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甘味パーティー

「お初お目にかかります、マルガレーテさま。私は当家の家宰を勤めさせていただいておりますトマソンと申します。以後お見知りおきを……」

「こちらこそ突然の訪問、申し訳ございません」


 老紳士の丁寧な所作にマルガレーテも礼をもって返す。

 ハッチが遣いを出したことによりトルキス家がマルガレーテの訪問に混乱することはなかった。メイドが玄関の前に整列し、最大限の歓迎でマルガレーテを迎え入れる。

 どこにでもある貴族家の一般的なやり取りだがマルガレーテはトマソンの所作だけで感じるものがあった。


(この執事……相当な使い手よね)


 トマソンが【フィルファリアの雷光】の二つ名を持つ傑物だと知っていればマルガレーテもすぐに納得しただろう。トマソンの佇まいは物腰柔らかでいて隙がなく、長く生きたマルガレーテも一目置くほどの老練さを秘めている。

 そんなトマソンとマルガレーテのやり取りを見守っていたロンが進み出てトマソンの横に並んだ。

 ウィルとレンに見つかってトルキス家へ招待されたという経緯はロンの耳にも届いているのだろう。すでに知り合いであるロンの視線に呆れが含まれていてマルガレーテの表情が微かに曇る。


「何やってんだよ、あんたは……」

「少し街の雰囲気を満喫しようと思っただけなのよ……」


 嘆息するロンに向かって唇を尖らせるマルガレーテ。その表情はドワーフの女性特有の幼さも相まってまるで子供のようだ。

 トマソンが表情を綻ばせて間を取り持つ。


「まぁまぁ、立ち話もなんですから……」


 このままではメイドたちも並んだままで仕事に行けない。

 トマソンに促されたロンたちはそれ以上言い合うこともなく屋敷の中へ入った。トマソンがメイドに指示を出してから二人を先導する。

 特に会話もなく廊下を進んだトマソンがシローの執務室の戸を叩き、返事を待ってから室内へマルガレーテとロンを通した。

 室内には立ったままマルガレーテを待つシローと傍らに並ぶセシリア、そしてカルツたちトルキス家の主要なメンバーの姿があった。

 居並ぶ顔ぶれの中に見知ったドワーフの姿を見つけてマルガレーテが目を見開く。


「ライラ!?」

「ご無沙汰しております、お姉さま」


 寝不足気味のようで目元に疲労が浮かんでいるが妹の顔を見間違えるはずもなく。ライラは久方ぶりにあった姉を笑顔で出迎えていた。

 そんな二人の様子にセシリアが笑みを深める。


「ライラに聞いて驚きました。マルガレーテさまとライラは異母姉妹でドヴェルク王家の血筋だったんですね」

「気になさらないでください、セシリアさま。私もマルガレーテお姉さまも下から数えた方が早い……いわゆる出涸らしです」


 ライラの表現は間違えてはいないのだろう。マルガレーテにも異論はない。二十も兄弟がいれば自然とライラたちのような感情になる。どのみち王家の束縛もなく自由に生きるライラたちは王家の血筋を名乗る気もない。

 セシリアがライラの言葉にどう反応したものかと困って苦笑いを浮かべる。

 そんなセシリアの様子がおかしかったのか、シローも頬を緩めた。ただ笑ってばかりもいられない。シローはマルガレーテを迎えるトルキス家の家長なのである。


「ようこそマルガレーテどの。私はこの屋敷の主、シロー・ハヤマ・トルキスと申します。以後お見知りおきを」


 柔らかな口調で名乗るシローにマルガレーテは思わず姿勢を正した。

 シローからはマルガレーテを警戒する様子はない。テンランカーであるマルガレーテが用もなくフィルファリア王国に訪れるはずもなく、シローもそのことを理解しているはずなのに。シローの対応は懐が深く、不思議な魅力を感じさせた。


(これが【飛竜墜とし】葉山司狼か……)


 黙したままシローを見上げるマルガレーテ。一方、シローはマルガレーテを心から歓迎していた。シローたちからすればマルガレーテの要件がどうであれ外部のテンランカーと接触できるのは大きい。トルキス家に関係者がいるのであれば尚更だ。


「ロンとも面識がおありなのだとか……それなら遠慮せずに当家にお越し下されればよろしかったのに」


 まるで味方でも出迎えるかのようなシローの申し出にマルガレーテが少し呆れる。後ろめたいことがないにせよ、さすがに警戒心がなさすぎだ。

 そのことを窘めるべきかマルガレーテが迷っているとロンが見透かしたように口を挟んだ。


「すぐ仕事に取り掛かるのが嫌で甘味処に行ってたんだろ? 警戒して身構えるわけねぇだろうが……」

「ううっ……」


 マルガレーテの行動は危機的な対応を感じさせるものではなく。トルキス家に警戒しろという方が無理な話だ。なにせこの後ウィル発案で和菓子パーティーまで開かれる予定なのである。

 自らの失態に何も言えなくなってしまったマルガレーテを今度はシローが取り成した。


「まぁまぁ……俺たちもそこまでテンランカーの仕事に邁進していたわけじゃないだろ。それにウィルに見つかってしまったんだ。しょうがないじゃないか」


 シローの言葉に納得したロンは肩を竦めてそれ以上とやかくは言わなかった。同室した面々もウィルと印象的な初対面を果たした者が多く、皆それぞれ納得している。

 そんなロンたちの雰囲気をマルガレーテは不思議に映っていた。


(あの子に見つかったから……?)


 確かにウィルはマルガレーテの強さをすぐに感付いていた。それどころかレンと繰り広げた目に見えない技術戦も看破している。

 どう見ても幼いウィルとの出会いはマルガレーテにも印象的であった。


(報告書にはロンもウィルと行動を共にして一緒に貴族の子供たちを救出したとあった。あの堅物のロンを納得させるだけのものがあの子にはあるってことか……)


 そんな風に考えながらマルガレーテがシローに促されるままソファに腰を下ろす。

 ここまで醜態を晒したのであれば取り繕っても仕方がない。マルガレーテも回りくどいのは嫌いだ。

 マルガレーテは向かいに座ったシローを見据え単刀直入に切り出した。


「ドヴェルグ王国はソーキサス帝国の勧めと帝国に派遣されたドヴェルグ王国の大使の進言を受けて西方同盟参加を前向きに検討しているの。でも同時にフィルファリア王国に集まった【大空の渡り鳥】の動きにも警戒していてね。その調査に私が派遣されたってわけ」


 同盟と同時に動き出した冒険者の戦力集中。その理由を探るためにマルガレーテが派遣されたのだと。

 冒険者の問題は冒険者が解決する、というのが基本なので妥当な判断だ。

 シローたちも他国からの冒険者派遣はある程度予想はしていた。


「懸念事項に上がってはいたけど……やはり見過ごしてはもらえなかったか」

「それはそうですよ。西方の三大国が手を組んで、救国の英雄と呼ばれた【大空の渡り鳥】が集まっているのですから。他国からは脅威のはずです。参加するドヴェルク王国が不安に思うのも無理ないですね」


 嘆息するシローにカルツがいつもの笑顔で答える。

 戦力の集中は同盟国内でも議論されていた。トルキス家の理解者である他国の王族や貴族の理解は得られている。しかしそれ以外の貴族からはたとえフィルファリア王国の貴族であっても王都の戦力集中を疑問視する意見が上がっている。

 しかしそれは誰が味方か分からない以上仕方のないことであった。


「マルガレーテどのはフィルファリア王国の王都で起きた魔獣騒動はご存じですか?」

「もちろん」


 真っ直ぐ見返してくるシローにマルガレーテが頷いてみせる。王都レティスで起きた悲惨なテロ活動は離れたドヴェルグ王国にも知れ渡っているようだ。

 マルガレーテの様子を伺いながらシローが続ける。


「レティスの魔獣騒動も帝都の内乱も【白の教団】という組織が関わっていた。最近の調査ではシュゲール共棲国とフラベルジュ王国に甚大な被害をもたらした大規模な飛竜の渡りにも同じ組織の関与が疑われています」


 大規模な飛竜の渡りに関してはウィルと契約した黒竜のバハリムの証言から【白の教団】の関与が浮上した。バハリムは竜域で嗅ぎつけた香りによって正気を失い、エルダードラゴンに覚醒するまで溢れ出る破壊の衝動に翻弄されていたのだそうだ。


「未だその目的がはっきりしない【白の教団】という組織の危険性を共有し、国境を越えて警戒すること。お互いが手を取り合い何者にも負けない豊かな国を作り上げていくこと。そのための同盟です。表向きは」

「表向きは?」


 シローが最後に付け足した一言にマルガレーテが反応する。違う目的があると言っているのだから当然だ。

 だがシローはすぐにその目的を語らなかった。マルガレーテに納得してもらうには今いるメンバーだけでは足らないと考えたからだ。


「一片、アロー」

「スートも同席しなさい」


 シローとカルツの声に応えて幻獣である風の一片と風の上位精霊であるアウローラ、そしてカルツと契約している空属性の精霊スノートも姿を現した。

 幻獣や精霊が人前で姿を現したがらないことはマルガレーテも知っている。だからこそわざわざ一片たちを呼び出したシローたちの本気が伝わってマルガレーテは姿勢を正した。

 シローに代わって呼び出された一片が話を続ける。


「【白の教団】の背後には遥か昔初代精霊王が封印した邪神が存在している。本来であればまだ猶予のあった初代精霊王の封印を邪神が強引に破り、復活したのだ。そのことを月の精霊であるルナ様から教えていただいた我らは同時に啓示を授かった。邪神の勢力との戦いに備えて共に戦う仲間を集めること。そして意図せず誕生してしまった月の加護を持つ二代目精霊王を邪神の勢力から護り、育てること」

「まさか……」


 一片の話を聞いたマルガレーテの脳裏にウィルの姿が思い浮かぶ。常に話題の中心となる幼子の存在がこの期に及んで思い出されないわけがない。そしてその予想は間違いないことだった。

 一片が厳格に重々しく口を開く。


「二代目精霊王の名はウィルベル・ハヤマ・トルキス。この世界の命運はもうすぐ五つとなる幼子の双肩に託されたのだ」




 同盟の真の目的を聞いたマルガレーテはシローたちと意見を交換し、程よいところで切り上げた。正直、まだ話し合わねばならないことはたくさんある。だが情報を整理する時間も必要だ。

 マルガレーテはシローの勧めでしばらくトルキス家に滞在することとなり、邪神を打倒する協力者として意見を交わすことになった。

 話を終えたシローたちがリビングに赴くとそこでは和菓子パーティーの準備がすでに整っていた。ウィルたちも広場から帰ってきていて、あとはシローたちを待つだけであったらしい。


「先に始めててもよかったのに……」


 シローが自分たちを待っていたウィルにそう声をかけるとウィルはぷくりと頬を膨らませた。


「だめでしょ。マルガレーテさんとなかよくなるためなんだから、だめでしょ」

「ああ、そうか。そうだね」


 ウィルはマルガレーテを歓迎したくて待っていたようだ。

 全員揃ったのを確認したウィルが居並ぶ子供たちやメイドたちの前に出る。そして向き直ってから両手を上げた。


「あまいものはせいぎ!」


 ウィルの宣言に子供たちやメイドたちが歓声と拍手を送る。

 リビングの緩い空気を見たマルガレーテが少し驚いたような視線をセシリアへ向けるとセシリアは笑みを返した。


「使用人たちも分け隔てなく、みんなで和菓子を楽しみたいようです」


 トルキス家恒例の身内でお茶会。ウィルの言葉はせっかくおいしい和菓子をいただくのだからみんなで食べたいというウィルのわがままであった。

 シローもウィルの提案に異論はない。普通の貴族家であれば珍しいことだがトルキス家ではお構いなしだ。


「マルガレーテさん、こっちー」

「あっ、ちょっと……」


 駆け寄ってきたウィルがマルガレーテの手を取って子供たちの方へ引っ張っていく。

 そんな二人の様子は微笑ましいもので。


「よし、それじゃあ始めますか」


 ウィルとマルガレーテを見送ったシローが高らかに宣言してマルガレーテを歓迎するお茶会が幕を開けるのであった。


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