浄化の光
「さすがにあの見た目は大人でもくるものがあるなぁ」
「泣きわめきながらも、ウィルは良く戦っているのである」
奮戦するウィルたちを見守るシローと一片に余裕があるのは正確にウィルの力を推し量っているからで。ルナの力を得たウィルの実力は間違いなく怨霊鯨を上回っていた。
「もー、かおがこわいしきもちわるいし! めんどくさい!」
ただし、苦手なモノは苦手らしい。
器用に月下の騎士を操って迫る怨霊鯨の触腕を弾き返す。騎士の手にした武器に宿る月属性の魔力が触腕を払うごとに浄化の光を放っていた。
「しつこーい!」
宙を舞う副腕が魔法の弾幕を展開するが怨霊鯨に怯む様子はなく。払えども払えども、怨霊鯨の攻勢が弱まる気配はない。
巨体と触腕の圧力をもって迫る怨霊鯨を相手にするには騎士の双剣では制止力が足りず、大槌では手数が足りない。
「くろーでぃあ、おねがい!」
「月樹の妖鞭!」
騎士の手にした武器が光り輝き、新たに鞭として生成される。騎士の振るう鞭が宙でうねり、触腕を纏めて吹き飛ばした。触腕の再生よりも早く、再度振り抜かれた鞭が怨霊鯨の胴を叩く。
鞭の衝撃が弾けて怨霊鯨が今までにない咆哮を上げた。
「おお?」
ウィルにも今までとは異なる手応えがあって怨霊鯨を注意深く観察する。触腕を浄化した時にはなかった確かな抵抗。まるで魔法の防御壁を叩いたような感覚だ。
「きしさん、もういっかい!」
ウィルの指示に応えて月下の騎士が鞭を振るう。先程と同じ個所を狙って鞭が伸びる。しかし今度は鞭が届く前に触腕が身を犠牲にして鞭を遮った。
「明らかに嫌がってるわ!」
怨霊鯨の動きの意味するところは誰の目にも明らかで、アジャンタがウィルの狙いが正しかったことを示してくれる。
ウィルも一つ頷いて狙いを怨霊鯨の胴の一部分に絞った。
「たくさんこうげきしても、かたちがかわらなかったばしょ!」
「そうね……そこを狙いましょう」
シャークティの賛成を得て、ウィルが騎士に鞭を構え直させる。
しかし怨霊鯨は己の危機を感じ取ったのか触腕を大きく開いてまたしても咆哮を上げた。次の瞬間、触腕が次々と千切れ飛ぶ。
「なにごと!?」
初めてみせる動きにウィルが警戒心を引き上げた。
千切れた触腕に恐ろしい顔が浮かび、弧を描いて――その触腕の行き先を本能的に悟ったウィルは息を飲んだ。
「したがえくろーでぃあ!」
ウィルの口から出た魔法の始動に契約しているクローディアがすぐウィルの思考を感じ取って魔法を詠唱する。
「「茨の戴冠、領域を侵せし害意を討て、荊棘の鎖鞭!」」
月下の騎士の周囲に発生した樹属性の魔力光から茨の鎖が発生し、飛び去ろうとする触腕を次々と貫いていく。
「ウィル、正面!」
アジャンタの鋭い声が飛んで。ウィルとクローディアが飛び去ろうとする触腕に気を取られている隙に怨霊鯨の本体がその巨体をうねらせて騎士を捕食しようと襲い掛かる。
接近を許した月下の騎士に逃げ場はない。
衝撃に備えて全員が身を強張らせる。いや、ただひとり――
「おまえーーーーっ!」
拳を握り締めたウィルが怒声を上げて魔力を解放する。その怒りを代弁するかのように騎士が魔力で拳を輝かせ、怨霊鯨の顔面に拳を叩きつけた。
魔力が爆発し、怨霊鯨が仰け反る。一方体勢が不安定だった月下の騎士も後方に弾かれた。
地を滑りつつもなんとか踏み止まった騎士が体勢を立て直して怨霊鯨を睨み返す。その身の内でウィルははっきりと怒りを露わにした。
「おまえ、まちのひとたちをねらったなー!」
飛翔した触腕は騎士の後方、街の方へ向かっていた。それが意味するところを理解してウィルは咄嗟に迎撃したのだ。
ウィルの目の前でウィル以外の人間に危害を加える――それはウィルを最も怒らせる行動の一つである。
そんなことはお構いなしに怨霊鯨が再び触腕を生み出そうとする。だが魔素や魔力を目で追えるウィルに何度も同じ攻撃は通用しなかった。
「それはもうみたよ!」
茨の鎖が弧を描いて再生した触腕を穿つ。動かす間もなく触腕を消滅させられた怨霊鯨が怒りの咆哮を上げて巨体を震わせた。
「それもみた!」
怨霊鯨の背中から伸びる細い腕の束。その根元を騎士の副腕が光剣でもって瞬時に刈り取る。
「いまだ! つきさせ、ふくわん!」
怨霊鯨が守りを失った一瞬、弱点と思われる変形できない部位に副腕が殺到する。次々と光剣を突き立てられた怨霊鯨が絶叫を上げてのたうち回る。怨霊鯨の輪郭がぶれて動きが目に見えて鈍った。
「やっととまった!」
「ウィル……」
鼻息を荒くするウィルの背にルナが優しく声をかけた。
「怨霊鯨はウィルに浄化され続けて巨体を維持できなくなってきているのです。月の魔力で一掃してあげてください」
「わかった!」
ウィルが力強く頷いて魔力を込める。ウィルの意思に従った月下の騎士の手に月属性の剣が顕現し、それを天にかざす。月の魔素が渦巻き、魔力に反応して空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「「月の使徒が命ずる!」」
ウィルとルナが同調し、ウィルの口から自然と言葉が溢れる。
「「月夜の福音、悲しき魂を導け、浄罪の光雨」」
魔法陣より解き放たれた光の雨が怨霊鯨を覆い尽くし、まるで空へと誘うような一筋の光となる。その柔らかな光が優しく怨霊鯨を浄化し始めた。
光に当てられ身を悶えさせていた怨霊鯨の巨体が徐々に小さくなる。形が維持できなくなった怨霊鯨の体がばらけてただの怨霊の群れとなり、そして消えていった。
「ふー……」
魔法を放ち終えたウィルが大きく息をつく。精霊たちの助けがあるとはいえ騎士を通した魔法は規模も大きくなり術者への負担も大きいようだ。
息を整えようとするウィルの目に何かが写る。
「あれは……?」
怨霊鯨の消滅した跡には拳大のクリスタルが怪しい光を放ったまま宙に浮かんでいた。
「おそらくあれが怨霊を引き寄せ怨霊鯨を生み出したのでしょう」
ルナの見立てを聞きながらウィルやシローたちがクリスタルに視線を向ける。材質が何であるかは知る由もない。だがクリスタルが放つオーラを見れば碌なものではないことは誰の目にも明らかであった。
「私が破壊いたしましょうか?」
丁寧な口調でシローが申し出る。クリスタルの輝きは消えつつあるが禍々しいオーラは健在であり、その力が怨霊を呼び寄せるのであればそのままにしておくわけにはいかない。
本来ならウィルに任せるべきなのかもしれないがウィルは最後の魔法で相当魔力を消費してしまっている。何とか自分の足で立っているがふらついていて、魔力切れを起こしかけていた。
ルナもこれ以上ウィルに負担をかけさせたくないと考えているようで少し考えてから頷いた。
「お願いします。幻獣の加護を持つあなたなら大丈夫かと思いますが……」
クリスタルの破壊が何かを引き起こす可能性は十分にあって。心配するルナに頷き返したシローは一片とアローを連れて月下の騎士の外へと降り立った。
「よく頑張りましたね、ウィル」
シローを見送ったルナがウィルの体を支える。
戦いが終わったことを理解したウィルは力を抜いてその場に座り込んだ。
「へへ……」
疲労の濃く映る顔で見上げたウィルが笑みを浮かべてみせて、ルナもつられて笑みを浮かべた。
ウィルを心配したアジャンタたちもウィルの傍に寄り添う。ルナはそんな精霊たちの頭を順番に撫でた。向き直る精霊たちに微笑みかけたルナは外の様子を確認し、精霊たちに視線を戻す。
「どうやらシローさんもクリスタルを破壊したようです」
これで怨霊が再び集まってくることはないだろう。帝都強襲から始まった事件はひとまず幕を下ろした。
ルナがウィルの支えをアジャンタたちに任せる。ルナはそれから一歩下がった。
「アジャンタ、シャークティ、クローディア」
「「「はい」」」
ルナの呼びかけに精霊たちの背筋が伸びる。緊張が見て取れてルナの笑みが少し深くなった。
「私は引き揚げます。月下の騎士も……ウィルをゆっくり地面に降ろしてあげてください」
「は、はい」
降下はアジャンタの役目であり、代表してアジャンタが返事を返す。
ウィルは疲れて重い体を何とか動かしてルナを見上げた。
「もーいっちゃうの?」
「ごめんなさいね、ウィル。私はこの世界に長く留まらない方がいいの。いまは、ね……」
寂しさを誤魔化すように頬を膨らませるウィルをルナは一度抱きしめた。それからまた距離を置いて、今度はウィルに聞こえないよう精霊たちの頭の中に直接語り掛ける。
『あなたたちがトルキス邸に帰還したころに、説明に上がるとシローさんたちに伝えてください。ウィルには内密に……』
それだけ言い残すとルナの体が光に包まれ、月下の騎士と共に消え去った。
残されたウィルたちがアジャンタの魔法でゆっくりと降下していく。その足元には既にクリスタルを破壊したシローたちが待っている。
「ウィル、大丈夫……?」
「すこしつかれた……」
気遣うシャークティに答えながら、限界が近いのかウィルは瞼が重くなっていくのを感じていた。




