探知魔法を考えよう
「だれかきてないかなー?」
「来てないんじゃないかしら? 精霊様たちもウィルがいないの、知ってるはずだし……」
ウィルが廊下を進みながらそんな疑問を口にするのでニーナは思ったまま答えた。
ウィルの言う誰かとはもちろん精霊のことである。
精霊たちには好きな時にトルキス邸を訪れていいと告げている。だがほとんどの精霊はウィルに会いに来ているのでウィルがいなければトルキス邸に赴くことはない。
探知魔法を創る、と意気込んだもののその達成には精霊たちの力添えが必要であり、相談できる相手がいないのであれば日を改めて精霊の庭へと赴くか精霊たちの来訪を待つしかない。
もっとも信仰の対象である精霊と友達感覚で付き合っているウィルは思い立ったら精霊の庭へと赴くので待つということはしないだろうが。
「それもそっかー」
熱意が空振りに終わってウィルは残念そうだ。
だがウィルと契約している風の精霊のアジャンタは一抹の不安を覚えてウィルの身の内で嘆息していた。
(ボレノとか、来てそうで怖いわ……)
(同じこと考えてた……)
(私もー……)
アジャンタだけではなく土の精霊であるシャークティと樹の精霊であるクローディアも同意見のようで。
アジャンタたちの意見を聞いたウィルもなんだか納得した。
「ぼれのはめるちゃんをしんぱいしてるもんねー」
「ボレノ様……?」
ウィルの言葉に聞き返したセレナも納得するものがあった。
ボレノは精霊の中でも珍しくウィル以外に目的があってトルキス邸を訪れている。生まれて間もないメルディアの体調を気にかけているのだ。それに子供たちの中では留守番することの多いアニアとも仲良くなっているらしい。
ウィルのことを素直に認めないボレノだが、なんだかんだと言っても弱い者を気にかける度量があるのだ。ウィルがいなくともトルキス邸を訪れている可能性は大いにある。
「それでは離れの方へ参りますか?」
「そうですね。帰ってきたことをアニアにも報告したいですし」
促してくるレンにニーナが元気よく答える。ニーナとアニアは同い年であり大の親友なのだ。
もちろんウィルたちもアニアと仲良しで反対するわけがない。
ウィルたちはまずアニアたちが生活している使用人たちの住まいへと向かうことにした。
「あっ、お帰りなさい」
ウィルたちが使用人たちの共用スペースを訪れると真っ先に気付いたアニアが迎え入れてくれた。
中にはメルディアを抱くステラと隣に立つエジル、その肩に乗るツチリスのブラウンとそれから――
「やっぱり、いたー」
『あっ、ウィルだー』
『おかえりー』
『やっぱり、ってなんだよ?』
メルディアの様子を見に来ていたのか風の精霊であるボレノや他の精霊たちも一緒にいた。さすがに大挙して押し寄せてはいないがアジャンタたちの予想通りである。
「やっぱりはやっぱりでしょ。あんたがメルに会いに来てるんじゃないか、って予想してたのよ」
『わっ、わっ、シー……』
ウィルから飛び出たアジャンタがウィルの味方というスタンスで語気を強めるのに対しボレノが慌てて人差し指を口に当てた。
振り向いたボレノが恐る恐るメルディアの様子を確認してメルディアに変化がないことを安堵してからアジャンタに向き直った。
『さっきまでぐずっててようやく寝たんだよ。あまり大きな声を出さないでくれ』
「うっ……」
ボレノに窘められて自分の声の大きさを反省したのかアジャンタが言葉を詰まらせる。
ウィルたちはボレノが自分たちのことよりもメルディアやその両親であるエジルとステラを気遣っている様子に素直に感心していた。
「やっぱりボレノさまは優しいですね、セレ姉さま」
「そうね。私もそう思うわ」
『や、優しくなんかねーし』
ニーナとセレナに評価されたのは満更でもなかったのか、ボレノが照れたように否定する。
ウィルはウィルで、
「うぃるがいなくてもぼれのがめるちゃんをまもってくれるからあんしんー」
と、満足げな様子だ。
そんな子供たちの様子を見守っていたレンはふと気づくものがあった。
(ひょっとしてボレノ様を帰宅時にお見かけすることが多いのは……)
わざとウィルたちがいない時を見計らってメルの様子を伺いに来ているのではないか、と。逆にウィルがいる時にボレノがトルキス邸を訪れているところを見たことがなかった。
メルディアの様子を気にかけていることを茶化されるのが恥ずかしくて来る時を選んでいるのだとしたらボレノもかわいいものである。
子供たちや精霊たちのやり取りを微笑ましく思いながらレンがウィルに進言した。
「ウィル様、メルも寝ているようですし別の部屋に移ってボレノ様たちに相談してはどうですか?」
「そーね、それがいーね」
ウィルが納得したように頷く。
そんなウィルたちを見ながらボレノが眉をひそめた。
『相談……? なんか面倒くさそうな予感がするんだが……』
『なになにー?』
『ウィルの頼みごとー?』
『静かに、静かにな』
ボレノとは反して楽しそうだと思ったのか、他の精霊が声を上げそうになるのをボレノが制して。
ウィルたちはとりあえず寝たメルディアを起こさないようにエジルたちに軽く挨拶をしてから母屋の方へと移動した。
子供部屋で輪になって座ったウィルたちが探知魔法の件をボレノたちに相談する。
『……結論から言えば可能だろうな』
ウィルたちの話を黙って聞いていたボレノは嘆息してから素直に答えた。
ウィルたちが創ろうとしている探知魔法は多くの人間の危険を減らすためのものだ。その多くの人間にメルディアが含まれていることを考えればボレノがウィルたちからの相談をいい加減にあしらう理由はなかった。
『だけど俺たちだけじゃあなぁ……』
「みんなにそうだんするー?」
『その方がいいだろうな』
ボレノはここにいる精霊たちだけで探知魔法を形にするのはやめておいた方がいいと考えているようだ。
とんとんと自分のこめかみを指で叩いて思考したボレノが顔を上げてウィルを見た。
『ウィルは探知魔法を使う時、何属性で魔法を発動してるんだ?』
「ふぇ?」
ボレノに尋ねられてウィルが目を瞬かせる。
困ったように唸ってひとしきり考えてからウィルは答えた。
「なんか、こー……いろいろー」
ウィルの曖昧な返答にセレナたちが苦笑してしまう。しかしボレノは分かっていたかのように頷いてみせた。
『そうだろうなとは思ったが……』
「どういうことですか、ボレノ様?」
レンにもウィルとボレノのやり取りが今一つ理解できず、何か思い当たるところがあるような様子のボレノに詳しい説明を求めた。
ボレノが視線をレンに向けて肩を竦めてみせる。
『ウィルが真似をしたツチリスっていう幻獣は音や状況の変化に敏感なんだ。そこに土属性の魔力を利用して探知を行っていると思うんだが、ウィルがツチリスと同じように周囲を警戒できるわけじゃないだろう?』
「確かに……」
ボレノの考察に頷いたのはウィルの隣に座っているシャークティであった。
ウィルはツチリスのブラウンを真似したが、ツチリスと同じように音や状況の変化を察して探知することはできない。その代わりウィルは試行錯誤を繰り返し、独特な魔力の使い方をして周囲の状況を読み込んでいる。
シャークティたちはそんな独特な魔力の使い方をするウィルの探知の精度をアシストしているような状態だ。広大な範囲を誇るウィルの探知魔法だがウィルが無理やり魔法として成立させているため効率がいいとは決して言えない。
ボレノはウィルの探知魔法がツチリスのブラウンの探知魔法とは別物のように感じていて、ウィルたちの話からなんとなく魔法の概要を理解したのだ。
『おそらくウィルは広範囲に魔力を広げていろんな魔素や魔力の情報を収集しているんだと思う。ウィルはすべての属性を操れるから多くの情報を感覚的に捉えているんだろうな。でも……』
普通の人間はすべての属性を操ることができない。ウィルと同じ感覚で探知魔法を創ったとしても誰も使いこなせないだろう。では単純にツチリスの魔法に近づければいいかというとそういう訳にもいかないわけで。
他の者にも探知魔法を使えるようにするには別のアプローチから効果を得られるような造りにしなければならない、ということだ。
『ここで俺が探知魔法を設計したとしてもそれは風属性単独の探知魔法になってしまう。それでもウィル独自の探知魔法よりかはマシだろうけど……』
「みんなが使えるようにはなりませんよね」
セレナが後を続けるとボレノはまた頷いた。
加護によって使える属性に得意不得意が出る以上、風属性の探知魔法だけではウィルたちが目指すみんなが使える探知魔法を創るという目標を達成したとは言えない。
『そういうこと。それぞれの属性ごとに探知魔法を創ってもいいが、作り手が変われば効果も違ってくるかもしれんし……』
そんな効果がまばらな探知魔法を使い勝手のいい魔法と呼べるかは疑問が残る。
それならばいろんな精霊たちを集めて探知魔法の効果をすり合わせた上で創作した方が違う属性でも似たような探知魔法が創造できるというわけだ。
「はぁー」
感心したように息を吐くウィルにみんなの視線が集まる。
『どうした、ウィル?』
「ぼれのがまじめだー」
『俺は元々真面目なんだよ!』
普段からどんな風に見ているのか、と。
ボレノのツッコミに子供たちが笑ってしまう。その屈託のない表情に当てられてボレノがまた照れたように顔を背けてしまう。
「ぼれの、おはなしきーてくれてありがとー」
『へいへい……』
ウィルの感謝もボレノは素直に受け取れず深々と嘆息した。
『とりあえず探知魔法を創るのは精霊たちを集めて話し合ってからだな』
「はーい」
ボレノの提案にウィルが元気よく返事をして。
ひとまず行動の指針が立てられたウィルはやる気を漲らせていた。




