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敵を知るために多少のことは許される、らしい。

 駆け去っていくレンの力強い後ろ姿に村の子供たちは感嘆した様子で見惚れていたがトルキス家の子供たち――とりわけセレナの対応は迅速であった。


「ライム!」


 セレナの呼び出しに答えて雷獣のライムがセレナの肩に顕現する。


「お父様に繋げて」


 短い指示でもライムはしっかりと理解し、通信魔法を構築してシローとセレナを繋げた。ウィルの感じ取った白鬼の気配をシローに報告するためだ。

 その足元でウィルはまだ村の入り口の方の気配を探り続けていた。


(なにー……?)


 最大まで感知範囲を広げたウィルは何か引っかかるものがあってその先に意識を注力している。

 なにかが気持ち悪い。

 魔獣の気配も白鬼の気配も大したものではない。レンに任せておけば問題ないはずだ。だが他に何かがあるように感じる。見過ごせない何かが。

 そんなウィルの異変を感じ取ったニーナがウィルの顔を覗き込む。


「どうしたの、ウィル?」

「にーなねーさま。まじゅーとしろいおーがのむこうになんかある」


 おそらくウィルはその何かを見に行きたがっている。そう感じたニーナは一瞬で思考を巡らせた。

 ウィルの安全を考えれば、また何かあった時の子供たちの安全を考えればウィルはここに残った方がいい。ウィルもそれを理解している。理解していて天秤にかけているのだ。それほどウィルはそのなにかを重要に感じている。ならば――


「セレ姉さま、カルツさんにも伝えて! ウィルが白鬼たちのさらに向こう側から見過ごせない何かを感じ取ってる、って!」


 ニーナの声にセレナの表情が変わる。

 セレナはウィルの反応から白鬼の規模はそう大きくないだろうと推測していた。でなければウィルがレンを一人で行かせるはずがない。白鬼は気にかかる存在ではあるが、今回の防衛はそれほど危険なもにはならないはずだ、と。

 しかしウィルの新たな反応でただの防衛ではなくなった。未だ謎が多い白鬼という気になる存在と同時に感じた、なにか。白鬼の情報に繋がるのであれば確認しない手はない。

 ニーナはウィルが感じた何かの正体をカルツの空属性の魔法で確認してもらおうと考えたのだ。


「ライム、カルツさんにも繋げて」


 ニーナの意図を正しく理解したセレナがライムに指示して通信魔法をカルツにも繋げる。


(お父様、カルツさん。ご報告が――)


 即座に対応してもらうべく、セレナは胸中でシローたちに呼びかけた。


(どうした、セレナ?)

(聞こえていますよ、セレナさん)


 すぐに反応を返してきたシローたちにセレナが事情を説明する。


(わかった)

(こちらはお任せ下さい)


 シローとカルツに報告を終えて安堵するセレナにシローの声が届いた。


(……セレナ、ウィルはどうしてる?)

(ウィルですか?)


 シローの言葉でセレナがウィルの方に視線を向ける。確かにいつものウィルならルイベ村の危機を察すれば飛び出していきそうではある。

 シローの危惧を察したセレナではあるがウィルの様子からは動く気配はない。

 セレナは見たままをシローに伝えた。


(お父様、ウィルに動く気はないようです。レンさんを一人で行かせていましたし、気になっているのはお伝えした気配の方のようで……)

(そうか……できればウィルをその場に留めておいてくれ。滅多のことにはならないと思うがもしもの時はウィルに子供たちを守ってもらわなければならない)

(畏まりました)


 シローの指示にセレナが返事を返し、通信魔法は役目を終えた。

 セレナが肩に乗るライムを労ってウィルたちの方へ向き直る。


「大丈夫。お父様とカルツさんがすぐに動いてくれるわ」


 通信のやり取りを皆に説明するとウィルとニーナ、それから村の子供たちも安堵してくれたようであった。

 セレナがウィルの前まで移動し、目線を合わせる。


「ウィル、お父様からもしもの時は子供たちを守って欲しいとお願いがあったわ」

「りょーかい!」


 セレナがシローからの言伝をウィルに伝えるとウィルが畏まったように背筋を伸ばす。

 ウィルとのやり取りから考えてみても、やはりウィルにはこの場を離れる気はないようだ。

 そのことをセレナは素直に感心し、ウィルを褒めるように優しく頭を撫でた。


「よく飛び出さなかったわね。偉いわ、ウィル」

「えへー」


 セレナに褒められてウィルが照れたように身をくねらせる。ウィルはウィルなりの考えもあってこの場に留まったようだ。


「うぃるもしろいおーがをたおせるとはおもうけどー」


 実際、ウィルの感じ取った気配の規模であればウィルは苦戦しなかっただろう。白鬼を撃退することも簡単だったはずだ。

 だがウィルはその先のこともしっかりと考えていた。


「でも、たぶんたおせるだけー」

「倒せるだけ?」


 子供たちにはウィルの言いたいことがすぐには伝わらなかった。ウィルの考えをなんとなく理解できたのは続けて出てきた言葉を聞いたからだ。


「じょーずに、とか。まわりをみて、とか。たぶんできない」


 有り余る魔力でねじ伏せることはできる。だが的確な判断で効率的に対処することや周りに配慮した立ち回りを実行することは簡単なことではない。

 それではいけない、とウィルは思ったらしくて。


「つよくなる、ってたいへんだー」


 それは誰もが感じることであって。

 幼いウィルの気付きに村の子供たちも顔を綻ばせ、ウィルの成長を感じ取れたセレナとニーナも嬉しくなって思わず笑みを溢していた。




 速度を緩めることなく村の入り口に辿り着いたレンが見張り台で外を確認する人影を見つけて一気に跳躍する。

 人通りがまばらな村の入り口とはいえ人の眼はあり、宙を舞うメイドの姿はなかなかに圧巻なものであった。

 そんな視線を尻目にレンが人とぶつからないように上手く見張り台へと着地して。いきなりの登場に見張り台にいた兵士とルーシェの父であるルジオラは目を瞬かせていた。

 どうやらルジオラの方はたまたま近くに居合わせ、見張りの兵士に異常を知らされて見張り台へ登ったようだ。

 軽く会釈をしたレンが視線を村の外へと戻す。


「魔獣と白鬼の様子は?」


 聞かれる前に状況を理解して確認してくるレンに兵士は少し戸惑ったようであったが、気を取り直したルジオラがすぐに口を開いた。


「魔獣の方はバンゴーだな……興奮している様子はない。おそらくあの白いオーガに危険を感じて逃げてきたんだろう。バンゴーは大柄だが気性は穏やかで人に懐きやすい草食の魔獣だ。こちらから手を出さなければ襲い掛かってくるようなことはない」


 そう説明したルジオラが視線を馬型の魔獣から奥に視線を移す。ゆったりと近付いてくる白鬼のシルエットが数体見える。おそらくは一角と二角でそれ以上の角を有するような特徴ある個体は見受けられない。数もそう多くはないようだ。


「なるほど。あれが例の白鬼というやつですか」


 声がかかったのは背後からで。今度こそ驚いたルジオラと兵士が慌てて向き直る。

 そこにはいつもの笑みを浮かべたカルツと並んでシローが立っていた。おそらくは転移魔法で移動してきたのだろう。

 慣れているとはいえやはりあまり趣味がいいこととは言えず、レンが目を細めた。


「その気配を消して背後に立つ癖……なんとかなりませんか?」

「これはおかしなことを。レンは気付いているはずですが? それに視界を遮る方が不作法ではないでしょうか?」


 特に悪びれた様子もなく笑顔で応えるカルツにシローは苦笑いを浮かべ、レンは嘆息する。

 カルツの態度は漂々としていて本当に悪気がないのかどうかは怪しいところだ。悪戯を楽しんでいるようにも思える。

 レンもカルツの言うように全く気付いていないわけではなかったがカルツほどの実力者ともなれば気配を隠すのも巧妙で注意をしていなければ瞬時に気付くのは難しい。

 だからレンはカルツに本音を伝えた。


「背後に気配を感じる度に殴りかかろうとする拳を止めるの、結構大変なんで」

「分かりました。善処します」


 レンの声のトーンが幾分冷たくなったことを感じたカルツが即座に反応する。

 防衛本能を抑えるのは誰でも大変なもので失敗した時の惨事は言うまでもないだろう。

 昔のレンなら止めずに振り切る可能性もあって、カルツは身を護ることを優先したということだ。

 黙って聞いていたシローもレンとカルツのやり取りに懐かしいものを感じながら二人の会話に入った。


「レン、その辺で。話はセレナから聞いている。ウィルが白鬼以上のモノを感知したことも……」

「白鬼以上のモノ……?」


 それはレンには初耳だった。レンを送り出した後に感じ取ったものだから仕方がないのだが。


「お手柄ですよ、ウィル君」


 カルツの声がどこかご機嫌を取るような口調なのは気のせいだろうか。

 カルツから示された空属性の魔法で構築された映像を見たレンが目を見張った。


「これは……!?」


 映像には白い染みのような物体が映っており、そこから白鬼たちが出てくる様子が映し出されていた。


「奴らがどのように現れたのか、一目瞭然ですね」


 カルツの言葉を耳にしながらレンが映像を見続けていると白鬼を輩出していた白い染みは自然と消えた。

 映像を見たルジオラも兵士も言葉を失っている。

 レンから魔法の映像を返されたカルツが手元で魔法を解いた。


「おそらくこれがルナ様のおっしゃっていた世界に染み出し始めた邪神の力、ということなのでしょう。白面の魔獣の原理はまだ分かりませんが同じようなものだと考えられます」


 カルツが考察を述べてから視線を村に近づいてくる白鬼へと向ける。その表情は憂いているというよりはむしろ楽しそうに見えて、レンはまた嘆息してしまった。これはカルツの悪いところが出ている、と。


「ずいぶん楽しそうだな……」


 レンと同じように感じたのだろう。ルジオラが釘を刺すように言うがカルツには全く効果がなかった。


「そうですね。未知のモノを解明する喜びは私にとっては何物にも代えがたい。その先に人々の安全があるのならば尚更、ですね」


 カルツの表情にはどこか凄みもあってルジオラはそれ以上何も言えなくなってしまう。

 白鬼の発生した現象がこれからの日常になるのであれば悲観していてもしょうがない。カルツの抱える意欲の方が重要まである。


「それで、どうする?」


 シローがカルツを促す。白鬼の規模はウィルの感じた通り大きくはない。倒すだけならば簡単だ。だがシローもカルツもこの一戦で白鬼を倒す以上のことを求めている。

 こちらに向かってくる白鬼たちがいつ本格的に動き出すか分からない。話し合っている時間はそう多くはなかった。


「ならば」


 ルジオラが小さく手を上げて主張する。


「私に一匹二匹、譲ってもらえませんか? これから村の防衛に当たる上で程度のほどを知っておきたい」

「それは名案ですね」


 ルジオラの発言にシローが頷いて返す。シローもカルツもルジオラの実力に疑いを持っていない。レン同様、薄々感じ取っているのだろう。


「それならばシローに切り分けてもらって。私の方にも一本角と二本角、一匹ずつ回してもらえますか?」


 まるでケーキを切り分けるような言い草でカルツが希望を上げる。二匹同時でもカルツの相手になるとは思えないが。


「今後、他の方が相手をすることもあるでしょう。特殊な存在ですし、どの程度の強さなのか確かめておきたいのですよ」


 胸中で疑問に思ったレンを見透かしていたようにカルツが理由を答える。

 カルツは帝国に同行していなかったため、白鬼の強さが分からない。その戦闘力を測るのにちょうどいい機会だと思っているようだ。

 もっとも、カルツの目的は調査だ。おそらく戦闘らしい戦闘にはならないはずだ。

 カルツのことをよく知るシローとレンはすぐに想像がついた。

 カルツという人物は魔法で拘束して自由を奪った後、試しに白鬼の角をむしり取ってみる、とか平然とやってのけるような男なのだ。

 そんな予想にレンが少しばかり辟易しているとカルツがレンの方を向き直った。


「申し訳ないのですが、レンと見張りの兵士さんにはここから白鬼たちの動きを観察して頂きたい」

「観察……?」

「私がですか?」


 首を傾げるレンと兵士にカルツが頷く。


「ソーキサス帝国で白鬼と戦闘した時は首魁の指示に従って白鬼が動いていたという報告を受けています。ですが今回の白鬼たちに指示を出す者は見当たりません。白鬼たちだけで行動しているということになります。その場合、どういう動きになるのか、何が目標になるのかを調べたいんです」


 動きの全体を見渡すのであれば見張り台の上からの方が好都合ということだ。本来であればカルツの方が適任なのだが。


「分かりました」

「微力ながら……」


 レンも見張りの兵士も了解して。

 シローとルジオラがカルツの魔法で浮力を得た。カルツが我先にと見張り台の淵に足をかける。


「さぁ、楽しい実験に向かいましょうか」


 そんな風にのたまいながら、カルツが淵を蹴って村の外へ身を躍らせる。それに苦笑を浮かべたシローとルジオラも続く。

 実に楽しそうなカルツに見張りの兵士などは心配そうにレンの横顔を伺ってくるのだが。

 レンは新しいおもちゃを見つけたようなカルツの態度に嘆息するしかなかった。



 結局、村に接近してきた白鬼たちはシローたちの相手にはならず討ち果たされて、カルツは魔法で拘束した白鬼の角を試しとばかりにむしり取っていた。


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― 新着の感想 ―
本当にむしりとったんだw
うん、倒したはいいが戦いの余波で村が滅んだ。なんて事に成らんよう 力の使い方苦慮するよね(明後日の方を見ながら 「身焼け」は激しく動いてたりして筋肉が熱を持つせいで 死んだ後もその熱で身が劣化する事…
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