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氾濫鎮圧

『街へは一歩も通さんぞ!』


 山羊の幻獣が大きく振り上げた前足で地面を踏みしめると隆起した大地が壁となって魔獣たちの進路を遮った。広域に展開した壁にぶつかった魔獣たちが行き場を失って足を止める。


『乗り越えてくる魔獣たちを頼む!』

『任せろ!』

『悪さしなければ命を奪うまでしないわ!』


 山羊の呼びかけに応えた犬と蛇の幻獣が火と水の魔法を用いて迎撃を始めた。大地の壁は高く強固で乗り越えられるものはごく一部。それができないものは脇に抜けるしかないが、山羊の幻獣が大地をさらに隆起させて上手くコントロールしていた。


「みんな、つよいつよーい!」

 ドラゴンの背に乗ったウィルが魔獣の氾濫を封じ込めていく幻獣たちの活躍を見て声を上げる。

 ウィルと共にあるレンの目から見ても広域に展開する魔獣の氾濫を抑える大きな幻獣たちの姿は圧巻であった。しかし従者としては幼いウィルが新たに繰り出した強大な力に喜んでばかりもいられず。


「ウィル様……?」

「なーにー?」


 レンの呼びかけに振り向き見上げてくるウィル。レンは素直な質問をウィルに投げかけた。


「私は魔石から幻獣を召喚できるなんて話は聞いたことがありません。ウィル様はどのようにして幻獣たちを召喚なさったのですか?」


 本来魔石というのは所持していた魔獣の特性に由来した魔法効果を発現できるといわれており、武器やアクセサリーの装飾に用いられることが多い。魔石から生前の魔獣を幻獣として召喚するなど聞いたことのない話なのだ。

 ウィルはそのことを分かっていないのか不思議そうな顔をしていたが、ウィルなりに考えてレンの質問に答えた。


「わかんない!」


 それでは困るのだが。ウィルが新たな力に目覚めたとなるとレンたちの心配がまた一つ増えることになる。しかし今回の事象はどうやらウィルの力ではないらしい。


「うぃるはおしえてもらったとーり、ませきにまりょくをこめただけだからー」


 ウィルから何か特別なことをしたわけではないらしい。

 代わりに話を聞いていたドラゴンがレンの質問に答えた。


『お付きの者よ、今回我らが幻獣として顕現できたのは月の精霊ルナ様のお導きである』

「ルナ様の……?」

『左様』


 月の精霊ルナ。ウィルの持つ伝説的な加護である月属性の精霊だ。幻獣たちは彼女に遣わされたのだという。


『我らは一度生物としての死を迎えた。しかしその魂をルナ様はお導き下さり、我らに使命を託されたのだ。ウィル様の力になって欲しい、と』

「おおー」


 既知の精霊の応援だと知ったウィルが感動したように唸る。

 だがレンから見ても遣わされた彼らの力は強大過ぎる。強力な幻獣との契約は契約者の負担も大きくなると言われている。まだ幼いウィルに与えていい力ではない気がした。


「ルナ様はあなた方の強大な力もウィル様なら使いこなせる、と……?」

『お付きの者よ、心配には及ばん』


 レンの危惧を感じ取っていたのか、ドラゴンは安心させるように続けた。


『我らが強大な力を行使できているのは一時のこと。幻獣に転生した際の月の魔力の影響が生前の残り香に干渉したためである。魔力が切れればこの世界に生まれた新たな幻獣として一から魔力を育むことになる。故に有事の際まで顕現できなかったのだ』


 ウィルが助けを必要とした時に力になれるように。彼らは静かにその期を待っていたのである。

 レンもドラゴンの説明を聞いてひとまず安堵した。しかし新たな疑問は生まれてくる。


(ルナ様はウィル様が騒動に巻き込まれることを予見していた……? それに伝説的な属性の精霊とはいえ死したモノの魂を幻獣として転生させられるものなのか……?)


 いかに精霊といえども魔法の力として片付けるには度が過ぎているように思える。死者の転生など世界の理すら超越しているのだ。

 レンが考えを巡らせていると心に魔法の声が響き渡った。


(お付きの者よ、其方が懸念を覚えるのも無理はない)


 その声はドラゴンのものでウィルに聞こえぬよう配慮されたものであった。


(だが今はルナ様を信じて欲しい)

(……そうせざるを得なかった理由があるということなのですね)

(うむ……)


 レンが心の声に応じると肯定するドラゴンの声が返ってくる。その声はどこか重々しい。


(ルナ様はウィル様が世界の命運に関わる大きな渦の中心にいるのだとおっしゃられていた……我らは人間の敵になった身であるがウィル様の使命を知り、勝手なこととは思いつつもその力になるべく舞い戻ったのだ)

(世界の命運……)


 地の大幻獣レクスも危惧していたとされる話はレンも聞いている。やはりウィルの力には何か秘密があるということなのだろう。ルナも救いの手を差し伸べてくれているということはいずれレンたちにも打ち明けてくれると考えられるが。

 レンとドラゴンが押し黙っていると何かを見つけたウィルが騒ぎ始めた。


「れん、どらごんさん、あれ!」


 ウィルの指し示す方向には羽ばたく魔獣の影がある。空を飛び、一直線にこちらを目指して飛来していた。


「鳥獣種ですね」


 レンはすぐに魔獣の正体に気付いた。魔獣の氾濫に加わっていた飛行する魔獣が幻獣たちの壁に阻まれて高度を上げたようだ。このままウィルたちの脇を抜けて街を目指すつもりらしい。


「どらごんさん!」

『任せよ、一匹たりとも街へは通さん!』


 ウィルの呼びかけにドラゴンが応えて大きく旋回した。上手く間を取ったドラゴンから魔力が溢れ出し、闇属性の魔法の矢が広域に展開されていく。


「うてー!」


 ウィルの掛け声に合わせて一斉に発射された魔法の矢が次々と魔獣を撃ち落として。一陣を凌いだドラゴンがまた大きく旋回し、全体を見渡せる位置に舞い戻る。


『ウィル様、お付きの者、このまま戦列に加わるぞ。地上の幻獣たちを援護する』

「はーい」

「お願いします」


 元気よくウィルが返事をして、レンも同意する。

 ウィルのことは気になるが出ぬ答えに頭を悩ませるよりも今は魔獣の氾濫を食い止めるのが先だ。


『いくぞ!』


 滞空したドラゴンが大きく口を開き、眼前に火球を生み出す。放たれた火球は再び上空を目指そうとする鳥獣種の頭上に落ち、盛大に爆発した。




「我々は一体なにを見せられているのだ……」


 街を囲う外壁の上で魔獣の氾濫に備えていたレオンハルトは呆然としていた。

 突如として現れた巨大な幻獣たちが魔獣の氾濫の前に立ち塞がり、圧倒的な火力をもって食い止めている。そこから抜け出す魔獣の影はなく、備えていたレオンハルトたちは完全に傍観者となっていた。

 当然のことながら、彼らの中にこれほど強力な幻獣が並び立って戦う様を見たことがある者は一人としていない。

 呆気に取られていたレオンハルトが気を取り直したのは大声を張り上げる兵士からの報告であった。


「フィルファリアの大型車両、来ます!」

「陛下!」


 家臣の声に向き直ったレオンハルトが慌てて指示を出す。


「開門せよ! 車両を中へ誘導するのだ!」


 閉ざされていた門が開き、街道を駆け抜けてきたコンゴウが兵士たちの誘導に従って街中へと入場する。停止したコンゴウから人が降り始めて取り囲んでいた貴族や騎士たちから歓声が上がった。

 レオンハルトも家臣を引き連れてコンゴウに歩み寄る。貴族や騎士たちが道を譲り、その先に立つシローと目があった。


「シロー殿! ご無事か」

「皇帝陛下……」


 シローが一礼して視線を降りてきた子供たちに向ける。捕らわれていた貴族の子弟たち。その中に我が子を見つけ、レオンハルトが駆け寄った。


「無事であったか、ハインリッヒ、マリエル……」

「「お父様……!」」


 父の顔を見てようやく安堵を覚えたのか、ハインリッヒとマリエルの表情が綻ぶ。遅れてやってきたシャナルが二人の子供たちを抱きしめ、お互いの無事を喜び合った。

 他の子供たちもその身を案じていた親の元へと駆けていく。連れ去られた子供たちは皆無事だ。後方ではセレナやニーナが少し遠慮しながらシローを見守っていた。その中に重要人物がいてシローはセレナとニーナ、そしてデンゼルを招き寄せた。


「陛下」

「ああ、すまない……」


 シローの声にレオンハルトが自身の立場を正し、デンゼルが進み出ることを許す。

 デンゼルはレオンハルトの前で地に膝をついた。


「申し訳ございません、陛下……易々と敵の手に落ち、生き永らえて戻ってまいりました」

「うむ……」


 デンゼルの報告にレオンハルトが重々しく頷く。前もってシローたちから城に進入したデンゼルは偽物だったと言い含められてはいたが、それでも貴族の中にはまだデンゼルに対してわだかまりが解けない者もいる。皇帝として接し方に苦慮する場面でもあった。

 そんなレオンハルトの様子を察してか、セレナが自然と前に出た。横にいたシローはそんなセレナに気付いて微かに笑みを浮かべ、そのままセレナをレオンハルトの前に促した。

 デンゼルの横に並び立つセレナに気付いたレオンハルトが視線をセレナに向ける。


「レオンハルト陛下に申し上げます」

「セレナ……申してみよ」


 セレナの姿に注目が集まる中、彼女は静かに告げた。


「はい。デンゼル卿は私たちが囚われた敵の牢獄にて大怪我をしたまま放置されておりました。おそらく拷問を受けていたものかと。しかしデンゼル卿は屈することなく沈黙を貫いたと思われます。どうか皆様には寛大なお心でその労をねぎらって頂きたく」

「……なぜそう思う」

「それは……」


 セレナがちらりとシローの顔を伺う。この先はウィルの話をしなければ納得してもらえない。セレナの視線はそのことを口にしても構わないかというセレナの気遣いであり、先んじてウィルの話をレオンハルトたちに伝えていたシローはセレナの考えを察して後押しするように頷いた。

 シローの許可を得てセレナがレオンハルトに向き直る。


「身動きを取れぬほどの拷問を受けてもなお、デンゼル卿は我が弟の秘密を口にしてはいませんでした。私たちを人質に取り、帝都を攻略する上で絶対的な障害になると分かっていたウィルベルのことを。三柱の精霊と契約し、魔法能力ならフィルファリアでも屈指の魔法使いであるウィルベルのことを。口にすればあれほど痛めつけられることはなかったでしょうに……」


 ウィルベルのことを微塵も話していなかったからトルキス家は城に進入したデンゼルが偽物ではないかとすぐに疑問を持った。そしてウィルの反撃を受けて不完全となった計画のため、自分たちも逃げおおせることができたのだ。

 黙したデンゼルがどれほどの深手を負っていたかは一緒に捕らわれた子供たちも見ており、子供たちは大人たちより先にセレナの言葉に納得していた。


「帝国のため、少しでも敵の策略が失敗するようにデンゼル卿はその身を犠牲にしたと断言できます」


 それは簡単なことではない。敵に捕らえられて拷問され、それでも口を割らなかったのにその上周囲から疑いのまなざしで見られることにセレナは耐えられなかった。

 そしてそれはニーナも同じことであった。


「陛下、私も! 私の弟のことを命がけで秘密にしてくれた人を疑われるのは嫌です!」


 歯に衣着せぬ物言いだが幼いニーナの気持ちは痛いほどよく分かった。さらにそんなニーナの真っ直ぐな意思に呼応した幻獣のゲイボルグとクルージーンが姿を現す。


「――っ!?」


 ぽすっ、と。地を蹴ったゲイボルグが首を垂れるデンゼルの頭に覆いかぶさり、クルージーンがゲイボルグの頭の上で自己主張の声を上げた。

 性根を見極めるとされている幻獣までもがデンゼルを守ろうとする姿は誰の目にも明らかであり。


「お父様。どうかセレナの言葉に耳をお傾け下さい」


 ハインリッヒをはじめ、捕らわれていた子供たちもデンゼルの傍に駆け寄り次々と頭を下げ始めた。

 その必死さを見たレオンハルトが思わず相好を崩す。


「デンゼルよ。幼き理解者への恩を忘れるでないぞ」

「――はっ!」


 不問にする。レオンハルトの様子からその意思が見て取れてセレナとニーナ、子供たちが安堵の表情を浮かべる。貴族のわだかまりも彼女らのおかげで和らぎ始めていた。

 さらに頭を深く下げようとするデンゼルは頭の上に乗るゲイボルグとクルージーンを気遣ってかバランスを取るのが難しそうである。

 そんな様子は周りの者から見てもおかしなもので。

 和み始めた雰囲気の中、また新たな問題が飛来して見張りの兵たちが騒ぎ始めた。


「陛下!」

「今度は何だ」

「ドラゴンがこちらに向かってきます!」


 巨大なドラゴンの幻獣が街の方へと飛来してきており、その報告を受けたレオンハルトがシローに向き直る。その正体を知るシローは苦笑を浮かべるしかなかった。


「大丈夫です、陛下。アレは……」

「アレ……?」


 シローの様子から危険はないものと判断したレオンハルトであったが、シローの言い回しに引っかかりを覚えて首を傾げる。その理由はすぐに分かった。


「たーだいまー」


 上機嫌なウィルの声。上空に差し掛かったドラゴンの巨体がゆっくりと下降してくる。そのドラゴンの体は見る見ると縮んで、すぐに小さな男の子と女性の姿が人々の視界に映った。


「ウィルか……?」

「こーてーへーか、ただいまー」


 風の魔法でゆっくりと着地したウィルが笑顔でレオンハルトに挨拶してくる。その後ろで額を抑えてひっくり返りそうになるセシリアにどよめく者もあったが。

 衝撃的な帰還を果たすウィルにレオンハルトはどのような表情をすればいいのか困ってしまっていた。

 代わりに前に出た風の一片がウィルに問いかける。


「ウィルよ、魔獣の氾濫はどうなった?」


 一片もそれだけは人間のために明らかにしておいた方がいいと考えてウィルを促した。

 ウィルは変わらず笑顔で満足そうに告げた。


「もーまもなくー」

『まもなく氾濫の勢いは止まり、幻獣たちも小型化して帰還するだろう。魔獣による被害は恐れなくていい』


 ウィルの後に続いてドラゴンが現状を詳しく説明する。

 災害とも言える魔獣の氾濫を完封してしまったのだ。街に出る被害がないと知り、安堵する者も少なくない。だがすべてが解決したわけではなかった。


『残る問題はあと一つ』

「それはあの赤い光のことですか……?」


 幻獣を相手にレオンハルトが丁寧に尋ねる。

 森にある天を突くような赤い光は街の外壁からもよく見えて、その未知の現象はレオンハルトたちの不安を煽り続けている。

 ドラゴンは一つ頷くと説明を続けた。


『うむ。あれからは強烈な負の波動を感じる。漂う不死の気を吸収しているところを見るに日暮れごろに活性化し始めるはずだ』


 不死の気。その言葉は魔獣とはまた違う難敵の出現を意味していた。レオンハルトや周りの貴族の表情も自然と険しくなる。強力な不死者と戦える者はそう多くない。

 しかしドラゴンからは微塵の焦りもなかった。むしろその姿は自信に満ち溢れており、周りの人間を安心させるように力強く宣言した。


『だが恐れることは何もない。ウィル様の力をもってすればいかに強大な不死の存在とて殲滅できるだろう』

「「「あっ……」」」


 ドラゴンの言葉に反応しないトルキス家の人間がいないはずもなく。全員の視線がウィルに集まった。


「ふ、ふし……」

『えっ……?』


 上擦るウィルの声にドラゴンが向き直る。そこには体を震わせるウィルの姿があってドラゴンが驚いたように目を瞬かせた。

 ウィルはドラゴンの言葉の意味を理解して、それでも子供ながらに違う意味があるのではと模索し、失敗して。


「お、おばけぇ……」


 先程の笑顔が嘘のように取り乱し始めたウィルに事情を知らない者たちはぽかんと口を開けてしまうのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] おばけだけは怖すぎてどうにもならないウィル可愛すぎるw
[一言] さすがのウィルくんもオバケはね… 幻獣やパパ達に頑張って貰いましょう。 ……今、新月期じゃ無いよね?
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