ウィルvs白ローブの刺客
デンゼルに化けた刺客とマリベルを追ってウィルが飛ぶ。
「なぜだ……!?」
待てだ返せだと追ってくるウィルに対する刺客の戸惑いは当然のことであった。
本来、人の身で扱う魔法では空は飛べないと言われている。空を飛べるのは精霊か飛行可能な幻獣と契約した者だけ。その殆どが高名な魔法使いとして名を残している。もしくは飛行能力を有した高価な魔道具を所持しているか、だ。
しかし、彼を追いかけてくるのは小さな子供であった。誰が見ても高名な魔法使いには見えない。本当に小さな子供。当然、空を飛べるような高価な魔道具を所持していることも考えられない。
白いローブの刺客たちは彼らの信仰する神の知識と組織の研究者の技術で魔道具を作り出し、飛行を可能にした。
では、追いかけてくる子供は何なのだということになる。
(まさか、精霊と契約しているのか? そんなバカな……)
ウィルは貴族とはいえ小さな子供である。ウィルを知らぬ者から見ればウィルほどの幼子が精霊との契約者であるなど想像できないことであった。
「あじゃんた、もっとはやくとべないの?」
『だめよ、ウィル。これ以上の速度はウィルの体にかかる負担が大きすぎるわ』
ウィルの催促にアジャンタの声がやんわり窘めてくる。ウィルのことを大切に思うアジャンタがウィルの体を気遣わないはずがない。ノリのいいアジャンタだがそこは譲れないのだ。
『焦らないで、ウィル。今の速度でもアイツには追い付けるわ』
じりじりとだがその差は迫ってきている。ウィルの魔法の射程範囲に入るまでそう時間はかからないはずだ。
「うー!」
ウィルは早く刺客を捕まえてマリベルを取り返したいらしい。ウィルなりにマリベルのことを想ってのことだった。
追うことしばし、焦れるウィルの前で変化があった。
「来るよ!」
ウィルの声に精霊たちも反応していた。魔力の流れが前方を行く刺客に集中していく。ウィルに追われ、このままでは追い付かれると判断した刺客の魔法を放つ初動であった。
反転した刺客がウィルに杖を向ける。
「来たれ火の精霊! 火炎の魔弾、我が敵を撃ち焦がせ焔の砲火!」
意味を成した魔力が膨れ上がり、火属性の魔弾が弾幕と化してウィルに襲い掛かった。子供に向けるにはあまりにも強力な魔法だ。
しかし――
「ちゃーんす!」
刺客の動きが止まったのを見たウィルは球形に防御魔法を展開して弾幕へと飛び込んだ。ウィルの防御魔法と弾幕が接触して爆発する。
成り行きを見守っていた刺客とマリエルが息を飲む。しかしその反応はすぐに対照的なものとなった。
「ウィルちゃん……!」
風の魔法を纏ったウィルが爆発の煙を押しのけて直進してくる。その健在ぶりにマリエルの表情が綻んだ。
一方、刺客からしてみればたまったものではない。
防御魔法があるとはいえ子供が大人の魔法に臆することなく頭から突っ込んできたのである。力量を図り間違えば攻撃魔法が防御魔法を突き抜けることも当然ある。常識的に考えれば身を守ることを優先すべきなのだ。
それなのにウィルは平然と弾幕の真ん中を突き抜けてくる。
『ウィル……攻撃魔法に突っ込んでいくのはどうかと思うわ?』
ウィルの脳裏で樹属性の精霊クローディアが心配そうに窘めてくるがウィルの答えはシンプルであった。
「ちょっとめんどくさかったからー」
面倒という理由で敵の攻撃魔法を無視してしまうのもどうかと思うが。ウィルからすればその程度の魔法だったということなのだろう。
しつこく放たれる魔法の弾幕をウィルが防御魔法を盾に突き進む。もはやどちらが弾丸なのか分からぬ有様であった。
効果を見せない弾幕に見切りをつけて刺客が杖を引く。
その動きに弾幕を抜けたウィルがピクリと反応した。
「このっ……!」
刺客が怒りに任せて魔力を込める。先程の弾幕が面を打つ魔力なら今度の魔力は一点を穿つ強力なものだ。
「来たれ火の精霊! 大火の直槍、我が敵を貫け焔の光刃!」
一直線に伸びた魔法の槍がウィルをめがけて飛来する。先程と同じように突っ込めば如何にウィルの防御魔法が強固であっても弾き飛ばされるのはウィルの方だ。それどころか下手をすれば防御魔法を貫かれる危険もあった。
ウィルが小さな掌を飛来する魔法の槍へと向ける。
「ほいっ」
ウィルを包み込んでいた防御魔法が形を変え、斜めに遮る壁となった。
刺客が放った魔法の槍がウィルの防御魔法の斜面に当たり、軌道を逸らす。
「ばかな……」
あっさりと魔法の槍をいなして見せたウィルに刺客が今度こそ絶句する。
彼はこれまでの人生で多くの者に魔法の技術を称賛されてきた。自分でもその魔法の腕前に自信を持っている。
だからこそ、分かった。ウィルの魔法の才能が。
ウィルがいろいろと理解不能な行動をするため把握しづらかったが、ウィルが今見せた防御魔法を斜に構えるいなしの技術は卓越した魔法使いが用いる技術だ。
(意味不明なだけじゃない……このガキ)
皮肉にも、刺客は自身の魔法を無力化されることでウィルの魔法の実力を理解してしまった。膨大な魔力で無茶苦茶に魔法を使っているわけではない。確かな技術を持って不可能なような魔法を可能にしているのだ。
刺客との距離を詰めたウィルの魔力的な感覚が完全に刺客を捕捉する。
「ここからならとどくー!」
間合いに入ったと理解したウィルが小さな掌を刺客に向けた。
「したがえ、しゃーくてぃ! だいちのかいな、われをたすけよつちくれのふくわん!」
三対六本の土塊の腕がウィルの周りに生成されて一気に射出される。魔法の腕はそれぞれ弧を描き、刺客へと迫っていった。
包囲するように飛来する魔法の腕に刺客が舌打ちして球体の防御魔法を張り巡らせる。
刺客の防御魔法にウィルの魔法の腕がものすごい勢いで衝突した。
「こ、これは……」
刺客の目が驚愕に開かれる。
防御魔法に衝突した土塊の副腕に消える様子はなく、それどころか防御魔法を突破しようと凄まじい力で防御魔法に圧力を加え続けている。
(消えない魔法……まさかこれは生成魔法なのか?)
『土塊の副腕』はウィルのオリジナル魔法だ。当然刺客は全く知らない魔法である。だが、状況から判断することはできる。
防御魔法に衝突しても消えず、それどころか無理やりこじ開けようとしてくる魔法。腕の形状をしていることから、おそらく拘束することも可能だろう。
問題は他にもある。
攻撃魔法というのは範囲が広がれば広がるほど防御魔法を貫通する能力が落ちる。だから広範囲の攻撃魔法に対しては防御魔法も強度よりも範囲を優先し、全方位を守るように展開する。
だがウィルの『土塊の副腕』は全方位から攻撃してきても広範囲を攻撃する魔法ではない。腕の一本一本は一点集中型の魔法なのだ。つまり――
「っ――!」
ビシリッ、という音がして刺客の防御魔法に亀裂が入る。
(あらゆる方向から同時に一点突破を図ってくる消えない拘束魔法! そんなの反則だろ!)
完全に初見殺しである。だがいつまでも心の中で恨み言を言っている場合ではない。防御魔法に入った亀裂は徐々に大きくなってきている。このままでは防御魔法が砕かれ、魔法の腕で拘束されてしまう。
(かくなる上は――)
刺客はすぐさま切り替えて視線を腕に抱えるマリエルの方へ向けた。その首に見えるネックレスのチェーンに手をかける。
「あっ――!?」
ネックレスを引きちぎられた痛みからマリエルが声を上げる。
刺客はマリエルから奪ったネックレスを一目確認するとマリエルから手を離した。同時に刺客の纏うローブに魔力が注がれ、次の瞬間、刺客は忽然と消えてしまった。
土塊の副腕が空を切り、残されたマリエルが空に放り出される。
「きゃあぁぁぁぁ!」
「あじゃんた!」
『任せて!』
落ちていくマリエルをウィルとアジャンタの風魔法が優しく受け止めた。
「あああああ?」
悲鳴を上げ続けたマリエルが落下していないことに気付いて目をぱちくりさせる。宙に漂う不思議な感覚。そうして見上げるとウィルがゆっくりと近付いてきていた。
「もうだいじょーぶだよ、まりえるねーさま」
そう言って微笑むウィルの姿に安堵したマリエルが瞳に涙を浮かべる。泣きそうになるのを必死にこらえたのは年上としての彼女の見栄であった。
「ありがとう、ウィルちゃん」
「えへへ……」
照れ笑いを浮かべたウィルが優しく手を伸ばし、マリエルがその手を取る。
マリエルはまだ刺客に怯えており、警戒して周囲を見渡し始めた。
「あの、悪い人は……?」
「にげられちゃった……」
マリエルの質問にウィルがしゅんと肩を落とす。刺客が使ったのは魔道具での空間転移。マリエルを解放したところを見るとおそらくローブを身に着けた刺客だけを転送する一人用のようだ。
ウィルが落ち込んだと思ったマリエルは慌ててかぶりを振った。
「いいのよ、気にしなくて。ウィルちゃんは私を助けてくれたんだもの」
マリエルにとってウィルは大の恩人になった。この小さな体で城を襲撃するような賊と渡り合い、撃退し、自分を救ってみせたのだ。
「うん……」
ウィルも納得したのかいつもの優しい顔に戻った。ひとまずの脅威は去ったのだ。解放されたマリエルの肩からも力が抜け、年相応の笑顔が戻っていた。
「ウィル」
二人が和んでいるとウィルの体から魔力が溢れ出し、アジャンタが二人の前に姿を現した。
「精霊様……」
マリエルが突然現れたアジャンタに驚くがアジャンタは特に気にしていなかった。緊急時ということもあり、マリエルになら姿を見せてもいいとアジャンタ本人が判断したようだ。
「あじゃんた、どーしたのー?」
「ひとまず下に降りよう。ここに留まっていると魔獣に目を付けられるかもしれないから」
空に浮かんでいるのは相当に目立つ。それが空を舞う魔獣の目からすれば尚更だ。ウィルの力をもってすれば問題ないかもしれないが、それでも目立っていいことはない。
「わかったー」
ウィルが素直に頷いて。
アジャンタの誘導の下、ウィルとマリエルはソーキサスの大地にゆっくりと降りていくのであった。




