便利な探知魔法
今日もルイベ村はのどかだ。
少なくともルーシェはそう感じていた。生まれ育ったルイベ村を出てから一年と少し。村が変わったという印象は微塵も感じない。ルーシェが旅立った日のままだ。
もちろん一年で村が劇的に変化するなどとはルーシェも考えていない。
(変わったといえば――)
ルイベ村が変わった点。それはトルキス家と懇意になったこと。ブラックドラゴンの一件以来、ルイベ村とトルキス家の間で細やかではあるが交流が生まれ、トルキス家の関係者が時折ルイベ村へと訪れるようになっていた。
そして今日もまた――
こちらに向かって歩いてくるミーシャを見たルーシェが息を飲む。ミーシャはルーシェと目が合って小さく手を振った。いつもよく目にしているメイド服ではない、普段着である。
ルーシェと同じくミーシャも今日一日を休暇に当て、ルーシェにルイベ村を案内して欲しいと願い出たのだ。ルーシェの育った村を見たい、と。特に見て面白いというものはない、至って平凡な村だとルーシェは思うのだが。
そう思ってミーシャのお願いを安請け合いしたルーシェだったのだが、近付いてくるミーシャを見てふとあることに気付いた。
これってデートなのでは――
休日に自分の生まれ故郷を案内する。しかも二人きりで。これはもうデートと言っても過言ではないのではないか。
だが純朴な青年であるルーシェの脳内が理解を拒んでいた。
(いやいやしかし、いやしかし――)
一人脳内で懊悩するルーシェを見たミーシャが不思議そうに首を傾げる。
「あの、ルーシェさん~?」
「は、はいっ!」
緊張のあまりルーシェの体が跳ねて声が裏返った。
(いかん、このままでは変な人と思われてしまう)
なんとか心を落ち着けようとルーシェがひとつふたつ深呼吸する。
それを不思議そうに、また可笑しそうに見守るミーシャにルーシェは向き直った。
ルーシェにはミーシャを案内する前にどうしても行っておきたい場所があった。
「あの、ミーシャさん。先に行っておきたい所があってですね……」
そのことを真剣な面持ちで切り出そうとするルーシェにミーシャが笑みを深めて。ミーシャはまるでルーシェの言葉を予想できていたかのように後を続けた。
「親方さんに~会いに行きたいんですよね~」
「えっ……!?」
図星を指されてルーシェが言葉を失う。行き先はミーシャに伝えていない。それなのに完全に言い当てられてしまった。
ルーシェは昨日ルジオラから親方がルーシェの村からの旅立ちについて責任を感じているという話を聞いてどうしても親方に会っておきたかったのだ。自分は今、トルキス家に雇われる身になって幸せである、と。これ以上自分のことで親方に責任を感じさせたくはなかった。
「どうしてわかったんです?」
不思議に思って尋ねるルーシェの姿が可笑しかったのかミーシャが堪え切れずに小さく笑ってしまう。ルーシェのことを知れば昨日の話の後でルーシェがどういう行動をとるか、ミーシャには手に取るようにわかった。
「ルーシェさんは優しいですから~親方さんのこと気にかけていると思ったんです~」
ミーシャはそう答えるとルーシェの肩を掴んで向きを変え、背中を押した。
「行きましょ~ルーシェさん~」
「は、はい!」
押されるまま従ったルーシェはミーシャと二人並んで解体場へと歩き始めるのであった。
そんなルーシェとミーシャの様子を見守る人影があった。ウィルやセレナたちである。
ウィルたちも村の子供たちと村を見て回ることになっていてレンやモニカを付き添いに村の子供たちと集まっていたのだった。
(なんだかとってもほっこりー……)
ルーシェたちの仲睦まじい様子を眺めていたウィルの表情が綻ぶ。トルキス家で一緒に働いているルーシェとミーシャが仲良しなのだ。それはとても良いことでウィルの胸は嬉しさで自然と暖かくなった。
ウィルと並んで立つ姉のセレナやニーナ、付き添いのレンやモニカもウィルと同じような心持であった。特にレンやモニカはミーシャを送り出した側であり、並んで歩くルーシェたちを見て変なおせっかいにならなかったことに安堵していた。
(モニカの発案でミーシャを休ませましたが、上手くいったようですね……)
レンはどうにも恋愛感情に疎く、気を利かせられない一面がある。今回もモニカが提案してくれていなければレンはシローに進言しなかっただろう。もっともシローは気を利かせてミーシャに休みを上げるつもりでいたかもしれないが。
トルキス家の者たちはルーシェとミーシャが仲良くなるのは大歓迎である。
だがそんなルーシェとモニカの様子を見た村の子供たちの中には恐れとも驚きともつかない反応を示す者たちがいた。特にルーシェの弟妹の年長たちは顕著であった。
「ま、まさか……ルーシェお兄ちゃん、あのメイドさんと良い仲なの……!?」
「そーなのー? よかったじゃん、ルーシェにーちゃん」
「おばか、良くないわよ! お貴族様のメイドさんってちゃんとしたご家庭の出身で、下手したら貴族家の娘さんかもしれなくて……うちみたいな田舎の貧乏家族とは不釣り合いなのよ!」
ある程度年長になるとしっかりした知識を身に着けているようで、ルイベ村の教育水準の高さが伺える。
確かにルーシェの妹の言うことにも一理あるのだ。貴族はしっかりと出自を確認できるメイドを雇い入れる。その大半は家を継がない下級貴族の血筋であったり、その繋がりを持つ者になる。
ルーシェの妹が自分の家と比較して身分違いだと慄くのも分かる話だ。
一方、まだ幼い子供たちはそこまでの理解に至っていない。暢気なものであった。
「んじゃー野生のバンゴーでも手懐けてルーシェ兄ちゃんに持たせるか?」
ルーシェの弟がそう提案するがそれもすごい話でレンとモニカが苦笑いを浮かべてしまう。
バンゴーとは馬型の魔獣で農耕馬として重宝される魔獣の中では大人しい部類だ。だが農耕馬に使用されるだけあって頑丈で普通の馬と比べても大きな体躯をしている。間違えても子供が手懐けようとしていい魔獣ではない。
だがルイベ村――とりわけルーシェの家では子供がバンゴーの手懐けを任せられているようであった。
「今は駄目よ。お父さんも言ってたでしょ。ルーシェお兄ちゃんがやっつけた大猪が出てから周りの魔獣も興奮してるって」
ルーシェの妹もバンゴーを手土産にすること自体は反対ではないようだ。
だが今は確かに時期が悪い。魔獣の生息域で異常が発生すると周辺の魔獣に影響を及ぼすことが多々ある。今回の白面のブラウンボアの発生も周辺の他の魔獣に影響を及ぼしている可能性があり、しばらくは注意が必要だ。
子供たちのやり取りを黙って聞いていたレンはいくつか思い当たることがあってルーシェが立ち去った方へ視線を向けた。
純朴でありながら時折野性味を感じさせるルーシェという青年。レンはルーシェのことをどこか不思議な青年だと感じていたが、おそらく幼少期から家の手伝いという名目で父親に冒険者の基礎や知識を膨大に叩き込まれていたのではないか。それが将来ルーシェや家の子供たちの役に立つと見越して。
そしてルーシェの父ルジオラにはそれを実行できるだけの知識や才覚が備わっているはずだ。
(おそらくは元冒険者か……それも相当な技量の……)
レンがどれほどのものかと推し測るほどにはルジオラの指導は成果を上げている。子供たちが臆することなく、また過信することもなく魔獣との関係に向き合っているのがいい証拠だ。
手合わせをしてみたい、などと微かに昂る胸中を落ち着かせたレンが視線をウィルへと向ける。
ウィルは騒がしくなっているルーシェの弟妹たちを不思議そうに眺めていた。なぜルーシェとミーシャが仲良くしているところを見て騒ぐのかよく分かっていないのだろう。ウィルからしてみればルーシェたちが仲良くしているのはとても良いことなのだ。
だから次にウィルの口から出てきた言葉は至極自然なものであった。
「まぁまぁ、あとはおわかいふたりにまかせてー」
ここでウィルたちが騒ぐようなことではない、と。ルーシェの弟妹を落ち着かせようとするウィルの言葉にみんながきょとんとしてしまう。
ウィルの言いたいことは分かる。だがそれをこの場で最年少のウィルが言ってしまうのか、と。
まるでお見合いの仲人のような台詞にセレナとニーナも困ってしまって苦笑いを浮かべてしまった。
だがウィルの言っていることは間違ってはいない。トルキス家では使用人同士の恋愛を禁じているわけではない。あとは当人同士の気持ち次第なのである。
それよりもウィルは少しそわそわしていた。どうやら興味がルーシェたちから別のことへと移ったようだ。
ウィルの変化に気付いたレンがウィルと視線を合わせる。
「ウィル様、いかがなされましたか?」
「ばんごー……なかよくなるとこ、みたいー」
どうやら子供たちが話すバンゴーの手懐けに興味があるようだ。しかし先程話に上がったように今は時期が悪い。
「ブラウンボアの影響で周りの魔獣が興奮していると危険ですので……今回は諦めてください」
「むぅ……」
レンからも色よい返事が得られずウィルが口を尖らせる。だがウィルも無理な希望を言っている自覚があるらしく、それ以上はわがままを言わなかった。
その代わり、何か興味を引くものはないかとウィルは探知魔法を発動した。
ウィルの探知魔法は周囲に影響を及ぼすものではなく、またウィル自身の安全に繋がるため使用することを黙認されている。
ウィルも使用して怒られることもなく、また仲の良い幻獣から教わったということもありウィルのお気に入りの魔法となっていた。
そんなウィルの様子に村の子供たちは感心しているようで。
「探知魔法って便利ですよね。でも使える人って見たことなくて……」
ルーシェの妹の発言にレンも考え込んでしまう。
ウィルの探知魔法はウィルにしか使えない。なぜならトルキス家の使用人であるエジルが契約している幻獣ツチリスのブラウンの幻獣魔法をウィルが真似して使っているからである。一般的に使えるような魔法として作られていないのだ。
「ひょっとしたら誰かが秘匿していたりするかもしれませんが……一般的に流通している魔法ではないと思います。ウィル様もご自身で工夫されて使用していますので」
レンの説明に子供たちはさらに感心したようだ。
レンも気配に敏感な方だがそれは自身を鍛え抜いた成果であり、魔法と呼べる代物ではなかった。
「使えたら俺たちももっと安全にバンゴーとか手懐けに行けるのになー」
ルーシェの弟もバンゴーの手懐けに赴く際は細心の注意を払っているようだが、それでも魔法で確認できる手段があるのとないのとでは雲泥の差だろう。ウィルの探知魔法を羨ましがる気持ちも分かる。
ルーシェの弟妹の話を聞いていたウィルが唸ってレンを見上げた。
「みんなたんちまほーつかえたらたすかるー?」
「そうですね。周囲の警戒を目視に頼っている場合が多いので……」
身の危険を事前に察知できるので使用者の大きな助けとなるのは間違いない。
レンの話を聞いてウィルが何事か考え込む。考えている内容はレンにも何となく察しが付くものだ。
「ウィル様、探知魔法を作ろうとお考えなのですか?」
「できなくもない、きがするー」
ウィルが感触を得ている魔法であるから他の人間が全く使えないということはなさそうだが。
結局のところ、新しい魔法を作るには精霊たちの協力が必要不可欠なのだ。探知に詳しい精霊に相談して形にできれば可能性はなくはない。
信仰の対象である精霊たちに協力してもらうことにまだ少し抵抗を覚えるレンが思案しているとぴくりとウィルの表情が固まって視線を村の入り口の方へ向けた。
「ウィル様……?」
不思議に思ったレンがウィルに声をかけるがウィルは黙ったまま意識を集中している。
(……なにー?)
ウィルの探知範囲に何か異質なモノが侵入してきたのだ。
場所は今のウィルの探知範囲から考えて村の入り口の前だ。形としては四足の魔獣と思われるが探知の端の方で形までははっきりしない。だがその後を追って探知範囲に入ってきた嫌な気配はすぐに理解できた。
「れん! むらのそと! まじゅーとしろいおーがだ!」
いきなり白鬼の襲来を告げられてレンが一瞬驚きを露わにする。しかし次の瞬間には村の入り口に向かって動き出していた。
「モニカは残りなさい!」
「はい!」
モニカに子供たちを守るように言い置いてレンが加速する。
(確かに先の状況が確認できるのであれば探知魔法は有効ですね……)
それがないレンは大まかな気配で現場判断をするしかない。それを不便と言ってしまえばそれまでなのだが。
今は一刻も早く現着できるようにとレンは足に力を籠めるのであった。




