味を理解しようと反芻したウィルが何かに気付いて目を見開いた。
「うぃるもいく!」
「ええっ!?」
セシリアが驚いたように声を上げる。
「うぃるもけがをなおしてあげるの!」
「うーん……」
困ったように唸るセシリア。
見かねたシローがウィルに声をかけた。
「あのな、ウィル。セシリアさんは遊びに行くんじゃないんだぞ?」
「うー」
注意するようなシローの言葉にウィルが口を尖らせる。
「とーさまは、いつもそーゆー」
「いや、言ってないよ?」
ウィルの反応にシローは思わず汗を垂らした。
そんな事はお構いなしに、ウィルは横を向いて素っ気ない振りをしている。
なんだかレンの素っ気ない態度に少し似ていた。
「うぃるもかいふくまほーつかえるもん!」
「いや、そうは言っても……な?」
なんとかウィルが諦める方向に話を持って行きたいシローを見て、ウィルの表情が一層むくれる。
ウィルはくるりとレンの方へ向き直った。
「れん!」
「はい、何でしょう?」
「とーさまをごちんして!」
「…………は?」
「とーさまはうぃるがかいふくまほーつかえないとおもってるんだ! だかられんがごちんして、うぃるがなおす!」
「ウィル様、さすがに意味もなくシロー様を殴るなんてできませんよ」
「むぅ……」
ウィルが無念そうに肩を落とす。
その横でシローは胸を撫で下ろし、使用人達は理由があれば殴るのか、と汗を垂らした。
「お家の中でも簡単な魔法なら使っていいのよ?」
セシリアの言葉にウィルが首を横に振る。
昨日のように強力な魔法を使えば簡単な魔法では満足しないかしら、と困り果てるセシリアにウィルは全く予想外の事を言い出した。
「かいふくまほーのれんしゅーしないと、おじさんとおにーさんをえがおにできないもん」
「えっ……?」
驚いて、セシリアは合点がいった。
ウィルはただ魔法を使いたいのではなく、回復魔法の練習がしたいのだ。
昨日腕や足を失ってしまった者の為に。
回復魔法を使いこなせるようになれば部位の欠損も治せると思って。
しかし、人の身で操る回復魔法では部位の欠損は治せない。
その事をウィルは理解していないのだ。
「ウィル……」
それでも。
ウィルの、誰かの為に魔法を使いたいという気持ちはとても大切な事だ。
そして回復魔法は難易度こそ高いものの、人を傷つけない優しい魔法である。
「わかったわ、ウィル。一緒に治療院へ行きましょう」
「ほんと!?」
ウィルの表情が輝いた。
「ちゃんとお利口さんにしててね? 約束できる?」
「うん! うん!」
セシリアの言葉にウィルが強く頷き返す。
セシリアはウィルの頬を撫でるとエリスに向き直った。
「エリス、ウィルのお出かけの準備もしてあげて」
「畏まりました、セシリア様」
腰を折ってエリスが下がる。
他の使用人達もトマソンの指示の元、各々動き出した。
「ウィル。ちゃんとセシリアさんの言う事、聞くんだぞ?」
「あいー」
ウィルとセシリアのやり取りを見守っていたシローがウィルの頭をくしゃくしゃと撫でる。
ひとしきり撫でて、最後にポンポンと優しく叩いた。
「じゃあ、俺も仕事に行ってきます。ウィルの事、よろしくね」
「はい、行ってらっしゃいませ。シロー様」
シローがセシリアに向き直り、軽くハグを交わす。
それからセレナとニーナの頭を優しく撫でた。
「「「いってらっしゃーい!」」」
子供達の見送る声を聞きながら、シローは玄関を出た。
「シロー、様」
見送りに付き添ってきたレンが背後からシローに声をかけた。
レンとシローの付き合いは長い。
シローの様子がおかしい事に、レンはなんとなく気付いていた。
シローが足を止めて、レンも立ち止まる。
その位置からシローの表情を伺う事はできない。
「なぁ、レン……」
振り向かず、話し掛けてくるシローにレンは次の言葉を待った。
「レンの戦った相手、どんな奴だった?」
「…………」
シローの意図が分からず、少し沈黙してからレンが口を開く。
「変態でしたね」
「そうか……」
端的に述べるレンにシローが短く返すが、やはりシローらしくない。
続きを待つように立ち止まったままのシローにレンは嘆息してから続けた。
「歪んでしまったワケもありそうでしたが罪を犯してしまった以上、同情の余地はありません」
「……俺の戦った相手も、そうだな。だが、出会いが違えば酒場で一杯酌み交わしていたかもしれないような、そんな奴だったよ」
自嘲気味に笑ったシローが話は終わったとばかりに歩き出した。
振り向かないまま、レンに手を振る。
「留守を頼むよ。敵はもう居ないだろうけど、さ」
「……畏まりました」
レンが腰を折る。
顔を上げて見送ったシローの背中はどこか哀愁が漂っていた。




