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お見舞い道中

 ウィルが出動した白面の騒ぎから数日が過ぎた。

 最近では白鬼や白面の魔獣の存在が周囲の人々にも認知され始めている。

 シローやカルツはそれらの対応や対策を講じるために王国の会議へ参加し、多忙な日々を送っている。またトルキス家に滞在することに決めたロンもトルキス家の指南役を務めるようになっていた。

 白鬼や白面の魔獣の被害はちらほらと聞こえてくる。

 だが悪いニュースばかりだけでもなかった。

 それらの討伐に成功した部隊や冒険者パーティーも報告されるようになっていた。シローたちの得た情報を広めた結果、対応できた者たちが現れ始めたのだ。

 邪神との攻防は人々の知らぬところでひっそりと、だが確実に起こり始めている。

 それはそれとして――


「でーきーたー!」


 今日もお子様はご快調であった。

 高々と掲げられたウィルの手には何やら子供らしい字で書かれた紙が握られている。

 室内に入ってくるなりウィルの声を聴いたレンは少しきょとんとしてからウィルに歩み寄った。


「何ができたのです?」

「おふろに入らなくてもからだをきれーにするまほー」


 嬉々として伝えてくるウィルに呆れたレンの瞼が半分落ちた。

 思うところもあってレンが釘を刺す。


「その魔法を使ってお風呂を入らない、なんていうのは無しですからね?」

「そんなことしないよー……たぶん」


 自信はないらしい。ウィルは少し視線を泳がせている。

 僅かばかり懸念を覚えてレンが小さく嘆息した。


「なんでそんな魔法を創ったんですか?」


 ウィルの風呂嫌いはトルキス家の誰もが知るところである。風呂を嫌い過ぎてそんな魔法を創ってしまったということであれば、それはそれで問題なのだ。

 しかしウィルにはウィルなりの考えがあったようだ。


「こないだ、モニカさんが魔獣の血でよごれちゃったでしょー?」

「そういえばありましたね、そんなことが……」


 スーリエたちの荷物の回収しにルイベ村方面へ出動した時のことだ。

 討伐対象の白面のブラウンボアをルーシェとモニカの二人で対処させた。立ち回り自体は及第点と評価できるものだったが最後にモニカが返り血を浴びてしまったのだ。

 その時はセレナとニーナがモニカの汚れを落とす手伝いをしていたのだが、その様子をウィルは不便に思ったらしい。


「ほかの冒険者さんもよごれちゃうかもしれないでしょー?」


 ウィルの言うことも一理ある。

 野外で活動する冒険者はなにかと汚れやすい。時には大したことのない傷が汚れによって病気を引き起こしてしまうこともある。

 そのため汚れがひどいと川で身を清める冒険者もいる。しかしその隙は大きく、身を清めている最中に襲撃される危険もついてまわるのだ。

 今回創ったウィルの魔法はそれらの危険を回避することができる。


「あとね、もうすこしでお洋服をきれーにする魔法もできそう! お洋服もきれーになったほうがいいもんね?」

「そうですね……」


 魔法の創造はついでのように話すことではないのだが。

 暢気なウィルにレンはそれ以上とやかく言わなかった。とりあえず風呂に入るのが嫌で風呂に入らなくてもきれいになる魔法を創ったわけではないようだし。ウィルの思い付きは素晴らしいものだ。


「そういうことであれば報告書を作って精霊魔法研究所に提出しなければなりませんね」

「そーしてー」


 ウィルが魔法を創ったからといって勝手に流通させていいわけではない。

 ウィルはみんなに広めたいだろうがウィルの名前が大勢に広がるのは避けたいとトルキス家もフィルファリア国王のアルベルトも考えている。だからウィルの創った魔法の流通はウィルの安全のために後ろ盾であるフィルファリア王国の研究機関を通すことになっていた。

 もっともウィルに報告書を作ることはまだ不可能なので、それらは身近な大人たちの仕事となる。

 ウィルとレンがそんなやり取りをしていると扉を叩く音が響いて、エリスが部屋に入ってきた。


「ウィル様、もうそろそろお時間ですよ」

「はーい」


 エリスに促されたウィルは手にした魔法書の紙をレンに手渡した。そのままエリスに身だしなみを整えてもらう。


「エドガーさん、早く元気になるといいですね」

「ねー」


 レンの言葉にウィルが同意する。ウィルはこれからエドガーの治療に向かうのだ。

 九死に一生を得たエドガーであるが負った傷自体はウィルや精霊たちの魔法で完治している。だが治癒で疲弊した体力まではそうはいかない。しばらくは安静にして力を取り戻していかなければならないのだ。

 ウィルはそんなエドガーが体力を速やかに取り戻せるよう手助けに向かうことになっていた。


「できましたよ、ウィル様」

「レン、いってくるね」

「いってらっしゃいませ、ウィル様」


 エリスがウィルの身だしなみを整え終えて、レンに挨拶をしたウィルはレンに見送られながらエリスと共に家を出た。

 エドガーの家は外周区の西寄りにある。妻のリナリーと息子のアッシュ、三人家族だ。リナリーは食堂で給仕として働いており周りの評判もいい。アッシュはウィルと同い年の活発な男の子なのだとか。


「ウィル様はアッシュ君と遊んだことはないんですね」

「ひろばで何回かお話したくらいかなー」


 ウィルの交友関係は広くないが見知ってはいるようだ。

 道すがらエリスとそんな会話をしていたウィルは広場の前で知り合いを見かけて足を止めた。


「マクベスおじーさんだ」


 ウィルの視線の先にはソーキサス帝国でウィルを助けてくれたマクベスが立っていた。

 ウィルが気付いたころにはマクベスはトルキス家から離れており、それ以来会ってもいなかったためウィルはマクベスに礼も言えていなかった。

 マクベスもウィルたちに気付いて会釈をするとエリスは会釈を返し、ウィルは当然のようにマクベスへと駆け寄った。


「ごきげんよう、ウィルベル少年」

「こんにちは、マクベスおじーさん」


 マクベスと笑顔で挨拶を交わしたウィルが不満を表すように頬を膨らませる。


「マクベスおじーさん、勝手に帰ったでしょ。ウィル、一緒に帰りたかったのに。それに森についてきてくれたお礼もできなかった!」

「それは申し訳ない」


 お冠な様子のウィルだが本気で怒っているわけではないと分かっているのでマクベスは笑顔のままだ。

 もともとトルキス家と深い関わりを持ちたくないマクベスであるから用が済めば行方をくらますのは当然の動きで、関わりのあるシローやカルツ、ロンなどはそのことを理解していた。


「きみは大役を務め、へとへとだっただろう? それに貴族家としての勤めもまだ残っていた。私の役目はひとまず果たしたので別行動をさせてもらったのだよ」

「ふーん……」


 納得したのかしていないのか。ウィルはマクベスの説明を聞いて唇を尖らせている。

 だがそれにも飽きて再び笑顔に戻った。


「マクベスおじーさん、森で助けてくれてありがとうございました」


 丁寧にお辞儀するウィルにマクベスが相好を崩す。

 そんな時、広場の方がざわついてウィルたちは視線を向けた。

 目立った大事ではなかったのだろう。異変を探す時間があった。だがウィルはすぐに騒ぎの元を特定した。その中心にいた人物を見知っていただけに。


「アッシュくんだ!」


 ウィルの指差した先にエドガーの息子であるアッシュが座り込んでいる。そしてそれを囲むように年上の男の子たちの三人組がいて。

 男の子たちはそれぞれ木剣を手にしていて座り込むアッシュの傍にも木剣が転がっている。

 訓練用の木剣は穏やかに過ごすための広場に子供が持ち込むようなものではなく、彼らを見ればすぐに何かあったのかと察することができた。


「いってみよう!」


 ウィルに急かされ、その場を後にする機会を失ったマクベスがエリスに視線を向ける。

 申し訳なさそうな苦笑いを浮かべるエリスを見てマクベスは諦めたように嘆息すると三人で向かうことに無言で同意した。


「あっ……!」


 いざ向かおうとしたところでウィルが急に足を止めて。

 今度は何事かとマクベスたちも足を止める。

 ウィルの視線の先にはウィルたちと反対側からアッシュたちに駆け寄っていく見知った人影があった。


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