天使か悪魔か
少し短めです。今日中にもう一話、更新する予定です。
「何なんですか!? いったい!」
ローブの男は混乱していた。
自分に託された大蟻の群れは物量作戦にうってつけの魔獣だ。
この魔獣で外周区の東側一帯を制圧するのが彼に与えられた任務だった。
外周区の東側には外周区内での最大戦力と目されるトルキス家がある。
そういった戦力と対峙した時に押し切る為、バッグに積めるだけ召喚の筒を詰め込んで戦場に赴いた。
早々に、戦力の厚みを増す為に放たれた誰かの大蜘蛛と獲物を奪おうとした男の大蟻が戦闘を始めてしまうというアクシデントがあったが、途中遭遇した【フィルファリアの雷光】と【フィルファリアの紅い牙】相手には上手く立ち回れていた。
「くおっ!?」
大蟻に降り注ぐ魔法の余波を身に受けて、男が後退る。
本来なら戦力であるジャイアントアントジェネラルから離れるべきではない。
その事は男も分かっている。だが――
(巻き込まれるっ!)
街中での戦闘で守る側の相手が大規模な魔法を使う事は想定していなかった。
追い詰められればその限りではないだろうが、今この場における相手の火力は想定外だ。
なにせ人の身ではおいそれと使う事の叶わない精霊魔法の集中砲火である。
それも、精霊自ら。
目の前で瞬く間に大蟻達が駆逐されていく。
魔獣召喚のストックはもうない。
ここから戦況を覆せるだけの力は男にはなかった。
(撤退して立て直しましょう!)
逃げる、とは言わない。
これは戦略的撤退だ。
上司に報告して対策を立てるのだ。
報連相は大事である。
精一杯の虚勢を張りつつ、男が少しずつ大蟻の群れから距離を取る。
また魔法が着弾し、折れ飛んだジャイアントアントの強靭な牙が男の足元に突き刺さった。
「ひいぃ……っ!?」
最後のジャイアントアントが倒された。
もう一刻の猶予もない。
(逃げなければ……!)
男の心は容易く折れた。
あんな戦力、一国の大部隊だって相手にできない。
毒も罠も使わず、力技で大蟻の群れを排除してしまうような火力にどう立ち向かえば勝てるというのか。
(この謀反は失敗する!)
精霊達の手によって。
そう結論付けて、男は踵を返して駆け出した。
悪夢が具現化したような戦力に背を向ける。
(振り向いては駄目だ、振り向いては駄目だ、振り向いては――)
ジャイアントアントジェネラルが倒されれば、あの魔力の矛先は自分に向く。
あの規模の魔法を喰らえば、元の形など分からない肉片にされるだろう。
「ひっ、ひっ……」
引きつけるような悲鳴を繰り返しながら、男は走った。
ただ逃げる。
その事だけを考えて。
そうしなければ全てが終わる。
その時、男はある可能性については考えなかった。
否、考えないようにしていた。
逃走を阻まれる可能性である。
「逃げられると、お思いですか?」
白金の雷光を伴って瞬時に姿を現したトマソンが男の行く手を遮った。
足を止めた男が進路を変えようとするが、もう遅い。
四方をジョン、ラッツ、マイナにも囲まれていた。
トマソン達は男がジャイアントアントジェネラルから十分に離れるのを待っていたのである。
突き付けられる棍に男が後退る。
「手こずらせやがって……洗いざらい、吐いてもらうぜ?」
背後からジョンの声が響き、ローブの男が息を呑む。
元々上背のある男だ。
トマソンからはその顔がよく見えた。
戦意を喪失した蒼白な顔が。
怯えて震える様は顔を見ずとも分かるだろう。
「た、たのむ……こ、殺さないでくれ……」
観念した男が両手を上げて降伏を示しながら懇願を口にした。
「虫のいい話ですな。これだけの事をしでかしておいて」
トマソンの視線に射抜かれて、男が膝をつく。
「あんな……精霊の怒りに触れて、抗える筈がない!」
精霊信仰において、人の生活と精霊の恩恵は切っても切れない関係にある。
普通は精霊を敬って生きている。
それは正しく生きる者ほど顕著だ。
そう考えれば、この男は犯した罪の大きさはともかく、まだまともな部類なのかもしれない。
ただ、一つ。
男は思い違いをしていた。
それはトマソン達、仕える者として正さねばならない。
「お前達は精霊様を怒らせたのではない。ウィル様を怒らせたのだ」
トマソンはそう言うと、視線をジャイアントアントジェネラルに襲いかからんとしているゴーレムの頭上に向けた。
その視線をローブの男が追う。
「ウィル……様?」
ポツリと呟いた男の視線がゴーレムの頭上――その先頭に立つ小さな男の子で止まった。
「ま、まさか……この精霊達は、全部……?」
「そうだ。ウィル様に呼応してお出でになられたんだ」
男の呆然とした呟きに答えたのはラッツである。
男はウィルを見上げたまま、息を呑んだ。
まだ年端も行かない男の子だ。
その杖を降る様は純真な子供そのもの。
それが巨大なゴーレムを操り、精霊を従え魔獣を屠ったのだ。
「あ……悪魔だ……」
敵からすれば、それは至極当然の反応だった。
純粋な心と圧倒的な魔力で敵を葬る無邪気な子供。
「ピュアデビル……」
呆然とウィルを見上げたままの男にトマソンが棍を寄せる。
自分が仕える家の子を悪魔呼ばわりされるのを快く思う筈もない。
後の尋問は国に任せればいい。
意識を刈り取ろうと、トマソンが棍に魔力を込める。
「誰が悪魔よ!!」
「ぐぼあっ!?」
横から飛び込んできたマイナがローブの男の顔面を容赦なく蹴り飛ばした。
「おいおい……」
大粒の汗を掻いて呆れるラッツを無視して、マイナがひっくり返った男を見下ろしながら指差す。
「ウィル様はね! ちょープリティなんだから! 笑顔なんて最高だし、髪はサラサラでほっぺはプニプニ! 抱き心地だって程よい重さでそれでいてしつこくなく! みんなの笑顔が大好きとかって、性格もちょーいい子なのよ! 例えるなら伝説のエンジェル! 悪魔だなんてもってのほかだわ!」
「まぁ…………」
使用人が勤める家の者に愛情を持つ事はいい事である。
「魔法を使う手間が省けたので良しとしましょう」
トマソンが棍を引いて、マイナの所業を不問にする。
もっとも、顔面を蹴り飛ばされて気絶した男にマイナの力説が聞こえているかは疑問だったが。
「ウィル様はちょっと魔法が得意で軽く魔獣を倒せちゃうだけの、普通の可愛い男の子よ!」
普通の定義が少しおかしいマイナの声を聞きながら、トマソンはジャイアントアントジェネラルと対峙する巨大ゴーレムに視線を向けた。




