マルガレーテの助力
「マルガレーテさん。こちらだいにおうじょのフレン姉さま。それからウィルのお姉さまのニーナ姉さま。なかよしのアニアお姉ちゃんと――」
「…………」
ウィルが順番に紹介していく様子にマルガレーテは言葉を失っていた。精霊のみならず、とうとう王族まで来てしまった。いや、精霊が遊びに来るのだから王族が遊びに来ても不思議はないのか。
マルガレーテは分からなくなってしまっていたが遅れて歩み寄ってきた老人は護衛を引き連れており、マルガレーテの目から見てもただ者でないのは明白であった。
「あと、せんおーへーかー」
嬉々として迎えるウィル。
ただ者ではない、どころではなかった。フィルファリア王国の前国王である。軽々しく人前に姿を現すような人物ではない。
だというのにウィルはまったく物怖じせず、マルガレーテは理解に苦しみつつも失礼のないように会釈をした。
「私、テンランカー第十席を勤めますマルガレーテと申します。以後お見知りおきを……」
「うむ。儂はフィルファリア王国、先の国王ワグナーじゃ。そう畏まらんでくれ。ただの隠居ジジイじゃよ」
そうは言われてもマルガレーテが気安く接するなどできるはずもなく。
困った表情を浮かべるマルガレーテを見ていたずらっぽく笑みを浮かべたワグナーがフレデリカの方へ視線を移す。
「今日はシローに用があったんじゃが……出掛けにマルガレーテ殿の来訪を知らされてな。それを聞きつけたフレデリカたちに捕まって一緒にトルキス邸へ訪れたのだよ」
「どうしてもお会いしたくて……」
フレデリカが頬を染めてはにかむ。どうやら勢いで行動したという自覚があり、恥じているようだ。
だが王女であるフレデリカならば強行せずともマルガレーテを城に招くことができるはずである。
そう考えたマルガレーテは不思議に思いながらフレデリカと視線を合わせた。
「お招きいただければ喜んで足を運びましたのに……」
社交辞令ではあるもののそれがフレデリカとマルガレーテの立場の差なのだ。呼び出されれば赴かなければならない。しかしフレデリカは横に首を振った。
「そうは参りません。テンランカーであるマルガレーテさまに礼を尽くすのは武人として当然のこと」
王女の口からなかなか聞き慣れない言葉が飛び出した。
(武人……?)
武人が、なんだと。
言葉の意味が消化しきれずマルガレーテが反応に窮していると横からウィルが助け舟を出してくれた。
「フレン姉さまとニーナ姉さまはたたかいのおけいこが大好きなんだよ。今日もニーナ姉さまはおしろにおけいこにいってたの」
要するに武術を好み自身も強くなりたいフレデリカはテンランカーとして名を馳せているマルガレーテを呼びつけるのは失礼だと考えているようで。自ら赴くことで敬意を示したいらしい。
城内の世話役からすれば頭が痛くなりそうな行動だ。王女さま、大人しくしていてくださいませ、と。ドヴェルク王国の王族であったマルガレーテの耳にもどこからかそんな声が届きそうであった。
そんな感想に浸るマルガレーテの前でフレデリカとニーナが姿勢を正す。
「改めまして。フィルファリア王国第二王女フレデリカと申します。以後お見知りおきを」
「シロー・ハヤマ・トルキスの次女ニーナと申します。マルガレーテさま」
丁寧な礼を見せるフレデリカとニーナ。だがそれは貴族の子女が見せる優雅なものではなく、武芸の所作に用いられる凛とした礼である。
さすがのワグナーもこれには苦笑いを浮かべていた。どうにもフレデリカたちには飾り気というものが足りてない。
そんな姉たちの様子が気にならないのか、ウィルは周りを見回した。
「フレン姉さまだけー?」
首を傾げるウィル。ウィルがフレデリカに会うのは王城に出向いた時で第三王女のテレスティアと過ごす時がほとんどだ。その折に第一王女のアルティシアやフレデリカに挨拶をしている。一緒に過ごすこともなくはないが他の王女たちがいないことにウィルは少し違和感を覚えたようだ。
ウィルの言いたいことを察したフレデリカが笑顔でウィルの頭を撫でる。
「アルティお姉さまは他の貴族の子供たちと過ごしているわ。テレスは誘ったけど……まだ勇気が出ないみたい」
フレデリカの説明にウィルが納得する。
確かにセレナもこの場にいない。確かアルティシアに招かれてニーナとアニアを連れて共にお城へ向かったはずなのだ。それにテレスの性格もウィルは幼いながらに理解していた。フレデリカに誘われて一緒に来なかったのもなんとなく理解できる。
「テレスは恥ずかしがり屋さん」
ウィルの一言で周りもなんとなくテレスティアのことを察した。末妹のテレスティアはその存在は伝えられているもののまだ公に姿を現してはいない。モンティスたちの目に触れる機会もないわけだがその理由がウィルの口から聞けてモンティスたちは納得した。
そんな子供たちの様子がおかしかったのかフレデリカが笑みを深める。
「でもね、テレスはいろんな人と話せるようになってきたわ。ウィルのおかげよ」
フレデリカから率直に功績を讃えられてウィルが照れ笑いを浮かべた。子供たちも自然と羨望の眼差しをウィルに向ける。王女から直々に褒められる光景などなかなか目にできることではない。
「またテレスに会いに来てあげて」
「もちろん」
フレデリカの誘いを快諾するウィル。本当は恐れ多いことのはずだがウィルはあまり気にしてないようだ。ウィルのこういう物怖じしないところはフィルファリア王家も助かっていた。
「ところでウィルよ」
ウィルの態度に内心気を良くしていたワグナーがウィルの顔を覗き込む。
ワグナーは今日シローだけではなくウィルにも用事があったのだ。
「なにー?」
「実はな、近々光の国からフィルファリア王国に使者が来ることになってな」
「ほー?」
ウィルはよく分かっていなかったが一緒に聞いていたマルガレーテはすぐに理解した。
(光の国アルメア皇国……)
西の大陸の大国。おそらくはフィルファリア王国を中心とした大規模な同盟を牽制するために使者を送ってくるのだろう。ドヴェルク王国でも予想していた動きだ。それを見越してマルガレーテは【大空の渡り鳥】の動きを調査しに来たのだ。
黙って成り行きを見届けるマルガレーテの前でワグナーが続ける。
「それでな、儂がその対応に赴くことになったのじゃ」
先王自ら動く。それがどれほど重大なことかマルガレーテに分からないはずがなかった。
いかに国運に左右するとはいえ先王自ら出向くなど普通はあり得ない。フィルファリア王国はアルメア皇国の使者をそれほど大事に考えているということになる。
ウィルはその重要性には気付かずきょとんとしてワグナーの言葉を待っていた。
「そこでなウィル。おぬしも儂と一緒に西の辺境伯領へ遊びに行かんか?」
「ふえ?」
「実は西の辺境伯領には儂の古い馴染みが多くてな。これを機にウィルたちのことを紹介したいと考えておるのじゃよ」
「はー……」
急な申し出だったためウィルは驚いていたがワグナーの言葉の意味は理解できたようで。視線をシローやセシリアの方へ向けた。
「とーさまやかーさまに聞いてみなくっちゃ」
「少し意地悪じゃったかな。もちろんウィルの家族も一緒にじゃよ」
「ほんと!?」
最初からシローにはワグナーと同行してもらう手筈になっている。ウィルだけを誘っているわけではないのだ。そのことを黙ってウィルに声をかけてみたのはワグナーのいたずら心であった。
ウィルには内密だがワグナーは今回の訪問でウィルの理解者を増やそうと考えており、自身が赴くこととシローの同行を国王のアルベルトに進言していた。
ともあれ家族みんなでお出かけできる、というのはウィルにとって大変なご褒美であった。
「ウィルもいくー」
「そうかそうか、それはよかった」
ウィルが快く了承してワグナーからも笑みが零れる。
そんな二人のやり取りをマルガレーテは黙って見守っていた。
その日の夜――
マルガレーテは一人、トルキス邸のテラスにいた。
シローの計らいでマルガレーテはトルキス邸の客室に案内され滞在することとなった。その客室から近いテラス。家人はもう寝静まっているだろう。そんな時間だ。
マルガレーテは一人、その日の出来事を思い返していた。
「お姉さま……」
マルガレーテの背中から声がかかる。肩越しに振り返るとそこにはライラが立っていた。出会った時とは違い今は渦を巻いたようなレンズのメガネをかけている。
ライラの出で立ちにマルガレーテは小さく笑った。
「相変わらず間の抜けたメガネね……」
「私は結構気に入ってるんですが……この魔道具」
マルガレーテに釣られてライラも笑みを浮かべる。
ライラのかけている何とも言えないメガネがライラをドヴェルグ王国から旅立たせた理由だ。もう何十年も昔になる。
「鑑定能力を宿したメガネか……」
「このメガネで世界中を見て回りたい。そう思ってドヴェルク王国を飛び出したのですが、まさか同じことを考えて旅を始めた人物がいるとは思いませんでした」
「相方のエルフ……?」
「はい。彼女のメガネも私のものと同じです」
鑑定の魔法というのはおとぎ話に出てくるような魔法だ。あらゆる知識を授けてくれるがとてもおおやけにできる魔道具ではない。そんな魔道具がこの世に二つも、それも同時期に存在するなど想像もできずライラとスーリエは出会ってすぐに会話を弾ませてそのまま意気投合した。それ以来、二人はともに活動している。
マルガレーテとの会話が途切れ、ライラは気になっていたことをマルガレーテに尋ねた。
「お姉さまは先王陛下と二人でお話しされていたようですが……?」
「ああ……」
それはマルガレーテにとっても予想外のことで、彼女が一人テラスで物思いに耽っていた理由でもある。
小さくため息をついてからマルガレーテが口を開いた。
「頼まれたんだよ……坊やの――ウィルの力になってやってくれないか、と……」
人払いをして。頭を下げてまで。
『お顔を上げてください、先王陛下』
『いや、構わぬ。シローやセシリアのことを思えば尚更、な。身内から精霊王が誕生したということは確かに名誉なことだ。だがウィルはまだ幼子。世間のことなどまったく分かっとらん。普通の子供なのだ。そんな強大な力を持つ幼子を守り育てていくためには多くの理解者や仲間が必要になる。邪神の勢力に狙われるのならば尚更だ。だからマルガレーテ殿、どうかウィルの力になってもらえないだろうか。ウィルを守るためならばこの老いぼれ、頭を下げることなど容易いことだ』
言い終えてようやく頭を上げるワグナーにマルガレーテが安堵した。
容易いわけがない。一国の王であった者がテンランカーといえど冒険者に頭を下げるなどと。
それほどまでにウィルを守りたい。今回の同盟の真の意味は邪神への備えとその中心となるウィルベルを守るためなのだ。それがマルガレーテにもよく分かった。
マルガレーテがワグナーとのやり取りを思い出していると彼女の横までやってきたライラが深々と頭を下げた。
「……なに?」
「どうかマルガレーテお姉さまにお力添えを賜りたく……」
勢い良く頭を上げたライラがマルガレーテに迫る。メガネのせいか妙な圧力がありマルガレーテは一歩引いてしまった。
「ウィルさまは本当にすごい子です。特に魔法における知識欲や応用力、解析能力も群を抜いています。精霊さまと共にあるウィルさまがいれば魔法技術は今よりもずっと発展するでしょう。生活も豊かになり、邪神の勢力や魔獣と戦う力にもなります。ですが……」
急に勢いを失って身を引くライラにマルガレーテが眉を歪める。
そんなマルガレーテの様子に気付きもしないでライラは続けた。
「技術者が足りないのです。魔道具のアイデアを上手くまとめたとしてもそれを形にできる職人が圧倒的に足りてない……王国お抱えの技術者たちが頑張ってくれていますがそれでも」
素晴らしい発明があったとしても普及できなければ意味がない。王都周辺を巡回する探知魔道具搭載型の車両もまだまだ足りなかった。白鬼や白面の魔獣の発見報告は増えてきているのに。
「ですからお姉さまにドヴェルク王国の技師を派遣して頂けるようドヴェルク国王にお口添えして頂きたいのです」
「それは……」
言いかけてマルガレーテはやめた。
ドヴェルク王国の技師を派遣するということはフィルファリア王国の魔法技術を共有するということだ。技術者でもあるライラがそのことを分からないはずがない。そしてその申し出はライラの一存で行えるようなものではない。
おそらく人手不足はフィルファリア王国でも問題になっており、信頼ある技術者の確保はウィルを助けるということにもつながっているのだ。
同盟を組めば人材は確保できる。だが信頼のおける者になるかどうかは未知数。あえてライラが願い出たということは信頼を置ける人物をマルガレーテに派遣して欲しいという彼女の願いだ。
「私もそんなに発言力があるわけじゃないんだけどね……」
それでもウィルを守ろうとするならばライラの願いは叶えなければならない。そのことをマルガレーテも理解していた。
諦めたように天を仰ぐマルガレーテ。
彼女がなにかを言う前に新たな人影がテラスに姿を現した。
「水臭いではないですか、相棒」
すらりとした美しい肢体にライラと同じ残念なメガネ。エルフのスーリエが静かに歩み寄ってライラの隣へ並んだ。
「スーリエ……」
「ライラの願いは我が願いも同じ。セシリア様の御父上オルフェス様の時より我らは恩を受けているのです。ウィルさまの為なら私も同じく頭を下げましょう」
どうやらスーリエはライラの願いを聞いていたようでライラと同じようにマルガレーテに向かって深々と頭を下げた。
ワグナーにライラにスーリエと。次々と頭を下げられてマルガレーテはため息をついた。フィルファリア王国に来てこれほど頼りにされるとは考えてもみなかった。
「エルフがドワーフに頭を下げるなんて……」
「エルフとドワーフの仲が悪いという迷信のことですか?」
嘆息交じりに呟くマルガレーテの言葉を聞いてスーリエが顔を上げる。
人々の間ではエルフとドワーフは犬猿の仲であるなどと言われている。だが実際は住んでいる地域も離れていてお互いを意識しているエルフやドワーフは少ない。話に聞く程度だ。
だからスーリエは昔出会ったエルフとドワーフのそりが合わなかっただけだろうと考えていた。
「私はライラの相棒ですよ? エルフもドワーフもいろんな者がいることを知っています」
種族が違うというだけで敬う相手を変えるのは馬鹿げている、と。
はっきりと意思表示をするスーリエにマルガレーテも諦めた。
「ですからお姉さま、どうかご助力を」
「あんたの姉じゃない」
縋りつくようなスーリエをマルガレーテが押し返し、それを見たライラも笑みを深める。
結局そんなやり取りがしばらく続き。彼女たちを見守っていた影がひとつ、テラスの窓辺から離れるのを彼女たちは気付かなかった。
「話に行かないんですか?」
「盗み見かよ……」
立ち去ろうとするロンの背中にカルツが声をかける。ロンもマルガレーテに話があったようだが先客がいて様子を伺うに留めたらしい。
そんなロンの様子をカルツは見守っていたようだが。
「気付いたんなら声かけろよ」
「まさか。今来たばかりですよ?」
笑みを浮かべるカルツからは本心が見えず、ロンが嘆息する。漂々としていて掴みどころがないのは昔から変わっていなようだ。
諦めたようにロンが肩を竦める。
「今日は日がわりぃ。後日にするよ」
それだけ言い置いてロンは振り返ることなく自室へと去っていった。
そんなロンを見送ってからカルツもまた自分にあてがわれた部屋の方へと足を向ける。
カルツの横に空属性の精霊であるスートが現れて嘆息した。
「二人ともウィル坊のためにドワーフと話したかっただけだろ? 行けばいいじゃん」
「言葉が過ぎますよ、スート。何事もタイミングというものがあるのです」
図星を突かれたカルツが顔には出さず軽くスートを諫める。二人の行動に納得がいかないスートは不満げに安い相づちを打ってそのままカルツの後を追従するのであった。




