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おうちへかえろう

 白刃が煌めき、鬼の首が飛ぶ。

 シローが駆け抜け魔刀を振るうたびに致命傷を負った鬼たちが消滅した。

 対応して首を守った鬼には一突き。魔刀が胸に吸い込まれて鬼の核を穿つ。切り返して迫る鬼たちの首がまた飛んだ。

 角の数が少ない鬼たちにシローを捕らえることはできず、シローは瞬く間に鬼の数を減らしていく。


「シロー!」


 同じように鋭い爪で鬼たちを屠っていた風の一片がシローと背中合わせに着地した。

 取り囲む鬼たちと対峙しながらシローが応える。


「どうした、一片?」

「……障りはないか?」

「さわり……?」


 一片の言葉の意味が分からずシローが聞き返す。鬼たちが消滅しても人体に影響のある毒はないように思えてシローは気にしてもいなかったが。

 シローの様子に一片は安堵とも呆れともつかないため息を吐いた。


「人型の首を跳ねて回っているのだ。昔のように心を病みはしないかと気にかけただけだ」

「あら、優し」

「ふん、お前に何かあるとセシリアや子供たちが悲しむからな」


 背を向けていても一片の気遣いはシローにちゃんと届いている。威厳のある幻獣の身の上で家族に対しての愛情を隠しもしない一片にシローは思わず笑みを浮かべてしまった。


「心配ご無用。子供たちをつけ狙う悪い鬼退治だ。心は痛まないね」

「そうか」


 はっきりと告げるシローに一片も安心したようである。だが、安心できないこともあった。


「こ奴ら……離れた所にも似たような気配を感じる。おそらくここにいるだけが全てではあるまい」

「戦力を温存してるんだろうな……」


 幻獣や精霊と契約しているシローやエジルには鬼たちの異質な気配がよく分かる。おそらくウィルも感付いているはずだ。

 敵の最終目標が帝都の制圧であるならば十分に考えられることだ。

 そして心配はそれだけではない。


「魔獣の気配も濃くなってきている。氾濫まで時間もあまりないぞ?」

「それまでに敵が引いてくれればと思ったが」


 一片もシローも森に渦巻く魔獣の異変を察知していた。魔獣が氾濫を起こすならこの場の危険度は白い鬼たちよりも高くなる。そうなる前にシローたちも撤退を始めなければ巻き込まれてからでは手遅れだ。

 もうタイミングを見計らって子供たちだけでも逃がす算段をつけなければならない。


「一片、子供たちに着け……」

「お前はどうする?」

「みんなを置いてはいけない」

「……それは儂とて同じ事。お前を放っては行けぬ」


 一片も子供たちを逃がすことには賛成だ。しかし契約者であるシローを置き去りにできるはずもない。


「アロー?」

「嫌よ」


 一片も頼みの綱として風の上位精霊であるアローに呼びかけたのだが。彼女は即座に拒否した。


「契約者と旦那様を置いて行けって? できるはずないでしょ?」


 近付こうとする鬼たちを魔法の矢で射貫きながらアローが反論してくる。


(どうする……?)


 シローが考えを巡らせる。このまま鬼を狩り続けて事態は好転するのか。戦況を動かすには何かきっかけが必要だ。

 状況は緩やかに、だが悪い方へと確実に進んでいた。




「押し返せぇ!!」


 盾を掲げた者が一角の拳を受け止めて、脇を抜けたガスパルが手にした斧を振り上げる。

 火属性の魔力に包まれた斧の刃を一角の首に目掛けて振り下ろした。


「燃えろ!」


 首筋を捕らえた斧の刃先から火柱が上がり一角を包み込む。首の傷と燃える体を修復し続けた一角が力尽きて消滅する。


「次だ!」


 味方を鼓舞しながら戦うガスパルの姿は勇ましく、仲間たちも無傷ではないものの気を奮い立たせて不利な戦いに身を投じていた。

 ガスパルもまた戦列に加わるべく踏み出そうとして。


「っ――!?」


 一瞬、足の力が抜けて顔をしかめる。


(もうガタつき始めやがった……)


 魔力の枯渇。

 ガスパルの得意とする火属性系統の魔力は威力が高い分、消耗も激しい。ガスパルもトルキス家の厳しい訓練を受けている身ではあるが実戦は訓練よりもはるかに消耗する。強敵と戦い続けるとなれば尚更だ。

 そんな一瞬の動揺が戦場では命取りになることもある。


「ガスパルさん!!」


 僅かな意識の綻びからガスパルは反応が遅れた。巨躯を誇る二角が二体、ガスパルの死角をついて迫ってくる。


「ちぃっ!」


 距離を取ろうとするも足が思うように動かない。


「来たれ土の精霊! 土塊の守護者、我が命令に従え土の巨兵!」


 ガスパルの異変を察したモーガンが咄嗟にゴーレムを生成して二角を止めにかかるが一体止めるのがせいぜいで、もう一体は確実にガスパルへと辿り着いた。

 巨大な拳が頭上からガスパルに向かって振り下ろされる。どうあがいても無事では済まないであろう一撃。

 無駄と知りつつもガスパルはなけなしの魔力で障壁を展開して衝撃に備えた。


(くそ! 俺はまだ拾ってくれたシロー様やウィル様に何の恩返しも出来てないんだぞ……!)


 荒れていた冒険者時代。愚行を見かねて止めてくれたのはウィルであったし、その後、心を入れ替えて仕事に励んだことを評価してくれたのはシローであった。その恩に報いるため、ガスパルたち【火道の車輪】はトルキス家に仕えると決めたのだ。だというのに、自分はこんなところで離脱してしまうのか、と。


「――っ!?」


 覚悟したガスパルが横から突き飛ばされて息を詰まらせる。

 間に入ったのはエジルであった。

 ガスパルよりも華奢な体が二角の巨大な拳と衝突する。


「エジルさっ――!」


 周りから悲鳴が上がるが、エジルは腕一本で二角の拳を見事に受け止めた。と、同時に叫ぶ。


「ブラウン、やれ!」

「キュウッ!」


 エジルの肩から飛び移った幻獣のブラウンが二角の腕の上を駆け上がり、その眼前で身をひるがえす。モフモフとしたブラウンの尻尾に土属性の魔力が宿り、巨大化した土の尾が鈍器の如く二角を殴り倒した。

 間髪入れずに飛びかかったエジルが拳を受け止めた方とは逆の手でショートソードを二角の胸部に突き立てる。土属性の剛力をもって突き立てられたショートソードは厚い胸板を貫いて二角の核へ到達し、二角を消滅へと追い込んだ。

 機を逸したと判断したもう一方の二角がゴーレムを押しのけて距離を取る。


「大丈夫か?」


 モーガンがガスパルを助け起こしながらエジルの背中に声をかける。エジルは油断なく構え直しながら微かに笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫です。腕一本で済みました」


 構え直しても受け止めた左の腕はだらんと下げている。骨が折れていた。


「すまねぇ」

「なに、仲間をかばうのは当然のことですよ」


 仲間だと、そう言ってのけるエジルにガスパルの胸が熱くなる。

 気を取り直したガスパルは腰元のポーチから小瓶を取り出し、一気に飲み干した。ウィルが開発した魔力回復のポーションがガスパルにもう一度戦う力を与えてくれる。

 しかし戦況は依然不利。シローがものすごい勢いで鬼の数を減らしてくれているがまだ打開の糸口は見えていない。


(なにかきっかけがいる……戦況を動かすような大きな何かが……)


 戦列を組み直しながら、エジルは痛む左腕を無視してジッとその時を待っていた。




 戦況を見つめていたドミトリーは次第に冷静さを取り戻していた。

 トルキス家は確かに強かった。だがそれでも即座に戦況をひっくり返せるほどの力はなかった。このままいけばいずれは数の力で自分が押し切る。そうならなくてもタイムリミットは迫っていた。


「私の勝ちだ」


 その確信がドミトリーに余裕を持たせる。

 しかし次の瞬間、風が吹き抜けてドミトリーは息を飲んだ。

 いつの間にか眼下に忍び寄っていた影。それがトルキス家の人間――ラッツだと気付くのに時間はいらなかった。


(こいつ! さっきまでガキどもを守っていたはずじゃ――!)


 焦るドミトリー。ラッツがそんなドミトリー目掛けて腕を振り抜いた。


「――っ!」


 ドミトリーが咄嗟に防御魔法の盾を展開してラッツの一撃を受け止める。

 普通の剣であったのならその一撃は届かなかったであろう。しかし――


「つぅ!!」


 鎌の先端が魔法の盾を避けてドミトリーの脇腹に突き刺さった。

 ドミトリーの盾とラッツの鎌がせめぎ合う。


「何をしている! 追い払え!」


 ドミトリーの声に反応した四角が鎌を押し込もうとするラッツに襲い掛かる。掴みかかる四角の腕を軽やかにかわしたラッツが鎌に魔力を込めて今度は四角を狙った。


「大鎌・弧月!」


 振り抜いた鎌の延長線上、風属性の大鎌が四角の首へと放たれる。鋭い斬撃を腕で受け止めた四角の足が止まる。その隙に距離を取ろうとしたドミトリー目掛けてラッツが何かを投げつけた。


「くっ!?」


 咄嗟に身をかわすドミトリー。その頬を掠めた何かが後方の樹の幹に直撃して表面を破壊する。


「鉄……!?」

「チッ……」


 投げつけられた物の正体に気付いたドミトリーが驚きの声を上げ、舌打ちしたラッツが手にした鎖を引いて先端の分銅を回収する。


(浅かったか……)


 四角とドミトリーに対して油断なく構え直すラッツ。

 一方、ドミトリーは血がにじむローブを見て顔をしかめた。


(飛行用のローブが……)


 彼らの行う飛行魔法はローブの魔道具を発動させたものであり、直接的な攻撃に弱いという欠点があった。だから敵と距離を取っていたというのに。ラッツの鎌が突き刺さったことで魔道具としての効果を失っている。

 いつの間にか接近していたラッツに気付かなかった。ラッツが隠密活動に秀でた人物と知っていれば未然に防げたかもしれないが。


「もう油断はせん」


 ドミトリーと四角がラッツに照準を合わせる。

 ラッツとしてはドミトリーに深手を負わせるなどして無力化、もしくは撤退に追い込みたいところであった。


「時間をかければお前たちの逃げ場はなくなる。人質は失うが、ここでお前たちだけでも葬り去ることができれば上出来だ」


 ドミトリーも気付いている。森の魔獣たちの氾濫がもう間もなく始まるであろうということに。


(どうする……?)


 時間はない。もしもの時は刺し違えてでもドミトリーを仕留めなければならない。そしてそれができるのは今のところラッツ、ただ一人である。

 生きるか死ぬか、決断は魔獣の氾濫よりも先に下さなければならなかった。




(みんな、頑張って……)


 精霊たちが展開する防御魔法の中でセレナが祈るように戦う者たちを見守る。

 後方に位置するこの場所からは周囲の戦況がよく見えた。

 レンやロン、マクベスといった猛者たちが角の多い鬼たちと一進一退の攻防を繰り広げる様。駆け回るシローや一片がものすごい速度で鬼たちを斬って回る様。一番近くで鬼たちを食い止めるトルキス家の家臣たちと、独り果敢に敵の首魁に挑むラッツ。

 固唾を飲んで見守る子供たちの中で最初に異変に気付いたのはニーナであった。

 食い入るように戦況を見つめていたニーナはその才覚で異変に気付いて顔を上げた。


「セレ姉さま!」

「どうしたの、ニーナ?」


 いきなり声を上げる妹にセレナだけではなく子供たちや傍に控えるマイナとデンゼルも視線を向ける。


「鬼たちの動きが変わったわ!」

「えっ……?」


 それは近距離戦闘の押し引きに詳しい者だけが気付く些細なものであった。

 マイナがその潮目の変化を注意深く観察する。


「鬼たちの圧力が減った、ということですか?」

「そう!」


 マイナの答えにニーナが頷いてみせる。

 前線で立ち回る強者の戦闘だけでは決して察することができない些細な差である。


「さっきまで角の少ない鬼たちは私たちにどう到達するか、という動きだったわ。でも今は攻めながら守り手を崩そうとするような動きでこちらを目指してない」


 それが証拠に最後尾を守護していたルーシェやモニカの戦闘が防御壁の前から離れ始めている。


「……確かに」


 マイナが相槌を打つ。ニーナの言っていることはおそらく正しい。オーガたちは狙いを子供たちから別の何かへ移したように見える。


「でも、どうして……?」

「分かりません!」


 セレナの疑問にニーナがはっきり答えてセレナが苦笑する。

 どうやらニーナは目で見た事実を告げたにすぎないようだ。しかしその事実から仮説を立てることはできる。


「セレナお姉さま、もうすぐ魔獣が氾濫を起こすわ! そのせいかも!」


 アジャンタが精霊たちを代表して森の様子を告げる。

 ウィルにもその様子は伝わっていた。


「まそが……」


 ウィルの目に森の奥深くへと流れていく魔素が見える。まるで力を溜め込むようなその動きはその後に訪れる反動を示しているかのようで不気味だ。


「もし氾濫が起きたら私たちの防御壁でも無事にいられる保証はないわ……」


 今度はシャークティが冷静に現状を分析する。この強固な防御壁でもしのぎ切れないかもしれない魔獣の暴走。外にいる者たちはひとたまりもないだろう。敵が自分たちを人質にすることを諦め、時間を稼ごうとしているのであれば白い鬼たちの動きに変化があったとしても不思議はない。

 事実を伝えられて子供たちは表情を曇らせた。


(なんとか撤退する方法を……)


 セレナが今一度外の戦場に目を向ける。おそらくシローたちも現状を打破すべく思案しているに違いない。だが白い鬼たちを相手にして何らかの行動を起こせるような隙は今のところセレナの目から見てもなかった。


(この人数を氾濫の前に撤退させる方法……)


 戦いに身を投じているシローたちよりも後方にいて戦況を見守っている自分の方が隙を見つけられるはず。そう信じてセレナが思考を巡らせる。

 そんなセレナの後ろで。きょろきょろと周りを見回していたウィルが少し申し訳なさそうな顔をした。


「くろーでぃあ……」

「どうしたの、ウィル?」


 しょんぼりとするウィルと不思議がるクローディア。ウィルはクローディアを見上げるとおずおずと告げた。


「ごめんねー……」


 何を謝っているのか。クローディアだけでなく他の者も分からず首を捻る。

 その答えを示すようにウィルが少し魔力を込めると察したクローディアたちが小さく声を漏らした。


「もりをきずつけちゃうかもー……」

「ウィル……」


 ウィルの頭をクローディアが優しく撫でる。

 ウィルは優しい。森に入ってからウィルは広場以外で大きな魔法を使っていない。おそらく森の樹が痛むと樹属性の精霊であるクローディアが悲しむと思っているのだ。だから魔法を使おうと決心したウィルは先にクローディアへ謝った。

 そのことに感づいて精霊たちが微笑む。だからウィルが好きなのだ、と。

 クローディアが屈んでウィルと顔を合わせる。


「大丈夫よ、ウィル。ウィルは無暗に森を傷つけたりしないもの」

「うんー……」

「森だって少しのことでへこたれたりしないわ。だからみんなを助けましょう」


 クローディアの許しを得て、ウィルがこくんこくんと頷いて。その目に力が宿る。

 ウィルが何か大きな魔法を使う。そのことだけはセレナにもすぐに理解できた。

 ウィルが魔法を使うには展開している防御魔法を解かなければならない。危険ではあるが子供たちへの圧力が減っている今ならウィルは安全に魔法を放つことができる。

 あとはどのような魔法であるのか。威力は、範囲は、発動までの時間は。

 その全てを知った上で外にいる者と連携しなければならない。

 クローディアから説明を受けたセレナの頬が引きつる。そして足元のウィルに視線を向けた。


「ねーさま、みんなでおうちにかえろー」


 ウィルの表情は怒っているわけでも勇んでいるわけでもない。ただみんなと帰りたいと願う純粋な気持ち。それが表情から溢れていた。


「……そうね」


 セレナが優しくウィルを撫でる。非の打ち所のない名案である。

 そんなウィルの名案を実現すべく、セレナが思考を巡らせる。戦況の端々を頭の中へ叩き込んで。

 一度目を閉じたセレナが目を開き、顔を上げた。


「ライム!」


 セレナの呼び声に呼応して雷の幻獣ライムがその肩に顕現する。

 セレナがマイナと打ち合わせ、ウィルとクローディアが前に出て並び立った。


「ウィル、クローディア様、お願いね」

「まかせてー」

「ええ」


 ウィルとクローディアが短く応えて。

 セレナと目配せをしたアジャンタとシャークティが防御魔法を解いた。同時にウィルとクローディアが魔力を練り始める。

 【戯れの小箱】から双剣を引き抜いたマイナも戦列の最後尾に加わった。


「「「なっ!?」」」


 子供たちを守る防御壁が解けてそれに気付いた者たちから驚きの声が上がる。同時にセレナの通信魔法が声無き声となってトルキス側の面々の頭に響き渡った。


『ウィルが魔法を使います! 前線は下がって! 家臣の皆さまは後退しつつ白い鬼をけん制して!』

「ラッツー!!」


 マイナが声を張り上げ、その意図に気付いたラッツが微かに笑みを浮かべる。ウィルが魔法を使う。この状況で使う魔法ならそれ相応の威力になるはずだ。であれば如何にウィルといえども多少は発動に時間がかかるはず。


(まったく。坊はとんだお子様だな!)


 そう胸中で呟くラッツの心は踊っている。今し方、刺し違えるかどうか悩んでいた自分が馬鹿みたいだと。

 ラッツが腰元のポーチに手をかけ、取り出した物を勢いよく地面に叩きつけた。弾けるように煙が上がる。


「煙幕!? しまった!!」


 煙に巻かれたドミトリーが舌打ちする。

 魔獣の氾濫がもう間もなくというところでドミトリーは狙いを子供たちから時間稼ぎへと移した。自然と鬼たちは引き気味に戦うことになる。そこを突かれた。


「くそ! ガキどもを!」


 煙の中からもがき出て、ドミトリーが子供たちのいる方へと視線を向ける。

 そこには既に後退したトルキス家が全員で子供たちを護衛していた。

 そしてそんな彼らの先頭に精霊と並んで立つウィルの姿がある。


「くっ……」


 それが何を意味しているのか。ドミトリーに分からないはずがなかった。

 自分を撤退へと追い込んだ規格外のお子様魔法使い。そんな幼子が精霊と並び立って自分たちの方へ小さな掌を向けているのである。


(みんなとおうちにかえるんだ……)


 ウィルの願いに呼応するかのように魔素が集まり、魔力が膨れ上がっていく。

 森を駆け抜けていく膨大な魔力に気圧されてドミトリーの心に粟が立つ。

 小さく息を吸い込んだウィルがその小さな口で呼びかけた。


「したがえ、くろーでぃあ」

「そのガキを止め――!!」


 恐怖に駆られたドミトリーが声に出せたのはそこまでであった。

 ウィルとクローディアが声を揃えて詠唱する。


「「刺鞭の葬送! 我が敵を飲み込め、深緑の嵐」」


 魔力が意味を成し、溢れ出た大量の蔓が縦横無尽に駆け巡った。蔓が蓄えた棘が刃と化し、触れるものを見る間に削り取る。草も木も白鬼も。すべてを飲み込むかのように。

 魔法が蹂躙する様を見たトルキス家の面々も子供たちもここが戦場であるということを忘れてぽかんと口を開けてしまった。それほど圧倒的な魔法だ。

 広域殲滅魔法【刺鞭の葬送】。

 精霊であるクローディアと力を合わせればその威力も攻撃範囲も爆発的に広くなる。とはいえ。

 魔法が効力を失い消えた後には何も残らなかった。ドミトリーの姿も鬼たちの姿もどこにもない。あるのは魔法による破壊の爪痕だけ。砕けた草木が痛々しい姿をさらしており、旧街道を中心に歪な広場ができあがっていた。


「撤退したか……?」

「おそらく。人を捉えた感じはありませんでした」


 シローの疑問にクローディアが何でもないような口ぶりで静かに答える。普段は優しいクローディアであるが彼女もウィルの敵には容赦をしない、ということなのだろう。

 そんなクローディアと並び立つウィルであるがその表情は森を傷つけてしまったせいか、やはりどこかしょんぼりとしていた。


「やりすぎたとおもっている……」


 そんな言葉がついて出る始末である。敵を追い払ったウィルを責める者などないというのに。


「ウィルはみんなを助けたんだ。気に病む必要はないんだよ?」


 シローが優しくウィルを撫でるとウィルは納得してシローの手に甘えた。

 シローがウィルから手を離し、家臣や子供たちに向き直る。


「撤収だ。家に帰ろう」


 シローのその言葉に全員の表情が明るくなった。

 まだすべてが解決したわけではないが、ウィルたちは見事敵の魔の手を払い除けたのであった。


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