小さな魔法使い、出動
「ポーの奴、大丈夫かしら……」
森の中へと消えていくルーシェたちの背中を見送って【大地の巨人】の紅一点、アイルがぽつりと呟いた。
ポーは【大地の巨人】の中で一番年若く戦闘経験も少ない。強さもトルキス家に仕える者の中では下から数えた方が早かった。
トルキス家の訓練を受けているとはいえアイルはポーの未熟な部分を多く見てきた分、どうしても心配が先に立ってしまうのだ。
アイルの言葉を聞いたモーガンとスワージが苦笑いを浮かべる。アイルの心配も分からなくはない、と。だがモーガンたちはポーを信頼していた。
「大丈夫だ、アイル」
「そうだぞ。あいつも成長している」
トルキス家の訓練は個々に合わせた秀逸な育成計画に基づいて行われている。厳しい訓練だが怠らずに続けられれば段階を踏んで着実に力をつけていける。
そんなトルキス家の訓練を乗り越えてきたポーの姿をモーガンたちはしっかりと見ていた。だから自信を持って送り出せる。
「任せておけばいい。ポーはやる時はやる男だ」
思ったよりもポーを高く評価するモーガンを見たアイルは自分が心配し過ぎていると感じたのか照れた顔を隠すように横を向いて唇を少し尖らせた。
森を抜け出そうと走る若い冒険者たちの足が止まる。
見てしまったからだ。自分たちを逃がそうとした先輩冒険者の体を魔法が貫いたのを。
「エドガーさん!」
思わず先輩冒険者の名前を叫んでいた。それと同時に訪れる一瞬の躊躇。
今引き返せばエドガーを魔獣の追撃から守れるかもしれない。
だがその後は。自分たちにあの凶悪なフォレストウルフを撃退する力はない。それが分かっていたからエドガーは彼らを逃がそうとしたのだ。
奥に佇む白面の魔獣の視線が若い冒険者たちを射抜く。それだけで感じる恐怖がある。
それでも彼らの足並みが揃ったのは奇跡に近かった。
(目の前で仲間がやられているのに黙って見ているわけにはいかない)
倒せなくともエドガーを回収して隙を見て逃げる。そんな作戦とも呼べない作戦を思い浮かべて震える足を魔獣へと向けた。
その時だ。彼らの背後で足音がした。
「足を止めるな!」
向き直る暇もなく若い冒険者たちの背中に女の声がかかる。と同時に影が二つ彼らの脇を駆け抜けていった。
一人は獣人の少女で、もう一人は青髪の少年。さらにもう一人、若い冒険者たちを追い越した少年が彼らの前に陣取った。
魔獣へ手をかざしたポーが素早く唱える。
「来たれ風の精霊! 烈風の魔弾、我が敵を撃ち抜け颯の砲撃」
放たれた風魔法の弾丸がエドガーを取り囲む魔獣たちをけん制して追い払う。距離を取った魔獣たちと入れ替わるようにモニカとルーシェがエドガーを庇うように位置取った。
「エドガーさん……!?」
倒れていた冒険者を確認したルーシェの声を聴き、モニカやポーにも緊張が走る。エドガーは冒険者として活動するルーシェたちの顔なじみであった。それが無残な姿で地に伏しているのである。
ルーシェがモニカに魔獣の迎撃を任せてエドガーのためのポーションを取り出す。
仲間たちの動きを確認しながらポーが若い冒険者たちに指示を出した。
「自分たちの仲間が街道の方にいるッス。そこまで避難するッス!」
ポーの言葉に若い冒険者たちが一瞬ためらう。しかしこの場に留まっても彼らにできることはない。それを理解して若い冒険者たちは指示に従い素早く撤退を始めた。
誘導を完了したポーが意識を魔獣の群れへと戻す。
(魔弾の感触……なにかがおかしかった)
ポーが牽制して追い払った魔獣はモニカと対峙していてルーシェはエドガーを介抱している。ポーも前へ出てエドガーを守るべきなのだが、ポーは自分の放った魔弾に違和感を覚えていた。
トルキス家で修練に励むポーたちは魔法知識の最前線にいる。ウィルの創り出した探知魔法もその精度に個人差はあれど修練して身に着けている。探知魔法を習得した結果、ポーたちは以前よりも魔力的な知覚が鋭くなっていた。
そんなポーが微かに感じ取った違和感。
(ウィル様曰く――)
ポーの脳裏にウィルのアドバイスが思い浮かぶ。
『魔力は感覚的なものだから自分の魔法に違和感を覚えた時は自分以外の魔法に接触している可能性があるよ』
とのこと。そして――
『そんな時はこの魔法がおススメ』
ウィルから教わった魔法をポーは迷うことなく唱えていた。
「来たれ風の精霊! 破魔の白南風、我が目を晴らせそよ風の景観」
広く展開された風属性の魔法が周囲の空気を巻き込んで流れていく。
ポーの唱えた魔法に攻撃的な効果は皆無だ。その代わり、この魔法は相手の展開した補助魔法に干渉して無効化することができる。
ポーの魔法がフォレストウルフの魔法に干渉して見ていた景色が元の姿を取り戻した。
「これは認識阻害の魔法!?」
潜んでいた取り巻きのフォレストウルフの姿が浮き彫りになって奇襲に気付いたモニカが剣を振るって迎撃する。
奇襲を封じられたと理解したフォレストウルフたちが間合いを測りながらルーシェたちに狙いを定め直した。
「ポー!」
エドガーに駆け寄っていたルーシェから声がかかってポーが急いで駆け寄る。ルーシェの傍らで倒れているエドガーに息があってポーは微かに安堵したが状況は芳しくなかった。
ルーシェはポーションでエドガーの負傷を治療していたように見えたが傷は癒えていない。
「ウィル様のポーションでも傷が治り切らない……回復魔法を重ねてみたけど僕程度の回復魔法じゃあ大した足しにはならなかった……」
ウィル特製の回復ポーションは上位の回復魔法に負けない治癒効果を誇る。それでも癒し切れないとなればエドガーは致命傷を負っていたのだろう。ルーシェの回復魔法が大して効かないのはまだ予断を許さないということだ。
ポーションの効果は魔法と違って体内に残留しやすく度重なる服用はポーション中毒を引き起こすおそれがある。効果の高いポーションほどその傾向は強く、体にかかる負担も大きい。そのためポーションで治り切らない傷は回復魔法で癒す必要がある。ウィル特製のポーションはまだ持ち合わせているがエドガーに再度使用することは危険過ぎた。
「あぶない!」
モニカから鋭い声が飛んでルーシェとポーがエドガーを庇うように身を伏せる。ドーム状に覆ったモニカの防御壁が降り注ぐようなフォレストウルフの爪の魔法を弾き返した。
「こいつ……おそらく魔力に特化したフォレストウルフの白面だわ。防御壁だけじゃそう何度も攻撃を防ぎきれない」
モニカの言葉に微かな焦りが含まれる。取り巻きのフォレストウルフたちもルーシェたちを包囲しようとしていて、このままではルーシェたちもこの場から動けなくなってしまう。
「ポー、エドガーさんを担いで撤退して」
「……分かったッス」
ルーシェの案にポーが覚悟を決めて頷いた。
エドガーを担ぐ以上、ポーはフォレストウルフを迎撃できない。ほとんど無防備で撤退することになる。それを安全に遂行させるためにはモニカとルーシェでフォレストウルフを牽制するしかない。ポーは二人に命を預けることになるのだ。
ルーシェが剣を抜いてポーがエドガーを担ぐ。
「合図をくれッス!」
「……今よっ!」
爪の魔法の切れ目を待ってモニカが合図を送り、ポーが駆け出す。と同時にモニカの防御壁が消えてルーシェとモニカがポーの後に続いた。
魔力で強化されたルーシェたちが一瞬フォレストウルフを引き離し、その動きに反応したフォレストウルフたちがルーシェたちを追いかける。
どう見ても動きの鈍いポーの足を止めようと接近するフォレストウルフをルーシェとモニカが追い払い、白面から放たれる爪の魔法を捌き、さらには近づけさせないように魔法や武技で反撃する。
ルーシェたちは足を止めることはなかった。止めたら最後、動けないエドガーを庇いながら戦うことを余儀なくされる。それは圧倒的に不利な状況であった。
「ポー! 死んでも走りなさい!」
「死んだら走れないッス!」
「ポー、モニカさん、次が来るよ!」
お互いが指示を出し合いフォレストウルフの攻撃を捌きつつルーシェたちが後退を続ける。
目標は森を抜けてモーガンたちの支援が受けられる場所まで。先に逃げた若い冒険者たちを誘導したら事態を察して駆けつけてくれるはずだ。
(死なないで、エドガーさん……)
ポーに担がれたエドガーを気遣いつつ、ルーシェは近付くフォレストウルフを薙ぎ払った。
騎士団から再び伝令が届いてトルキス家の動きが少し慌ただしくなった。
先の伝令でルーシェたちを白面討伐に差し向けたのだがそれだけで事態を収束させることはできなかったようだ。
伝令からの内容を執務室で聞いたシローは考えを巡らせてから小さく息を吐いた。
「迅速に動けた結果、生存者を救出できたと喜ぶべきなんだろうが……」
報告では深手を負った冒険者をコンゴウへ避難させることには成功したが予断を許さない状態だという。戦況的に問題はないが同行する治癒術師の不足が露呈した形だ。
シローの横で共に報告を聞いていたカルツがシローの言葉を聞いて苦笑する。
「しょうがありませんよ。もともと回復魔法の使い手は不足しているのです。それもウィル君のポーションを使用しても回復が追いつかない程の負傷……上位の回復魔法の使い手でなければ手の施しようがありません」
「それは理解している……」
シローも単純に回復魔法の使い手不足を嘆いているわけではない。それはカルツも理解していた。
二人が気にかけていること。それは現在の状況を速やかに解決するためにはお子様魔法使いの力を借りなければならないということだ。父親としてシローがまだ幼いウィルを戦場へ向かわせることに抵抗を覚えるのは当然のことであった。
それでも救える命があるのなら力を尽くさないわけにはいかない。
シローの執務室の扉が叩かれてウィルと付き添いのレンが姿を現した。予想通りというか、レンはあまり良い顔をしていない。ウィルを怪我人の下へ派遣することに納得はしていないのだろう。
一方、ウィルはどことなくやる気を漲らせていた。助けられる人がいるなら助けたいと思うのがウィルなのだ。
「とーさま、準備できました」
ウィルが元気よく報告してくるのを聞いたレンが隣で小さく嘆息する。
「本当にウィル様を派遣するつもりですか?」
「またー、レンはそんな風に言うー」
明らかに乗り気でないレンの反応にウィルが唇を尖らせた。最近のウィルは文字の勉強の成果もあってか言葉遣いがかなりしっかりしてきた。
「ウィルはもう大人なんだからみんなのお手伝いはするの!」
「どの辺が大人なんですか?」
「もーすぐ五歳!」
まだまだお子様であった。
諦めとも取れるような嘆息がレンの口から洩れる。
ウィルとレンのやり取りを眺めていたシローが落ち着いたタイミングを見計らって声をかけた。
「ウィル、頼めるか?」
「まかせてー」
快く引き受けるウィル。回復魔法に関して自信を持っているウィルだが最近の出来事がそれをより強いものにしている。
「ミネルヴァもいるからだいじょーぶ」
ウィルに告げられて姿を現したのは水属性の上位精霊であるネルであった。ウィルはネルと契約を交わしたのだ。
本来であればネルとの契約はそれほど急ぐものではなかった。しかしウィルは最近の目標として火属性の精霊であるマックとの契約を目指していて火属性魔法の修練に力を注いでいる。
火気の取り扱いなど幼子に放任できるはずもなく、トルキス家と精霊たちの話し合いの末にネルがウィルの傍についてその責務を担ってくれることになったのだ。
水属性の精霊であるネルが一緒にいればウィルの火属性魔法が失敗したとしても大事には至らない。その上、ネルは回復系の魔法も得意としている。ウィルの心強い味方なのであった。
「申し訳ございません、ミネルヴァ様。お力をお借りしてもよろしいでしょうか?」
シローが丁寧に願い出るとネルは笑みを浮かべて頷いた。
「当然ですわ。私、ウィルを助けるために契約したのですから。他の精霊たちや幻獣たちと同じく、喜んで協力致しますわ」
上位精霊であるネルの容姿は大人びていることもあってシローたちに安心感を与えてくれる。実際、ネルは精霊の庭の周辺において水属性の精霊たちの面倒を見る立場にあったので幼いウィルに付き添うのも手慣れたものであった。おそらくウィルの下へ集った精霊や幻獣の良きまとめ役にもなってくれるだろう。
「じゃあ、いってくる!」
「頼んだぞ」
元気よく出発の挨拶をするウィルにシローも頷いて。ウィルはネルを連れて部屋から出ていった。
伝令の兵も退室し、執務室に残ったのはシローとカルツ、レンの三人となった。
「シロー」
「言いたいことは分かるが……」
口を開いたレンをシローが嘆息交じりに遮る。
みんな言いたいことは同じなのだ。ウィルのような幼い子供を前線に送るべきではない、と。本当は大人だけで事態を収拾するべきなのだ。
「ウィルのおかげで回復魔法に関する教書も製作が進んでいる。以前と比べれば優秀な回復魔法の使い手も増えてくるだろう。だがそれまではウィルに頼るしかない」
「ウィル君ほど機動力に優れた回復魔法の使い手はいませんから……ですが近い将来、ウィル君の代わりを務められるような人材も育ってくるはずです。そうなれば白鬼や白面の魔獣に対抗できる戦力も整ってくる……今は我慢の時ですよ、レン」
シローとカルツに諭されてレンも小さくため息をついた。
「……わかりました」
渋々といった表情でレンが納得して。一礼してから執務室を出ていった。
そんなレンの表情も昔の彼女を知るシローやカルツからすれば嬉しいものなのだが。
とはいえ、いつまでもレンが心配するような状況に甘んじていることが良いことでないのは明白で。
「なんとかしないとな……」
「それはもちろん……」
今後の動きに頭を悩ませ、シローとカルツも小さくため息をつくのであった。




