アデリランド辺境伯領
王都から西へと伸びる街道は貴族が治める領地を抜けて辺境伯領の中心都市オリーオルの先まで続いている。その距離は北のフンボルト辺境伯領へ至る道に比べれば短く比較的穏やかな道のりだ。
そんな街道を順調に進む一団があった。光の国アルメアからの使者を歓迎するために出立したウィルたちである。
先頭では王家の一団であると示す地竜の紋章旗が掲げられ、煌びやかな馬車とそれを守護する騎兵隊や軍用車両の列は圧巻の一言であった。
「探知領域二千、探知開始。対応パターンなし」
「探知領域を三千まで引き上げて観測を続けろ」
「了解。探知領域を二千から三千へ。観測続けます」
部隊長と隊員のやり取りが軍用車両内部に響く。その声が微かに緊張を帯びているのはその車両にワグナーとマルガレーテ、そしてシローやウィルたちトルキス家の子供も同席しているからだ。
マルガレーテに探知魔道具の運用を説明するためだが指名された軍用車両の隊員たちはワグナーたちに注目されて少し硬くなっていた。
「ウィルがせいれいさんたちとまほーをつくったの。すごいでしょ。えっへん」
そんな真面目な空気感をウィルが胸を張って一掃する。
少し張りつめていた空気が綻んでシローたちが笑みを溢すと隊員たちの硬さも自然と消えていった。
「すごいすごい」
ニーナに頭を撫でられてご満悦なウィルを眺めつつ、シローが簡単に説明する。
「車両に搭載された探知魔道具や通信魔道具はウィルが精霊さまたちと創り上げた魔法をカルツが魔法文字に書き起こしてリーリエさんが設計、ライラさんが形にしたものです。今はもう少し小型化できないか検討を続けています」
マルガレーテが注視するモニターは空属性の魔法で構築されていて誰の目にも見やすい。複雑な魔法を連動させる技術も感嘆に値する。長く冒険者として活躍してきたマルガレーテにも未知のものであった。
同じように感心しながら見入っていたワグナーも顎髭を撫でる。
「こうした技術は空属性の利便性や古代の技術に見られるものと聞いた。ウィルの感覚に頼っていたものがこうして形となり、皆が扱えるものへと昇華している。まことにあっぱれよな」
「あっぱれー?」
「うむ、あっぱれじゃ」
「あっぱれあっぱれ」
見上げてくるウィルにワグナーが笑顔で答えるとウィルも喜んで復唱した。言葉の意味を理解しているかどうか定かではないが褒められていることは分かったらしい。言葉の響きが気に入ったようだ。
(あっぱれ、か……)
ウィルとワグナーのやり取りを横目で伺ったマルガレーテが納得するように胸中で呟く。
ワグナーの言葉は未知の技術を形にした全員に送られたものだ。だが元を辿ればやはりウィルの功績は計り知れない。
なぜなら高度な魔法技術というのは秘匿されてしかるべきとされており、それを惜しげもなく公開して人々の役に立てようと考える人物自体が皆無であったからだ。魔法を新たに開発するという自らの強みを生かし、魔法を皆に教えたいと純粋に願うウィルの存在は特異なのだ。
これがウィルの精霊王である証ということなのだろうか。伝承では精霊王が人々に扱える魔法を広めて今の生活を勝ち取ったとされている。そして長い歴史の中で新たに生まれた魔法や消えていった魔法が数多く存在する。
魔法が人々の生活に根差している以上、ウィルの能力は絶大だ。魔法の元となる精霊たちと心を通わせて新たな魔法を開発するという力。魔法の創造力。
「ウィルね、いろんな人とおはなしして困ってる人をまほーで助けたいんだ」
マルガレーテを見上げて無邪気に語るウィルの頭をマルガレーテも思わず優しく撫でた。
(話には聞いていたが……三大国が、そしてソーキサス帝国に滞在するドワーフたちがこぞって同盟を望むわけだ)
マルガレーテが改めて同盟の意味を知る。
ウィルの願いと力は誰からも賞賛されるべきものだ。それは間違いない。
だが残念なことに今の世の中、ウィルの純粋な願いを正しく聞き届けようする者ばかりではない。人々が魔獣から生きる場所を勝ち取って少し余裕が生まれた今の時代ではウィルの力を悪用し利益を得ようと考える者は少なからず存在するだろう。危険視する者もいるかもしれない。
世界は純粋な厚意だけで回ってはいない。それもまた事実だ。
だからこそフィルファリア王国は動いた。内々ではシローに爵位を与え、他国へは同盟という形を取り、理解を示したフラベルジュ王国とソーキサス帝国は同盟に賛同した。
フィルファリア王国の魔法技術を同盟間で共有する――
近年相次いだ魔獣による異常事態と謎の組織【白の教団】による暗躍の対抗策として。見返りに対する賛否が分かれそうな同盟の条項はフィルファリア王家に注目を集める。
だが実際のところは違う。フィルファリア王国の魔法技術ではない。ウィルの魔法技術なのだ。それをフィルファリア王国の魔法技術とすることでフィルファリア王家が盾となってウィルの存在を隠し、フラベルジュ王家とソーキサス帝家で脇を固めた。
同盟の真の目的はまだ幼い二代目精霊王であるウィルを隠し守るため――
マルガレーテの胸中にはドヴェルク王国から依頼を受けた冒険者としてではなくテンランカーとしての矜持が渦巻いている。
(この子は守らなければ……)
ワグナーたちから頭を下げられたからではない。マルガレーテ自身が改めてそう感じている。
自分の手の感触に満足そうなウィルを見ながらマルガレーテは自然と己の心にそう誓っていた。そのためにはこれから迎える光の国の使者も納得させ、ドヴェルク王国に帰還してからはその良心を味方に引き入れなければならない。ドヴェルグ王国の使者としての立場も重いものになる。
密かに決心しながらマルガレーテが案内されるままに車内を見て回る。
「たんちまどーぐがあればなにかが来てもすぐわかっちゃう!」
「なにも来ないのがいちばんだけどね」
「それはそー」
自信をのぞかせるウィルにセレナがもっともなことを付け加えるとウィルもこくこくと頷いて。
万全を期したウィルたちの道行きは穏やかで大した問題に遭遇することもなく、そのまま西の辺境伯領の都市オリーオルまで進んでいった。
道中では乗る車両を変えて楽しんでいたウィルたちだったが街に入る際は所定の車両に乗り込んでいる。旅路を楽しむ子供には我慢を強いられることかもしれないがワグナーは笑みを浮かべながらウィルたちに助言した。
「決める時はきっちり決める。これが普段を楽しむコツじゃ」
学習する幼児たち。真剣に耳を傾けて頷くウィルやニーナの姿にセレナや今回初めて共に旅をするアニアは苦笑いを浮かべていた。ウィルたちに比べるとセレナやアニアは聞き分けがいいのだ。
アニアも初めての旅で緊張しているようだったが空気を和ませようとするワグナーの存在に今はいつもの調子で旅を楽しんでいる。
もしくはワグナー自身が今回の旅を楽しんでいるのか、セレナたちにも分からなかったが。
「ついたー!」
トルキス家の馬車の中でオリーオルの城壁を視界に納めたウィルが声を上げた。兵士の誘導に従い城門を抜けて飛び込んだ街の景色に子供たちが目を輝かせる。落ち着いた雰囲気の王都とは違い白を基調とした街並みは空の青さも手伝ってかさわやかな明るさを含んでいた。
知らせを聞いて詰めかけた群衆の歓声も大したもので、帝都を訪れた時のことを思い出したウィルが嬉しくなって表情を綻ばせる。
その歓迎ぶりにニーナも気分を高揚させていたがセレナは少し驚いていた。
「すごい歓声ですね……」
帝都に訪れた時とはまた違った驚きだ。あの時は歓迎される期待はしていなかった。それが覆されたという驚きだった。
今回は先王であるワグナーの同行をしているということもあり、歓迎されるだろうとは思っていた。だが群衆の熱狂ぶりはまるで英雄の凱旋を祝うような様相を呈している。
さすがのシローやセシリアも驚きを隠せない様子であった。
「先王陛下の人気、かなぁ……?」
シローも自信なさげに答えてセシリアに視線を向ける。セシリアも心当たりがないようで首を横に振っていた。
そんな戸惑いの中で一行は辺境伯の敷地まで通された。
まだ遠くで歓声がこだましている。ウィルたちは順番に馬車を降りて出迎える一団の前に並んだ。
「ようこそオリーオルへ。先王陛下。トルキス子爵」
先頭に立ってワグナーたちを出迎えたのはシローより少し年上くらいの男であった。そしてその両脇には品の良い老人と先頭の男よりもさらに若い男が並んでいた。
老人が前へ出てワグナーがその老人に手を差し伸べる。
「息災であったか、友よ」
「先王陛下におかれましてはお変わりなく……」
老人と握手を交わしたワグナーが隣にいる若い二人に視線を向けた。
「ハーベイン、少し辺境伯としての役柄にも慣れてきたか? それにエリウスも元気そうで何よりじゃな」
「父に負けないよう奮闘中でございます、先王陛下」
「王家より賜りし御恩を日々噛みしめております、先王陛下」
居並ぶ二人が揃って頭を下げ、満足げに頷いたワグナーがシローたちへ向き直った。
「紹介しよう。まずはアデリランド辺境伯家の当主ハーベイン。そしてその弟であるエリウス男爵と二人の父親である儂の友人、先代の辺境伯であるエランじゃ」
「以後お見知りおきを」
ワグナーに紹介されて一礼をしたハーベインがシローに握手を求めて。驚いたシローが戸惑いながらもその手を取った。爵位で言えばハーベインの方が上であり、ワグナーの同行者とはいえシローの方が礼を尽くさなければならない立場のはずなのだ。
困惑しているシローとセシリアが面白かったのかワグナーは笑みを深めていた。
ハーベインは次いでトルキス家の子供たちにも視線を合わせてくれた。
「道中お疲れはなかったですか?」
「はい、辺境伯さま。どの街へお伺いしても領内の方々は親切で。旅の苦などは全くございませんでした」
困惑しながらも子供たちを代表してセレナが答えるとその満点の回答にハーベインも相好を崩した。
そんな様子にセレナはやはり身分以外のものを感じていて。
ハーベインは姿勢を正すと視線をワグナーへ向けた。
「私の父と先王陛下は旧知の間柄で……先王陛下は視察と称してよく各領内を漫遊しながら悪事を見抜き、不正を正してくれていたのですよ」
「これ、人を遊び人みたいに言うでない。しっかりと視察しておるわ」
ハーベインの説明にワグナーが不満げに抗議する。どうやら冗談を交えられるくらいにワグナーとハーベインたちは気心を許しているようで。
「市井の方々の熱烈な歓迎も理解できました」
「それは違うぞ、セレナよ」
群衆の熱烈な歓迎をワグナーの人気ぶりからだと理解を示したセレナにワグナーが異を唱えた。
「えっ?」
不思議がるセレナ。シローとセシリアも同じような顔をしてワグナーを見る。
ワグナーは一度エリウスに視線を向けてからセレナに視線を戻した。
「あの歓声の大部分はトルキス家とその子供たちに贈られたものじゃ」
「ええっ!?」
これにはさすがのセレナも声に出して驚いてしまった。ワグナーへの歓声ではなく自分たちトルキス家に向けられた歓声。その覚えが全くなくセレナが困惑しているとワグナーはまたも嬉しそうに笑みを深めた。聡明なセレナの驚く顔を楽しんでいるようだ。
「どういうことでしょうか、先王陛下」
驚くセレナの代わりにセシリアが尋ねると気を良くしたワグナーがゆっくりと話し始めた。
「そこにいるエリウスは兄のハーベインに負けず劣らず優秀でな。民衆からの人気も高く将来を嘱望されておった。しかしながら爵位に空きはなく、このままでは貴族として政務を取り仕切るどころか家を興すこともできない状況であった」
かといって新たに爵位を作って授与することは簡単ではない。そんなことをすれば爵位は容易く飽和状態になってしまう。
エリウスの叙爵の望みは薄く、跡取りのいない貴族家の養子となるか爵位の空席を待つほかなかったのである。
「誰もが諦めとったんじゃがなぁ……カルディが謀反を起こしてトルキス家の子供たちで事件を解決したじゃろ?」
「魔獣騒動の……」
「ウィルが大暴れした事件ね」
「これはおはずかしい……」
讃えるようなニーナの笑みにウィルが恥ずかしそうに頭を掻く。一方、ワグナーの説明を聞いたセレナは納得した。
「カルディ一門は解体。深く関わっていた貴族家は爵位を没収されて爵位には空きができた。それでも誰かをすぐに任命するという運びにはならん。そこで――」
「どーなるー?」
続きが気になってウィルがワグナーとセレナを交互に見上げる。ウィルにとってセレナは物知りでウィルの疑問になんでも答えてくれると思っている。
そんなウィルの様子を理解してワグナーはその続きをセレナに促した。
「どうなると思う、セレナ?」
「えっ? えっと……」
答えまで教えてもらえると思っていたセレナは突然の質問に驚いていたがすぐに落ち着き思考を巡らせて思いついたまま答えた。
「おそらくですけど……謀反の際に多くの被害が出たとお聞きしましたので……復興の物資を優遇してもらう代わりに爵位を与える権利を差し出したのではないかと。そうすれば一方的な催促にはならず物資を送る側も快く対応してくれると思われます」
セレナの回答を聞いたエランは驚いたように微かに目を見開いて、それから笑みを深めた。ワグナーも正解と言わんばかりに深く頷く。
王家も復興に必要な物資だけを有力な貴族から手配することはできた。だがその見返りに爵位を与える権利を用意し、円滑に物資を調達したのである。
爵位を与える権利というのは優秀な人材を確保する正当な手段。有って腐ることはない。都合できる物資があるのなら引き換えておいて損はない権利だ。特にアデリランド辺境伯家にとっては。
「セレナ嬢の察しの通り。エリウスに皆から待望された爵位を叙爵できたというわけです」
「不要な爵位を回収でき、有力な貴族と円滑な取引をできたのじゃからウィンウィンじゃな」
相好を崩すエランとしてやったりといったような笑みを浮かべるワグナー。その表情を見るにワグナーも権利の譲渡に一枚嚙んでいたのではないかと想像させられてしまう。
かくしてトルキス家の噂は密かに広まりアデリランド辺境伯領で英雄扱いされることとなったのである。
ワグナーの表情に困った笑みを浮かべているセレナを見てエランはとても嬉しそうであった。
「王都のお歴々が高く評価をし、アルティシア王女殿下が傍に置きたくなる気持ちも分かりますな」
「であろう?」
セレナを称賛するエランにワグナーも得意げな様子だ。
そんな盛り上がる老人たちを辺境伯であるハーベインが促した。
「お父様、先王陛下。積もる話もありましょうが皆さま長旅でお疲れのはず。場所を移してゆるりと過ごすことにいたしましょう」
「うむ。そうだな」
ハーベインの提案にエランが深く頷いて。
エリウスの指示に従った使用人たちも動き出してウィルたちは辺境伯の屋敷へと案内されていった。




