成長と懸念と
翌日――
迎賓館の庭には少しむくれたニーナがいた。
「いい加減、機嫌直したら?」
セレナにそう声をかけられてニーナが向き直る。
ウィルは先程、大人たちと森へ出発した。ニーナも付いていきたかったのだがシローたちに断られてしまったのだ。
「私も森へ行きたかったです」
行って何かできるわけでもないのだが。ウィルとのお出かけはニーナにとってそれだけでも楽しいことなのだ。危険な森を探検するなんて考えるだけでも胸が躍る。
それが分かっているからかセレナも付き添いであるミーシャも苦笑するしかない。ちょっとやそっとではニーナの機嫌は直らなさそうだ。
セレナたちが困っているとマイナが庭に顔を出した。
「どうしたんです?」
むくれたニーナに気付いたマイナが問いかけてくるのでセレナが理由を説明する。
それを聞いて納得したように頷くマイナ。
「シロー様たち、連れていかない理由を言って行かなかったんですか?」
「理由?」
「はい。セレナ様とニーナ様を連れていかない理由です」
「聞いてませんけど……」
セレナも特に何も聞いておらず、ニーナと顔を見合わせる。当然ニーナも聞いてない。
そんな二人の前でマイナは指を一本立てた。
「もったいないんだそうです」
「「もったいない?」」
意味が分からずセレナたちが首を傾げる。マイナは「そうです」と頷いてから続けた。
「ご自身の身を守れぬ場所にウィル様のお力ありきで入って行ってしまうことが、です」
それが何故もったいないのか。すぐに気付いたのは当事者たちではなく付き添いのミーシャであった。
「そういうことですか~」
「そうそう、そういうことなのよ」
なぜか嬉しそうに頷き合うメイドたちを見ても意味が分からず、セレナとニーナの頭上に疑問符が飛び散らかる。
「あのー、詳しく教えて頂けるとニーナの機嫌も少しは直るんですけど」
「よろしい、ならばお教え致しましょう!」
セレナが尋ねるとマイナはなぜか仰々しくポーズを取った。ポーズにはあまり意味はなさそうだが。
「シロー様やロン様に期待されているんですよ、二人とも。ご自身の力で付いてこられるようになりなさい、って」
ウィルの力やシローたちの保護の下、森へ付いてくることは可能だ。だがそれは何かを任せられるようなものではない。シローやロンは二人がそんな状況で同伴することに慣れてしまうことが今後の育成上もったいないことだと感じたのだ。
強くなれ、そういうメッセージなのだと。
マイナから説明されてセレナは納得した。自分の実力では難易度の高い森へ赴くのは確かに無謀だ。ウィルがいるから、シローたちがいるからと安心して付いていってしまっては得る経験も少ない。
少なくとも今はその時ではない。それはニーナにも理解できたようで、彼女はすでに立ち直っていた。
「そうだったわ」
ニーナが強く自分に言い聞かせる。
「私、ウィルを守れるぐらい強くなるんだった! ウィルやお父様たちの力に頼るなんて甘えだわ!」
目標を見据えた時のニーナの意思は強い。自分の行動をしっかりと反省し、次の行動に繋げていくのである。
勇ましい妹の姿にセレナも表情を綻ばせた。
「行動しましょう、セレ姉さま!」
そして、早い。やる気に満ち溢れる妹にセレナの笑顔が苦笑に変わった。
「落ち着いて、ニーナ。私たちは貴族の令嬢としてここにいるのだから、その辺もわきまえてね?」
家にいるときのように修行だ特訓だと動き回られても困るのである。だがニーナはその辺りのこともしっかりと理解していた。
「分かってるわ、セレ姉さま! 何か手伝えることはないか、考えます!」
自身もアンデルシアの事件に巻き込まれた一人として。人任せにするのではなく、自分にもできる事があるのではないか、と。うんうん唸るニーナの姿にセレナたちの表情がまた綻ぶ。
「お母様たちが療養中のデンゼルさんのお見舞いに行くとおっしゃっていたわ。ご一緒できないか聞いてみましょうか?」
「それは名案ですね!」
セレナの提案にニーナが元気よく答えて、セレナたちはセシリアの下へ足を運ぶのであった。
ウィルを乗せた特別輸送護衛車両【コンゴウ】が森の調査隊に混じって街道を進む。【コンゴウ】にはウィルの他にシローとシローが抜擢したトルキス家の家臣たちが乗っている。レンと要請に応じたロンも一緒だ。
「おおー?」
「どうした、ウィル?」
【コンゴウ】の中から外の様子を伺っていたウィルが気になるものを見つけて声を上げて。それに気付いた大人たちがウィルに視線を向ける中、シローがウィルの傍まで歩み寄った。
ウィルが一度シローに向き直ってまた視線を戻した。ウィルの視線の先には白を基調とした装束の魔法使いが何人かいる。
「あれか? あれは光の精堂に所属している魔法使いたちだね」
「ほうほう……」
「でっかいお化けが出ただろう? その影響が残ってないか調べてくれているんだよ」
「うぃるがやっつけたやつー?」
「そうだよ」
怨霊鯨はウィルが月属性の魔法で浄化したのだが怨霊鯨は死霊の集合体だ。分離した死霊が潜んでないか、光属性の魔法に長けた者たちが調査しているのである。
「ここら辺はウィルと契約した幻獣たちが魔獣の氾濫を防いでくれた場所だ。倒された魔獣の中に潜んでいる可能性もあるのさ」
そうなれば不死化した魔獣がこの辺りを徘徊することになり、とても危険だ。
幻獣たちはウィルに蓄積された月属性の魔力に呼応して召喚されたため不死化する可能性は低いのだが絶対ではない。
「ふーん……」
ウィルが周辺を調査する一団を見回す。
魔獣の氾濫を防いだ土の防壁は幻獣が大分ならしてくれているとはいえ、戦闘の痕は広く残っていた。
ウィルが自身を見下ろして胸に手を当てる。その仕草が自身の中にある幻獣たちの魔力を確認しているようでシローがウィルと視線の高さを合わせた。
「ウィルは大丈夫か? たくさんの幻獣さんと契約して、具合が悪くなったりとかは……」
「だいじょーぶ!」
幻獣を取り上げられるとでも思ったのか、ウィルがすぐさま答える。その様子にシローは笑顔でウィルの頭を撫でた。シローにウィルから幻獣を取り上げる気は毛頭ない。
今現在、ウィルの身の内には仮契約の状態で新たな幻獣たちが四柱眠っている。まだ本契約に至る命名の儀を行っていない為だ。ウィルから与えられた魔力を使い切った幻獣たちの力は弱く、これからウィルとともに力を育てていくという。風狼のレヴィと違うところは既に人語を交えることが可能であり、明確な意思の疎通が図れるという点だ。
「うぃる、いっぱいおなまえかんがえなくちゃー」
「そうだな、一緒に考えような」
「うん!」
シローから色よい返事を得られたウィルが笑顔でシローの撫でる手に甘える。シローがひとしきりウィルの頭を撫でて手を離すと、ウィルは満足したのか幻獣を数え始めた。
「どらごんさんでしょー、やぎさんでしょー、へびさんでしょー、それから――」
ウィルの子供らしい一面をコンゴウに乗り合わせた者たちが笑顔で見守る。
だが次に紡がれた言葉にシローは動きを止めた。
「――くぞくさん」
「……なんだって?」
一度は離れようとしたシローが再びウィルと視線を合わせる。聞き間違いかとも思ったがどうやらそうではないらしい。
「くぞくさん。うぃるはおーかみさんかなー、っておもってたんだけどー」
「狗族だと、幻獣さんがそう言ったのかい?」
「そー」
聞き直すシローにウィルがこくこくと首を縦に振る。
ウィルの言葉を理解できたのはシローと魔刀に収まっていた風の一片だけだ。だがシローの反応でコンゴウ内の雰囲気は明らかに変わった。
ウィルも空気が変わったのを察して首を傾げる。
「とーさま、どーしたー?」
「あ、いや……」
ウィルに問いかけられて動揺していたことに気付いたシローが取り繕う。その様子を見ていたロンがあからさまにため息を吐いた。
「そのなんでも背負い込もうとするところ、お前の悪いところだぞシロー」
さすがは元【大空の渡り鳥】。ロンにきっぱりと指摘されてシローが困ったように頬を掻いた。
それから諦めたように息を吐く。ウィルの中で眠る火属性の幻獣に確認してもいいが、さすがにウィルに対して嘘を吐くとも思えない。
「狗族っていうのは特殊な魔法を使う魔獣の一種でな……ある地方での呼び名だ」
「ある地方……?」
「……キョウ国だ。それが敵の手に落ち、王都を襲ったんだとしたら」
シローの懸念に大人たちが気付く。白いローブの集団――白の教団はキョウ国でも活動していることになる。キョウ国は辺境の島国であり、入国する手段は限られている。目立たず潜入するとなると大陸の東方から渡ったと考えるのが普通だ。そうなると白の教団は大陸の東方でも活動している可能性が高い。考えたくはないが。
「まさに大陸規模の犯罪組織か……」
ロンも呆れた様子で肩を竦める。とはいえシローたちがすぐにどうこうできることではない。大陸の東方など遠すぎて各所に報告を挙げるのがせいぜいだ。
深刻な表情で押し黙る大人たち。そんな中でウィルはというと――
「すると、どーなる?」
よく分からずにこくんと首を傾げた。




