男前
アッシュを囲んできた三人の少年たちは明らかにアッシュより年上で、おそらくは初等部の学び舎に通う子供たちのようだった。
「弱い奴がこんな所で木剣を引きずってんなよ!」
「「そうだそうだ」」
「なんだとぉ!」
明らかな侮辱に憤ってみせるアッシュだが子供の体格差は如何ともし難い。
突き飛ばされたアッシュはバランスを崩して尻もちをつき、手にした木剣を落としてしまった。
それでもアッシュは負けじと少年たちを睨み返す。
「なにすんだよ!」
「お前が弱いからだろ!」
「そんなの、やってみないと分からないだろ!」
吼えるアッシュの言葉に少年たちは顔を見合わせ、ニヤリといやらしい笑みを浮かべて再びアッシュを見下ろした。
「分かるさ。弱い父親の息子なんだから、お前は弱いに決まってる!」
「なんっ――」
言い返そうとしてアッシュは絶句してしまった。図星を突かれたからではない。自分だけではなく大好きな父まで侮辱されたからだ。どうしようもない怒りが込み上げて声が詰まってしまったのだ。
「お前の父親、森に出かけて魔獣に殺されかけたんだろ!」
「違う! 父ちゃんは若い冒険者たちを逃がすために――!」
「違わないんだよ! 逃がすために殺されかけたんだからやっぱり弱いんだ!」
同意するような周りの嘲笑がアッシュをさらに追い込んでいく。
「このっ――」
怒りと悔しさで震えたアッシュが歯を食いしばった。落とした木剣を握り直して振り上げようとする。しかし気持ちに反して木剣は思ったように持ち上がらなかった。
一方、そんなアッシュの行動を反撃の意思と取ったのだろう。少年たちは自らの木剣を握ってアッシュへ向けようとしていた。
その時だ。両者の間に人影が割って入ったのは。
「あんたら、いい加減にしなさいよね!」
少年たちより小柄で綺麗な服を着た勝気そうな少女が木剣に臆することなく少年たちを睨み返している。
ニーナであった。
いきなりの乱入者に驚いた少年たちが一歩下がる。だが少年たちも引く気はないのか乱入してきたニーナに敵意を向けた。
「なんだ、お前は!」
「なんだっていいわよ。年上が揃いも揃って自分より弱そうな年下をいじめてるのが格好悪い、って言ってるの」
「なんだとぉ!」
ニーナに面と向かって評価された少年たちが憤る。少年たちが威嚇するようにニーナを睨みつけるがニーナにはまるで動じた様子がない。
ニーナに言われたままにはできず、少年たちは次々と自分たちの方が正しいと主張するように口を開いた。
「そいつが弱いのに木剣を引きずってるのが悪いんだ!」
「そうだ! 弱い奴に弱いって言って何が悪いんだ!」
「広場に木剣を持ち出した奴に文句言って何が悪い!」
どうにも自分たちの強さを誇張する少年たちにニーナは少し呆れたように瞼を落としたが少しばかり言ってることも正しくて小さくため息をついた。
「確かに……広場に木剣を持ち込んで振ろうなんて言うのはルール違反だけど」
いろんな人間が利用する憩いの場で訓練用とはいえ木剣を振るのは行儀のいい事ではない。だがだからといって幼い子供を一方的に侮辱することがいい事であるはずもなく。
「この子がルールを知らなかったとして、弱い者扱いするだけで間違いを正してもあげられないなんて……あんたらも大して強くなさそうね」
はっきりと。小柄なニーナに断言されて少年たちの矛先はアッシュから完全にニーナに向かった。少年たちの手が怒りで震える。
「そこまで言うなら木剣を取れよ!」
少年のひとりがアッシュの握る木剣を自身の木剣の剣先で差す。言うだけ言われて収まりがつかなくなっているのだろう。鼻息も荒くなっている。
だがニーナは全く焦っておらず、差されたアッシュの木剣に視線を送るとまた小さなため息をついて踵を返した。
見上げてくるアッシュの脇を抜けたニーナが木剣ではなくその傍に落ちていた適当な大きさの木の枝を拾う。
葉を落とし振って感触を確かめるニーナを見たアッシュは少し呆気に取られていた。
ニーナがそのまま適度な距離を取って三人の少年たちと対峙する。
我慢できないのは少年たちだ。木剣よりも明らかに頼りない細い木の枝。ニーナはそれを持って自分たちと対峙しているのだから。
「ど、どういうつもりだ!」
中心にいた少年が怒りに震える声で詰問する。
ニーナはそれを余裕の笑みで受け流した。
「どう……って? あんたらの相手なんてこれで十分」
「こ、この……っ!」
苛立った少年たちがニーナに向けて木剣を構える。
(あっ……)
いつの間にか傍観者となっていたアッシュの前でニーナは速かった。気付いた時には既にニーナは踏み出していて木剣の間合いよりさらに内側へと潜り込み、少年たちが反応する前に木の枝を振って少年たちの手首を打ち据えていた。
「いっ!」
少年たちに反応できたのは手首に走った痛みだけ。適度に加減された一撃に少年たちの手から次々と木剣が零れ落ち、カランと乾いた音を響かせた。
乱す息もなく、自身の間合いに居座ったニーナが下から少年たちを見据える。
「どう? まだやる?」
ニーナの言葉や立ち振る舞いは少年たちと自身の実力差をはっきりと示していた。でなければ訓練用の木剣とはいえそれよりも短い木の枝で三人同時に相手することなんてできるはずがない。
小柄なはずのニーナに気圧されて、少年たちが勢いを失ってしまう。
ニーナが半歩踏み出す姿勢で脅しとしては十分であった。
「お、おぼえとけよ!」
少年たちは慌てて木剣を回収し、芸術的な捨て台詞を吐いて広場から去っていった。
その後ろ姿をニーナが黙って見送る。
「ま、まて!」
呆気に取られていたアッシュが我に返って慌てて立ち上がった。父を愚弄されたままなのだ。このまま見逃すわけにはいかない。
そう思って駆け出そうとしたアッシュをニーナは無駄のない動きで止めた。
「はなせ!」
「ホワタァッ!」
ニーナを振りほどいて少年たちを追いかけようとするアッシュの脳天にニーナが手刀をお見舞いする。程よく加減された一撃にアッシュは思わず頭を抱えてしまった。
「おおお……いてぇ……」
呻くアッシュ。その背後から拍手が聞こえてアッシュは少年たちを追いかけるのを諦め、拍手が聞こえる方に視線を向けた。
ニーナも視線を同じ方に向けて表情を和らげる。
「ウィル、見てたのね」
「おみごとでした、ニーナねーさま」
「ありがと」
視線の先には笑顔のウィルとマクベス。そして少し複雑そうなエリスがいた。エリスの表情があまり芳しくないのはニーナが単独でもめ事に介入したからだろう。
トルキス家の子供たちは外出の際、基本的にお付きのメイドと共に行動している。当然、外出中のニーナはメイドと行動を共にしているはずだ。それなのにニーナは単独行動をしてしまっている。エリスの立場上、メイドの監督不行き届きを軽視するわけにはいかないのだ。
遅れて現着したアイカがエリスの視線を感じて表情を強張らせる。だが同時にその理由をなんとなく察せられてエリスはこの場での追及を控えた。
アイカは一人ではなくアニアとも行動を共にしていたのだ。おそらく異変を察したニーナが先走ってしまったのだろう。
その証拠にアニアは腰に手を当てて怒ったポーズをしてみせた。
「ニーナちゃん、駄目じゃない。ニーナちゃんが勝手に走り出しちゃうとアイカさんが怒られるのよ」
「むぅ……」
アニアに窘められてニーナが唇を尖らせる。
新しい貴族とはいえトルキス家の子供たちに意見できる子供はそう多くない。
アニアがニーナを窘められるのは二人の親友としての絆の強さであり、トルキス家の中でもアニアが認められているからであった。なおアニアはニーナの親友でありニーナと共に暴走しがちである第二王女フレデリカにも追従してブレーキをかけている為、フィルファリア王家からの評価も密かに高かったりする。
そんなアニアがニーナの反省する姿を見て小さく息をついた。
「いじめられてる子を見て放っておけなかったのはニーナちゃんのいいところだけど」
「ごめん……」
素直に謝るニーナ。
場がいったん落ち着いて、視線は自然とアッシュへ集まった。
アッシュは木剣を両腕で抱え、居心地悪そうに俯いている。
「ケガはない?」
ウィルの質問にアッシュが首を縦に振った。だが顔を上げる様子はない。
そんなアッシュに嘆息したニーナが口を開いた。
「それで? なんで年上の男の子たちにいじめられてたわけ?」
「それは……」
アッシュが一瞬、言い淀んだ。少年たちの言い草はアッシュにとって受け入れられるものでは到底ない。
「弱いやつが木剣を持つな、って……」
それでもアッシュだけが標的になったのならまだ我慢できた。自分は強くもなんともない。そういう自覚もアッシュにはある。
だが標的になっていたのはアッシュだけではなかった。
「父ちゃんが弱いんだからお前も弱いんだ、って……あいつらだけじゃない。ほかの大人たちもそう言うんだ……」
森で負傷したエドガーを心無い大人たちが非難したのだ。実力もないのに一人で森に入るからだと。大人たちの言葉を真に受けた一部の少年たちもアッシュをからかうようになった。
父を愚弄されたアッシュは居ても立ってもいられず木剣を持ち出し広場へ来たのだ。
「父ちゃんは弱くない……若い冒険者を守るためにおとりになったんだ……大ケガしたのは弱かったからじゃない……」
アッシュはエドガーを誇りに思っていた。冒険者として一人で森へ入り、成果を上げてくる。そして家族を大事にする優しい父。
弱い、実力もない、と周りにエドガーを蔑まれることはアッシュにとって耐えがたいことであった。
語るにつれてアッシュの肩が悔しさに震える。瞳には涙も滲んでいた。
見かねたウィルが強い口調で励ます。
「アッシュくんは間違ってない。ウィルだって、とーさまバカにされたら怒るもん。そんなやつらの言うことなんて気にしなくていいよ!」
ウィルたちはエドガーが若い冒険者たちを守るために体を張ったことを知っている。そんな負傷者を蔑むなんて、つまらない悪口だ。
だがそんなつまらない悪口でアッシュはとても傷ついていた。励ますだけではアッシュを元気づけられなかった。
そんないたたまれない空気の中、ニーナが静かに手を上げる。
「ホアタァ!」
「いだっ!?」
ニーナが上げた手を振り下ろしアッシュの脳天に再び手刀を叩き込んだ。思いの外勢いがあって驚いたウィルたちが目を瞬かせる。
「なによ。泣く事ないじゃない」
「痛かったんだよ!」
「あら、そう……」
涙目で抗議するアッシュ。ニーナは素っ気ない態度だがアッシュが悔し涙を溢すのを阻止しようとしたのは大人の目には明らかであった。
不器用な気遣いに大人たちが苦笑してしまう。
だがニーナはそんな大人たちを尻目に話を続けた。
「それで? あんた、お父さんの木剣を黙って持ち出して広場に来たの?」
「えっ?」
驚いたように顔を上げるアッシュ。木剣が父親のものであることも、黙って持ち出したことも言ってない。それを当たり前のように言い当てられてしまったのだ。
「なんで……?」
戸惑うアッシュを見たニーナは呆れたように嘆息してアッシュが大事そうに抱えている木剣を指差した。
「それ、大人用の木剣でしょ? 私だってその大きさの木剣、振り回せないわ」
ニーナがアッシュの木剣を借りずに手頃な木の枝を拾ったのは少年たちの実力を推し測った上でのことだけではない。単純にアッシュの手にした大人用の木剣を振れないと判断したためであった。
呆気に取られるアッシュの手からニーナが木剣を預かる。
「よく使い込まれてる。木剣についた傷も新しいものがちゃんとある。持ち主が日頃の鍛錬をさぼってなかった証拠ね。盗んだのでないのならあんたの父親のものだって判断するのが自然じゃない」
ニーナの評価は正しい。マクベスは元よりメイドのエリスやアイカも戦闘に従事することがあり、アッシュの木剣の出所はすぐに推察できていた。
「そんなあんたの父親が鍛錬の禁止されてる広場に行くあんたに木剣を持たせるはずないもの。だから黙って持ってきたのだと思ったのだけど、違う?」
図星を突かれたアッシュが黙り込む。勢いで行動していたアッシュはニーナの指摘で我に返り、父親に対しても罪悪感が湧いてきたようだ。
黙ってしまったアッシュにニーナは木剣を返した。それから再び続ける。
「お父さんを馬鹿にされたあんたが強くなりたいって思ったことはなんとなく理解できるわ。でもあんた、強くなってどうするの? お父さんが弱くないって周りに認めさせたいの? そんなのあんたのお父さんが喜ぶとは思えないけど?」
「そ、それは……」
冷静さを取り戻したとしてもアッシュに深い考えがあったわけではない。二の句を継げないアッシュにニーナははっきりと告げる。
「あんたのお父さんが強いか弱いかなんて私には分からないわ。会ったことないし、剣を振ってるところも見たことないもの。でもあんたのお父さんが誰かを守るために剣を抜いて敵に立ち向かえる冒険者だってことは聞いてる。あんたがお父さんを誇りに思ってるのはそういうところじゃないの?」
身も蓋もない言いようではあったがニーナの言っていることは確かであった。
そしてアッシュもそんな父に憧れたのだ。誰かのために戦える、勇敢な父のような人間になりたい、と。
アッシュの視線が父の木剣へと注がれる。
「でも、おれは……どうしたら父ちゃんみたいに強くなれるか分からないんだ……」
傷つき倒れ、運び込まれた父。その姿を見てもアッシュが父の強さを疑うことはない。
父の鍛錬の証を腕に抱いてアッシュは自分の決意を口にした。
「おれは父ちゃんみたいな剣士になりたい。強くなって父ちゃんみたいに誰かを守ることは間違ってないって証明したい」
父を誇りに思うからこそのアッシュの夢だ。目標を再認識したアッシュの眼差しは自然と力強さを取り戻し、清々しい魔力を感じさせた。
そんなアッシュの表情を見たウィルが嬉しそうな笑みを浮かべる。
「だったらうちに来ていっしょに強くなればいいよ」
「そうね。あんたにその気があるならうちに来て、まずはウィルから魔法を習うといいわ」
ウィルの提案にニーナも頷く。
子供が強くなろうと思ってもすぐに強くなれるわけではない。貴族のように家の庭で鍛錬できる子供も多くはなく、なによりアッシュはまだ幼い。ウィルと一緒にいるモンティスたちと同様に魔法の基礎を習得しながら体の成長を待つ方が効率的であった。
だがウィルの提案にアッシュは考え込むように唸ってしまう。
「うーん……ウィルの家って貴族だろ? 父ちゃんや母ちゃんに相談してみないと……」
アッシュはウィルが貴族の子供であることを理解していて。自分だけの判断で行動するのは良くないと考えたようだ。
ウィルもアッシュの決断を急かす気はない。
「それじゃあこれから聞きに行ってみようか? ウィルもエドガーさんのお見舞いに行く途中だったし」
「わかった」
ウィルの提案にアッシュも頷いて。ウィルとエリス、アッシュの三人は連れ立ってエドガーの下へ向かった。
用のなかったマクベスと外出していたニーナたちが別れを告げてその背を見送る。
ウィルたちの背中を見送りながらマクベスが嘆息した。
「あれでよかったのかね?」
その問いかけはニーナたちのお付きのメイドであるアイカに向けたものだ。
トルキス家は新興の貴族とはいえ、今やフィルファリア王国における特別な戦力である。白面や白鬼に対しても先頭に立って戦うことになる。
そんな危険な任務に就くトルキス家に平民の子供を軽々と招き入れるべきではない、とマクベスは考えていた。
だがそんなアイカへの問いかけに答えたのは腕組みしながらウィルたちを見送ったニーナであった。
「あの子にとってお父さんの生き様は誇りなの。男がその誇りを守るために強くなりたいと願ったのよ。だったら道を示してやるのが筋ってもんだわ!」
(ニーナちゃん、男前すぎる……)
少しばかり鼻息を荒くするニーナの横で苦笑いを浮かべるアニア。
その背後ではマクベスとアイカも少し困った笑みを浮かべていた。
一息ついたアイカがマクベスの問いかけに答える。
「マクベスさんのおっしゃりたいことも理解できます。きっとそれは正しいことです。でも……」
アイカの視線が自然と去り行くウィルとアッシュの背に向けられた。二人の姿はもう打ち解けているように感じる。
「私は大人の勝手な思い込みで子供たちの未来を閉ざしたくはないんです。だから今は……」
「問題を先送りにしている、と言ってしまうのは無粋なのだろうな……」
誰もウィルから友達を遠ざけたいと思っているはずがない。新たな出会いに関しても、また。
その時が来るまではアイカたちも見守っているしかないのだ。
不思議そうに見上げてくるニーナとアニアの頭をアイカは優しく撫でていた。




