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【閑話】悩める火の精霊

 今日も精霊の庭はいい天気だった。

 手を透かして空を見上げていると脇を小さな精霊たちが駆け抜けていった。


『マック、おはよー!』

『おはよー!』


 ボクに振り向きながら声をかけてくれる子たちもいる。

 嬉しくなってボクも挨拶を返した。


『みんな、おはよう』


 はしゃぎながら挨拶に答えて思い思いに散っていく小さな精霊たち。ボクも自然に笑顔になっているのが分かった。

 精霊の庭はにぎやかだ。でもそれは最近起きた変化だと思う。前まではもう少し静かだった。その変化をもたらしたのはウィルベルという小さな人間の男の子だ。

 ウィルが精霊の庭に訪れるまではボクに声をかけてくる精霊は限られていた。なぜならボクは森にある精霊の庭にいるのが珍しい火の精霊だからだ。はぐれ精霊などと言われている。普段はそこにないはずの魔素が自然現象によって発生し、精霊へと昇華することで生まれるらしい。ボクはその類の精霊だった。だから精霊の庭にボク以外の火の精霊はいない。

 そのこともあってか自然とボクと他の精霊たちの間に距離があった。遠慮したボク自身が距離を置いてしまっていたということもあるかもしれない。でもウィルという人間の男の子が精霊の庭を訪れてからそんな距離は全くなくなってしまった。

 ウィルは物怖じせず、分け隔てのない優しい子供であった。人間と精霊との違いにも頓着がなく、体当たりで精霊たちと仲良くなろうとしてきた。属性ごとの精霊の違いやその起こりに対してもまるで気にしなかった。

 それはボクにも例外ではなく。それどころかボクが精霊の庭で唯一の火の精霊だと知ると寂しくないようにと訪れる度に一緒にいてくれていた。

 そのこともあってか今ではどの精霊もボクの属性の違いなんて気にしない。ひょっとしたらボクが一番精霊の庭がにぎやかになったと思っている精霊かもしれない。

 もう一つにぎやかになったと感じる理由がある。それは地の大幻獣レクス様のところにいる土属性の精霊たちが精霊の庭を頻繁に訪れるようになったからだ。

 本来、精霊というのは一所に留まるものだけどウィルが精霊の庭に出入りして精霊たちと仲良くなってからはウィルと親しい土属性の精霊たちも好んで精霊の庭にやってくるようになった。

 今日も土属性の精霊たちが訪れていて他の精霊たちと何やら相談している。内容は聞いていて笑ってしまうようなことだ。


『頼むよ! このゴーレムが空を飛べるように調整してくれ! ウィルに使って欲しいんだよ!』

『ウィルが使うってあの大質量のでかいゴーレムでしょ? そんなの風属性系統の魔法だけじゃ飛ばせないよ。素早く動く地上用のゴーレムにしときなって』

『いや、そっちはもう設計してある』

『設計してんのかい!』


 どうやら新種のゴーレム生成の話らしい。さすがにボクもウィルの使うあのバカでかいゴーレムが空を飛べるとは思わない。

 一方、離れた所では水の精霊たちが集まっていて。


『今日こそユルンガル様にウィルのお供をする許可を頂きますわ!』

『ネル、最近そればっかりね』

『ネルってば、レクス山の湧き水を司る精霊じゃなかったっけ?』


 ネルがウィルと契約したいって張り切ってる。上位精霊なんだから他の水の精霊たちを纏める立場にあると思うんだけど。ネルって普段は優しいし頼りがいがあっていろんな精霊に好かれているんだけど思い込んだら一途というかなんというか。ユルンガル様、許してくれるのかなぁ。

 そんな風に水の精霊たちを眺めていると別のところから小さな土属性の精霊と風属性の精霊がボクの下まで駆け寄ってきた。


『マック、お願いがあるんだけどー』

『手伝ってー』


 見上げてくる子たちと視線を合わせるために身を屈める。


『どうしたの?』

『あのね、ウィルのために魔法を考えたのー』

『でも私たちだけじゃ形にできなくてー』


 この子たちもウィルが大好きで新しい魔法を考えてきたのだ。小さな精霊たちじゃあ強い魔法は設計できないかもしれないがその心遣いは見ていて微笑ましい。

 そんな思いを抱きつつ子供たちの魔法の設計図に目を通す。


『どれどれ……』

『一生懸命考えたのー』

『自信作なのー』


 設計図の内容に思わず頬を引きつらせてしまった。


『風属性の魔法で巻き上げた土の魔素を使ってお空に岩石を作り出すのー』

『岩石の殻の中に火属性の爆発力を閉じ込めて風属性の魔力で発射するのー』


 火属性と風属性と土属性を合わせた超高高度からの強大狙撃魔法。ご丁寧に炸裂弾仕様である。計算される威力がひど過ぎる。完成させようにも試し撃ちすることすらできない。爆発で周りの地形が変わってしまう。


『『ウィルに敵対した奴らはイチコロなのー』』

『まるで隕石のような魔法だな……』


 話を聞いていたのかゴーレム談議に花を咲かせていた精霊たちまで集まってきた。

 ボクが魔法の内容に言葉を失っていると集まってきた精霊の中から声が上がった。


『こ、これだ!』


 わななく土の精霊にみんなの視線が集まる。彼は先程ウィルのゴーレムを空に飛ばすとか何とか言っていた精霊だ。そんな彼は宝物を見つけたような目で小さな精霊たちの設計図を掲げた。


『火属性の精霊の力を推進力にすればウィルのゴーレムは空も飛べるのではないか!?』


 土の精霊の提案に周りの精霊たちも感嘆の声を上げる。が、そうじゃない。そんなトンチキな魔法より今は子供たちの危険極まりない魔法の方をどうにかしないと。


『ちょっと待ってよ! 今は子供たちの魔法を何とかしないと! 危険過ぎてウィルには教えられないよ!』

『なんでだよ。いい魔法じゃないか。ウィルも喜ぶだろ』

『こんな大威力の魔法を教えて誰が管理するのさ!』


 ウィルはすごい子だけどまだ幼くて危険な魔法の管理までできると思わない。手放しに教えていい威力の魔法じゃない。

 そこまで言ったボクを見た土の精霊と小さな精霊が顔を見合わせて、またボクの方へ視線を戻した。


『誰って……』

『マックが管理すればいいんだよー』

『……なんだって?』


 聞き間違いかと思って聞き返す。だけどどうやら聞き間違いではなかったらしい。小さな精霊たちが楽しそうに告げてくる。


『だってマックもウィルと契約するんでしょー?』

『ねー?』

『それは……』


 将来的にはそうなるかもしれないという話で。ウィルを守る為に様々な属性の精霊たちがウィルと契約するということになるのであれば火属性の筆頭はボクということになる。なにせ精霊の庭にはボク以外の火属性の精霊はいないのだから。

 戸惑うボクに他の精霊たちは「何をいまさら」と言いたげな視線を向けていた。どうやらボクがウィルと契約するのはみんなの共通認識みたいだ。

 土の精霊が少し呆れたように肩を竦める。


『この魔法、精霊でなきゃ扱いきれないだろ? それも複数の精霊がいなきゃ使えないような代物だ。だったら複数の精霊たちからなる認証式にすればいい。アジャンタとシャークティがいるんだからそれくらいできるだろ』

『ええー……』


 取り付く島もない。このままじゃ空飛ぶゴーレムと極大狙撃精霊魔法をウィルとの契約の手土産にさせられてしまう。

 なんとかそんな事態は回避しなければ。断る口実を探していると空から声が響いてきた。


『大ニュース、大ニュース!』

『ウィルが旅から帰ってきたよー』


 ウィルの家に遊びに行っていたのか、風の精霊たちが空から舞い降りながらウィルの帰還を伝えてきて。精霊の庭に歓声が響き渡った。


『あ、ちょっと! ねえ!』


 時すでに遅し。ウィルの帰還に盛り上がった精霊たちはボクの声を聴いてくれず。

 結局ボクは彼らのとんでも魔法の設計を手伝いながら一日を過ごす羽目になった。


『はぁあああ……』


 一日いっぱい頭を使い過ぎて体を地面に投げ出す。正直、もう動きたくない。


(魔法の設計図作るのってこんなに大変だったんだなぁ……)


 初めて魔法の設計図に関わることになって色々と思い知った。

 ウィルのためにこんな大変なことを進んで行うなんて、みんなウィルのことが大好きなんだなぁ。まぁ、ボクもウィルが喜ぶと諭されて魔法の設計に力を貸してしまったわけなんだけど。

 やってしまった感はある。アジャンタやシャークティに怒られるだろうな。クローディアも許してくれないかもしれない。

 そこまで考えて寝返りを打ち、目を閉じた。このまま眠れそうだ。


(ウィル……)


 みんなが大好きな人間の男の子だ。光栄なことにボクは彼の友達に認定されている。他の精霊と関わらず一人でいることの多かったボクに何の迷いもなく手を差し伸べてくれた優しい男の子だ。嫌いになる理由なんてない。

 だからこそボクは男型の精霊になりたいと思っている。

 今まで精霊たちと関わってこなかったせいか、僕には性別型の転換が訪れていない。

 精霊や幻獣はその成長過程で性別型の転換が訪れて更なる力の在り様などを理解していく。ボクくらいの成長を果たした精霊が性別型の転換を迎えていないのは遅い方だ。

 今までは特に気にしてこなかったことだけど。今は明確に意識する理由がある。

 先日ウィルと契約したアジャンタとシャークティ、クローディアはいずれも女性型の精霊だ。それは全く悪いことではない。女性型の精霊は慈愛に満ちている精霊が多いと聞くし。アジャンタたちを見ていても問題があるとは思わない。

 でもウィルだって男の子だ。周りが女性型ばかりでは疲れてしまうこともあると思うんだ。そんな時にボクと気兼ねなく話すことができれば、ウィルの助けになれるはず。きっとそれは間違いじゃない。

 ウィルと契約するかもしれないと思った時からずっと考えていたことだ。


(でも……)


 それと同時に最近頭をもたげてくる思いもある。一人でいることが当たり前じゃなくなったからなのかもしれない。


(みんながウィルを取り合っている時に……)


 輪の外から一人でみんなを眺めている自分の姿が簡単に想像できる。


(その輪の中に入れないのは……ちょっと寂しいな……)


 ボクはそんな風に考えながらそのまま眠りの中に意識を手放した。

 翌朝――


『んん……?』


 目を覚ましたボクは体に違和感を覚えて。

 その原因を理解して絶叫してしまったのは完全にボクの失態だった。




「なにごとー?」


 久々に精霊の庭を訪れたウィルは広場で騒めいている精霊たちをライアの洞窟の前から見降ろして首を傾げた。精霊たちは誰かを囲んでいるようでみんなが中央にいる精霊を注目しているようだ。

 ウィルはその注目されている精霊が誰だかすぐに分かった。


「まっくだ」


 マックは森には珍しい火の精霊であり、ひとりでいることが多いことをウィルは理解している。それがあんな風に注目されるのは何かあったのか、とウィルは少し心配になった。

 急いたウィルが風の魔力を操って飛び立ち、精霊たちの頭上を越える。


「どうしたのー?」

『あっ、ウィルー』

『いらっしゃーい』


 ウィルに気付いた精霊たちがウィルを迎え入れる中、ウィルはマックの前へと降り立った。


「どうかしたのー、まっく?」

『あ、いや……えっと……』


 心配そうにマックを覗き込むウィル。少し怯えたように身を縮ませるマック。


「ああー!?」


 その変化にすぐ気づいたのはウィルよりもウィルと契約しているアジャンタたちであった。


「マック、あんた!」

「性別型が転換してる……女性型に……」


 風属性のアジャンタと土属性のシャークティがウィルの中から顕現してウィルの前に立つ。ウィルは二人の反応の意味が分からず、隣に樹属性の精霊であるクローディアを顕現させた。


「くろーでぃあー?」

「あはは……」


 説明を求めて見上げてくるウィルにクローディアは思わず苦笑いを浮かべてしまった。クローディアもマックの身に何が起きたのか理解できたし、なぜそうなったか察することもできる。


「マックは精霊として成長したの」

「せーちょー……?」


 目線を合わせて説明してくれるクローディアにウィルが首を傾げた。マックは無性別から女性型へ転換し、その魔力もより強いものへと成長を遂げたのだ。

 確かに魔力の変化はウィルにも見ることができる。だが女性型への転換と言われてもウィルにはよく分からなかったし、なにより成長すればトルキス家ではみんな喜んでくれるのだ。マックが責められるのはおかしい。

 なのでウィルの取った行動は至極自然なものだった。


「だめ!」


 アジャンタとシャークティの間からマックの前に出たウィルはアジャンタたちに向き直って両手を広げた。


「まっくはわるくないでしょ! せーちょーしたんだからよろこばないと!」

「「うっ……」」


 ウィルに窘められてアジャンタとシャークティが言葉を詰まらせる。

 やはりウィルは理解していない。なぜマックが女性型に転換し、そのことにアジャンタとシャークティが反応しているのか。

 もとより女性型に転換していたアジャンタやシャークティと違ってマックはウィルと出会ってから女性型へと転換した。将来ウィルと契約すると考えられているマックがそうなったのは少なからずウィルを意識してのことだと想像がつく。

 そうとは知らず、ウィルが正論を続ける。


「まっくはまっくでしょ!」

「「はい……ごめんなさい」」


 すごすごと引き下がるアジャンタとシャークティ。アジャンタたちが素直に謝ってくれたのでウィルはそれ以上何も言わず、笑顔で両手を下げた。

 そんなウィルの姿は精霊たちの眼から見ても愛らしくも頼もしい。


(ああ……)


 背後にいたマックも思わず見惚れて言葉に詰まる。自分を守ってくれている。その背中を見るだけでウィルに絶対ついていく、と自分自身の心に強く誓えた。

 一息ついて、ウィルがマックへ向き直る。


「そーだ、まっく!」

『……なに?』


 嬉しそうな笑みを浮かべるウィルにマックは首を傾げた。ウィルが興奮を隠しきれずに続ける。


「うぃるね、たびしてせいちょうしたからひぞくせーのれんしゅーもしていいって!」


 ウィルの魔法の修練において、今までは火を取り扱う魔法は危なっかしくて禁止されていたのだ。それがこの度トルキス家の監督の下、解禁になったと言う。

 精霊たちが感嘆にどよめく中、ウィルはとても嬉しそうでマックも思わず頬を綻ばせた。


「うぃる、いっぱいれんしゅーして、まっくをむかえにくるから!」


 そう宣言してウィルがマックに手を差し出す。精霊王になりたいウィルが目標をマックとの契約に定めるのは当然のことで。そのことに囃し立てる精霊たちもいたがマックが気に留める事ではなかった。なぜならマックはもうウィルと一緒に居たいと願ってしまっている。


『……うん、待ってる』


 マックは感動のあまり泣きそうになりながら、笑顔でウィルの手を握り返した。その小さな手の温もりに心をほぐされ、すぐにでも契約してしまいたい気持ちをぐっと押し留めながら。

 なにかに気付いてマックは少し苦笑した。未だ項垂れているアジャンタとシャークティ。彼女らのフォローも今一番幸せに浸っている自分の役目だと感じてウィルに伝える。


『ウィル、アジャンタとシャークティにも悪気はなかったんだと思う。許してあげてね?』

「うん!」


 こくこくと頷くウィル。その表情に一遍の曇りもない。


「うぃる、あじゃんたもしゃーくてぃもだいすきだからだいじょーぶだよ!」


 思うところはないのだとはっきり告げるウィルにアジャンタとシャークティも少し顔を上げて。

 それ以上にウィルの大好き発言に反応した精霊たちの囃す声が一層勢いを増して――久方ぶりのウィルの訪れを誰もが楽しんでいた。

 精霊たちに囲まれるウィルの姿を眺めたマックがウィルから離れた手を抱きしめる。


(きっとこれでよかったんだ)


 迷うこともあったけど今は自分の変化も素直に受け止めることができた。

 自分はウィルと精霊たちとの輪の中にいる。胸に残っていた寂しさも、今はない。そしてウィルを待ち続ける。ウィルと契約するその時を。


(ウィル、ボクの真名はマックス。ボクは君と君の見る世界を一緒に見に行くよ)


 いずれ来る契約に思いを馳せながら。それは一柱の精霊が自分の居場所を見つけた瞬間であった。


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