お子様たち、成長中
「モンティス、大丈夫か?」
「だいじょーぶー」
大きな荷物を運ぶ父親の傍でモンティスが小さな荷物を店内に運び入れる。
最近のモンティスは自ら両親の手伝いを願い出て実家の八百屋の荷運びをしていた。もっとも大人から見ればまだ小さなモンティスが抱え上げるような大きな荷物を運べるはずもなく、小さめの荷物を選んで運んでいる。
それでも子供には重い荷物もあって、そんな時モンティスは身体強化の魔法を使用して重い荷物を難なく運んでいた。
「頑張るなぁ……」
我が子の働きぶりに父親の頬も思わず緩くなる。
視線を感じたモンティスが父を見上げて笑みを返した。
「魔法のれんしゅーにもなるからー」
モンティスからすれば手伝いたいという思いももちろんあるが自身の鍛錬として荷物運びに目をつけていたようだ。なかなか敏い子であった。
我が子の成長を強く感じてモンティスの両親が目を細める。
本来であればモンティスは貴族家で共に学べるような身分にはない。それでもそうなったのは貴族になる前からウィルと交流があったからだ。新しく貴族となったトルキス家はその背景から特殊で子供の教育も他の貴族家に引けを取らないどころか大貴族と比べても何の遜色もない。
ウィルとモンティスは変わらず交友があり、モンティスの両親は我が子がトルキス家の教育を受けられることに幸せに感じていた。
「ウィル様と一緒に魔法の練習するのが本当に楽しいみたいだな」
「もちろん」
父の言葉にモンティスも笑みを深める。
モンティスにはモンティスの思うところがあるようで素直に答えた。
「ウィルはね、もっとずっとすごくなると思うんだ。だからぼくももっとすごくなってウィルと一緒にいてあげたいんだ」
ウィルの実力をモンティスはよく分かっている。力の差が開けば開くほど一緒に居づらくなってしまうことも子供ながらに感じ取っているのだろう。だからモンティスは今よりもっと魔法を上手に使えるようになりたいと思っている。
その手段が家の手伝いだったわけだ。
モンティスの決意を聞いて納得したように父親は頷いた。身分の差もあってずっと一緒にいることは難しいかもしれない。だが今は我が子の目標を応援する以外の選択肢はない。
「それは頑張らないとな」
「うん」
モンティスが力強く頷いて。
それから何かに気付いて空を見上げた。
「ウィルだ」
釣られた両親も空を見上げるとウィルが空を飛んでどこかへ向かうところであった。
見送った父親が少し神妙な面持ちでモンティスへと視線を戻す。
「何かあったのかな?」
ウィルは時折街中で魔法を行使したりしてやんちゃな一面を見せたりするが基本は目立つような行動を慎んでいる。それが空を飛んでどこかに向かうなんてなにかあったと考える方が自然だ。
だがモンティスは落ち着いていた。
「だいじょうぶだよ。ウィルが一人で行動する時はウィルだけで解決できちゃう時だけだってウィルの家の人が言ってたから」
ウィルの飛び去った姿を思い返し、モンティスが荷物へと向き直る。
いつか自分がその隣に。
そんな希望を胸にモンティスは荷物を持ち上げて店の中へと入って行くのであった。
街を越え城壁を越え、ウィルの視界いっぱいに外の世界が広がる。ウィルは眼下にある街道に沿うように進路を取った。
「いい景色だー」
とは言ったものの火急の使命があるためのんびり景色を楽しんでいる余裕はない。
『ウィル、この辺に襲ってくるような空を飛ぶ魔獣はいないと思うけど一応警戒して』
「わかったー」
胸中でアジャンタに促されたウィルが気を引き締めて周りの気配を意識する。
ウィルはもともと探知魔法を無詠唱の力技で発動していた。それを整理し誰にでも利用できるように設計し直したことでウィル自身も探知魔法の理解を深めることになった。
いまでは少し意識を集中するだけで精度と範囲を広げることができる。
「他に気になる様子もないね」
王都周辺に気になる気配はない。またウィルたちを狙う飛行型の魔獣も見当たらなかった。どうやら使命だけに注力してもよさそうだ。
『ウィル、順序は分かって?』
「うん」
胸中からミネルヴァに問いかけられてウィルが頷く。
ミネルヴァが安易に指示を出さないのはウィルの判断力を養うためである。
「まずは怪我人の治療が先」
ウィルもミネルヴァの意図をなんとなく理解して行動順を説明する。
「ルーシェさんたちが危なそうならアジャンタが助けてあげて」
『了解』
「ポーションも使っちゃったらしーから回復はシャークティとクローディアとミネルヴァに手伝ってもらう」
ポーションで治癒しきれなかったことを考えると怪我人の体力もそうとう疲弊していると考えられて、それを補うには土属性の精霊であるシャークティの力を借りるのが一番だ。
シャークティは怪我人の体力維持を担当。クローディアとミネルヴァで傷を治療する。ウィルだけでもできなくはないだろうが万全を期すなら精霊たちの力を借りた方がいい。
「それでいい、ミネルヴァ?」
『問題ありませんわ』
ウィルの判断にはなんの問題もなく、胸中でミネルヴァが賛同する。シャークティとクローディアにも異論はないようだ。
そのまま飛行することしばし。
「見つけた!」
ウィルの探知に複数の気配が引っかかった。
森の手前で戦闘をしていると思われる集団と街道をこちらに向かって移動してくる車両。気配から白面の魔獣の対応をしているルーシェたちと負傷者を運んでいるコンゴウだと分かる。
ウィルが無言で飛行速度を上げた。
負傷者と思われる人物の魔力はかなり希薄で猶予はなさそうに感じる。ルーシェたちの戦況を正確に判断している時間も惜しい。
ウィルの微かな焦りを精霊たちも感じていた。
「アジャンタ、ルーシェさんたちをおねがいね」
『わかったわ。ウィルも気を付けてね』
ウィルの指示にアジャンタがすぐに反応する。
ルーシェたちの戦っている草原の上空に差し掛かると同時に顕現したアジャンタがウィルから離れた。
ウィルはそのままコンゴウへと向かう。
休息所で方向転換したのかこちらに向かってくるコンゴウがウィルの視界に入る。コンゴウもウィルに気付いたのかウィルを受け入れるために停車した。コンゴウの上で見張りの隊員が旗を振って合図している。
ウィルが速度を落としてコンゴウの乗車口に回ると同時に扉が開いた。
「ウィル様、お待ちしておりました」
「お怪我のひとは?」
「こちらです」
ガスパルに案内されたウィルがコンゴウに足を踏み入れる。
コンゴウ内は緊張感に包まれていてその奥では隊員が仰向けに寝かされた負傷者に回復魔法を試みていた。隊員には荷が重すぎる負傷者への回復魔法では傷を癒せず、なんとか延命を図る効果しかない。
それでも懸命に回復魔法を発動し続けていた隊員はようやくウィルに気付いてその表情を和らげた。
「ウィル様……」
「おつかれさまー」
ウィルが隊員を労って入れ替わるように負傷者の傍に立つ。傷の確認をしたウィルの表情が微かに引き締まった。
傷が深い。傷を癒せない隊員の回復魔法を見て薄々は感じていたがウィルのポーションを使用してもまだ死期を脱していないようだ。
「みんな、お願い」
ウィルの体から魔力の光が溢れ出して精霊たちが次々と顕現した。
「治癒は私とクローディアで担当致します。シャークティは回復で消費する体力の補佐を」
手際よく指示を出したミネルヴァが視線をウィルへ向ける。
「ウィル、火属性の魔法でこの方の活力を維持してもらえる」
「わかった、やってみる」
「いつも通りで大丈夫ですわよ。魔力の誘導は私が行いますから」
「うん!」
ミネルヴァに促されたウィルが火属性の補助魔法を展開する。それを確認したミネルヴァとクローディアが負傷者の治癒を始めた。同じく治癒で失われていく体力をシャークティが補助する。
火の活力、樹と水の治癒、土の補助。必要に応じて魔法を重ね掛けるのは簡単なことではない。だがウィルはミネルヴァの誘導もあって立派にその務めを果たしていた。
(やはり……すごい勢いで魔力の流れを理解されている感がありますわね……)
治癒を進めながらミネルヴァが胸中で苦笑してしまう。シャークティやクローディアも感じているだろう。
始めこそミネルヴァがウィルの補助魔法から必要な量の魔力を導いて使用していたのだが。繰り返される回復魔法の流れを感じ取ったのか、ウィルから次第に必要な時に必要な量だけ火属性の魔法が送られてくるようになってきた。
ウィルの力を理解しているミネルヴァたちであるから驚いたりはしないが、それでも人の持つ魔法能力からはかけ離れている。
(これが二代目精霊王の力なのですわね……)
ミネルヴァもなんだか納得してしまう。
まだウィルには明かされていないウィルが二代目精霊王であるという事実。
明かしたとしてもウィルが道を外れてしまうとは思えない。だが知ってしまうことで何らかの影響が出てしまう可能性も否定できない。
そんな危ういバランスの上にウィルはいて、ミネルヴァはウィルを守りたいと思ったのだ。
ウィルと精霊たちが展開した回復魔法の光が収まる。
負傷者の傷が癒えたことを確認したウィルが安堵のため息をついた。負傷者の呼吸もかなり落ち着いている。ひとまず問題はないだろう。
「エドガーさん、治りましたか?」
見守っていたガスパルの質問にウィルが首肯する。
「お怪我はもう大丈夫」
「そうですわね。ただ相当な深手でしたからしばらくは療養が必要でしょう。元通り動けるようになるにはしばらく時間がかかると思いますわ」
ウィルの後を継いでミネルヴァがガスパルに説明した。魔法で補助していたとはいえ大規模な回復魔法は体にかかる負担も大きい。それでも九死に一生を得られたのはウィルのポーションと急ぎ駆けつけたウィルや精霊たちの回復魔法のおかげだ。
エドガーの回復を聞いたコンゴウ内の隊員たちもようやく安堵できたようで。
緩む空気に笑顔が見え始めた頃、ウィルが視線をルーシェたちが戦っている方角へと向受けた。
「アジャンタから連絡きたよ。もう終わる、って」
どうやらルーシェたちも無事に白面のフォレストウルフを討伐できたらしい。
任務完了の報告を受けてガスパルが御者に指示を出す。
「コンゴウ、標準速度で発進。戦闘部隊を回収して王都に帰還するぞ」
「「「了解」」」
どこか明るい隊員たちの返事がコンゴウ内に響き、コンゴウがゆっくりと王都に向かって走り始めた。




