人質救出隊
(さて、どうしたものかな……)
男は一路、帝都を目指していた。その道の途中でウィルたちを見かけたのだ。
上空で巻き起こった魔力光。空中での戦闘などそうそう起きることではない。一方は大人で一方は子供。本来なら大人が優位なのは言うまでもない。しかしそうはならなかった。
子供は見事大人を退けてその手に囚われていた少女を救出し、精霊を伴って地面に降りてきた。
なるほどな、と男は思う。大人の方はなぜ飛んでいたのかは分からないが子供の方は精霊との契約者であったようだ。非契約者が契約者と魔法の力量で渡り合うのは相当な実力がいる。
とはいえである。いくら精霊との契約者といっても降りてくる子供は相当幼い。なんならまともに魔法を扱えるか怪しいくらいの年齢だ。そんな子供が精霊の力を借りてとはいえ大人を撃退してみせたのである。
男としては他に身を隠せる場所もなく、厄介事だろうなとは思いつつも興味を惹かれて声をかけてみたわけだが。
返ってきたのは年相応の舌足らずな言葉と年不相応の反応であった。目視していれば気付けたはずの自分の姿を目の前の子供と精霊は完全に見落としていたのだ。それは子供が気配を探知する術に長けており、精霊もその感覚に信頼を置いているということを意味する。男からすればとても危ういことであった。
と、同時に。
(レンに、葉山に、トルキスとは……)
子供の口から出てきた名前に男は胸中で嘆息した。おそらくは、いやかなりの高確率でウィルベルと名乗った子供は自分の身内であった。大人を撃退した厄介事に巻き込まれていそうな子供、というだけでは済みそうにない。
(名乗ってもいいが……)
自分の名前は名乗るだけでもちょっとした騒ぎになる。それに加え、君の父親の知り合いだなどと言っても信じてくれるだろうか。それを証明できるものは何もない。子供とはいえ逆に怪しまれるかもしれない。
目の前で対峙しているウィルは変わらず男を注視している。その視線は敵対しているというよりかは珍しい気配に戸惑っているようだ。
(しょうがない……)
男はいったん適当に茶を濁すことにした。
「俺はモギモギタローというケチな商人で……」
「あっ、まいな!」
遠くから呼びかけてくるマイナに気付いたウィルによってモギモギタローは無視された。
都合よくこの場は誤魔化せたわけだが、見事な滑り具合にマリエルから同情するような視線が向けられる。
「まいなとー……れん?」
徐々に近づいてくる人影にウィルが首を傾げる。
マイナと共に駆け寄ってくる人物がいる。見た目は決してレンではない。近付けば老人と分かる。それでもウィルが一瞬疑ったのはその人物の魔力がレンの持つ独特の魔力とどこか似ていたからだった。
「ウィル様ぁ!」
魔法で速度を上げたマイナがウィルへと辿り着き、ウィルを抱きしめる。
「むぎゅう」
「マイナは大変心配しましたよ、ウィル様!」
「ごめんなさい……」
腕の中から顔を覗かせて、ウィルはマイナが落ち着くのを待った。こういう時は大人しくしているのが一番だとウィルは学んでいるらしい。
マイナは落ち着くと今度はマリエルの前で膝をついた。
「マリエル皇女殿下、ご無事で?」
「ええ。ウィルちゃんが助けてくれましたから」
ウィルとマイナのやり取りを微笑ましく見守っていたマリエルがマイナの言葉に笑顔で頷く。
居合わせた男にとってはさらに頭が痛くなることだろう。不思議な幼児であるウィルに加え、助け出されたのが皇女だというのだから。
だが、男は反応を示さなかった。マイナの連れてきた老人と面識があったからだ。注意すべき人物として。
「なぜあんたがここにいる……」
「これはこれは、ご挨拶だね……」
二人の間にじわりと緊張感が漂う。それを察してか、ウィルが二人の間に入った。
「けんかはだめよ」
子供なりの仲裁に老人が頬を緩めて安心させるようにウィルの頭を撫でる。
「なに、喧嘩などせんよ」
「お二人はお知り合いなんですか?」
場を取りなすようにマイナが尋ねると老人はウィルから手を離した。
「ああ。その男は君たちの家の主の古い友人だよ……なぁ、ロン・セイエイ」
ロン・セイエイ。その名を知らぬ者は少ない。冒険者ギルド最強の十傑、テンランカーの第五席。最強の冒険者パーティー【大空の渡り鳥】に所属していた【百歩千拳】の二つ名を持つ拳闘の達人。シローの友人である。
「この方が……」
緊張感に背を正すマイナのその脇で。ウィルがポカンとロンを見上げた。
ウィルの視線に気付いたロンが首を傾げる。
「どうした?」
「もぎもぎたろーさんじゃなかった」
「聞いてたんかい……」
てっきり無視されたとばかり思っていたが。ウィルはちゃんと誤魔化そうとしたロンの言葉を聞いていたようだ。なかなかあなどれない。
マリエルが思わず笑ってしまい、何のことかと顔を見合わせるマイナと老人。
「とーさまのおともだちでしたかー」
こくこくと頷くウィル。シローの知り合いということであれば不思議な気配だったとしても納得できる。
男の正体が何となく知れたことで、ウィルの興味は老人の方に向いた。
「まいなー、このおじーさん、だれー?」
好々爺然とした老人がウィルを見下ろし、ウィルが不思議そうに老人を見返す。
「私の名前はマクベス。私も君の御父上と旧知の仲だよ。あいにく、私はテンランカーなどではないがね」
「はー……」
立て続けにシローの友人が現れて、ウィルは感心したようであった。
「れんとにてるまりょくのまくべすさん、おぼえた」
「……その覚え方は良くない」
子供は正直だ。思ったことをそのまま口にする。
ウィルの言葉を無視できず、マクベスが待ったをかける。
自分の言葉の何が良くなかったのか分からず、ウィルは首を傾げた。
「れんとにてるまくべすさん?」
「……もっと良くない」
魔力どころか外見上まで似てることにされてマクベスが冷や汗をかく。ロンが口元に笑みを浮かべ、それを見たマイナもなんとなく察したが特には言及しなかった。
「私の魔力がそのレンという女性と似ていることは私と君とだけの秘密だ」
「ひみつー……?」
「そう、男同士の秘密だ。男同士の秘密というのは決して他人には喋ってはいけない。わかったかね?」
「わかったー」
真剣にそう諭して聞かせるマクベスにウィルはこくこくと頷いた。どうやらマクベスはレンと似ていることを秘密にしたいらしい、と。
「約束を守れないようであれば、私も君たちを守れなくなってしまうからな」
「それはこまりますなー」
マクベスの協力を得るにはマクベスの秘密を守るのが絶対条件のようだ。幼いウィルもそのことをしっかりと理解した。
「それで? なんでこんな事になってるんだ?」
ひとしきりこの場の人間を把握してロンが説明を求める。幼児が空を飛んで皇女を助けるなんて状況はどう考えても異常事態だ。
マイナが帝都で起こった経緯を詳しく説明する。帝都、及び城内への襲撃。ウィルの活躍と先行して追跡に出た自分たち。
話を聞いたロンが嘆息して頭を抱えた。
「そんな大事になっていたのか……」
「そー! うぃる、ねーさまたちをたすけにいかなくっちゃ!」
やる気を漲らせるウィルにロンが再び嘆息する。先程の戦闘を見ていればウィルが勇む理由も分かるような気がするが。
「だめだ。小さい子供が首を突っ込んでどうにかなるもんじゃない」
「なるもーん!」
ロンに反対されてウィルが頬を膨らませる。ロンでなくとも幼いウィルが敵地へ突入するのを反対しただろう。子供に人質救出など難易度の高い作戦をこなせるとも思えない。
「むー! うぃるにはあじゃんただけじゃなくてしゃーくてぃとくろーでぃあもいっしょなんだから!」
今まで姿を見せていなかったシャークティとクローディアも皆の前に姿を現す。どうやら彼女らも人質救出に乗り気らしい。レヴィも一緒になって飛び出して精霊三柱に幻獣一匹となかなかに壮観である。
だがロンは首を縦に振らなかった。
「だめだ」
「なんでー?」
ウィルの自信の元ともいえる精霊たちを目にしたわけだが、ロンにはウィルを危険な場所に向かわせられない理由があった。
「坊主、お前は自分の弱点に気付いているのか?」
「ウィルちゃんの弱点……?」
話を聞いてマリエルがウィルに視線を向ける。ここまでウィルの活躍を目の当たりにしてきたマリエルにはウィルの弱点を見つけることができなかった。
ウィル本人は思い当たることがあるようで頭を掻いている。
「きづかれましたかー」
「気付かないと思ったか?」
おそらく大人ならすぐに気付く事である。現にこの場ではマリエルだけが気付けていなかった。
説明を求めるような視線を向けるマリエルにロンが答える。
「坊主は接近を許せば手も足も出ない」
「あっ……」
考えれば簡単なことであった。いかに魔法を巧みに使えると言ってもウィルはまだ四歳。その運動神経は年相応のものだ。
問題は相手もそのことに気付いて対策してくるだろうということ。もうウィルがただの子供と油断してはくれない。
「実行部隊だけが敵の数じゃない。俺の調べじゃ相当数の賊が集まってきているはずだ」
そのこともあってロンは帝都を目指していたのである。結果的には間に合わなかったのだが。
いかにウィルが優れた魔法使いであっても大勢の騎士に囲まれれば逃げ場はない。精霊の手を借りたとしても人質を守りながら戦うのは不可能に近い。
「でも、ウィルちゃんは空間転移が使えるはず……」
城内で襲われたとき、ウィルは確かに空間転移の魔法を使っていた。空間転移を使えれば自在に距離を取れるのではとマリエルは考えたのだが、これにはウィルが首を振った。
「あのまほー、みかんせーなのー」
未完成。それでも空間転移の魔法を運用に漕ぎつけるのは並大抵の力ではないのだが。
黙って話を聞いていたシャークティがマリエルにも分かるように説明してくれた。
「あの空間転移は私が指定した座標をアジャンタが確保し、そこにウィルの魔力を流し込んで発動しているの。手間がかかっている上、効果範囲も狭くてウィル一人しか飛べないから……」
つまりウィルの使う空間転移の魔法はウィルとシャークティ、アジャンタが協力して無理やり魔法として発動しているのだ。それだけでもすごいことだが、魔法の発動中はシャークティとアジャンタがウィルに付きっ切りとなる。その上ウィル一人しか飛べず、その距離も短いとなれば未完成というのも頷ける。ウィルが素早く動けない以上、戦闘での運用もなかなか厳しいだろう。
「うぃるもれんにおしえてもらったへんなおどりできたえてるんだけどー」
ウィルがレンに教わった動きの型を披露してみせるが四歳児がいきなり機敏に動けるようになるわけではない。
そんなウィルの様子にロンが微かに目を細める。
「どうしよー……ねーさまたち、はやくたすけたいのにー……」
ウィルは単なるわがままを言っているわけではない。ウィルはセレナやニーナ、それにハインリッヒたち新しくできた友達を早く助け出して安心させたいのだ。すべてはウィルの優しさから出た言動であった。
そのことを知れたロンが笑みを浮かべて指摘する。
「そこは踏み出す足が逆だ」
「そうだったー、れんにもよくちゅーいされるー」
何の気なしにウィルが頷いて、それから不思議そうにロンを見上げた。
「ろんさん、なんでしってるのー?」
ウィルの疑問はもっともだ。ウィルはロンに変な踊りを見せたことがない。しかしロンからすればそれは当たり前のことであった。
「その型は体術の基本的な動きで俺がレンに教えた」
ロンはレンの師匠であり、その動きをロンが知らないはずがない。そしてレンは師からの教えをウィルに伝えていたのだ。
「れんはうぃるにいろいろおしえてくれるからー……」
ロンの言葉の意味をゆっくり理解したウィルが驚愕に目を見開く。
「ろんさんはだいししょー!?」
「……その覚え方で問題はないな」
呼び方が正しいかどうかは分からないが。ウィルが師としての敬意を持ってくれるのであれば今はそれでいい。少なくともウィルの暴走は止められる。
「大師匠なんだから言うことは従ってくれよ?」
「……それはそれとしてー」
どうやら簡単に諦めるつもりはないらしい。諦めの悪いウィルにロンは嘆息し、マクベスもさすがに笑ってしまった。
「それで、どうする?」
さすがに埒が明かないのでマクベスが間に割って入った。
子供たちが人質に取られた以上、後手に回るわけにはいかない。こちらの体制が整ったとしても人質を盾にされればたちまち動けなくなってしまう。そうなる前に人質を救出しなければならない。
問題は今も帝都は交戦状態であり、すぐに増援を見込めないこと。行動を起こすとなれば今この場にいる人間で動き出さなければならない。
「メイドさんは坊主たちに付き添ってもらうことを考えると……」
自然と計算できる戦力はロンとマクベスだけになる。人質の護衛まで手を回すのは厳しい。
それにいくら敵が森に潜んでいると分かってもロンたちだけでは人質の正確な居場所までは掴めない。時間的なロスも発生してしまう。
「うぃるならねーさまたちがどこにいるかわかるのにー」
ウィルが頬を膨らませる。確かに、ウィルがいればレヴィとクローディアの力で人質にはすぐに辿り着ける。ただしそれには別の問題があった。
「坊主、皇女様とメイドさんはどうする?」
「え?」
ロンに問われ、ウィルがマイナとマリエルを交互に見る。
「坊主がいれば確かに探索は楽だ。しかし二人だけで帝都へ戻るのは危険だぞ?」
途中で魔獣に襲われる可能性も、刺客と鉢合わせてしまう可能性もある。絶対安全に帝都へ戻れる保証はない。それに街中は未だ戦闘状態である。だがウィルと精霊がいればおおよそのことには対処できるだろう。
ロンはなにもウィルを子供だからと侮っているわけではないのだ。二手に分かれる以上、どちらも最低限の安全を確保しなければならないというだけの話だ。
ロンの言っていることを子供ながらに理解したウィルは困ってしまって肩を落とした。姉たちは助けたい。だからと言ってマイナとマリエルを放っておくなどウィルにできるはずがなかった。
黙ってしまったウィルに納得してくれたかと安堵する大人たち。
その様子を見ていたマリエルは意を決したように進み出た。
「話は分かりました……」
マリエルは幼いながらも聡明な子供である。ロンたちの言葉の意味が分からない訳ではなかった。だがそれ以上に――
「みんなでお兄様たちを助けに行きましょう!」
恩人であるウィルのしょんぼりした顔を見るのが嫌だった。ウィルの力になりたかったのである。そんなマリエルが自分のことでウィルを悩ませるわけにはいかない。
「みんなでいけば、私やトルキス家のメイドさんを守る為にウィルちゃんが帝都に戻る必要はないわ!」
名案と言わんばかりに表情を輝かせるマリエルを見て、しょんぼりしていたウィルもみるみる表情を輝かせ始めた。
「ウィルちゃん、また私を守ってくれる?」
「うん……うん!」
手を取り合う子供たち。その連携に決定的な頭痛を覚えたロンがマイナに視線を向ける。
マイナも色々と考えを巡らせたが、諦めたようにため息を吐いた。この場の最高権力者はマリエルなのである。その言葉であればトルキス家に仕えるマイナがとやかく言える立場にはない。もちろん、勇気と無謀をはき違えているのであればその限りではないが。
ウィルや精霊たち、ロンもいて全く無謀とも言い切れず。それに後詰めがないわけではない。
ツチリスのブラウンが小さく鳴いてウィルの手の上に降り立った。
「ぶらうんもたすけてくれるの?」
どこか誇らし気に胸を張る小さな幻獣にもウィルは励まされる。
「あんたの幻獣か?」
「いえ。契約者はトルキス家に仕える他の従者です」
ブラウンを目印に契約者のエジルが仲間を率いて応援に駆けつけてくれる手筈になっている。それを聞くとロンの気も少しは楽になるのだが。
(なんでこんな事になってるんだか……)
ロンもまさか子守をしながら人質救出をする羽目になるとは思いもよらなかっただろう。
そんなロンの想いとは裏腹に、救出に向かえるウィルはとても嬉しそうだ。あまりに無邪気で状況を理解しているのか不安になってくる。
「そうだ!」
ウィルがなにか思いついたのか掌をかざす。そこに空間の歪みができ、ウィルはその中から精霊のランタンを取り出した。
精霊のランタンの底を取り外し、中から何かを取り出す。
「はい、これー」
そうして取り出したものをロンとマクベスに手渡した。
「これは……?」
手渡されたのは銅貨であった。ウィルが家の手伝いをしてもらったお小遣いである。一般的な貴族と違い、もともと貴族ではなかったトルキス家には手伝いをしてお小遣いをもらうという風習が残っているのだ。
ウィルは多くの魔獣を倒し、その素材分の料金がフィルファリア王国によって支払われているのだが額が額だけに大人たちの管理下にあり、ウィル自体はそのことを気にも留めていない。ウィルは普通の子供たちと同じようにしてお小遣いを得ているのである。
「それはウィル様がお家のお手伝いをして貯めていた銅貨では?」
「いいの!」
マイナの指摘にウィルは笑顔で答えるとロンとマクベスに向き直った。
「そのおかねでまりえるねーさまとまいなとねーさまたちをまもってください!」
まだ幼いウィルが相場を理解するのは難しい。銅貨一枚では駆け出し冒険者を雇うこともできないのだ。
しかしウィルはせっかく貯めたお小遣いを姉たちのために使おうとしている。その気持ちが伝わらないロンとマクベスではなかった。
「しょうがない。雇われてやるか……」
ロンの言葉にマクベスも異論はないようだ。二人はポケットに銅貨をしまい込んだ。
「さて、森までは距離があるぞ? どうやって行く?」
この場に適した乗り物は当然ない。
ロンの問いかけにウィルは嬉々として手を上げるのであった。




