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白面の魔獣

 コンゴウに乗り込んだトルキス家一行は砦を抜け、レクス山の南にある街道をルイベ村方面へと進行した。

 コンゴウに搭乗したのはシローとレンとカルツ、トルキス家の子供たちとその付き添いとしてメイドからはミーシャが。戦闘要員はルーシェとモニカが搭乗し、スーリエとライラも放置してきた荷物の場所へ案内するために乗り込んだ。コンゴウの操作はガスパル率いる【火道の車輪】が担当している。


「おおっ! この速度! この眺め! 実に素晴らしい!!」


 コンゴウの窓の外。流れゆく景色を目の当たりにしてエルフのスーリエが感動を体で表現している。その横でドワーフのライラもコンゴウの室内を調べてはしきりに感動していた。


「材質といい、設計といい……これほどの大型軍用車両、一国の騎士団にだってそうはないはずです。興味が尽きません……!」


 己の興味に忠実な彼女たちが渦巻くメガネの奥で目を輝かせているのが容易に想像できる。

 それはコンゴウに深く携わった者も同じで自らの成果を深く褒め称えられたウィルとカルツはまんざらでもなさそうであった。


「まだ試作段階ではありますが……このコンゴウには私の培った知識が色々と散りばめられているのですよ」

「うぃるも! うぃるもいっぱいざいりょーあつめたんだよ!」


 興奮気味に身を乗り出すウィルとどこか誇らし気なカルツ。盛り上がる四名を見たセレナは苦笑いを浮かべ、ニーナは満足そうに頷いていた。


「さすがウィルね!」


 どうやらニーナはウィルが会って間もないスーリエたちと打ち解けていることに感心しているらしい。セレナから見るとウィルはともかく他の三人が大人げなくはしゃいでいるように見えてどう反応してよいものか困ってしまっているようだ。

 レンも見かねているようであからさまにため息を吐いていた。


「ウィル様が感化されてカルツたちのようになってもらっても困るのですが……」

「そう? 私はウィルらしくていいと思うけど?」

「そうでしょうか?」


 ニーナは他人の魅力を広く受け止める器量があるようでウィルを愛情深く見守っている。一方、教育係であるレンがウィルの将来を思ってついつい口酸っぱくなってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。

 どうにも騒がしくなってしまった車内を見回してシローが苦笑する。


「ピクニックじゃないんだけどなぁ……」


 車内には魔獣討伐に向かうという緊張感がまるでない。緊張し過ぎて重苦しい空気になるのは問題だが緊張感のかけらもないのもそれはそれで問題である。特に今回は今後を見据えてルーシェとモニカに対処してもらう手筈なのだ。彼らが緊張感のないまま油断して大怪我でもされたら元も子もない。

 シローがルーシェたちの気を引き締めようと考えた時であった。

 ざらりとした嫌な気配を感じ取ってシローの気が引き締まる。同時に先程まで文句を言っていたレンもスーリエたちと興奮気味に意見を交換していたカルツも押し黙った。それは磨き抜かれた強者としての感覚であった。

 シローが控えていたガスパルに指示を出そうとしたところでウィルが騒ぎ出す。探知に優れたウィルもシローたち同様に気配を感じ取ったようだ。


「わるいまじゅーさんだ! あっちにいる!」

「えっ!?」


 進行方向を指差すウィルを見たガスパルがシローに視線を向けるとシローは頷いてみせた。

 そんな短いやり取りで状況を理解してガスパルが近くに設えられた伝声管を手に取る。


「御者台、並足まで速度を落とせ!」

『了解!』

「見張り台、十一時方向だ!」

『確認します!』


 矢継ぎ早の指示に【火道の車輪】のメンバーたちがすぐに応答してきた。

 その様子を見守りながらレンが小さく口を開く。


「思ったより街道に寄ってますね」

「ああ……」


 シローも同じ感想だったのか、短く返した。

 ウィルが精霊の庭にいる精霊たちに確認したところ件の魔獣は森の中に身を潜めてはいないようであった。だから反対側の草原の方に身を隠しているかもと思っていたのだが。


「白昼堂々、通りかかった者を襲うつもりでいるのか」


 件の魔獣が邪神の影響を受けていたのだとしたら、そのせいで街道に近寄らないという魔獣本来の行動パターンから外れている可能性もある。

 伝声管からの報告が車内に響き渡った。


『十一時方向に大型の魔獣を確認、距離八百! 対象はおそらく猪型の魔獣ではないかと……』


 見張り台からの報告は少し歯切れが悪い。遠目からは魔獣の種類まで見極めるのは難しかったのか。しかし大まかな場所が分かればこの場にはカルツがいる。


「ガスパルさん距離五百で一時停止」

「了解。御者台、見張り台、距離五百で一時停止だ」


 シローの指示をガスパルが伝声管で伝えて。シローはカルツに向き直った。


「カルツ、魔獣の様子を探ってくれ」

「お任せ下さい」


 快く頷いたカルツが手を軽く広げて空属性の精霊であるスートに呼びかける。


「従え、スノート。虚空の絵画、我が前に映せ千里の眺望」


 魔力が意味を成し、板状の魔法に魔獣が映し出されるとスーリエたちが感嘆の息を吐いた。


「これが空属性の遠見の魔法ですか……素晴らしいですね」

「探知索敵に映像展開。もしこれが車両の魔道具だけで実行できたら……ロマンを感じずにはいられませんな」


 どうやらライラはコンゴウの更なる改良にまで思いを馳せているようだ。ぶつぶつと呟いている。

 そんな彼女は置いておいて、映し出された魔獣の姿にカルツが目を細めた。


「見てください。顔の半分が白い面のようなもので覆われている」

「スーリエさんたちを襲った魔獣はこいつですか?」


 シローがスーリエに確認すると彼女は頷いてみせた。


「はい。この面、このたてがみ……間違いないかと」

「おそらくはブラウンボアだとは思うんだけど……」


 シローが言い淀むのも無理はない。茶色の毛皮にたてがみを持つ猪の魔獣。この辺りではよく見られる魔獣だが大きくても一メートルちょっと。だがカルツの魔法に映し出されたブラウンボアは五倍くらいの大きさがある。見張り台からの報告がスッキリしないわけだ。


「白い面のせいで巨大化しているのか……?」

「シロー。仮説を立てようにも初遭遇ではどうしようもありません」


 シローの疑問にカルツが答えて。その足元で大きな猪の魔獣を見ていたウィルは急にやる気を漲らせ始めた。


「とーさま! うぃるがあのいのししさんをやっつけてくる!」

「だめ」

「なんでー!?」


 ウィルの提案は即座に却下されてウィルが頬を膨らませる。そのウィルの頬をシローが両手で挟み込んで顔を覗き込んだ。


「理由は二つある」

「ききましょー」


 どうやらウィルにはシローの話を聞く気があるようで。シローは唇を尖らせながら待機するウィルの頬から手を離した。


「一つはルーシェたちに経験を積ませてあげたいから。もう一つはそんなルーシェたちを見てウィルたちに立ち回りの修練をして欲しいから」

「うー?」


 シローの言葉の意味を考えてウィルが首を傾げる。その表情は理解しきれていない時の顔だ。


「しゅーれんー?」

「そうだよ」


 ウィルもシローがルーシェたちに戦わせたいと思っていることは理解している。だがルーシェたちの動きを見ることがなぜ自分の修練になるのか分かっていないらしい。

 シローがウィルにも分かりやすいように説明する。


「強い魔獣との戦闘はなかなか経験できるものじゃないんだ。だからルーシェたちに戦って慣れてもらいたい。それでウィルたちにはもしルーシェたちと一緒に戦うなら自分たちがどう動くのかを考えてもらいたいんだよ。そうしないとウィルはゴーレムで真正面からブラウンボアをねじ伏せちゃうだろ?」

「ひていしませんな」


 きっぱりと。ウィルはブラウンボアを有り余る魔力で正面からねじ伏せると宣言する。濡れ狐と互角以上に渡り合えるウィルが変異しているとはいえブラウンボア相手に後れを取ることはないのだ。だがそれでは力押し一辺倒で押し切ってしまってウィルの経験にはあまり役に立たない。

 だからシローはこの戦いでウィルたちの想像力を刺激したいのだった。


「もったいないじゃないか。ウィルは魔法が大の得意で色んな魔法が使えるのに戦い方がゴーレムに頼るだけなんて」


 ウィルならそれでも違う魔法で戦えるのかもしれないが、そこには連携で培える立ち回りは含まれない。ウィルはまだ精霊たちの力を借りて一人で戦うことしかできないのだ。


「ウィルはウィルだけじゃなく皆を強くすることもできると思うんだ。だから色んな戦い方をイメージできるようになって欲しいんだよ」

「みんなとたたかうためー?」

「そうだよ」


 ウィルはシローの説明を真剣に聞いてこくこくと頷いた。どうやら納得してくれたらしい。

 セレナやニーナも理解してくれたようで笑みを浮かべたシローは改めてルーシェたちに向き直った。


「そういう訳だからルーシェ、モニカさん、頑張って。いちおう二人の手に余ると思ったら応援を出すけどできれば期待に応えて欲しいな」

「「は、はいっ!」」


 シローの言葉にルーシェとモニカが背筋を伸ばす。この様子なら油断して大惨事、なんて事にはならないはずだ。


「ガスパルさん、距離四百まで。そこからルーシェたちを先行させます」

「了解。距離四百まで前進」


 シローの指示をガスパルがまた伝声管に伝えて。一時停止していたコンゴウがまたゆっくりと動き出した。


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