ウィルへの依頼
正直な話、帝都襲撃から始まる一連の事件の調査は困難を極めると思われていた。
防衛にはなんとか成功したものの襲撃者は誰一人捕らえられず、城内を強襲した主犯格と思われる騎士の一団も魔獣の氾濫によって証拠ごと消え去ってしまった。
結局、対応にあたった者たちの話をすり合わせる事しかできなかったのである。
ウィルが敵の拠点から証拠を回収してこなければ。
資料から顔を上げたレオンハルトが目の前に座らされたウィルに視線を向ける。その顔は少しむくれていて拗ねているようだ。ちらりとレオンハルトの様子を伺ってくるウィルの仕草が可愛らしくてレオンハルトの頬も緩んでしまう。
「大手柄だぞ、ウィル」
「むぅ……」
ウィルの功績を讃えてみるもののウィルには響かないらしい。
残念なことにウィルが敵の拠点から回収してきた品々はシローの指示で提出させられてしまった。
ウィルも持ち帰ったものすべてに興味があったわけではない。その中に含まれる敵が使用していたと思われる魔道具の品々に興味を示していた。
「かるつさんといろいろおはなししたかった……」
肩を落とすウィルに大人たちが苦笑いを浮かべる。
ウィルは魔道具をカルツの下へ持ち帰って話に花を咲かせたかったらしい。カルツは魔法や魔道具に詳しく、ウィルの思い付きに助言を添えてくれるなどとても仲が良い。カルツ自身が精霊との契約者としての先輩にもなり、ウィルにとっては魔法の師匠とも呼べる人間だ。
「カルツも無理を言って持って帰ってきた物をお土産にされたんじゃ素直に喜べないよ?」
「むぅむぅ……」
シローと駄々をこねるウィルとのやり取りは相応の親子のやり取りとして暖かい目で見守られていたが、カルツを知る人物からは『関係なく喜びそう』という評価が胸中で囁かれていた。
ともあれ――
「今回ばかりはしょうがない。諦めろ、坊主」
見かねたロンから告げられて、ウィルが不満げな視線をロンに向ける。
(ここまでテンランカーや実力者、権力者にブーたれられる子供も凄いもんだな……)
怖いもの知らず、と言ってしまえばそれまでなのだが。ウィルの場合、それができる力を有してしまっている。
だが礼儀礼節をわきまえられないのはまた別の話だ。子供だからと無視していい問題ではない。身内であるシローたちは特に気にかけているはずだ。
胸中で嘆息したロンがウィルの傍まで行ってウィルの頭を撫でる。
「坊主の考え方はあながち間違ってはいない。襲い掛かってきた相手を返り討ちにして持ち物をはぎ取るなんてことはよくあることだ。下手に残しておいて反撃されたら目も当てられないからな」
ロンの話をウィルは黙って聞いている。まだ納得はしていなさそうだが、人の話をしっかりと聞けるのはウィルのいいところだ。理解しているかどうかは別として。
ウィルの様子を伺いながらロンが続ける。
「だが今回狙われたのは帝国だ。坊主は巻き込まれたわけだが、標的になったのは帝国であり、反撃も帝国の意志の下にある。坊主はそれを手助けした形だ。すべての所有権を主張するのは無理がある。ここは素直に従ってご褒美に期待するべきだ」
「ごほうびー?」
「そうだ。城内に押し寄せた敵を迎撃し、皇女様を助けて、敵のアジトへ強襲をかけ、人質を救出し、その後に起こった魔獣の氾濫を鎮圧した上、国を滅亡に追いやると言われている怨霊鯨まで浄化したんだ。ご褒美くらいもらえるさ」
改めて口にしてもとんでもない功績である。この労に国が応えないのはあり得ないだろう。周りの大人たちもウィルの功績を改めて聞いて少し身を引いている者もいる。誰に言われるまでもなく、今回の事件の一番の功労者はウィルであった。
「がまんするー……」
まだ気を引かれる思いであったがウィルは納得してくれた。道理さえ説いてあげれば、ウィルはしっかりと理解を示すのだ。
「ウィル、もうしばらく我慢してくれよ。褒美は必ず用意する」
「あい」
レオンハルトの言葉に聞き分けたウィルが素直に頷く。シローたちもそんなウィルの様子にひとまずは胸を撫で下ろした。
ただウィルほどのお子様にお預けだけしてずっと我慢、というのも可哀そうではある。
何人かの大人たちは少し気を揉んでいる様子であったが、その杞憂は次のロンの提案で吹き飛ぶことになった。
「皇帝陛下。提案なんだが森へ派遣する調査隊に坊主を同行させてくれ」
「「「はっ!?」」」
声は主にトルキス家の大人たちから上がった。ウィルほど幼い子供を再び高難易度の森へ連れていくと聞けば誰でもそうなる。
「師匠! ウィル様にはまだ早すぎます!」
当然のようにレンが反対する、が。ロンは耳を掻きながらレンの言葉を聞き流して目を細めた。睨みつけるような視線に感じてレンが言葉を詰まらせる。
レンの様子を観察したロンは深々と嘆息した。
「坊主は樹属性の精霊と契約している。それに気配の探知も相当なものだ。森への調査は鍛え抜かれた騎士だって危険を伴う。坊主はそれを広範囲で援護できるんだ。適材適所だろ?」
「しかし――」
「レン、お前……少し甘くなったんじゃないのか?」
ウィルを想って過剰に反応するレンをロンの冷たい言葉が制する。
ロンもレンが昔より感情的になるのは喜ばしく思っている。しかし昔のレンならもっと冷静に状況を判断できていたはずだ。
ウィルが森への調査に参加すれば危険にさらされる人間は減る。精霊の力を借りれば自身を守ることも容易い。連れていかない理由がない。
「森への調査は俺とシローも護衛として参加する。それでも不満か?」
レンからの返答はない。だがその表情は納得のいっているものではなかった。
ロンとレンの間にシローが静かに割って入る。
「ロン。レンは子供たちが生まれた時からずっと一緒にいる。家族も同然なんだ」
「…………」
黙ったまま視線を向けてくるロンにシローが続けた。
「ウィルが大抵のことをこなせてしまうことは俺もレンも理解している。だが同時に親の俺やずっと成長を見守ってきたレンからはまだ幼い子供なんだという視点は抜けない。特に子供たちは二度ほど白いローブの連中から命を狙われている。そういった経緯もあって子供たちの実力を正しく評価できているのか自信もない。だからロンに連絡を取ったんだ」
近すぎる故の評価の偏りをなくすため、外部からの視点が必要なのだ、と。ウィルが伝説的な力を有してしまったためのトルキス家の苦悩であった。
シローの話を聞き終えて、ロンが口を開く。
「……坊主は連れていく。娘たちは連れていけない。それが俺の判断だ」
はっきりと。そう伝えてくるロンにシローは頷いた。
シローとロンが視線をレオンハルトに向けると彼は苦笑を浮かべた。それから間でぽかんと口を開けていたウィルに視線を向ける。
「どうだ、ウィル。頼まれてくれるか? 森の調査に向かう騎士たちの手助けをして欲しいのだが……」
「うぃるが、もりへ……?」
それは帝国から正式なウィルへの依頼だ。ただ仕事を頼まれただけなのだがウィルには魔法を使えるご褒美である。
「いく! うぃる、きしさんたちをたすける!」
ウィルから色よい返事を聞けてレオンハルトも頷いた。視線をシローに戻して告げる。
「ウィルの護衛も含めてトルキス家の人選は一任する。申し訳ないがよろしく頼めるかな」
「畏まりました、陛下」
シローは略式の敬礼で応えると未だ複雑そうな面持ちで控えるレンの肩にそっと手を置いた。




