師弟
「止まれー!」
先頭から号令がかかり、調査隊が森の入り口で停止する。隊長とみられる人物の指示でソーキサス帝国の隊員たちが忙しなく動き始める。
ここからは探索班と待機班に分かれての行動だ。
探索班はそのまま森へと進み、待機班は拠点を設営し、不測の事態に備えて周囲を見回る。
コンゴウから降りたシローも家臣たちに指示を出してソーキサス帝国の調査隊と合流した。当然、ウィルも一緒だ。レンに手を引かれてシロー、ロンと共に調査隊へと加わる。
ウィルたちの他にはエジルとラッツ、ルーシェとモニカが同行した。
「ウィル、何か見つけたら教えてくれ」
「りょーかい」
シローの指示にウィルが畏まる。そんなウィルは小さめのゴーレムを召喚して乗り込み、自身で行動力不足を補った。
「なるほど……人質救出の際もこのようにゴーレムに乗り込まれたのですな」
「そーだよー」
感心する調査隊の隊長にウィルが笑顔で答える。
隊長や隊員がどこか落ち着かないのは実際にウィルが魔法を使うところを見て驚いているからだ。ウィルが魔法を使えると聞き知っていても、やはりウィルほど幼い子供が巧みに魔法を使いこなしているところを見ると構えてしまうものである。
そんな注目を集めるウィルは特に気にした風でもない。その集中は既に森の探知に向けられていた。
(しずかだねー)
(そうね。魔獣たちが氾濫した後だからもう少し騒がしいかと思ったけど……)
胸中で呟くウィルに樹属性の精霊であるクローディアが答えてくる。森の様子を探るクローディアも森の異変は感じ取れないようだ。魔道具での魔力的空白地もなくなり、森の魔獣たちは落ち着きを取り戻したのかもしれない。
ウィルたちは大して魔獣に遭遇することもなく。ところどころに氾濫の爪痕を残した森を進んでいくと木々が横倒しになっている少し開けた場所に出た。
「ここが……」
「ええ。例の白鬼と交戦した場所です」
広場のようになってしまった跡地を見回して呟く隊長にシローが答える。
報告によればこの跡地はウィルの魔法が作り出したもので、それを知っている隊員たちも唖然と広場を見渡していた。倒れている木々の断面などは斬ったとか破壊したなどというようなものではなく、削り取ったとか抉り取ったと表現した方が適切であり、どのような魔法であったのか想像するのも難しい有様だ。
気を取り直した隊長が身を屈めて地面から何かを拾い上げる。
「これは……? 魔石のようでもあるが……?」
足元に落ちていたのは結晶のようなものであった。シローもそれには見覚えがあった。
「おそらくは白鬼の核のようなものでしょう。倒した時にそれだけを残して消えました」
「ふむ……」
普通の魔獣であれば当然のことながら消えたりはしない。白鬼のことを知る為にも残されたこの結晶は調べてみる価値があった。
魔獣に踏み荒らされたとはいえ、これだけ異質なものであれば手間はかかるが拾い集めることも可能だろう。
「こういう時に離れた仲間に連絡を取れるのは便利だな」
そう言って隊長が取り出したのはウィルが回収した小さな石板の形をした通信型の魔道具だった。隊長が魔道具を起動して森の外で待機する騎士たちに指示を送る。
そんな隊長の様子を横目にウィルが頬を膨らませた。
「うぃるのおもちゃー……」
「ウィル様、魔道具は玩具ではありませんよ?」
やんわりとたしなめるレンにウィルが不満げな視線を送る。
離れた者と会話できる魔道具などウィルの興味を引きそうな物ではあって、レンもウィルの気持ちが分からない訳ではないのだが。
「ウィル、先に進むよ?」
シローに促されたウィルが渋々諦めて、一行はまた森の奥へと進み出した。
旧街道沿いを進むと不自然な脇道が姿を現す。目立たないようにしてあるが明らかに人の手が入っていた。ウィルたちが人質を救出した後、逃走経路に利用した道である。
「ここだな。賊どもはここを利用して物資を搬入していたようだ」
ロンの案内でウィルたちが脇道を歩き出す。馬車一台が通り抜けられそうな道をしばらく進んでいくと開けた場所に出た。
元は人の住処であったであろう建造物が残る広場。子供たちが捉えられていた場所であり、敵が拠点としていた場所だ。
「うぃる、ここでぬれぎつねさんとたたかったのー」
ウィルは何でもないように言ってのけるが森の固有種である濡れ狐との遭遇は楽観視していいものでは決してなく、ウィルの発言を聞いた隊員の中には苦笑いを浮かべる者もいた。
「ウィル、魔獣の反応はあるか?」
「んーと、ここにはいないかなー」
シローの質問にウィルが気配を探りながら答える。
シローが脇に控えるエジルにも視線を送るが彼も同意見のようでエジルの肩に乗る幻獣のブラウンも小さく鳴いた。
ウィルとエジルの探知結果を聞いたシローたちが広場に足を踏み入れる。
「遥か昔、ここは防衛線として機能していて砦や小さな集落があったそうです」
隊長が地図を広げ、位置を確認しながらシローに告げる。
周りの魔獣が強いことを除けば、確かに秘密の拠点としてはかっこうの場所だ。報告では大きな結界を敷いていたという話なのでウィルたちが乗り込んでくるまでは上手くやり過ごしていたのだろう。
魔獣に荒らされてしまったが、まだところどころに物資を搬入した跡があった。
「ウィル、エジルさん、引き続き魔獣の索敵を」
「はーい」
「了解しました」
シローの指示を受けてウィルとエジルが持ち場につく。ウィルにはロンとレンの護衛付きだ。シローとトルキス家の家臣、ソーキサスの部隊はそのまま広場の調査を始めた。
「師匠……」
「なんだ?」
ウィルの護衛をしながら。レンに声をかけられてロンが視線を向ける。
レンは変わらずウィルを見守っており、ロンも視線をウィルに戻した。
ややあってレンが続ける。
「師匠はこの後どうされるんです?」
「この後……?」
ソーキサス帝国への訪問を終えればシローたちは当然フィルファリアへ帰る。だがその中にロンの行動までは含まれていない。レンはロンの今後の行き先が気になるらしい。
「一応、フィルファリアに向かうことになっている。シローに呼ばれて向かっていたところだし、シローに改めて頼まれたからな」
ロンもウィルのことを知ればこのまま立ち去るという選択肢は思い浮かばなかった。それに白の教団の件もある。今後のことも考えればシローたちと行動を共にした方がいい。
「そうですか……」
レンは言葉少なだがどこか安堵するような息を吐いた。
ロンがレンの様子を探っているとレンから続けて言葉が出てくる。
「師匠……ウィル様のこと、見てあげてくれませんか?」
「見る……?」
言葉の真意をなんとなく察してロンが聞き返す。おそらくレンはロンにウィルの師事を頼もうと思っているのだ。昨日のやり取りもあって、レンが悩んでいるのはロンも薄々感じていた。
自分が指摘してしまったこともあってロンが額を抑えながら嘆息する。
「そうは言うが、坊主はお前の弟子でいるつもりだぞ?」
「えっ?」
「俺は大師匠なんだそうだ」
ウィルがはっきりとレンを師匠と呼んでいるかは別としてロンを大師匠と呼んだということはウィルの心にそういう思いが少なからずあるということなのだろう。
「ですが、それはウィル様が師弟関係ということをよく分かっていらっしゃらないからで……」
幼いウィルが師弟ということがどういうことかを理解しているわけもなく。
控えめに抗議するレンにロンは笑ってしまった。
「分かってんじゃねーか」
ウィルが本格的な師事を求めるのはまだ先の話。それなのに大人たちが首を揃えてウィルの師の話で盛り上がるのはおかしなことだ。
「坊主に師事だなんだのってのはどう考えても早えよ。先走り過ぎだな」
ロンの指摘にレンが言い返せなくなる。
ウィルの魔法能力に目を奪われて戸惑いがちだがウィルが幼いのも間違いない。だから今のウィルに必要なのは戦い方を覚えるという類のモノではないのだ。
「レン、今の坊主には物事を判断する物差しがない。精霊たちが補っちゃいるが精神的に未熟過ぎる。できる事できない事と、していい事してはいけない事っていうのは別だ。それを今一番教えてやれるのは俺じゃない。坊主が信頼を寄せている、お前だ」
「ウィル様が私を……?」
「でなきゃ、会って間もない俺を大師匠なんて呼ぶか?」
おそらく呼ばない。ウィルは魔力を目で見て人を判断する節があるが、それでもレンを信頼していなければロンのことを大師匠とは呼ばないだろう。
「俺が今回、坊主を森に連れてきたのは安全が担保された上で坊主のできる事としていい事が合致したからだな。あと坊主の不満から目を逸らさせる為か……」
功績があるとはいえソーキサス帝国の皇帝に我が儘を言うのがしていい事であるはずもなく。その辺りはロンが気を利かせたのであった。
「修行だ、レン。坊主を導きながらお前も学べ」
「修行ですか……」
久しく聞かなかった言葉だが。ロンからのお題をレンが噛みしめる。
ウィルを教え、導くこと。それはウィルの教育係として元よりレンに課せられた使命だ。
「外から見て気になったことは伝えてやる」
「はい……」
レンも納得したのか、それ以上はとやかく言わなかった。
安堵したロンの視線の先でこちらの様子に気付いたウィルが歩み寄ってくる。
「どうしたー?」
「なんでもねぇよ」
ロンが屈んでウィルの頭を撫でる。ウィルは不思議そうにロンを見上げた。
「坊主がちゃんとレンの言うことを聞いてお利口さんにしてるか、確認してただけだ」
「うぃる、いいこだよー? ねー?」
ロンの言葉に不満げなウィルがレンに視線を向けた。その表情にレンが頬を緩めてロンと交代で髪を撫でつける。
「いい子ですが、索敵は?」
「ちゃんとやってるー。おはなししててもだいじょーぶだもん!」
持ち場を離れたことをレンが追及すると、ウィルが唇を尖らせて。
ウィルのその表情が瞬時に真面目なものに変わった。
「とーさま!」
「シロー様!」
ウィルとエジルの声が同時にシローを呼んで。広場の空気が一変する。
「ウィル様!」
レンがウィルを抱き上げてロンと共にシローの下へ駆け寄った。
その変化に反応してトルキス家の家臣たちが動き出す。
「全員、固まれ!」
異変を察したシローの号令に調査隊も異常を感じて集まってくる。
緊張感の増した広場で全員が警戒しながら周囲を見渡した。視界にはまだ何も見当たらない。だがシローやレン、ロンの三人はウィルたちに次いで異様な気配を感じ取っていた。
「ウィル、エジルさん、何の気配か分かるか?」
警戒したまま静かに尋ねるシローに対し、土属性の幻獣であるツチリスのブラウンとリンクしたエジルが気配の強さに息を吐く。
「おそらく大型の魔獣です。それも複数……」
まるで森の中を貴婦人が優雅に歩くような足取りで、その魔獣たちは広場に迫っていた。
「これは……」
その身のこなしと気配に覚えがあってウィルとブラウンがすぐに理解する。そしてその魔力の流れを見たウィルはなんとなく相手の意志まで感じ取っていた。
「れん、だいじょうぶ」
「あ、ウィル様……」
ウィルがレンの腕から降りて前に出る。みんなが注目する中、先頭で警戒にあたるシローたちの前まで出て、ウィルはそこで足を止めた。
「あじゃんた、しゃーくてぃ、くろーでぃあ」
ウィルの呼びかけに応えて精霊たちが次々に姿を現す。精霊たちは身構えるわけでもなく、ウィルに寄り添った。
「ウィル?」
足元で謎の行動を始めたウィルに戸惑うシロー。向き直ったウィルはシローを見上げ、確信があるような笑みを浮かべた。
「だいじょーぶ、とーさま。おきゃくさん」
「客……?」
ウィルの言葉の意味をシローが理解する前に、広場に薄っすらと霧が舞い始めた。




