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闇の国の大貴族

「お前、ホントに先王陛下とウィルに感謝しろよ?」

「うむ。俺とて救いの手に恩を感じぬような愚か者ではないわ」


 体の自由を取り戻して上機嫌のザムゼルに同行するシローが冷ややかな視線を送る。

 結局ウィルはザムゼルの拘束を解いた後、海水でずぶ濡れだったザムゼルを新しく開発した魔法で綺麗にした。ザムゼルに対してまだなにか言いたそうなウィルであったが魔法を使えたのでとりあえずは満足したらしい。

 一方、シローはザムゼルのことをあまり快く思っていなかった。他の【大空の渡り鳥】のメンバーも同じだろう。ザムゼルと知り合ったのは冒険者時代。一時しつこく付きまとわれていて気を許せるような間柄にはない。

 だがワグナーは闇の国の貴族であるザムゼルを客人として招き入れることに決めた。ザムゼルにも事情があるようで光の国まで飛び火すると言われればさすがに軽んじるわけにもいかない。シローたちはこれからその光の国の使節団と協議をするのだから。


「先王陛下、ただいま参りました」

「うむ、入れ」


 会議室の扉の前でシローが呼びかけると室内からワグナーが答えて扉を守る護衛の兵が扉を開いた。

 シローとザムゼルが会議室に入るとワグナーを始め主要なメンバーは既に席についていた。

 集まった面々の中にセレナがいてシローが目を瞬かせる。


「セレナも参加するんですか?」


 普通に考えれば話し合いは大人たちだけで十分だ。まだ子供のセレナが参加する必要はない。先程街に着いたばかりで疲労もあるだろう。それにシローはまだザムゼルを信用したわけではなかった。

 しかしセレナの表情から疲れは感じられず彼女は真っ直ぐシローを見返していた。


「お父様、私も闇の国のお話に興味があります。せっかく現地の方にお話をお伺いできる機会なのですから私も参加させてください」


 どうも未知である闇の国に対しての興味が抑えられなかったらしい。積極的な外交を行わない闇の国の内情はあまり知られていない。セレナが興味を持つのも分かる気がするが、しかしそれは会議が終わった後に聞けばいいことだ。

 そう思ってシローがワグナーに視線を向けるとワグナーは上機嫌であった。


「儂が許可した。儂も闇の国について詳しくは知らん。セレナも言ったがせっかくの機会だ。興味があるなら一緒に聞いてもよかろう」

「はぁ……」


 シローが曖昧に頷く。ワグナーが良いというのであればシローから何か言えることもない。

 セレナはまだ子供で貴族としての関わり合いを持つには早過ぎる。それでもワグナーはセレナの参加を許した。それだけワグナーはセレナのことを評価しているのだ。

 シローとしてはもう少し子供らしくてもいいのではないかと思ってしまうのだが参加を許されたセレナはどこか生き生きして見える。


「ところで他の子供たちはどうしておる?」


 シローが席に着いたところでワグナーがウィルたちの動向を尋ねてくる。その表情になんとなく胸中を見透かされた気分になってシローは苦笑いを浮かべた。


「ウィルたちならセシリアさんとレンを伴って屋敷の探索に赴きました」


 さすがにウィルたちの興味は散策の方が勝っている。

 答えるシローの視線を感じたセレナが笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ、お父様。私は後程ウィルたちに案内してもらいますから」


 セレナにも見透かされた。

 優秀な娘の姿にシローの諦めもついたところでワグナーが視線をザムゼルへと向ける。


「それではザムゼル殿。詳しい話を聞かせて頂けますかな?」


 ワグナーに話を振られてザムゼルが居住まいを正す。なにかと突飛な印象を受けるザムゼルだが他国の先王を前に常識的な振る舞いもできるようだ。


「まずは苦境に際し救いの手を差し伸べてくれたこと、心より礼を申し上げる」


 頭を下げるザムゼルにワグナーが頷いて返す。しかしどうにも敬っている様子が足りずシローたちや護衛たちが表情を曇らせた。セレナも言葉遣いに引っかかりを覚えてザムゼルに視線を向ける。

 微妙な空気に耐えかねて指摘したのはエリウスであった。


「ザムゼル殿、我が国の先王陛下に対してそのような態度、些か失礼ではございませんか?」


 貴族とは面倒な生き物である。国同士の交流があろうがなかろうが敵対する意思がないのであれば相手の面子を立てなければならない。でなければ無用な軋轢を生んでしまう。

 だがザムゼルは至って真面目であり悪びれた様子はなかった。一度エリウスに向けた視線をワグナーへと戻す。


「気に障ったのであれば申し訳ない。だが闇の国というのは少々複雑なのだ」

「気になさるな、ザムゼル殿」


 変わらぬ様子で謝罪するザムゼルにワグナーが笑顔を返す。もともと未知である闇の国の内情を聞くためにザムゼルを招いたのだ。ワグナーが話を聞く前にザムゼルを評価することはない。その思慮深さはワグナーが賢王と称された理由の一つでもあった。

 ワグナーに続きを促されたザムゼルが周りにも分かるように説明する。


「闇の国というのは六名家――私の家を含む六つの名家の当主がそれぞれの領地を管理することで成り立っている」

「連合国家、というやつかな?」


 ワグナーの頭の中に浮かんだものはそれだった。複数の国家で集まって連合を組んでいるのであればザムゼルは一国の王ということになる。ワグナーとは対等以上の関係だろう。

 しかしザムゼルは首を横に振った。


「六名家はあくまで闇の国の貴族だ」

「貴族……?」

「そうだ」


 貴族というのは主従があってこそ成立する。つまりザムゼルには忠誠を誓う主がいるということになる。


「つまり……他に主権を持つ者がいる、と……?」

「いや、いない」


 ワグナーの推論をザムゼルが否定して話を聞いていた全員が怪訝そうな表情をした。

 貴族として領地を管理しているが忠誠を誓う主がいない。だが闇の国という体を成しているという。

 混乱しそうになっているワグナーたちにザムゼルは答えを告げた。


「闇の国の王位は空席なのだ。千年近くな」

「千年……」


 セレナが驚くのも無理はない。千年もあればフィルファリア王国の建国まで遡る。その間、闇の国ではずっと王様が不在なのだ。


「闇の国には王家と呼べるものはない。その時代に影響を及ぼした者が王と呼ばれているのだ」

「影響を及ぼした者、ですか?」


 ザムゼルの言い方に引っかかりを覚えてセレナが思わず尋ねる。ザムゼルの言い方だと善悪を問わないように聞こえるのだ。そしてそれはセレナの感じた通りであった。

 言わずとも察したセレナにザムゼルが少し驚いて小さく笑みを浮かべた。


「そうだ。闇の国の長い歴史の中でも二人しかいない。その王たちは闇の国が魔族の住む領域であったことから魔王と呼ばれた」

「魔王……」


 知らずに聞けばなんとも物騒な単語である。だが良くも悪くも闇の国の王だから魔王というだけの話だ。

 ザムゼルがワグナーやセレナの様子を伺いながら話を続ける。


「一人目の魔王は建国の祖。隠れ住んでいた魔族と迫害から逃げ延びた人間たちを守るために立ち上がり、皆をまとめて闇の国の礎を築いた。闇の国の子供たちが夢に語る魔王になりたいという言葉はこの建国の祖に憧れてのことだな」

「そういえばザムゼル卿も名乗られる時におっしゃっておりましたね。いずれ魔王になる、と……」

「ん……」


 セレナに指摘されてザムゼルが言葉に詰まる。ザムゼル自身が声高に魔王になると発言してしまっているのだ。子供のセレナに子供扱いされたようで空回り感が否めない。

 そんな微妙な空気を感じたセレナは苦笑いを浮かべてそれ以上の発言は控えた。これ以上上手いことを言ってしまうと話が進まなくなってしまう。

 室内の空気を誤魔化すようにザムゼルが咳払いをして。


「問題は二人目の魔王だ」


 特に指摘されることもなく、ザムゼルはそのまま話を続けた。


「二人目の魔王は魔族こそが世界を統べるのにふさわしい種族だという危険な思想を持っていた魔族でな……闇の国と光の国を大混乱に陥れた」


 まさに物語に出てくるような悪い魔王である。当然闇の国の住人も簡単に受け入れられることではなかった。


「闇の国の住人というのは迫害されていたという過去がある。長命の魔族の中には迫害された当事者でそのことを恨んでいた者もいただろう。だがすべての魔族が復讐を望んでいたわけではない。特に短命の人間にとっては世代を跨ぐほど過去のことだ。魔王の勢力も長続きしないと思われた」


 しかしそれが間違いであった。魔王とその幹部の実力は魔族の中でも相当なもので、またいくつかの秘術を用いて屈強な魔王軍を作り上げてしまったのだ。


「魔王の勢力は凄まじく、戦力を集中させていなかった戦争反対派の魔族だけでは魔王軍を止められなかった。迅速に闇の国を制圧した魔王軍は勢いそのままに光の国へ進軍を開始した。戦争反対派の魔族は戦力を再編しつつ抵抗を続けたが魔王軍を前に何度も敗走を繰り返し、ついには闇の国と光の国で同時に勇者が誕生するほどの危機的状況に陥った」


 勇者とは大幻獣の使者である。トルキス家でもルーシェが水の大幻獣ユルンガルに命じられて水の勇者となっているが、これは大幻獣が事態を重く見て救いの手を差し伸べる行為に他ならない。それだけ魔王の勢力は脅威だったのだろう。

 かくして闇の国には闇の勇者が、光の国には光の勇者が誕生した。


「そこで闇の国の抵抗勢力は光の国の勢力と協力し魔王の軍勢を引き付けた。その隙に闇の勇者、光の勇者、さらには抵抗勢力の中でも有力な魔族たちの少数精鋭を魔王軍の中枢へ差し向けて魔王とその幹部を討ち取ったのだ」

「ふぅむ……」


 話を聞いたワグナーが自分の中で整理するように顎髭を撫でる。


「いくつか疑問があるのじゃが……」

「なんなりと」

「迫害されていたと言っておったが誰にじゃ?」

「光の国に住んでいた者たちに、だな」


 ワグナーの質問に答えたザムゼルが説明を付け加える。


「厳密には今の光の国が国として固まる前の盲目的な光属性の信仰者、とでも言おうか。一人目の魔王の頃は国という枠組みすら曖昧な時代だからな」


 光の国も闇の国もなく混沌としていた時代。一人目の魔王はその曖昧な支配に終止符を打ち弱き者たちの受け皿を作った。それが闇の国の始まりなのだそうだ。

 一方、光の国も敬虔な信徒たちによって悪しき権力者たちは排除され次第に国としての形が造られていったようだ。


「二人目の魔王の頃には今の光の国の形にはなっていたそうだから迫害していた者と光の国はあまり関係ないかもしれん」


 しかし戦争は起こってしまった。迫害を受けた者にとっても国が変わったことは関係なかったのかもしれない。不当な迫害を受けて辺境の土地へと追いやられた事実はなくならないのだ。


「なぜ迫害を?」

「人が人を分けるのに簡単な目安はいくつかある。我々の場合は種族と相対属性の違いだったと聞いている。つまらんことだ」


 つまり人間種かそうでないか、光と闇のどちらの加護を身に宿しているか。そんな違いで迫害されていたというわけだ。今ほど見識も魔法の知識も発達していない時代だからということもあるだろうが現代の人間が聞いたら馬鹿馬鹿しい理由に思える。


「まぁ、そんなこんなあって魔王は討伐されたわけだが。魔王とその幹部が討たれて魔王軍は指導者を失い、闇の勇者の宣言で戦争は終結した。以来、闇の国の王位は空席。闇の国の領地は勇者たちに協力した抵抗勢力の有力者が責任を持って管理することになった。それが魔族の六名家の始まりだ」


 つまりザムゼルは王位の留守を預かる六人の権力者の内の一人ということらしい。王ではないが闇の国の最高責任者の一人。従属国ではないので他国の先王であるワグナーとも対等に接しなければならない立場なのだ。


「なんだな、つまり……」

「お前は役どころもめんどくせぇ」

「それが他国の責任者に対して取る態度か!?」


 言い難そうに言葉を濁すシローとはっきり言ってしまうロン。冒険者時代のことがあるとはいえ今は立場も違うのだから控えた方がいい発言もあるのだが。

 そのことを理解しているのかカルツは嫌々ながらもザムゼルとシローたちの間に立っている。

 そんなシローたちがはしゃいでいるようにも見えてセレナは苦笑いを浮かべた。


(お父様たち、子供みたい……冒険者時代の知り合いに会えて嬉しいのかな?)


 突いて出てくる言葉は刺々しいがそんなに嫌っているようには見えない。

 そんな風に思いながらセレナは肝心な話をまだ聞いていないことに気付いてザムゼルに話を促した。


「ザムゼル様。また闇の国と光の国で戦争が起こるかもしれない、というお話でしたが……」

「おお、そうだったな」


 なぜだろう。まだ子供であるセレナの方がしっかりしているように見えるのは。

 話の舵取りまで始めたセレナにワグナーは満足そうな笑みを浮かべていた。

 そんなワグナーの表情には一同気付かず、ザムゼルがセレナに話して聞かせる。


「実は三か月ほど前から六名家の当主の一人が消息を絶ってな。不審に思って俺が密偵を送るとその当主の領内で光の国と戦をする準備が整えられているという報告を受けたのだ。その真偽を確かめるべく自ら乗り込んだのだが……」


 見事に罠にはまって海に捨てられたというわけだ。単独で動くなら自分の身は自分で守れといういい例だ。


「確かに不穏な空気はあった。後ろめたいことがなければ俺を捕えるようなこともしなかったはずだしな。もし本当に戦争が起きようとしているのであれば六名家として何としても止めに入らねばならん」


 重大なことなのに女に釣られて酒を飲んだ挙句に失敗するとは。と、セレナも思わなくはなかったが結局のところどう動くかはワグナーの判断にゆだねられる。

 そう考えてセレナはワグナーに話を返すように視線を向けた。

 これから迎え入れる光の国の使者の件もある。闇の国に手を貸すことで光の国の使者に要らぬ誤解を与えないように動かなければならない。だが本当に戦争の可能性があるならあまりのんびりもしていられない。


「さて、どうするかのう……」


 ワグナーが一息ついて周りの者たちに視線を向ける。厄介事は舞い込んだが幸いにもこの場にいる者たちはみな優秀だ。なにが起ころうと乗り切れるだけの人間が揃っている。

 そんな風に決意したワグナーはその評価の中にセレナも含んでいる自分に気が付いて思わず口の端に笑みを浮かべた。


「どうしようかのぅ、セレナや」

「…………えっ?」


 まさか自分に話を振られるとは思っておらず。素っ頓狂な声を上げたセレナは思わず周りの大人たちを見回すのであった。


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― 新着の感想 ―
戦争を停める事に尽力した事によって地位を得た一族の長が戦争するって矛盾した連中だよな。
貴族による共和制か元老院制に近いかな?
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