ウィル、王都へ帰還する
「おおおおおおお!?」
馬車を下りたウィルが門を見上げて感動の声を上げる。久々の我が家。その佇まいに感情が高ぶったらしい。
ウィルたちはフィルファリア領内へ戻った後フンボルト辺境伯領ルクレストで数日を過ごし、カルツの転移魔法で王都レティスへと帰還を果たしたのであった。
「おー、うー、ちー!」
ポーズ付きで帰宅の感動を表現するウィルを見たシローたちが困ったような笑みを浮かべる。
「ウィル、せめて門の中に入ってから騒ごうな?」
「はーい!」
シローの忠告にウィルが元気よく返事をして。
門を開けて出迎えてくれたジョンに感情を高ぶらせたまま突撃した。
「おかえり、王子」
「ただいまー! じょんおじさん、ただいまー!」
久々の再会と無事を確認したジョンが笑顔でウィルを抱きしめる。ウィルもジョンとのハグをひとしきり堪能して地面に降りた。
「お帰りなさいませ、シロー様、セシリア様」
「留守番、ご苦労様です。ジョンさん」
「なにか変わったことはありませんでしたか?」
「いえ、至って静かなもんですよ」
ジョンがウィルから手を離してシローたちを出迎える。不在時の様子を簡単に伝えるジョンの隙間を縫ってウィルは新たに目標を見つけて駆け出した。
「じーやー、ただいまー!」
ジョンと同じようにシローたちを出迎えようと姿を現したトマソンにウィルが飛びつく。
どうやらジョンの言う静かな生活もウィルたちの帰還で終わりを迎えそうであった。
旅立っていった時と変わらず元気に帰ってきたウィルにジョンの細い目が一層細くなる。幼い子供などは少し会わなければいつの間にか成長しているものだが、無事に帰還を果たすだけでもジョンには十分であった。ウィルたちはそれだけ大変な旅を成し遂げたのだから。
そんな風にジョンが感慨にふけっていると――
「きょーからここがみんなのおうちだよー!」
何ということでしょう。ウィルの体から次々と光が溢れ出し、小さな幻獣たちが姿を現した。その数なんと六。風狼のレヴィをはじめ、見たことのない幻獣たちがウィルの前に整列していた。
ぽかんと口を開けてしまうジョンやトマソンを見てシローたちが苦笑いしてしまう。どんな旅路を行けばこんなに様々な幻獣と契約して帰ってくることになるのか。
予想の斜め上へと成長を遂げるウィルの姿は毎度のこととはいえ、ジョンもトマソンも言葉を失ってしまう。
「もう大抵のことでは驚かないと思ってたんですがね……」
かろうじてそれだけ呟くジョンの姿が嬉しかったのか、ニーナは笑顔であり、セレナはジョンの気持ちも分かるのかシローたちと同じように苦笑いを浮かべていた。
当のウィルはと言うとそんな大人たちの反応はお構いなしで、元気よく手を上げた。
「うぃる、めるちゃんにごあいさつしてくる!」
「待って、ウィル。私も行くわ」
「私もー!」
勢いのままに飛び出してしまいそうになるウィルに待ったをかけてセレナとニーナが小走りにかけていく。
ウィルの関心はやはりトルキス邸でも一番幼いメルディアにあるようで。それ以上にセレナなどは暴走気味のウィルを放っておけなかったようだ。感情を高ぶらせているウィルをそれとなく落ち着かせている。
セレナがいれば大抵のことは任せておけて、シローたちはそのままセレナにウィルの面倒を託した。それと同時に申し訳なく思って視線を馬車から荷を下ろしているエジルへと向ける。
普通に考えればメルディアの下に一番駆け付けたいのは父親であるエジルのはずなのだ。シローたちには長旅に同行させてしまったという負い目もある。
そんなシローたちの視線を感じたのか、エジルが顔を上げてシローたちに笑顔を向けた。
「私は後でも大丈夫ですよ、シロー様」
そうは言うが、子を想うのが親心というもので。この場でそのことを分からない者はいない。
そんなやり取りに気付いたルーシェがエジルの荷物を取り上げた。
「あとは僕たちでやっておきますよ」
「そうそう。早くメルちゃんのところへ行ってあげてください」
モニカにも背中を押されて持ち場を奪われてしまうエジル。申し訳なさそうにルーシェたちとシローたちを交互に見て。
「二人に任せて、エジルさん」
「はい!」
セシリアにも促されてエジルは嬉しそうに一礼するとウィルたちの後を追って屋敷へと入って行った。
エジルの背中を見送ったジョンとトマソンが感心したようにルーシェへと視線を向ける。
旅立つ前のルーシェはどこか頼りなく、判断も他人任せにしているところがあった。それが今は堂々としていて自分の判断にも迷いがない。小さなことかもしれないが、その後ろ姿は旅での成長を十分感じさせるものであった。
「今回の旅は得るものも多くあったようで……」
そう感じずにはいられず口にしたトマソンはシローとセシリアの表情が僅かに変化した様子も見逃してはいなかった。
トルキス邸の母屋には子供用に開放されている部屋がある。しかし家の主であるトルキス家が不在の時まで使用されているわけではなく、エジルと合流したウィルたちは使用人たちが生活している離れの方へ足を運んでいた。
「ちょっと緊張しちゃうね」
どこか落ち着かないエジルにセレナが笑みを浮かべる。
「なんでエジルさんが緊張するんですか?」
「いやぁ、なんとなく……忘れられていないか、不安で……」
仕事でしばらく会えなかった愛娘に会う。当然、エジルにとって嬉しいことに決まっている。だがメルディアはまだ生まれて間もないのだ。忘れられていたらどうしよう、という一抹の不安をエジルは感じてしまっていた。
そのことを理解してセレナは少し申し訳ない気持ちになった。ソーキサス帝国への旅路を思い返してみてもエジルが頼りになるのは間違いない。だからといって生まれて間もないメルディアとエジルが離れて生活することがいい事とも思えなかった。
そんな複雑な心境に陥ってしまった二人に向き直ったニーナが胸を張る。
「大丈夫よ! メルちゃんはエジルさんのことが大好きだからちゃんと覚えているわ!」
自信を持ってそう伝えるニーナにエジルの表情も和らいだ。ニーナはどこまでも前向きで、それでいて優しい。
「それに忘れていたとしても、これからの時間を大切にしていけばいいんだから!」
今回のソーキサス帝国への遠征も特別だったのだ。少なくともしばらくの間はトルキス家が長期遠征をすることはないはずだ。
エジルとメルディアも時間はこれからいっぱい取れる。そうさせてあげたいとニーナは思っていた。
そんな姉たちやエジルの様子をぽかんと眺めていたウィルはというと。
「はー……」
なにやら感心したような息を吐いて、うんうんと頷いた。
「えじるさんもめるちゃんといっぱいあそぼー」
「そうですね。メルディアと一緒にいる時間をできるだけたくさん取りますよ」
「ねー」
ウィルもエジルとメルディアが一緒に居られることが幸せだと理解しているようだ。この様子だとわがままを言って家族水入らずの時間を減らしてしまうこともないだろう。
ウィルの反応を見たセレナも少し安堵して。
ウィルたちは和気あいあいとしながら離れの前までやってきた。
「たーだいまー」
使用人たちの共用スペースの扉を開けるなり、ウィルが元気な声を響かせる。
まだ赤ん坊であるメルディアはエジルたちが暮らす部屋にいる可能性もあったのだが、共用スペースで母のステラと共にエジルを待っていた。
待ってはいたのだが。
『おー、よしよし、いいこだなー』
「あぅー」
トルキス邸に訪れたことのない精霊がメルディアをあやしていて、ウィルたちは思わず目を瞬かせてしまった。ウィルたちの驚きを代弁するかのようにアジャンタたちまで姿を現して問いかける。
「なにやってんの、ボレノ」
『えっ!? あっ……』
メルディアに夢中になっていたのだろうか、声をかけられて初めてウィルたちに気付いたボレノが動きを止める。それからゆっくりとメルディアをステラに預け、メルディアたちから距離を取った。
離れる間もずっと視線を注がれてボレノは滝のように汗をかいていた。
「……いったい、どういうこと?」
『ちっ、違う! 誤解だ!』
少し詰問するような口調のシャークティにボレノが慌てて弁明する。
『俺は付き添いなんだ、こいつらの!』
『ウィルー、セレナもニーナもおかえりー』
『久しぶりだねー』
ボレノに指差された先にいたのは風属性の小さな子供たちであった。
どうやらウィルたちがいない間も少数の精霊がトルキス邸に訪れていたようだ。小さな精霊たちだけで人間の街を訪れるのは危険ということもあり、知識ある精霊が付き添うことになったらしい。今日はたまたまボレノが付き添うことになったのだとか。
「ボレノさまは優しいんだよ。来た時はいつもメルちゃんのこと気にかけてくれるし」
そんな風に教えてくれたのは共通スペースでみんなの帰りを待っていたアニアであった。
アニアに暴露され、再びみんなの視線が集まったボレノは顔を真っ赤にして否定する。
「違うし! 優しくなんかないし! こんな生まれたばかりの小さな人間、ひ弱すぎてほっとけなかっただけだし!」
なんだか墓穴を掘っているような気がするが。
ぽかんと眺めるウィルたちの視線に気付いたボレノが口を閉じ、取り繕うように咳払いをした。
「まぁ、なんだ……お前らも無事で何よりだ……」
視線をさまよわせながら短い言葉で労ってくるボレノ。
素っ気ないながらも心配してくれていたのだと理解したウィルたちは思ったままを口にした。
「ぼれの、やさしー」
「そうね、優しいわね!」
「ありがとうございます、ボレノさま」
ウィルとニーナ、セレナの言葉に落ち着きを取り戻していたボレノはまた騒ぎ出し。
「違うし! 他の奴らがお前らに何かあったらって心配してただけだし!」
取り繕うボレノの姿がどうにも笑いを誘ってしまって。
ウィルたちはボレノを囲みながら笑顔で無事の帰宅を報告するのであった。




