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警戒網

「あにあおねーちゃん、しんこきゅーしてー」

「う、うん……」


 正面に座るウィルに促されたアニアが居住まいを正し、ゆっくりと深呼吸する。

 これから魔法を発動するアニアは少し緊張していて、アニアを見守るセレナとニーナが励ました。


「失敗を恐れなくても大丈夫よ」

「ガツンといったんなさい!」

「はい」


 アニアにとって精霊の庭の中心でウィルたちや精霊たちに注目を浴びながら魔法を行使することはまだ少しハードルの高いことだ。アニアもトルキス家で魔法を教わっているとはいえその技術はまだまだ拙い。

 それでも探知魔法の創造をする意図を考えればこの中ではアニアが一番の適任だった。誰にでも使える可能性のある探知魔法。魔法能力の高いウィルや修練を重ねているセレナやニーナよりもまだ技術のおぼつかないアニアがどれだけ探知できるか、ウィルや精霊たちはそのことに興味を示していた。

 ウィルたちの注目を集めたアニアは集中するために瞳を閉じて緊張をほぐすように深呼吸を繰り返した。


「行きます……」


 心を落ち着けて魔力を練り上げる。高まった魔力を促すようにアニアは口を開いた。


「集え、水の精霊。泡沫の観覧、我が目に知らせ凱歌の展望」


 魔力が意味を成してアニアを中心に広がっていく。なにかを標的にするわけではなく魔力を広げる探知の魔法はアニアでも扱いやすかった。ただし魔法の範囲内に存在する気配を感じ取るのはアニアの感覚である。頼ったことのない感覚での情報収集は覚えたての魔法ということも合わさって今一つ自信を得られなかった。

 それでもアニアは感じ取った気配の一つ一つを確認していく。

 正面から様子を伺っているのはウィルだ。優しくて心強い気配を感じる。その両脇にいるのはニーナとセレナでウィルと比べるとニーナからは熱量を感じ、セレナからは包み込むようなおおらかさを感じる。普段接する機会が多いウィルたちの気配は目を閉じる前から居場所を認識していることもあってか個別に判断することができた。


(精霊さまたちを感じ取るのが難しい……)


 精霊たちは強い魔素を帯びていて今のアニアでは集合している精霊たちを個別に捉えるのは難しかった。精霊たちの気配をしっかり感じ取るにはまだ修練が必要なようだ。


(あれ……?)


 範囲内の探知を終えようとしたアニアが新たな気配を感じ取って再び感覚を研ぎ澄ます。離れた所で一つ二つと気配が増え始めていた。増える気配の出所はトルキス家と繋がっている闇の精霊ライアが寝床にしている洞穴の方だ。

 気配の暖かさに覚えがあってアニアはゆっくりと目を開けた。


「シロー様たちが来たかもしれない。ライア様のお住まいの方から六人くらいの気配が近づいてくるわ」

「おー……」


 アニアの発言にウィルが感嘆の声を漏らし、みんなでライアの洞穴の方へ視線を向ける。

 アニアが気付いた場所は決して目の届かない場所であり、探知していなければ気付けないことだ。

 アニアの探知魔法の成果をウィルたちが見守っているとアニアの言ったとおりシローたちが洞穴から出てきて歓声が上がった。


『成功だ!』

『おみごと!』

「あにあおねーちゃん、じょーずじょーず」


 盛り上がるウィルたちに囲まれて照れるアニア。一方、自分たちの登場に歓声が沸いて戸惑ったシローたちがウィルたちの下までやってきた。


「なんの騒ぎだい、セレナ?」

「アニアちゃんが探知魔法でお父様たちが来たことを察知できたので……」

「アニアちゃんが……?」


 ウィルではなくアニア。その意味が分からないシローたちではなかった。


「ウィル、探知魔法はもう完成したのか?」

「おーむねー」


 シローの問いかけに頷くウィル。そんなウィルをニーナが抱き寄せて。


「ウィルが探知魔法を精霊さまにちゃんと説明できたからね」

「むぎゅー」


 ウィルが精霊たちに説明できるように探知魔法を見直したことがいい方向に働いたようで。ウィルの説明を受けた精霊たちは探知魔法を素早く形にしてしまったようだ。


『元々精霊は魔力の探知に長けているし、精霊の中には生き物の気配に敏感な子もいるからね。ウィルのイメージを共有できればそこまで難しくはなかったよ』


 そう解説してくれたのはウィルと仲の良い風の精霊カシルであった。どうやらある程度の下地もあって、ウィルの探知魔法を解析した精霊たちはすぐに運用に漕ぎつけてくれたようだ。

 シローたちも草の上に腰を下ろしてカシルの解説に耳を傾ける。


『今回創った探知魔法はウィルが普段使っている探知魔法を元に構築している。幻獣たちが使う探知魔法はその幻獣特有の能力を活用しているから人間には不向きだし……ウィルの使う探知魔法の方が人間には使いやすい』


 幻獣は主に五感を頼りに探知していて人間には使いこなせない。ならば精度は落ちてもウィルに近い魔力の使い方をした方が効果的であるということらしい。


『ただし、ウィルはその時々に合わせて干渉しやすい属性の魔力を繋ぎ合わせて範囲内の魔素や魔力を読み取っていたらしいから、それと比べると探知範囲は狭くなるかな』


 普通の人間ではウィルほどの精度で様々な属性を駆使することはできない。属性魔法として確立することで効果が限定的になるのは仕方のないことであった。


『つまり今回創った探知魔法は属性と効果を限定することで人間たちにも使えるようになった魔法ってことになるね』


 その限定された効果の魔法の成果がアニアの示した探知結果であるというのであれば十分すぎる成果だ。


「イメージとしては魔力を広げて範囲内にある気配を感じ取る、といった魔法でしょうか?」

『そうだね。気配を感じ取るのは使用者の感覚だから練度次第では範囲も精度も上がってくるはずだよ』


 最初から広範囲の探知ができるわけではない。また探知範囲が確保できても感じ取れる気配が多くなり過ぎればすべてを感知することは難しくなる。

 探知の精度を高めるには他の魔法と同じように修練するしかない。


『ウィルの希望通り、いろんな人が探知魔法を使えるようにしたけどどうかな?』

「十分ですよ、カシル様。精霊様たちもご協力感謝します」


 シローが礼を言うとカシルや探知魔法の創作に協力した精霊たちが照れたような笑みを浮かべた。心が洗われるような素敵な笑顔だ。

 そんな精霊たちにシローは自分の相談も打ち明けた。


「カシル様……精霊さまのお力添えでウィルの探知を魔法として形にできませんか?」


 シローの相談を聞いてカシルが目を瞬かせる。シローの意図を測りかねている様子だ。ウィルも不思議そうにシローを見ている。


『できなくはないと思うけど……結局ウィルにしか使えないと思うよ?』


 ウィルの探知魔法はすべての属性を利用している。魔法に仕立て上げたとしてもウィル以外に使いこなせる人間はいない。ウィルは既に自身の感覚で十分な探知を行っており、魔法にしたとしても効果は限定的だ。

 だがそれはシローたちも理解していることだった。


「ウィルの探知魔法を魔道具にしたいんです」

『魔道具に……?』


 魔道具は誰でも簡単に魔法を発動できるように作られる。魔道具になれば確かにウィルの探知魔法を発動することはできるだろう。

 それでもカシルはその魔道具が効果を発揮するとは思わなかった。


『さっきも言ったとおり、探知魔法というのは使用者の感覚が重要になってくる。いくら魔道具でウィルの探知範囲を再現できたとしても普通の人間ではその探知範囲内をカバーするのは難しいと思うな』


 情報を読み取れなければ魔道具にしたところで意味はない。属性別の探知魔法も使用者の力量に合うように調整されているのだ。

 それに別の問題もある。


「魔道具に落とし込むには魔法文字も必要になるのでしょう? ウィルの探知魔法を魔道具に落とし込むのであれば相当な文字数になりそうですし、できたとしても持ち運べるような魔道具にならないのでは……?」


 カシルの話を聞いていたセレナが思ったことを口にする。

 精霊や幻獣、自然な魔素の影響を受けて生まれた魔道具とは違い人の手で制作する魔道具はその効果を正しく発動するために魔法文字を使用する。魔道具が発動する魔法の効果が複雑になればなるほど魔法文字は多くなっていき、できあがる魔道具も大型化する傾向にあった。

 魔道具についても正しく学んでいるセレナはウィルの探知魔法を魔道具化しても人が運べる大きさにならないのではないかと考えたのだ。

 精霊たちがざわめき始める中、シローは頷いてみせると口を開いた。


「ウィルの探知魔法を個人で扱うのが難しいことも、魔道具が大型化してしまうことも理解した上でのことだよ」

「『…………?』」


 セレナもカシルも、他の精霊たちやウィルたちもシローの考えがよく分からず首を傾げてしまう。

 シローが横に並ぶカルツとスーリエ、ライラの方へ視線を向けた。


「我々はウィルの探知魔法の情報を視覚化しようと考えているんだ」

『情報の視覚化……?』


 言葉の意味が分からず精霊たちがひそひそと話し合う。

 そんな精霊たちにも分かるようにシローが話を続ける。


「ウィルの探知魔法が個人の魔法処理能力で再現できるとは我々も思ってなくてね……そこで情報処理も魔道具で行ってしまおうと考えたわけだ」


 シローが話し始めるとスーリエとライラが立ち上がって手にした大きな紙を広げてみせた。そこには図解と説明が簡単に書き記されていて説明しやすいようにシローとカルツも立って説明書きの脇に並んだ。

 精霊たちが移動して説明書きが見やすいように並び直す。まるで学校の教師と生徒のようだ。

 シローは精霊たちが並び終えるのを待ってから説明を続けた。


「ウィルの探知魔法は効果範囲を広げて範囲内の気配を情報として読み取り、そしてそれを口頭で伝えてくれている。魔道具でそれらを行おうとしても個人では効果範囲を再現できればいいところだろう。カシル様がさっきおっしゃったように、ね。そこで我々は探知魔法で広げた効果範囲の情報を読み込んで視覚化する魔道具を作れないかと考えたんだ」


 つまりウィルの行っている魔法処理の部分も魔道具に置き換える。魔道具が探知した情報を教えてくれるわけではないのでそれが分かるように視覚化する。

 図解も手伝って言っていることが分からなくはないのだが。


「『すごいデカい魔道具になりそう……』」


 魔道具になったウィルの探知魔法を想像したセレナやカシルたちが抱いた感想はそれだった。どう考えても人が気軽に持ち運べるような魔道具になる気がしない。

 携帯に不便そうな高性能探知魔道具。用途がいまいち不明だ。

 誰もがシローたちの意図に気付けず黙ってしまう中――


「そっか、わかりました!」


 みんなと同じように理解が追いつかず難しい顔をして唸っていたニーナが何かを閃いて顔を上げた。

 自然と注目がニーナに集まる。


「お父様は定期巡回の部隊に探知魔道具を載せようと考えてるんですね!」

「……なんでニーナは王国軍の動きに詳しいの?」


 ニーナの回答にシローは思わず苦笑いを浮かべた。

 普通は一貴族のそれも年端のいかない娘が軍事に詳しいはずがない。だがニーナはフィルファリア王国第二王女であるフレデリカと交友を深めている。フレデリカは軍事大好き鍛錬大好きという少し変わった王女でニーナととてもウマが合い、王国軍の動きを一通り理解しているのだ。ちなみにアニアはそんな行動派の二人によく振り回されていた。

 シローの反応に自信を得たニーナが自分の考えを口にする。


「王国軍は街道の安全を守るために街と街の間を巡回しているの! そこにウィルの探知魔法を使える魔道具を載せれば巡回がより安全に……近付いてくる魔獣、白鬼や白面の魔獣だって見つけちゃうかも!」


 事前に情報が得られれば対処がしやすい。白鬼や白面の魔獣は発生時点で存在に気付けるかどうか分からないが不意打ちされる可能性は低くなるだろう。何も手を打たないよりかは人々を助けられる確率も上がる。

 精霊たちも白鬼や白面の魔獣の存在を知らされていてニーナの発言に思わず唸っていた。

 ニーナの回答は見事に的中していたのだ。


「ニーナに殆ど言われてしまいましたが……もしウィルの探知魔法レベルの魔道具を巡回や見張りに活用することができれば不測の事態に対応しやすいと考えたわけです」


 シローたちの考えはウィルや精霊たちにも理解できた。カシルたちの手にかかればウィルの探知魔法を形にすることも可能だ。

 問題はシローたちが言ったような魔道具を形にできるかどうか。ウィルの探知魔法は複雑でそれを魔道具にするとなると簡単なことではない。


『そんな魔道具作れるの?』

「「そのために我々が!」」


 カシルの疑問に答えたのはスーリエとライラであった。スーリエたちと精霊たちの交流はまだ少ないがスーリエたちは精霊たちからトルキス家の新入りと認識されていた。


「我、エルフにして魔法知識の探究者なり!」

「我、ドワーフにして魔法技術の探究者なり!」

『ただのオモシロ眼鏡のエルフとドワーフじゃなかったかー……』


 どこからか精霊の素直な感想が漏れ聞こえてきたがスーリエたちが気にした様子はなかった。

 苦笑いを浮かべたカルツが精霊たちに告げる。


「私も魔法文字に詳しい人間として探知魔法の視覚化に自信を持っています。もちろんウィル君が探知魔法の魔道具化を了承してくれればですが……」


 みんなの視線がウィルに集まる。

 結局のところ、ウィルの魔法を魔道具に落とし込んでいいかどうかの判断はウィルに委ねられる。もっともウィルは誰かのためになるのであれば首を横に振ったりしないだろう。

 それが分かっているからシローの心には少し罪悪感が芽生えていた。探知魔法を創りたいと言い出したのはウィルだが魔道具にするとなると別の話だ。ウィルの魔法を国防のために利用することになる。


「どうかな、ウィル?」

「いーよー」


 シローが確認するとウィルは快く了承した。ウィルも自分の探知魔法がいろんな人間の助けになると理解している。魔道具にするのも人を助けるための手段なのだ。


「うぃるもおてつだいするー! もっといっぱいいろんなまほーをかんがえたい!」


 魔法大好きなウィルに新たな楽しみが増えたようで。ウィルは早く字を覚えて思いついたことをたくさん書き記したいのだ。自分の魔法が魔道具になると知ってウィルはやる気を漲らせている。


「ありがとう、ウィル」


 シローは少し安堵しながらもウィルに感謝して、協力してくれる精霊たちに深々と頭を下げた。


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