ウィルベルを追って
ラッツが子供を抱えて跳躍する。
足元の通りでは魔獣が暴れており、騎士や冒険者たちが交戦を続けている。その上空をラッツは建物を足場に飛び回り、逃げ遅れた人々を安全な場所へ運んでいた。
最後の建物の縁を蹴ってラッツが大きな通りへ着地する。
「ぼうや!」
「お母さん!」
ラッツの腕を滑るように降りて、子供が駆けつけた母親に抱き着いた。
「ほんとうに……ほんとうにありがとうございます」
涙ながらに礼を繰り返す母親にラッツが笑みを浮かべて目を細めた。
「礼はそっちのエジルさんに言ってくれ。俺は言われた通り、子供を迎えに行っただけさ」
ラッツが勧める先には肩に幻獣のブラウンを乗せたエジルが立っている。
エジルがブラウンの幻獣魔法で広範囲を探知し、逃げ遅れた人々を特定。機動力のあるラッツが現場へ急行。
二人の活躍もあり、彼らの担当区域では大した負傷者は出ていなかった。
エジルの肩に乗るブラウンもどこか誇らしそうである。
「ここはまだ危険だ。二人とも、精堂に避難してください」
「はい」
エジルに促され、母親が去り際に再度頭を下げる。
「お兄さん、幻獣さん、ありがとう!」
助け出された子供も二人と一匹を見上げ、礼を述べると母親に手を引かれて避難所へと去っていった。
その後ろ姿を助け出せた安堵感を持って見送るラッツとエジル。だがいつまでも感傷に浸ってはいられない。ここはまだ戦場なのである。今もルーシェたちは魔獣と交戦している。
「要救助者は今の子で最後ですか?」
「ああ。あとは魔獣を掃討すれば……」
ラッツとエジルが後の動きを確認していると何かに気付いたブラウンが一声鳴いた。
その視線の先を追ったラッツが眉根を寄せる。
「マイナ?」
見慣れたサイドテールの少女が駆け寄ってくるのを見たラッツが眉根を寄せる。マイナは城内に控えているはずであり、よっぽどのことがない限りラッツたちの下へ来ることはないはずであった。
「ラッツ! エジルさん!」
風属性の魔法で加速したマイナが二人の前で滑るようにして止まる。
「なにかあったのか、マイナちゃん?」
「大変なの!」
城内を襲撃されたこと。子供たちが誘拐されたこと。ウィルが飛んで行ってしまったこと。捲し立てるマイナの報告を聞いてラッツの表情が険しくなる。
「お前たちが一緒にいて何やってんだよ……」
「しょうがないでしょ、魔道具で貴族に変装されちゃってたんだから! それだってウィル様が見破ってくれてなかったら今頃――!」
「まぁまぁ……」
ラッツの反応に憤るマイナをエジルがなだめる。ここで言い争っていても事態が好転するわけではない。
穏やかなエジルであるが状況の変化は正確に把握していた。
(魔獣の勢いが増したか……?)
未だ目に見えない変化だが幻獣魔法の使い手であるエジルがその気配を捉え逃すことはない。防衛戦もこれからが正念場になるはずだ。ウィルのことも心配だがむやみに人手を割くわけにはいかない。
「ブラウン、マイナちゃんについて行け」
エジルの指示にブラウンがマイナに飛び移る。
ブラウンを受け止めたマイナがエジルを見上げた。
「エジルさんは大丈夫なんですか?」
幻獣との契約者は幻獣と共にあった方が力を発揮しやすい。
気遣うマイナにエジルが頷いて返した。
「問題ないよ。それにブラウンがマイナちゃんと一緒にいてくれた方が気配を辿って後を追えるから」
今は同行できなくともエジルならブラウンの気配を頼りにマイナを追跡できるというわけだ。
「問題があるとすれば――」
エジルの心配事は別にあった。それはマイナ一人にウィルの追跡を任せてしまうことだ。ウィルは既に街の外まで飛んで行ってしまっている。それを追って街を出れば当然安全なはずがない。
ラッツの苛立ちもそれを含めてと思うのは考え過ぎだろうか。
「よろしければ――」
話し合う三人の外から声がかかり、マイナたちが声のした方に視線を向ける。そこには老人が一人立っていた。装いからして品のいい、背筋の通った人物である。
「じいさん、何者だ……?」
そんな人物に対してラッツは少なからず警戒した。いつの間にそこにいたのか、全く気付かなかったからだ。ラッツたちに気取られずに近づくのは簡単なことではない。
しかしその老人はマイナの知る人物であった。
「あなたはシロー様のお知り合いでトルキス家の協力者であるマクベスさん!」
「……分かりやすい説明ありがとうよ」
警戒した自分が馬鹿馬鹿しくなり、ラッツが力なく首筋を掻く。そんな様子にエジルは苦笑してしまった。
「いらしてたんですね、マクベスさん」
「うむ。君たちのところの優秀な執事と門番が旅に同行できないと聞いていたものでね」
歓迎するマイナにマクベスが相好を崩す。どうやらマクベスは陰ながらトルキス家一行を見守っていたらしい。
だが、いつまでものんびりと再会を喜んでいる場合ではない。
「話は聞かせてもらった。よければ私がお嬢さんに同行しよう」
マクベスの提案にマイナたちが顔を見合わせる。
「あの、私、走ってウィル様を追いかけますけど?」
魔獣による混乱の中では騎乗獣を手配することは難しい。故に、マイナは自身の得意とする風属性の魔法を用いてウィルを追走するつもりでいた。マイナの魔法でマクベスの速度を上げることは可能だが、足の速いマイナと併走することは簡単なことではない。
「問題ない。走るのには少々自信があるのでね」
マイナたちの心配を他所に笑って見せるマクベス。
マクベスが大丈夫だというのであれば併走できることを信じるしかない。
「分かりました。しっかりついてきてくださいね」
「心得た」
マイナはマクベスの申し出を了承するとラッツたちに向き直った。
「ごめん、行ってくる。城門前にレンさんがいるからできれば助けてあげて」
「了解。こっちは任せて。体制が整ったら後を追うよ」
エジルが答えてマイナとマクベスを送り出す。
その後ろ姿を見ながらラッツが小さくため息を吐いた。それに気付いてエジルが笑みを浮かべる。
「マイナちゃんのことが心配か?」
「まさか」
エジルの問いかけにラッツが肩を竦めた。
あまり態度には示さないがラッツはマイナの実力を認めている。それにああ見えて頭の回転が速い娘だ。敵の城内強襲によって後手は踏まされたがウィルを追跡するのにマイナ以外に適任がいるとは思えない。
マクベスのことについてもシローの知り合いで協力者というのであればラッツが心配することなどなかった。それにもしマクベスが不審な人物であればラッツよりも先に幻獣であるブラウンが警戒を示したはずだ。エジルがそのことを見落としているとも思えない。
だからラッツの心配はもっと別なことにある。
「マイナよりも坊の方が心配だ」
「確かに。とっとと魔獣を片付けて迎えに行ってあげないとね」
騒がしさを増し始めた戦場に向かう二人の背中は余裕に満ちていて危機に陥る街中でもどこか浮いて見えるのであった。




