動向
(私は何を見せられているのだろうか……)
ウィルに手を引かれて導かれた席でマルガレーテは子供たちに囲まれていた。
子供たちに囲まれることはなんの問題もない。普段はテンランカーとして普通の冒険者では手に負えないような依頼をこなしているのだ。戦闘を離れた時くらい穏やかな時間があってもいい。マルガレーテに子供たちの誘いを断る理由はなかった。
問題はそこではない。そんな穏やかな子供たちの中にあってウィルは契約した精霊や幻獣を次々と顕現させた。
風の一片から前もってウィルが二代目精霊王だと伝えられていなければマルガレーテも驚きを隠せないでいただろう。精霊や幻獣と契約することは特別なことで一柱と契約しているだけでも一目置かれる。それがウィルに至っては指折り数えることになる。
これが二代目精霊王の証だというのであればマルガレーテも納得できた。
ではなにが問題だというのか。それはウィルが精霊や幻獣を顕現させることになった理由だ。和菓子パーティーの始まったトルキス邸の庭に次々と精霊たちが姿を現し始めたのだ。
「みんな、いらっしゃーい」
『ウィル、遊びに来たよー』
『なにそれ美味しそう!』
「わがしってゆーんだよ。みんなもたべていーよ」
『ほんと!?』
『わーい、いただきまーす』
ウィルの下へ訪れた精霊たちが歓喜しながら和菓子へ手を伸ばす。風に土、水と樹の精霊もいるだろうか。みんな和菓子を口に運んで幸せそうに舌鼓を打っている。街の、それも人の住まいに精霊たちが訪れるなんて話は人より長く生きるドワーフのマルガレーテも聞いたことのない話であった。
呆然とするマルガレーテを他所に風の精霊であるシュウとカシルが和菓子を手にしてウィルの方へ戻ってくる。
『いやー、ラッキーだったな。こんなうめぇモンにありつけるなんて』
『ほんとだよねー』
「ちょっとシュウ、カシル! 客もいるのよ! なんでこんなに精霊たちが姿を現すのよ!?」
風の精霊であるアジャンタが風の精霊のまとめ役となっているシュウとカシルを問い詰める。
ウィルと契約している精霊たちからすればマルガレーテの存在を気にも留めず姿を現す精霊たちが信じられないようで。
アジャンタに問い詰められたシュウとカシルが和菓子を咥えたまま同じ方向を指差す。指差された先には精霊たちの中でも異彩を放つ二つの人影があった。
『和菓子は久方ぶりだな。キョウ国へ遊びに――視察に訪れた時以来だ』
『お主、いま大幻獣にあるまじき言葉を口走らんかったか?』
異国の雰囲気を持つ偉丈夫と体に張り付くような衣装を身に纏う目を見張るような美少女。水の大幻獣ユルンガルと地の大幻獣であるレクス、その幻身体だ。
人々に啓示をもたらすと言われている存在がさも当たり前のようにトルキス邸の庭で和菓子を堪能しているのである。
「レクス様……」
「ユルンガル様……」
土の精霊シャークティと水の精霊ミネルヴァが頭を抱える。レクスたちの様子からは大幻獣としての威厳をまるで感じられず。
『俺たちは気になる噂を拾ってここに来たんだよ』
『居合わせたのは偶然だね』
シュウとカシルの話によるとシュウたちは別件でトルキス邸を訪れており、たまたま居合わせたレクスたちを見て姿を現すことにしたらしい。他の精霊たちが姿を見せたのもレクスとユルンガルがあってのことだろう。
『そこのドワーフが味方なんてことは見りゃ分かんだろ?』
『そうだね。レクス様やユルンガル様を見て正気でいられるんだから……ドワーフさんに害意はないよ』
もしマルガレーテに害意があれば大幻獣であるレクスたちの存在を受け止められない。大幻獣とはそれだけ圧倒的な存在なのだ。だからこそ王都の魔獣騒ぎや大規模な飛竜の渡りは精霊たちにも問題視されている。
精霊たちから大幻獣の力を説明されて子供たちはなにやら感心しているようであった。
一方アジャンタもレクスたちの緩さを見て諦めたのか、それ以上なにも言わなかった。
「シュウとカシルはごよーじ?」
『ん? ああ、ウィルの父ちゃんにな』
『気にすることないよ。急ぎじゃないから』
シュウとカシルを見上げて首を傾げるウィルにシュウたちが笑顔で答えて子供たちの輪に加わる。どうやら居座る気満々のようだ。
結局マルガレーテはウィルたちや精霊たちに囲まれることとなり。
「どーしたのー?」
ウィルが呆気に取られたままのマルガレーテに声をかけるとみんなの視線がマルガレーテに集まった。
我に返ったマルガレーテが慌てて首を振る。
「あっ、いや……精霊って食事するんだと思って……」
一般的に精霊や幻獣は食事しないと言われていてマルガレーテもその常識を信じていたのだ。
だが必ずしも食べない訳ではないらしい。
「精霊も幻獣も基本的には食べなくても問題ないですが食べておいしいと感じることはできます。食べることが好きな精霊や幻獣もいますので……」
そう丁寧に教えてくれたのは樹の精霊であるクローディアであった。クローディアはお茶を味わうのが好きな精霊でもある。
「ウィルはその……精霊たちと仲良しなんだな」
「みんな、ともだちー」
マルガレーテの質問にウィルが笑顔で答える。その表情は裏表もなく幸せそうでマルガレーテも余計な詮索をするのが馬鹿馬鹿しく感じるほどだ。
ウィルたちがしばらく会話に花を咲かせていると廊下の方が俄かに騒がしくなった。
どたどたと駆けてくる足音が近づいてきて視線が廊下の方へ集まる。足音は扉の前で止まり、そして開かれた。
「間に合った!?」
「私たちの迅速な行動が功を奏したようね、ニーナ」
姿を見せたのは外出していたニーナともう一人。なんとフィルファリア王国第二王女であるフレデリカであった。
「ニーナ……とフレデリカ王女殿下?」
廊下を走ったニーナを注意しようとしたシローが一緒にいたフレデリカに目を瞬かせる。
そんな二人と同行していたのだろう。アニアに案内されて姿を現した人物に全員が驚いた。
「賑わっておるな」
「先王陛下!?」
アニアと共にいたのはフィルファリア王国の先王ワグナー・レナド・フィルファリアとお付きの護衛であった。
ワグナーが笑みを浮かべて案内したアニアの頭を優しく撫でる。
「アニアや。興奮を抑えられず廊下を走ったフレデリカとニーナをしっかり叱ってあげなさい」
笑顔ではあるが孫と姪孫の行儀の悪さを不問にする気はないようで。ワグナーに促されたアニアがニーナたちに視線を送ると二人は苦笑いを浮かべて居住まいを正した。
「フレデリカさま、ニーナちゃん。分かっていると思うけど、急ぎでもない限りは廊下を走っちゃダメです」
「「はい~……」」
アニアの言葉に素直に従うニーナとフレデリカ。二人はひとしきり反省の態度を取ると大人たちの間を抜けてウィルたちの方へ向かってしまった。
「先王さま、あんな感じでよろしかったでしょうか?」
「よい、よい。苦労を掛けるな、アニアよ」
見上げて確認してくるアニアにワグナーが頷いて。アニアはワグナーと近付いてきたシローに一礼してからニーナたちと同じくウィルたちの方へ足を向けた。
アニアを見送ったシローが視線をワグナーへと戻す。
「アニアにフレデリカさまの指導をさせてよろしかったのですか?」
「そんな大それたものでもあるまい。それにフレデリカはアニアのことを気に入っておる。気の合う友の言葉であれば少しは身に沁みるだろうて」
心配するシローを他所にワグナーは余裕であった。アニアの身元の引受先はトルキス家であり、ニーナとも良好な関係を築いている。そんな二人の教育は立場の違いこそあるものの分け隔てないものであり、それを知っているフィルファリア王家はトルキス家の教育とアニアの人柄を評価しているのだ。
「まぁ、そんなことより……」
ワグナーが話を切り替えるように封書を取り出してシローに差し出す。ワグナー来訪の理由を察したシローが受け取った封書を確認した。封書にはフィルファリア国王であるアルベルトのサインが記されている。
「これは……」
ただ事ではない雰囲気にシローが視線をワグナーへと戻す。ワグナーは長い話にする気がないようで短く口にした。
「……光の国が動き出した」
「光の国……アルメリア皇国……」
シローが思わず復唱する。海を隔てた隣の大陸を二分する強国のひとつ。それがフィルファリア王国を中心として広がる同盟に対して動きを見せたのだ。ワグナーの言葉がなにを意味するのか、シローに分からないはずがなかった。
「詳しい話は明日の会議で。正式な命令は後日下るじゃろうが……シロー殿にも西の辺境伯領に同行してもらうぞ」
「はっ」
姿勢を正したシローが敬礼で応える。アルメリア皇国がどのような行動に出るのか不明だが今回の訪問は邪神に対抗するための協力者や戦力を得るチャンスでもある。それはウィルの理解者を増やす行為に他ならない。封書で先んじてきたということはおそらくアルベルトもいい機会だと判断しているのだろう。ワグナーが同行するというのもシローからすれば心強い。
「では儂も子供たちと少し話してくるかのう」
笑みを浮かべたワグナーはシローにそう言い置くと戸惑う者たちに見送られながらウィルたちの方へと歩いていった。




