【飛竜墜とし】と魔法の極意
「はっはぁ! 何だありゃ!? ありえねぇ!!」
風属性の魔力を纏った大男が豪快に笑いながらシローとの間合いを詰めた。
重厚な鉄の手甲が風の魔法の後押しを受け、高速で次々と繰り出される。
その連撃を流れに逆らわず躱しながら、シローは一先ず安堵していた。
ウィルは大丈夫だ、と。
そう判断させたのが超重量を誇るゴーレムの大跳躍というのもアレだが。
「ありゃあ、無理だ! カルディんとこのバカ息子じゃどうしようもなんねぇ! 小便ちびらされるのも無理ねぇなっ!」
男の口ぶりから、ウィル達に撃退されたグラムもどうやら生きているようだ。
「よく回る口だな……」
大男の浴びせかけるような拳を最小の動きで捌きながら、シローはポツリと呟いた。
「はっ! 嬉しいのよ! 相手が強ければ強い程なぁ!」
大男の口調からは負け惜しむような気配は感じ取れない。
目は怪しげな光を帯びているが、どうやら本当に戦いを楽しんでいるようだ。
バトルマニアというやつだろう。
「あんたこそ、どうなんだよ! さっきから避けてばっかじゃねーか! よっ!」
「……じゃ、遠慮なく」
連撃の合間、力を込めて打ち降ろされた男の右拳を前に出て掻い潜ったシローが下段から魔刀の柄でかち上げた。
「ぬっ……!?」
腕ごと弾かれ、上体を起こされた大男の脇が開く。
その一瞬の隙をついて、シローは突き刺すような蹴りを大男の脇腹に捩じ込んだ。
「ぐふっ……!!」
障壁も突き抜ける強烈な一撃に大男の体が後方に飛ぶ。
しかし、大男は姿勢を崩さず、両足を踏ん張ったまま踏み留まった。
「…………」
蹴った足を地につけたシローが油断なく魔刀を構え直す。
「……驚きを顔に出さないのは流石だが、張り合いがねぇな」
大男はシローに蹴られた脇腹を手で払うと笑みを浮かべ、軽やかにステップを刻み始めた。
その足取りにはダメージを負った様子はない。
(……骨の二、三本は折る気で蹴ったつもりだが)
完璧に捉えたはずの一撃は何かに阻まれた。
恐らくは土属性の身体強化魔法だ。
だがしかし、先程の攻防で大男は間違いなく風属性の身体強化魔法を纏っていた。
それは間違いない。
人は自分の得意としている魔力には敏感なものだ。
シロー程の腕前を持つ者であれば尚更。
それなのに大男の体を覆っていたのは風属性ではなく土属性の身体強化魔法。
大男を注視したシローはおかしな魔力の流れを感じて小さく息を吐いた。
「その背中に背負っているものか?」
「その通りよ!」
嬉しそうな笑みを崩しもせず、大男が身に纏っていたローブを脱ぎ捨てた。
タンクトップを押し上げる鍛え抜かれた筋肉とその背後から伸びる白く節くれだった魔道具。
大男はわざわざポーズを取りながらその背面に取り付けられた魔道具を晒してみせた。
「どうよ!」
中央が瘤のようになっており、そこから伸びた無数の枝が大男の体に刺さっている。
瘤の中心から枝を伝って、絶え間なく緑の光の筋が大男の体に流れ込んでいた。
「どうと聞かれてもね……」
「俺は風属性の身体強化魔法なんざ使えやしねぇ! だが、コイツがあれば風の魔力を自由に引き出し、纏う事ができる! 元の土属性と合わされば、その相乗効果は計り知れねぇ!」
シローの反応を意に介さず、誇らしげに自慢する大男。
要するにウィルのゴーレムと似たような事を行っているのだ。
魔道具を用いて。
ウィルのように魔法に魔法を接続しているわけではないので、ウィルの魔法の劣化版だ。
わざわざ自分から種明かししてくる大男にシローは深々と嘆息した。
「呆れ返らせて隙をつく作戦か?」
「違うわっ!!」
シローの指摘に大男が真面目に答える。
「俺は真剣だ!」
「なお、悪いわ……」
シローは魔刀を右肩に担ぐように構え直した。
これ以上付き合って時間を浪費するわけにはいかない。
早くウィル達と合流してキマイラを葬らねばならないのだ。
「子供達も行ったし、とっとと片付けさせて貰うことにするよ」
「やれるもんならやってみな!」
大男が素早い動きでシローに詰めかける。
先程と似たような形だが、シローは大男から繰り出された一撃目の拳に合わせて担いだ魔刀を振り抜いた。
魔刀を覆う魔力が緑光の軌跡を残す。
「ぐぅ……っ!?」
大男が衝撃で後方へ吹き飛ばされた。
なんとか踏み留まるが、今度は耐え切れずに膝をつく。
斬られた痕は裂けておらず、代わりにへこむような痕が残っていた。
「へぇ……今ので戦闘不能にならないんだな」
「峰打ちだと……! 馬鹿にしやがって……!」
刃を返した魔刀を向けてみせるシローに大男が歯噛みする。
そもそもシローは斬撃だけで飛竜を斬り落とすほどの力の持ち主だ。
普通に斬れば、人など容易く両断できる。
「それだけ土属性の身体強化魔法を使えるんだ……普通に冒険者をしててもいい線いっただろうに」
「はっ! テメェだって土属性の不遇は知ってんだろうが! どれだけ鍛えても、仲間を作ってもダンジョンに潜るとなりゃ真っ先に切られる」
シローの言葉を大男が鼻で笑う。
大男の言うとおり、確かに現在ダンジョン攻略において土属性は不遇とされている。
他の魔法に比べて強みが制限されてしまう事が大きな要因だ。
しかし、それは深い階層に潜れない力のないパーティが多いせいだとシローは思っていた。
土属性の身体強化魔法の恩恵は物理防御力の上昇と膂力増加。
それは人の身の基本性能を底上げする事に他ならない。
大した武器がなくても魔獣と渡り合えるだけの攻防力を獲得できるのだ。
「馬鹿馬鹿しくてやってられなくなっただけの事よ!」
大男の言葉を聞いて、シローは納得した。
「そいつは……仲間に恵まれなかったな」
「ふん……」
同情とも取れるシローの言葉に大男は鼻を鳴らした。
付いた膝に力を込めて大男が無理やり立ち上がる。
「だが、今は違うぜ……不当な扱いを受けた奴らや馴染めなかった奴ら、色々いるが、俺は満足してる!」
「それが罪のない人々を苦しめる連中でもか?」
「関係ねぇな! 俺は気の合う奴に手を貸すだけだ!」
大男が再び風と土の魔力を練り上げる。
それを見たシローは嘆息して逆刃のまま構えた。
「そうか……」
これ以上、語ることもない。
ただ、親切心からシローはひとつだけ言い添えた。
「魔法の極意は如何に淀み無く魔力を行き渡らせるか、だ。そんな紛い物で上塗りした魔力じゃ大した相乗効果なんて生まれやしない」
「ほざけ!」
力を振り絞って大男が地面を蹴る。
「……っ!?」
次の瞬間、風属性の魔力を纏ったシローが瞬時に大男との間合いを詰めた。
「このっ……!」
慌てて迎撃に出る大男の拳を掻い潜って、シローが大男に肉薄する。
舞う風の如く身を翻し、シローは大男の背後を取った。
そのまま振り向く間を与えず、大男の首筋に魔刀の峰を叩き込む。
「がっ……!?」
意識を刈り取られた大男が前のめりに崩れ落ちる。
「やれやれ……」
大男が動かないのを確認したシローはひとつ息を吐いた。
(こいつを誰かに引き渡して、ウィルの後を追わないと……)
一片が付いているとはいえ、心配には違いない。
屋根の下では魔獣討伐も大詰めを迎えている。
ローブの男達も殆ど捕らえられているようだ。
鎮圧までそう時間は掛かるまい。
(後はレンの方だけど……)
足元で転がる大男程度の相手なら心配することも無いだろうが。
シローの頭には別の心配が浮かんでいたりする。
(相手が一本筋の通った敵であることを祈るよ……)
あえてレンの方は見ないようにしながら、シローは大男を担いでその場を後にした。




