二代目の秘密
「ウィルが……二代目精霊王……?」
『はい。私は成人したウィルに精霊王になるようお願いするつもりでいました』
言葉の意味を咀嚼するように呟くセシリアにルナは頷いてみせた。
誰の表情も似たり寄ったりでどう反応していいのか分からず、ただ静かにルナの言葉を待った。
『しかしそれは成人した上でのこと。まだ先の話だったのです。それなのにウィルは私から使命を託される前に精霊王として覚醒してしまった』
「それは、なぜ……?」
セシリアはどのように納得していいのか分からないのだろう。何とか疑問を口にして、見かねたシローに体を支えられた。
セシリアの様子を気にかけながらルナが告げる。
『原因は邪神が定められた因果を無視して強引に復活してしまったからです』
「因果……?」
聞き馴染みのない言葉に今度はシローが短く聞き返す。
ルナはそんなシローにまた頷いて後を続けた。
『遥か昔、文明の滅亡から人々がまだ立ち直れていなかった時代……次元を超えて現れた邪神は世界そのものを破壊しようと侵食し始めました。そんな邪神に対し太陽の精霊は一人の清き青年に邪神討伐の使命を託しました。それが初代精霊王です。
しかし人々の助力を得られなかった初代精霊王に邪神を討ち滅ぼすだけの力はなく、太陽の精霊と初代精霊王はやむなく封印という手段を取りました。初代精霊王の封印は永遠に続くものではなく、邪神はいつか必ず復活する。そうなれば二代目の精霊王が復活した邪神と対峙しなければなりません』
それは先延ばしにしていても必ず訪れる未来。
逃れられないこの世界の宿命なのであれば、とルナたちは一計を案じた。
『ですから私たち太陽と月と時の精霊は二代目精霊王の覚醒と邪神の復活を因果として結びつけたのです。精霊王となる資質を秘めた人の子が成人を迎えて二代目精霊王となり、活気を取り戻した人々や慕う精霊たちと力を合わせて邪神を討ち滅ぼせるように』
つまりルナたちはいつ解けてしまうか分からない邪神の復活を待つより、二代目精霊王の覚醒と同時に邪神が復活するという図式を作り、邪神の復活する時期を調整しようとしたのだ。二代目精霊王が万全の体制で覚醒し、復活した邪神を迎え撃てるように。
しかしそうはならなかった。邪神が初代精霊王の封印を無理やりこじ開けてしまったのだ。
『長い年月をかけて紡ぎ上げた因果は邪神の行いを逃さず、逆転の現象を引き起こしてしまいました……』
「……邪神が復活したからウィルが精霊王として覚醒してしまった、ということですか?」
シローが確認するように尋ねるとルナは黙ったまま首肯した。
誰もが事態の大きさに言葉を失う。ただでさえ邪神という強大な敵を想像するのは難しい。その上、ウィルはまだ幼子である。いくら大人たちの予想の斜め上を行くウィルであっても世界を滅ぼそうとする邪神と対峙する姿を想像するのはさらに難しい。
だがこの沈黙の中にあってシローはルナの降臨の意味するところを正しく理解していた。傍に控える大幻獣たちや風の一片、【大空の渡り鳥】のメンバーたちも同様だ。
これまでウィルを助けてきたルナが世界の滅亡を予言するためだけに姿を現したとは考えられないからだ。もっともそうであったとしてもシローたちが簡単に諦めるわけはないのだが。
シローたちの眼の光を見たルナが少し安堵したように優しく微笑んだ。
『事態は難しくなってしまいましたが……この世界の未来はまだ何も決してはいません。邪神は復活しましたが強引な復活のせいで力までは取り戻せていません。そのため悪意や心の隙に付け込んで信者を増やし、世界中で活動させているのです。一方、ウィルの活躍は皆さんもご存じの通り……』
魔法を駆使するようになって以来、ウィルは様々な偉業を達成してきた。
ルナの話とウィルの偉業を思い返したロンが顎に手を当てて唸る。
「……坊主の偉業はその因果というやつの影響なのか?」
もしそうであるのならばウィルが何かを起こすたびに邪神が力をつけてしまうことになる。幼いウィルが精霊王としての因果を理解して自重する、というのは難しいことだ。
しかしロンの懸念に対してルナは首を横に振った。
『いいえ。ウィルの偉業はあくまでウィル自身の行動によって生じた結果です』
邪神が復活した結果、ウィルは精霊王として覚醒した。精霊王として覚醒して幼いながらに力を有してしまった結果、いくつもの偉業を成し遂げた。結果の結果にまで因果は関係しないということなのだろう。
「あのバカでかい光の騎士もか?」
『はい。あれは邪神が復活して信者を生み出さなければ起きなかった事件です。その災厄に対してウィルが月属性の力を行使したとしても問題ありません』
邪神が信者を生み出した結果、ウィルは精霊王の力を行使することになった。
何とも都合のいい話であるが、納得できる部分も多い。白の教団は邪神が復活した結果生まれたものではない。邪神が力を取り戻そうとして作り出した邪神の脅威そのものだ。ウィルは邪神の脅威に対して月属性の力で対抗しただけなのだ。
逆を言えば好き放題に月属性の力を行使してしまえば邪神に勢いを与えてしまう可能性もあるというわけだ。
『月属性の魔法は簡単に使えるような力ではありませんが……ウィルの性格にも助けられていますね。あの子は特別な力を得てもそれを安易に行使したりしない』
ルナの言葉にシローは少し違うのではないか、と胸中で思わず苦笑してしまう。
ウィルは魔素や魔力の流れを見て魔法を真似て、それを自分の力として十分に楽しんでいる。そして覚えた魔法を時折試し打ちしていたりするのだ。特別な力を行使していないわけではない。
そこまで考えたシローはある可能性に行きついて声を上げそうになった。
シローの様子に気付いたルナが首を傾げる。
『どうかされましたか?』
「ルナ様、ウィルの魔法を目で見てそれを真似してしまう力はもしかして……」
シローが恐る恐る口を開く。ウィルが生まれながらに伝説的な属性の魔力に目覚めてしまったからだと思っていた。ルナからウィルが精霊王として覚醒していると聞いて一層確信に近いものを感じた。
だがここに来てもう一つの可能性に気付いてしまったのだ。
シローが何を聞こうとしているのかを理解したルナは少し可笑しそうに笑みを浮かべて答えた。
『結果の結果です。精霊王にそのような先天的な力はありませんので……あの魔力を帯びた眼は強い魔力を有して生まれた結果、ウィルに発現したウィル自身の力です』
精霊王由来の力ではない。つまりウィルがどれだけ魔法を解析して真似ても何の問題もないということ。今まで通りのウィルでいいのだ。
ウィルの楽しみを取り上げずに済んだ安堵と継続される試し撃ちに対する不安が入り混じってシローが複雑そうな顔をする。
そんなシローの表情に満足したルナが視線を元に戻した。
『目に見える偉業もそうですが、目に見えない成果もウィルは既に発揮しています。ユルンガル……』
『はっ』
ルナに促されてユルンガルが一歩前に出る。その視線の先にいたのはルーシェであった。
『ルーシェよ、俺がお前の額に指を当てたことを覚えているか?』
「えっ? あ、はい……」
精霊の庭でのこと。水属性の武技に悩んでいたルーシェはウィルに連れられて精霊の庭へと赴き、そこで初めてユルンガルと出会って武技の基礎を教わったのだ。
『あの時、俺はお前に大幻獣の使者としての素養を施した。正しく心を育み、研鑽を積まなければ使者としての力は発現しないはずだったが……随分と早く開花したものだな』
「大幻獣の使者、ですか……」
『そうだ』
大仰に頷いてみせるユルンガルだがルーシェには何の自覚もなく、使者と言われても戸惑うばかりだ。
そんなルーシェに対してユルンガルは不敵な笑みを浮かべた。
『使者として大幻獣の存在を傍に感じ取り、言葉を代弁する者を巫女と呼んだりもするな。そして剣を取り大幻獣の意思を代行する者を勇者と呼ぶのだ』
変な沈黙が室内に広がった。ルーシェが自分に向けられる視線を感じてきょろきょろと周りを見回して。それからユルンガルに視線を戻す。その表情が徐々に焦りで歪んでいく。
「ど、どどどど――」
どういうことだ、と。回らない舌でユルンガルに尋ねようとするがそれもままならない。
ユルンガルはというとルーシェの反応が可笑しかったのか満足したように口の端を釣り上げた。
『というわけで。ルーシェ、お前、水の勇者な』
「ちょっ……! ぼ、僕はトルキス家の従者ですよ!?」
勇者になればトルキス家にいられなくなると思ったのか。ルーシェの口からそんな言葉が突いて出る。
だがユルンガルは変わらず笑みを浮かべていた。
『ルーシェよ。俺の意思は精霊王を護ることだ。勇者の素養を持つお前がトルキス家の従者でなんの問題がある?』
「えっ!? いや、それは……」
なんの問題もなかった。精霊王はウィルなのだから。従者としての使命も勇者としての使命もあまり変わらない。
(あれ? ひょっとして勇者って思ったほどたいしたことない?)
大幻獣の意思を代行するのだからたいしたことはあるのだが。ユルンガルの調子がどこか軽いこともあってルーシェは混乱してしまっていた。
人が良く上手く断れないルーシェとそれをあしらうユルンガルの態度にレクスが嘆息し、ルナも苦笑する。
『まぁお前も勇者として目覚めたばかりだ。これからどうなるかは誰にも分からん。頑張れよ』
「はぁ……」
ユルンガルから適当な励ましを受けて空返事をしてしまうルーシェ。
何とも言えない空気になり、ルナがユルンガルの後を引き継いだ。
『ルーシェさんはいきなりのことで驚かせてしまいましたが……ウィルが精霊王として覚醒したことによって本来は繋がりを持たなかったはずの方々と多くの絆が芽生えました。それによって運命が変わった方もいらっしゃるでしょう。ルーシェさんやアニアさんなどがいい例です』
「アニアが……?」
自分の妹の名前が出てきてモニカも驚いている。
考えてもみればアニアは魔暴症を患っていつ死ぬかも分からない状態だった。しかしウィルの魔力の流れを目で見るという力のおかげで魔暴症を解明し、病を克服したのだ。ウィルが精霊王に覚醒しなければアニアは死という運命を受け入れざるを得なかっただろう。
ルーシェもウィルに魔力の綺麗さを認められてトルキス家に雇われた。そしてユルンガルと出会うこととなり、水の勇者として任ぜられる運びとなったのだ。
ウィルと絆を結んだ人々が感化され、その運命を良い方向へと変えていく。
『ウィルが他者と絆を深め、力を得ていくのはいいことなのですが……』
ルナの表情が少し憂いを帯びたものへと変わる。邪神側にも目立った動きがあったからだ。
『その一方、ソーキサス帝国での一件で邪神の残滓がこの世界に溢れ始めました。おそらくこれからこぼれ出た邪神の残滓が世界に影響を及ぼし始めるでしょう。そして白の教団は邪神の復活を加速させるために封印を解いて残滓を集めようと動き始めるはずです』
邪神の復活と戦力の増強。いかにウィルの周りでいい動きがあったとしても楽観視していい内容ではない。
『これからは水面下で精霊王陣営対邪神陣営という図式になるでしょう。こちらも白の教団の動きを警戒しつつ、なるべく邪神側に悟られないように戦力を蓄えなければなりません』
精霊王陣営の急所はもちろんウィルである。ウィルを中心として戦力を拡大していく流れであってもその存在はできるだけ秘匿していかなければならない。白の教団のターゲットにならないように。
ルナの言葉を肝に銘じる面々の前でルナの光が徐々に透け始めた。彼女が姿を保っていられる時間も残りわずかということだろう。
(邪神の残滓が溢れ始めたとはいえ、これ以上は無理ですね……あとはレクスたちに任せるしかない)
時間の制限を理解したルナが視線をレクスとユルンガル、交互に向ける。
『レクス、ユルンガル……後を頼みましたよ』
ルナはそう言い置くと頭を下げるレクスとユルンガルの間でその姿を消した。神々しい月属性の光も同時に消えて室内に静寂が満ちる。
『フィルファリアの国王よ』
「はっ……」
向き直ったレクスに呼びかけられ、アルベルトがレクスの前に進み出た。レクスはアルベルトだけでなく周囲を見回すとまたアルベルトに視線を戻し、続けた。
『我ら幻獣や精霊には人同士の関係を繋ぐことはできん。大役になるが、勤め上げてくれるな』
「天地の幻精に誓って」
恐れだけではなく、決意の滲むアルベルトの表情を見たレクスは満足げに頷いた。陣営の中心はウィルだがその運営の手腕は当然大人たちの仕事であり、この場に居合わせたアルベルトがその筆頭となるのだ。それはフィルファリア王国対白の教団と言い換えてもいい。
『任せたぞ』
レクスもそれだけ言い置くとその場から消え、続いてユルンガルも姿を消した。
月の精霊や大幻獣が退室し、残された人々が誰ともなく深い息を吐く。シローたちはウィルと一緒にいて慣れてしまっているがアルベルトたちはそうもいかないのだろう。
だがそこはさすが一国の王、アルベルトの切り替えは早かった。
「今日はこれで解散だ。話し合いの場はいずれ設ける。フェリックス、ソーキサス帝国との同盟の件を早々にまとめるように」
「畏まりました」
「それから此度の啓示、軽々しく口に出すでないぞ。どこに白の教団の耳があるか分からんからな。こちら側の仲間に引き込む人間はしかと吟味せねばならん」
アルベルトの言葉を胸に刻んだ重臣たちが一礼をして、来た時と同じように静かに退室していく。
重臣たちを最後まで見送ったアルベルトは退室する前にシローの下へ歩み寄った。
「大変なことになったな」
「はい。ですがそれは陛下も同じこと」
労うアルベルトにシローが返すとアルベルトは困ったようなそれでいてどこか頼もしい笑みを浮かべていた。
「私からはシローたちの動きを縛ったりせん。相談は欲しいが基本自由に動くが良かろう」
「はっ」
アルベルトの指示を受けてシローが略式の敬礼をするとアルベルトは頷いて応え、護衛を引き連れて帰っていった。
トルキス家にいつもの夜が戻ってくる。だが心持ちまではそうもいかず、知らされた真実に誰もが少なからず疲労を感じていた。
「今後の話はまた明日かなぁ……」
全員の顔を見回したシローは小さく息を吐くと家臣や使用人たちを解散させてその日はこれまでとした。すぐに話し合うにはさすがに情報量が多すぎる。
適当な椅子に座って体を預けるシローに家臣や使用人たちも一人一人退室して。
(どうしたもんかなぁ……)
隣に座って寄り添うセシリアの手に自分の手を重ねて、シローは漠然とウィルのこれからに思いを馳せるのであった。
ルナの降臨より数か月後――
フィルファリア王国は正式にソーキサス帝国と同盟を結び、先に同盟国であったフラベルジュ王国と三カ国で同盟を締結した。後年、この同盟は多くの国を巻き込んで繁栄していくことから第一次西方同盟と呼ばれるようになった。
人々の生活に潤いをもたらした新たなる同盟。そんな同盟の真の目的を知る者はその中核にいる一人の幼子の名を取って新たな同盟を密かにこう呼んでいた――【ウィルベル同盟】と――




