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和菓子ホイホイ

(ああ……目移りするなぁ……)


 マルガレーテは店先に並ぶ商品とその案内に目を奪われている。

 以前ソーキサス帝国の帝都で味わった【夢心地】の和菓子。品のある甘味と旨味に一瞬で虜とったのだがその本店がフィルファリアの王都にあることを探索の最中に思い出したのだ。

 場所は住人に聞けばすぐに分かった。評判の店で住人ならすぐに分かるらしい。


(元は遠いキョウ国発祥の菓子だというが……しかし――)


 マルガレーテを悩ませるもの――それは帝都で見た時よりも種類が多いということであった。

 マルガレーテの表情は困惑半分、嬉しさ半分といった様子だ。どれも興味がそそられる。すべて食してしまいたいとさえ思えた。


(端から端まで……いやいやさすがにそれは他の者に迷惑では……)


 和菓子のことで頭がいっぱいのマルガレーテではあるが周囲に対する警戒を怠っているわけではなかった。だから近付いてくる無垢な存在にも気づいていた。

 その無垢な存在の目当てが自分だとは思いもしなかったが。


(なに……?)


 小さな気配が足元で止まったことを不思議に思ってマルガレーテが視線を向ける。

 見上げるウィルたちと目が合った。男の子たちのキラキラとした視線にあてられてマルガレーテが言葉に詰まる。どう見ても子供たちの興味はマルガレーテに向いていた。

 戸惑う様子のマルガレーテにウィルが笑みを浮かべる。


「おねーさん、和菓子、すきー?」

「ウィルぅ~、このひと、つよそーに見えねぇぞ?」

「かわいい女の子って感じだよね~」

「えっ……?」


 マルガレーテが驚いたのはウィルに好みを聞かれたからでもモンティスに容姿をかわいいと言ってもらえたからでもない。アッシュの言葉からウィルがマルガレーテの強さを見抜いたことが分かったからだ。

 マルガレーテの容姿からその強さに気付かない者は多くいる。中にはテンランカーと知ってもなお侮る者すらいた。

 それなのに戦う姿を見たわけでもない子供がマルガレーテの実力に感づいたのはマルガレーテ本人からしても驚きであった。

 実力者としてその力を秘匿できるということは大きなアドバンテージとなる。子供のあてずっぽうという可能性も否定できずマルガレーテが状況を整理しようとして。広げた警戒範囲に無視できぬ気配を感じたマルガレーテが顔を上げた。

 子供たちの手を取ってこちらに近づいてくるメイドは問題ない。その前を歩くメイドだ。

 静かな足取りだが何かあればマルガレーテからでも男の子たちを守れるように気を張り巡らせている。マルガレーテも動きの遅い方ではない。それなのに子供たちへの攻撃は通せないと思わせられるほど距離を詰められていた。しかしその距離は常人では決して守るに対応できない距離だ。

 そして無視できぬ気配はマルガレーテに警戒されることになったレンも感じていた。ウィルたちの前にいるドワーフの少女は一瞬でありとあらゆる可能性に対応できるように意識を張り巡らせた。大した構えも取っていないのにである。さらには何が起きても子供たちには決して危害を加えないよう庇おうとする動きを見せている。おそらくレンの最優先事項を理解した上で、だ。

 お互いが子供たちを庇おうとする意識で間合いが擦れて侵食する。誰にも害意はないのに警戒心だけが膨れて選択肢の軌道だけが流動した。


(この技術……ロンの坊や以来か)

(シローたちにも通ずるこの技術……やはり本物ですね)


 お互いがお互いを強者と認めたために膨らむ警戒心。

 そこに割って入ったのはウィルのため息であった。


「レンもドワーフのおねーさんも、けんかはだめよ」


 頬を膨らませたウィルがレンとマルガレーテを交互に見て、ふとどちらからともなく警戒を解いた。


「喧嘩などいたしません。お互いの警戒心が少しぶつかっただけです」

「そ、そうよ? いきなりのことで少し驚いちゃっただけ」

「ほんとにー?」


 疑いの視線を向けるウィルにレンが冷静を装い、マルガレーテも愛想をこぼす。

 レンに合わせて取り繕ったマルガレーテだがレンと対峙した気配をウィルに感じ取られて内心驚いていた。マルガレーテの視線が自然とウィルに向く。


(お互い子供に感づかれるような気配は出していなかったはずなのに……)


 ウィルはレンとマルガレーテのやり取りを技術の応酬ではなく魔力の揺らぎで感じ取っていた。お互いを意識するような些細な魔力の揺らぎだ。


(警戒された……)


 思わぬところでウィルが特異性を発揮してしまいレンが黙る。このまま道の往来でウィルのことを言及されるのはあまり好ましい事ではない。

 マルガレーテの気を逸らそうとレンが口を開きかけたところで横から男の声が割って入った。


「おやおや、馴染みのある声が聞こえてくると思ったら……」

「ハッチ、さん……」


 店の奥から姿を現したのは人の良さそうな笑みを浮かべた【夢心地】の店主ハッチであった。

 ハッチが子供たちに挨拶して視線をマルガレーテの方へ向ける。


「どうです、ドワーフのお嬢さん? うちのお菓子は?」

「えっ、えっと……以前ほかの街で見た時より種類が豊富で……」

「本店では新メニューの開発も盛んでして」


 自然な流れでマルガレーテの興味を和菓子へ戻すハッチ。巧みな言い回しで商品を紹介するのでウィルたちも興味を惹かれて商品に見入っていた。


「我が国はドヴェルク王国とも同盟するのでは、との噂です。そうなれば【夢心地】の支店もドヴェルク王国に出せるかもしれませんね」

「それはいいなぁ……」


 案内を終えたのか間が良かったのか、ハッチが一歩下がる。

 和菓子に興味を注がれたマルガレーテと子供たち。付き添いのルカエも含めて和菓子に夢中になった一団が出来上がる。

 ハッチが肩越しに振り向いてレンと目が合った。特に何も言わずにハッチが視線をマルガレーテに戻す。

 レンとハッチは冒険者時代からの付き合いだ。得た情報と視線の合図でレンはハッチの言わんとしていることを理解した。


(ドヴェルグ王国在住……ドワーフの女性……私と即座に技術戦を展開できる腕利きで……ハッチにマークされるほど名の知れた冒険者……現在の情勢と合わせて考えれば【斧嶽断ち】で確定か……)


 テンランカー第十席【斧嶽断ち】のマルガレーテ。大陸の東西を分断する人類未踏の山岳地帯に発生する凶悪な魔獣を何度となく討伐した歴戦の大斧使い。山を支配する魔獣を断つ斧。それがマルガレーテの二つ名の由来だ。

 情報がトルキス家にすぐに伝わらなかったのはおそらく彼女の目的が情報収集の類だったからだろう。同盟締結に動いているフィルファリア王国の情報か、それともその中心にいるトルキス家のものか。はたまたその両方か。


(テンランカーが個人で動いている可能性は低い……依頼主はドヴェルク王国の大物か、もしくは冒険者ギルドの本部……)


 どちらにせよレンたちに後ろめたいところは何もない。秘密が多いのは確かだが。むしろテンランカーに事情を汲んでもらえるのであれば有難い話だ。

 そんな風にレンが考えているとウィルが顔を上げてレンに視線を送ってきた。

 もの言いたげなウィルにレンが胸中で苦笑する。ウィルが何を考えているのか、レンはすぐに察しがついた。

 ウィルはマルガレーテと一緒に和菓子を食べたいのだ。ウィルは最初からマルガレーテに興味を示していた。おそらくトルキス家に招待したいという思いがあっただろう。そこに和菓子も加わって一緒に食べたくなってしまったのだ。

 レンもマルガレーテをトルキス家へ招待しようと考えていたため反対する理由もなく、ウィルの意を汲んで頷いてみせた。

 レンから色よい返事を貰えてウィルの表情が華やぐ。ウィルはそのまま勢いよく向き直ってマルガレーテを見上げた。


「ドワーフのおねーさん! ウィルたちとお茶しませんかー?」


 なんとも古臭い口説き文句のようになってしまってレンの膝から力が抜ける。マルガレーテも驚いたのかきょとんとしてしまっていた。

 どうにも言葉足らずで見ていられずレンは助け舟を出すことにした。ウィルの傍まで歩み寄ってマルガレーテと向かい合う。


「先程は失礼いたしました。私はトルキス家でメイドを勤めているレン・グレイシアと申します」


 レンの名乗りにマルガレーテの表情が引き締まる。ほとんどの冒険者がレンの名前を知っているのだ。


「そうか……あなたが【暁の舞姫】か……」

「はい。【斧嶽断ち】マルガレーテさまとお見受けしますが……」

「気付いていたのね」


 自分の正体を言い当てられたマルガレーテが自嘲気味に息を吐く。もっともマルガレーテに正体を隠すつもりもなく悲嘆する様子もない。

 レンはウィルの頭に手を置いて軽く撫でてから続けた。


「ここにいるウィルベル・ハヤマ・トルキスさまはあなたの強さにいち早く気が付き、あなたをトルキス家に招待したいとお思いなのです」

「そーです」


 代弁するレンにウィルがこくこくと頷く。決して和菓子が食べたいだけでも口説きたいわけでもない。


(この子が……報告にあった子供か……)


 ソーキサス帝国の内乱で大いに活躍した幼子。自分の実力を見抜かれて驚きはしたが改めて見ても普通の子供である。それほどすごい成果を上げられるとは思えない。


「言葉足らずでしたね、ウィルさま」

「ことばたらずー?」

「そうです。なぜ一緒に和菓子を食べたいか説明しませんとマルガレーテさまに伝わりませんよ」

「がんばります」


 レンにやんわりと窘められてウィルがかしこまる。その横でなぜか他の子供たちもかしこまっていた。子供たちにとってレンは逆らえない教師のようなものなのかもしれない。


「ウィルさま、私がマルガレーテさまをお誘いしておきますのでルカエさんと一緒に広場に向かってください。ちゃんとルカエさんの言うことを聞くのですよ?」

「はーい」


 レンの指示を了承したウィルはルカエに導かれて他の子供たちと広場へ向かった。

 ウィルたちの後ろ姿を見送ってレンがマルガレーテに向き直る。


「よろしいでしょうか、マルガレーテさん?」

「それは、まぁ……」


 マルガレーテにもウィルからのお誘いを無碍にする気はない。ドヴェルク国王からの依頼に着手する時間が少し早まっただけだ。だが違う懸念は残る。


「いいの? 私はあなたたちの敵になるかもしれないのよ?」


 マルガレーテの受けた依頼にはソーキサス帝国の内乱で活躍したトルキス家の調査も含まれる。トルキス家にとって不都合な情報が出ないとも限らない。

 だがレンは首を横に振った。


「我々に後ろめたいことはありません。秘密にしていることは多々ありますが……それも話を聞いて頂ければ納得いただけるでしょう。むしろ【大空の渡り鳥】以外のテンランカーに事情を説明できることは我々にとって僥倖でもあります」

「わかった」


 レンの言葉にマルガレーテはトルキス家への訪問を快諾した。これ以上は立ち話で聞くことではない。何か理由があるのなら膝を突き合わせた方がいい。


「先に冒険者ギルドに挨拶を済ませたいのだけど……」

「ええ。こちらも準備しなくてはなりませんから。ハッチ」


 レンがマルガレーテとの話をまとめて控えていたハッチに声をかける。するとハッチが相変わらず人好きそうな笑みを浮かべて応じた。


「和菓子をたくさん用意させていただきますよ。それからトルキス邸への遣いもこちらで……」

「お願いします。しっかりとトルキス家にお代の請求をしてくださいね」


 念を押すレンにハッチが肩を竦める。こうでも言っておかないとハッチはトルキス家から代金を受け取らない。出資をしたシローに義理を感じているのかもしれないがその厚意に甘え続けるのはあまりいいことではない。


「レンもはやくウィルさまのところへ行ってあげな」


 ハッチに促されてレンはマルガレーテに一礼するとウィルの後を追いかけた。

 今度はマルガレーテとハッチが二人でレンの背中を見送る。見送りながらマルガレーテはもう一つだけ聞きたいことができて視線をハッチへ送った。


「グル?」

「グル」


 隠す気もなくはっきり答えるハッチにマルガレーテは深々と嘆息した。

 結局のところ、トルキス家の協力者の店で和菓子に心を奪われていたマルガレーテが仕事に拘束されるのは時間の問題なのであった。


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