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来訪のお告げ

「そうでしたか……それは大変な任務となりましたな」


 リビングへと場所を移したシローとセシリアは帝国で再び白いローブの集団と戦ったことをトマソンとジョンに話した。

 ウィルと対峙したドミトリーという男は旧帝国時代の由緒正しい家柄であり、命を落としてしまったが白いローブの集団で初めて身元が割れた人物となった。ウィルが敵の拠点から持ち帰った資料の中に城内部の隠し通路が記載された物もあり、ドミトリーはその知識を用いて城内へ侵入したようだ。

 またドミトリーの亡き祖父は魔道具のコレクターだったのではという噂もあり、誘拐に使われた魔道具もドミトリーが持ち出した可能性が高かった。

 ドミトリーは野盗に身をやつしていた旧帝国の騎士たちと計画を立て、白いローブの集団――ドミトリーは白の教団だと言っていたそうだが――と協力して帝都に攻め入った、というのが帝国での調査の結果だ。


「無理を言ってついていくべきだったかなぁ」

「それは難しいでしょう」


 ジョンが頭に手を当てて唸るがトマソンは静かに首を横に振った。起きてもいない非常事態を想定して人を選ぶには二人の功績は邪魔過ぎる。シローの人選は人から責められるようなものでは決してない。


「それにしても……白いオーガ、ですか……」

「ええ。トマソンさんとジョンさんは何か心当たりはありませんか?」

「いえ……」

「俺もないですね」


 シローが尋ねるがトマソンとジョンは白いオーガに心当たりはないようだ。

 シローも聞いたことのない存在だし、セシリアもセレナが何か疑問に思ったことを聞かされたくらいである。

 だがシローは白いオーガを無視していい類のモノではない気がしていた。旧知のマクベスが邪神の残滓と呼び、白いローブの集団が神の尖兵と崇めるモノ。あまりにも異質な存在だ。

 ドミトリーはこの神の尖兵なるモノを戦力の当てにしていた節があった。

 旧帝国の騎士たちはどう見積もっても一国を相手取れるほどの数はなく、魔獣召喚の筒を用いた所で勢力を維持するどころか帝都を制圧するのも現実的ではなかった。そのための誘拐だったのだろうが、それでもその後の対応を考えていなかったはずはない。だがあの神の尖兵とやらを数に加えるとなると話は別だ。マクベスが倒し方を知っていたから何とかなったものの知らなければシローたちも危うかった。

 シローが気になっていることは他にもある。

 一つは帝都で陽動を計った白の教団がドミトリーの援軍には一切姿を見せなかったこと。帝都を陥落させるために協力していたというのであれば森での戦闘に参戦してきそうなものだがそうはならなかった。

 もう一つは行方をくらませた白いオーガの存在である。シローたちは森で白いオーガと対峙した時、離れた場所に同質の存在を感じ取っていた。しかし怨霊鯨を討伐後、白いオーガは姿を消した。魔獣の氾濫に巻き込まれて消滅した、と考えるのはあまりに乱暴であった。

 ドミトリーと、援軍に現れなかった白の教団と、消えた白いオーガ――


(ドミトリーは白の教団も白いオーガの存在を知っているように話していたらしいが……)


 そこまで考えたシローがふと気配を感じて向き直ると部屋の一角から見覚えのある少女が姿を現した。


『何やら興味深い話をしておるの』

「レクス様!」


 レクスに気付いたセシリアが慌てて膝をつこうとする。それを見たレクスが手をひらひらと振ってみせた。


『いい加減に慣れよ、セシリア。妾に対しておぬしが過度な礼をするでない』

「は、はい……」


 幻獣は多くの人の信仰の対象であり、特にセシリアなどは敬虔な人間と言っても差し支えない。そんな彼女がレクスに対して敬いを露わにするのは仕方のないことなのであるが。

 レクスからしてみれば何度も顔を合わせているのに毎回崇められるのは居心地がよろしくないようだ。

 久々に人と接することとなったレクスはトルキス家の小さな暴君くらいの距離感の方が気を遣わずに済むかもしれないと思うようになっていた。


「れくすー!」


 リビングの扉を開けて姿を現した小さな暴君――ウィルはレクスの姿を見ると一目散に駆け寄ってきた。そのままレクスの足にしがみ付く。


(ちょっと違うな……)


 喜びを素直に表現するウィルの頭を困惑気味に撫でながらレクスが少し考えを改める。ウィルの距離感は大幻獣に向けるものとしては近過ぎた。

 頭を撫でられていたウィルがレクスを見上げる。


「ただいまー!」

『よく戻ったな、ウィル。元気そうで何よりじゃ』

「なによりー!」


 歓迎されていることを理解したのか、満足したウィルがレクスから離れて。

 レクスは後から入ってきたセレナやニーナ、アニアと幻獣たちに視線を向けた。


「ただいま戻りました、レクス様」

「お久しぶりです、レクス様」


 セレナとニーナが貴族式の礼をして、アニアも揃って礼をしてみせるとレクスは満足そうに頷いた。こういうのでいいのだ、と言わんばかりである。

 それからレクスは彼女たちの足元に並ぶ幻獣たちに視線を落とした。既知の幻獣たちもいるが初めて見る幻獣たちもいる。しかしレクスはその幻獣たちの出自を前もって理解していた。ウィルが窮地に陥った時、手助けできるように計らったのは月の精霊ルナであり、ウィルにその元となる魔石を渡すように仕向けたのは他でもないレクスなのだから。


「いつぞやはご迷惑をかけてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 黒竜の幻獣に倣って頭を下げる初対面の幻獣たち。レクスも見ず知らずの狐の幻獣が真似をして頭を下げているのは愛嬌がある。おそらくなにも理解してないのだろう。それほどに狐の幻獣はまだ幼い。

 レクスは特に気にした風もなく、幻獣たちに頭を上げさせた。


『よい。お前たちも巻き込まれた命なのだ。今後、ウィルの助けになってくれれば……』

「はっ。天地神明に誓って……」


 黒竜にせよキマイラを構成していた魔獣たちにせよ、自分たちがしでかしてしまったことを理解している。理解していてもなお、ルナの説得に応じて幻獣となることを選んだのだ。その決意をレクスはしっかりと汲んでいた。

 そんなレクスと幻獣たちのやり取りを見上げているウィルがいる。レクスたちの会話を理解するにはウィルはまだ幼かった。

 レクスたちのやり取りとウィルの反応、両方を理解したシローがウィルの肩に手を置く。

 ウィルはまだ黒竜たちの覚悟を理解していなくても問題ない。そう考えたシローはウィルに別のことを尋ねた。


「ウィル、メルちゃんに挨拶してきたか?」

「したー。えじるさんをおいてきたー」


 ウィルなりにエジルとステラに気を使ったのだろう。家族だけの時間を少しでも早く与えるために。


「かぞく、みそいらず!」

「水入らず、な」


 ウィルの言い間違いをシローが即座に訂正してやるとウィルは照れたように頭を掻いた。

 そんなウィルの姿も思いやりも微笑ましいもので、シローは笑みを浮かべるとウィルを促してやった。


「庭に出るつもりなのか、ウィル?」

「そー。みんなとあそんでくる」

「そうか、じゃあ行っておいで」

「はーい」


 ウィルは元気よく返事をして姉たちやアニア、幻獣たちと連れ立って庭へと向かった。


「セレナ、しばらくウィルたちの相手をお願いね」

「はい、お母様」


 セシリアに頼まれてセレナも快く引き受け、庭に出ていく。

 そうして残された大人たちはウィルたちを見送って、それから真剣な面持ちでレクスへと向き直った。

 普通に考えれば大幻獣であるレクスが用もないのにトルキス邸に姿を現したりはしない。

 どことなく緊張した空気が満ちる中、レクスはシローたちに短く告げた。


「今夜子供たちを寝かせた後、できる範囲でウィルの理解者をここに集めてくれ。ルナから話がある」

「畏まりました」


 シローの返事を聞いたレクスはそれ以上何も言わず、現れた時と同様に静かに消えてその場を後にした。


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