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戦いの後で

 静かな森の奥深く。

 金の刺繍を施されたローブの男が魔力を伴って姿を現した。

 突然出現した人間に気付いた周りの動物達が慌てて逃げ出していく。


「クッ……このハンスが遅れを取るとは」


 転移魔道具が正常に起動した事を確認した男――ハンスが周りを見渡す。

 目印をつけられた木を発見して、ハンスはその根元に腰を下ろした。

 緊張で強張った体を落ち着かせるようにゆっくりと息を吐き出す。


 森の中では強力な魔獣が突如襲い掛かってくる危険がある為、普通の人間は滅多に立ち入らない。

 ハンスにしても同様だが、そこは簡易な結界が事前に張られている。

 十分に休める場所となっていた。


「一瞬の隙を……これほどか、【飛竜墜とし】」


 ローブの脇に触れた男が眉をひそめる。

 魔刀が触れただけだと思っていた箇所は見事に斬れていた。

 おそらく風の魔力によるものだろう。

 身に受けていたら、今頃上半身と下半身がお別れしているところだ。


(一度本部へ戻らねばならないか……)


 ハンスの口から今度はため息が漏れた。

 失敗の報告など如何なるときも嫌なものである。

 しかも現在、フィルファリア王国領で活動している同志には過激な者が多い。

 自分の不在時に余計な行動を取らないとも限らないのだ。


(忠実な部下が欲しいものだ……)


 監督する立場にあるハンスにとっては切実な願いである。


「……よし」


 泣き言を言っていても始まらない。

 ハンスは懐から掌に収まる程の小さな魔道具を取り出した。

 体を縮こまらせた蜘蛛のような魔道具だ。

 それに魔力を注ぐと起動を示すように赤く妖しい光が灯る。


(許せよ……)


 胸中で一言呟いて、ハンスは撤収の準備に取り掛かった。




▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽




「「「お疲れ様でした。セシリア様」」」


 リビングのソファに腰を下ろしたセシリアを気遣うようにトマソン達が腰を折る。


 戦いを終えたウィル達の出迎え。

 トルキス家に避難した者達の誘導。

 その詳細の報告。

 新たに設けられた避難所の雑務の手伝いなど。


 セシリア達が全てを終えてトルキス邸に戻ったのは日も暮れようかという頃だった。


「少し疲れましたね」


 セシリアが使用人達に笑顔を返す。

 本当はベッドに身を投げ出して目を閉じてしまいたいところだろう。

 しかし、そうしないのはセシリアに公爵家令嬢としての育ちの良さと責任感があるからだ。

 シローが不在の間はセシリアが、この家の舵取りをしなければならない。


「トマソン。状況を整理してもらえる?」

「はっ」


 短く返事をしたトマソンが前へ進み出て、セシリアと使用人達の両方を視界に収められるように向き直った。

 この場にいないのは家主のシローと門番のエジル、そして子供達と子供達の傍についているメイドのレンとミーシャ。


「現在、王国から発令された外周区東側の避難指示は解除されております。

 西側の一部では住宅の損壊も激しく、未だ避難は解除されておりません。

 使用人は、魔獣の索敵に名乗りを上げたエジルが不在です。

 シロー様も敵の黒幕と思しき男と交戦しておりますのでご帰宅は遅くなるかと……。

 現状、当家の問題と致しましては半壊した庭の修復と、いくつかの備蓄が底を突いている事でしょうか」

「底を突いている備蓄というのは?」

「非常食と清潔な布類、後はポーション類ですな」


 聞き返すセシリアにトマソンが答える。


「ポーション類……」


 セシリアが考え込むように俯いた。

 ポーションの類は大体どこの家庭で常備している。

 トルキス家も、もしもの時のために常備していたが、それがなくなったという。


 問題は同様の事が王都全体でしばらく続くだろうという事だ。

 つまり、ポーション不足である。


 トルキス家には三人(ウィルを含めると四人だが)回復魔法を使える者がいる。

 だが、魔法使い全体で見ると回復魔法を使える者は少ない。

 原因は色々あるが、冒険者でまともに回復魔法を使える者がいれば引く手数多だろう。

 それ位、貴重な存在だ。


 なので、基本的には怪我の回復にはポーションなどが用いられる。

 家庭用でも冒険用でも。

 それは治療を専門とする街の治療院も同じ事だ。

 消費魔力が多い為、一日に回復魔法を使える回数には限りがある。

 料金は高額で、当然重症の者が優先される。

 流石に今日の騒ぎの重症者は優先的に治療を受けているだろうが、人手が足りているかどうかは怪しい。


「明日の予定ですが……」


 顔を上げたセシリアが使用人達を見回す。


「私は治療院に出向こうと思います。エリスとステラは同行して」

「はい」

「かしこまりました、セシリア様」


 エリスとステラの返事に頷き返したセシリアが今度はトマソンとラッツを交互に見た。


「家の事はトマソンに、庭の事はラッツさんにお任せします。二人で話し合って人員を配して」

「はっ、かしこまりました」

「おまかせ下さい」


 トマソンとラッツの返事にセシリアがまた頷き返す。


「しばらくは忙しくなるかもしれませんが、一段落ついたらゆっくり休みましょう。それまではどうか、よろしくね」

「「「はい!」」」


 セシリアの労いに使用人達が声を揃えた。


「それじゃあ、ステラ。お疲れの所、申し訳ないのだけれど……」

「お夕飯ですね。昼食会用に下拵えした物があるので、すぐですよ♪」


 力こぶを作ってみせるステラにセシリアが笑みを浮かべる。

 そういえば、昼食会もお流れになってしまった。

 これもまた、折を見て開催したいとセシリアが胸中に思い浮かべる。

 まあ、まずは目先の事だ。


「他に、何か報告はあるかしら?」


 セシリアが使用人達を見回す。

 その中でエリスが顎に手を当てて考える素振りを見せた。


「ええっ、と……何か忘れているような気が……」

「何か……? 重要な事?」


 首を傾げるセシリアにエリスが慌てて顔を上げた。


「いえ、ですが……」


 些細な事だったような重要な事だったような。

 引っ掛かっているのだが、なかなか出てこない。


「思い出したら報告して?」

「はい」


 セシリアの言葉にエリスは一先ず頷いて返した。


「さぁ、できる事から始めましょう」


 疲れた体に活を入れるように締めくくったセシリアが自らも厨房へ向かおうと立ち上がった時、リビングの扉が開いた。


「お母様」

「あら、ニーナ。どうしたの?」


 姿を現したのはニーナとミーシャであった。

 その姿を見たエリスが報告すべき事を思い出して「あっ……」と声を漏らした。


「幻獣ですね」


 ポツリと呟くエリスに応えるように、ニーナが両掌を上に向けてセシリアに差し出した。

 赤い燐光を伴って、小鳥の雛がニーナの掌に現れて一声鳴く。

 その様子にセシリアは目をぱちくりさせた。


「この子、火の幻獣みたいなんです。ひとりぼっちはかわいそうだから、私と契約してもらいました」

「そ、そうなのね……」

「はい。後は名前を決めてあげるだけなんですけど……セレナ姉様とエリスさんが皆にもどんな名前がいいか、聞いてみた方がいいって」

「そ、そうね……」


 娘の話を聞きながら、セシリアは思わず苦笑いを浮かべた。

 幻獣も精霊も滅多に姿を見せない珍しい存在なのである。

 それなのにウィルにしろニーナにしろ、当たり前のように契約し過ぎだ。

 これが風の一片の言う幻獣の加護というものなのだろうか。


 ともあれ、ニーナの優しさは褒めて伸ばしてあげるべき部分だ。

 セシリアは見上げてくるニーナの頭を優しく撫でた。


「ニーナは優しいのね。相手の事を思ってあげる事は、とてもいい事よ」

「えへへ……」


 俯いたニーナがセシリアの手に身を任せ、嬉しそうに目を細める。

 そしてセシリアの手が離れると、またセシリアを見上げ、パッと表情を輝かせた。


「それで私、ゴメスとかゴンザレスとか強そうな名前がいいと思うんですけど!」


 優しさが台無しである。

 掌の上で雛がプルプルと震えているように見えた。

 ひょっとして、うちの娘は脳筋なんだろうか。

 セシリアは本気で心配しながら、しかしそれを顔には出さず、また優しくニーナの頭を撫でた。


「いい、ニーナ。よく聞いて? 名前はその子の一生の宝物になるのよ。あなたも一生その名前を呼ぶの。だから名前を付ける時は強そうなとかではなく、その雛の事を考えて、心を込めて付けなさい」

「んー……」


 セシリアの言葉にニーナが考え込むが妙案はないらしい。

 困った様子でセシリアの顔を見返してくる。

 その表情にセシリアが優しい笑みを浮かべた。


「ふふっ……そんな顔しないの。みんなで一緒に考えてあげるから」

「はい」


 セシリアに促されるまま、ニーナがソファへと座り、その横へセシリアが座る。


「ささ、みんなも一緒に名前を考えて上げて」

「「「は、はい……」」」


 夕食の準備を始めるステラを除いて、使用人達が集まった。

 長い長い命名会議の始まりである。


(お夕飯までに決まるかしら……)


 セシリアの心配を他所に使用人達から名前の候補が上がっていく。




 新たな幻獣の名前が【クルージーン】に決まったのは夕食の直前であった。


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