帝国の未来へ
「レン。ルーシェとモニカさんを残していく。ウィルを頼むぞ」
「畏まりました、シロー」
「とーさま、どっかいくのー?」
言い置くシローに反応してウィルが体を起こそうとする。それをシローが手で優しく制した。
「ウィルは魔力をたくさん使っちゃったから休んでなさい。お父さんは少し離れた場所を調べに行かなくちゃいけないから」
「むー……」
同行したいのか、ウィルが頬を膨らませるが精霊たちも一緒になってウィルを押し留める。
「駄目よ、ウィル」
「ウィルは魔力切れ寸前よ……ポーションを飲んで少し休まないと動けなくなるわ……」
アジャンタとシャークティに諭されて、ウィルは渋々思い留まった。その間にクローディアがツチリスのブラウンに触れる。
「大まかな場所だけ伝えるけど大丈夫?」
「ええ、クローディア様。それで充分です」
ブラウンと位置の共有をしたエジルが頷いてみせる。
シローはロンとエジル、ラッツの四人だけで目的地へと向かった。場所は人質救出の帰路についた際に感じた白鬼が控えていたと思われる場所だ。
クローディアの話によるとその辺りに遺跡のような反応があるらしい。白いローブの刺客に奪われたマリエルのネックレスが古代遺跡の遺物であったことを考えると遺跡と白鬼が無関係とは思えない。
「ここか……」
草木の間を縫って進んでいたエジルが小さく開けた場所を見つけて足を止める。エジルが止まったことにより、後に続くシロー、ロン、ラッツも同様に足を止めた。
開けた場所には物資が少量残っており、人が生活していた跡が残っている。
「白鬼の気配も死霊の気配もないな……」
ブラウンと同調して周辺を探ったエジルが指先でラッツに合図を送り、二人で先行して開けた場所に出た。
遅れて足を踏み入れたシローとロンが周囲を見渡す。
僅かに残る生活の跡。そこに横たわるローブと衣服がある。奥にはクローディアが感じ取っていた遺跡もあった。
ラッツが地面に横たわるローブに手をかける。ローブにはラッツも見覚えのある穴が開いており、自分の対峙した刺客のなれの果てだということが分かる。
「骨も残らず、か……あの規模の怨霊が暴れればやむなしだな」
自分の使った毒の効果は自分が一番よく知っている。ラッツは特に表情を変えず、ローブから手を離して手を合わせた。
そんなラッツにシローが声をかける。
「すまない、ラッツさん。嫌な役回りをさせてしまった」
「よしてくださいよ、お館様。これも俺の仕事です」
ラッツは元御庭番衆の頭目候補であった。
養父のエドモンドに引き取られて以来、その為の訓練を積んでいたし、庭師としての仕事の他に諜報、警護、暗殺の任務にも長けている。ラッツはそのことを悲観したことはないし、孤児になった自分を拾ってくれた養父に感謝していた。
だが養父はラッツに頭目を継いで欲しい、とは思っていなかったようで。養父の勧めでシローとセシリアに仕えることになった。
ラッツも特に頭目になりたかったわけではない。養父の勧めに異論もなかった。
しかし貴族の中にはラッツのような人間が市井の民に混ざること非難する者もいた。駒として権力者の下で管理しないと危険なんだと。人をなんだと思っているのか。
そんな批判が起きる中、シローとセシリアはラッツのことを快く迎え入れた。仲間にも恵まれてトルキス家がラッツの居場所になるまで時間はかからなかった。
だからラッツはトルキス家に牙をむく者は誰であろうと容赦はしない。敵を手にかけなければならないというのであればその一番手は自分の役目なのだ、と。
そんなラッツの覚悟を理解しているシローはそれ以上何も言わず、ラッツの肩を労うように軽く叩いた。
「手掛かりになりそうな物はすべて回収しよう」
「畏まりました」
「了解」
シローの指示に従ってエジルとラッツが荷物をマジックバックへと纏めていく。
二人に物資の回収を任せたシローは黙って遺跡を見るロンの横に並んだ。
「どうする? 行くか、シロー?」
「一応な……都合よく何かが残っているとは思わないが、ここまで来て確認しないもないだろう」
「まぁな……」
ロンの質問にシローが答えてエジルとラッツを待つ。
遺跡にもその周辺にも白鬼の気配は感じない。危険であるということはないだろう。だが白鬼を使役していたはずの刺客がこの場で朽ち果てていて、残っていたはずの白鬼がどこにも見当たらない。この場の誰もが嫌な予感を覚えていた。
「回収しました、シロー様」
エジルからの報告を受けてシローが頷く。二人が揃うのを待ってシローが遺跡に視線を向ける。
「エジルさん、ラッツさん、一応遺跡の中を確認する。探知を頼めるかな?」
「任せてください」
シローの指示にエジルが答えて、エジルとツチリスのブラウンを先頭にシローたちは遺跡の中を調べるのだが。
遺跡はそれほど広くもなく、あったのは見知らぬ文字で書かれた石碑のみでシローたちは物資以上の成果を上げることができずに帝都へ引き上げるのであった。
帰還を果たしたシローたち森の調査隊から報告を受けたレオンハルトは会議を終え、自身の執務室の机に身を投げ出していた。レオンハルトからしてみれば帝都を襲撃されて以降、ようやく取れた一人の時間である。
(こーてーへーかにもあげるねー、じゃないんだよなぁ……)
脱力するレオンハルトの脳裏に浮かぶのは無邪気なウィルの笑顔だ。その笑顔をもってウィルがとんでもない物を献上してきたのだからレオンハルトも困ってしまった。
レオンハルトが何度目かのため息を吐いたころ、ドアがノックされて彼の一人の時間は終わった。
「入ります」
声の主はレオンハルトが一番の信頼を置いている宰相だ。レオンハルトは脱力したまま「どうぞ」と宰相を招き入れた。
部屋に入るなりだらけたレオンハルトを目にした宰相は一瞬窘めようとしたが、そのまま見上げてくるレオンハルトが向けた視線の先を見て同じ気持ちになったのか、思わず笑ってしまった。
「お気持ちは理解致しますが……」
そう言われてはレオンハルトも言い返せず、机から身を起こす。
彼の視線の先にはウィルから贈られた濡れ狐の獣毛の束が置いてあった。幼い子供がお裾分けで置いていくような土産では断じてない。あまりの高価な代物に価値を分かっていないのではと心配になってしまう。
職人はその素材を手掛けられれば引退してもいいと考え、商人はその素材で作られた物を商うことを夢に見て、貴族はその素材を用いた品を一番の家宝にする。そんな一財産を築けるような品なのだ。
そのことを問いただしてもウィルはあっけらかんとしたものであった。
「うぃるもいっぱいもらったからいーよ」
とのこと。
どうやらウィルは自分がソーキサス帝国を離れるにあたり、ソーキサス皇家が代表となって人と濡れ狐の絆を深めて欲しいと考えているらしい。
これだけの贈り物を納められてノーと答えられる王族がいるのなら見てみたいものだ。
「よいではありませんか」
レオンハルトの顔が面白かったのか、宰相が相好を崩す。彼は彼で思うところがあるようだ。
「新帝国建国以来、陛下は民の生活を立て直すことを第一に考え、前皇帝以前の贅を尽くした品々を売却し、最低限の体裁のみ整えてこれまで過ごしてこられました。正直に申し上げて私は陛下の威厳を示すに足りぬとずっと思っておりましたよ」
帝国を示す御旗ですら内戦時の使い回しなのである。
レオンハルトもそれを良しとしていたわけではないが、それでも困窮していた民を救う方が優先されるべき事柄であった。
「これを機に身の回りも整えなされ。でなければこれから同盟を結ぼうとしている各国にも示しがつきませんぞ」
あまりに質素だと他国に要らぬ心配をされかねないのも事実である。転機を与えてくれたウィルに感謝するべきだ。
レオンハルトと宰相が今一度ウィルから献上された濡れ狐の獣毛に視線を向ける。
「不思議なお子ですな」
「本当にな」
フィルファリア王国から訪れて次々と問題を解決してしまった。そこに含むところはなく、ただ純粋に笑顔を振りまいて、何事もなかったかのように帰っていく。関わった人々の心に温もりを残して。
ふと何かに思い至ってレオンハルトが寂しげな笑みを浮かべた。
「兄上がウィルと出会っていたらどんな反応をしたかな……?」
「あの方も子供が好きでしたからなぁ……」
病死した兄は子供が好きで、暇を見ては地域の子供たちと接していた。その未来を豊かなものにしようと奮戦したのである。
思えば旧帝国を維持しようとしたもう一人の兄も可哀そうであった。父やその周りが戦を望んでいればその後継ぎも自然とその流れに乗せられてしまう。おそらく選択肢などなかっただろう。
兄弟で争うことなど気持ちのいいものではなく、レオンハルトの心にはずっとそのことが影を落としていた。
それを支えてくれたのは他ならぬシャナルであった。彼女の行動力や明るい笑顔は挫けそうになるレオンハルトをいつでも支え、見守り、後押ししてくれた。
まるでレオンハルトの心を読んだように宰相も笑みを浮かべる。
「シャナル皇妃にもたくさん助けられてきましたな……初めて参られたときはどうなることかと気を揉んだものですが……」
過去の出来事を思い出してレオンハルトが宰相と一緒になって声を出して笑ってしまう。だが今こうして笑っていられるのは間違いなくシャナルが傍にいてくれたからである。彼女がいてくれたから戦争からの復興は順調であったし、ウィルがソーキサス帝国を訪れて窮地を救ってくれた。
ひとしきり笑ったレオンハルトは小さく息を吐くと席を立った。その手がウィルの与えてくれた濡れ狐の獣毛を優しく撫でる。
「宰相、私は帝国を心豊かな国にしてみせるぞ。ウィルに負けないくらい心豊かな国に……シャナルや子供たちがいつも笑顔でいられるように……」
「ええ。もちろんですとも」
レオンハルトの宣言に宰相は力強く頷いて。
二人は帝国の明るい未来を思い描くのであった。




