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騒乱の序曲

 式典に合わせて帝都内が警戒体制に移行する。

 帝都全域に大軍を配することはできず、式典の広場を守る騎士団以外は小隊単位での巡回が基本となる。そこに警備の依頼を受けた冒険者が加わり、騎士と冒険者のマッチアップで体制を強化した。

 行き交う人々が注意を喚起する騎士と冒険者の組み合わせを物珍しそうに振り返る。

 

「はかどってるか、ガーネット?」

「どうだかね」


 トルキス家の護衛を共にした部隊長に声をかけられたガーネットが小さく肩を竦めてみせた。


「みんな暢気なものだよ」


 街にはまだ何の異変もなく、住人たちの反応も当然と言える。

 注意を呼び掛けるガーネットでさえ本当に襲撃が起きるのか半信半疑なのだ。

 そんな胸中を察してか、部隊長も少し困った笑みを浮かべた。


「しっかり頼むぞ?」

「当然。そういう依頼だからね」


 受けた依頼はしっかりとこなす。冒険者はそうやって信頼を積み重ねていくのである。

 笑みを返すガーネットに部隊長も安心したようだ。それ以上とやかくは言ってこなかった。


「しっかし、本当に襲ってくるのかねぇ……」


 ガーネットの疑問が口を突いて出るくらいにはのどかな風景である。

 シローが襲撃を警戒しているという話を聞いてはいるが、ガーネットにはその予兆を感じ取ることはできない。元よりそんな特別な勘が働いたこともないのだが。


「シロー殿には感じ取れる何かがあるのだろうな……」


 部隊長もガーネットと同じで何かを感じ取れるわけではない。しかし、国を守るという仕事にやりがいを感じている部隊長だから分かることもあった。


「トルキス家の方々はフィルファリアの王都で起こったと言われている魔獣騒動を目の当たりにしている。そんなシロー様たちが襲撃の可能性を感じ取れば過敏にもなるだろう」


 部隊長も報告書で王都レティスの惨状を知る者だ。その内容はとても許せるものではなかった。それが自国でも起ころうとしているのであれば全力で阻止しなければならない。

 きっとシローたちも二度とそんな悲劇が起こらないようにと心を砕いているに違いなかった。


(それがソーキサス帝国にとってどれだけありがたいことか)


 だから皇帝もシローの意見を尊重し、表立って国民の安全を守ろうとしているのだろう。

 当然自分もそうあるべきだと部隊長も思っている。

 今、二人で眺めるこの景色に何かあってからでは遅いのだ。


「あの……」


 遠くを見つめていたガーネットと部隊長の足元で声が響いて二人が視線を下げる。


「おや、お嬢ちゃんは確か……」

「カミュ、だね?」


 二人の足元にいたのは旅の途中で救出した商隊にいた子供、カミュであった。

 慌てて駆けてきたシトリがガーネットたちの前で息をつく。


「急に走り出したかと思えば……危ないじゃないか」


 どうやらカミュはガーネットたちを見つけて走り出してしまったようだ。

 苦言を呈するシトリを気にした風もなく、カミュはガーネットたちを見上げている。

 もの言いたげなカミュに疑問符を浮かべたガーネットが屈んでカミュの顔を覗き込んだ。


「どうしたんだい?」

「あのね、うぃるさまは?」


 ウィルはどこにいるのか。一緒にいないのか。

 そう尋ねたいのだと理解したガーネットと部隊長が目を瞬かせる。そして思わず笑みを浮かべてしまった。

 ガーネットたちは旅に同行していただけで常にトルキス家と行動を共にしているわけではない。そうと理解できていないカミュはガーネットたちを見つけて駆け寄ってきてしまったのだ。


「残念なことに、一緒にはいないよ」

「ウィル様はモテモテだなぁ」


 ガーネットがカミュの頭を撫で、部隊長が快活に笑う。

 一方、カミュはウィルがいないと知ると肩を落としてしまい、シトリも思わず苦笑してしまった。


「ほら、カミュ。ガーネットさんたちの邪魔になるから」

「むぅ……」


 拗ねたように頬を膨らませるカミュの手をシトリが取る。

 微笑ましい兄妹のやり取りにガーネットの肩から力が抜けた時であった。


「きたぞっ!」


 怒号と悲鳴。

 慌てて駆け出す人々の向こう側で何かが砕け、湧き上がる煙の向こう側から牛頭の巨躯を立ち上がらせた狂暴そうな魔獣が天に向かって咆哮を上げた。

 その姿を見た部隊長が忌々しげに呟く。


「ミノタウロスだと……?」


 ミノタウロスの目に逃げ惑う人々の姿が写り、のっそりと体の向きを変える。前傾になったその体が人々を捉えんと走り出した。大質量の突進が瞬く間に人々の背に迫る。


「動きを止めろ!」


 盾を構えた兵士たちが逃げ惑う人々とミノタウロスの間に割って入った。襲い来る衝撃に備えて兵士たちが魔力を漲らせる。しかしその体格差は圧倒的だ。如何に身体を強化しようともミノタウロスの突進を止めるのは到底不可能のように思えた。

 そんな兵士たちの前に躍り出たのは兵士たちよりもさらに小柄な少女の姿であった。


「止めます!」

「カリン!?」


 ガーネットが悲鳴じみた声を上げる。彼女は【荒野の薔薇】に所属する魔法使いの少女であった。少し前まで自分のお荷物っぷりを悲観していた、あの少女である。

 だが、カリンの表情にその影は微塵もなく、決意にみなぎっていた。

 悲嘆に暮れていたのはもう昔の話。彼女はトルキス家に――ウィルに出会うことで自分の居場所を見つけたのである。


(ウィルちゃんに教わったこの魔法で!)


 カリンが突進してくるミノタウロスに向かって足を踏み出し、杖を構える。


「来たれ風の精霊! 破裂の散弾、

 我が敵を跳ねろ青嵐の波紋!」


 カリンの杖先に集まった風属性の魔力が一気に解き放たれた。

 十分に引き付けられたミノタウロスの全身を無数の魔弾が襲い、衝突と同時に炸裂する。面で捕らえられたミノタウロスの巨躯が衝撃によって仰け反り、進む力を完全に失った。


「今だっ! 突き刺せ!」


 脇にいた兵士たちが一気に飛び出し、ミノタウロスに槍を突き立てる。

 体勢を立て直したミノタウロスは嘶くと四肢に力を込め、槍を振り払おうと暴れ始めた。


「くっ! まだ動けるのか!?」


 一人二人と兵士たちが引き剝がされる。しかしここで仕留め損なうわけにはいかない。ミノタウロスに自由を許せば、また突進を繰り返す。そうなれば逃げ遅れている人々にも危害が及ぶ。

 必死に食らいつく兵士たちの頭上に影が舞った。


「寝てな! 火核斬燈!」


 跳躍したガーネットのショートソードが燃え上がり、ミノタウロスの首筋を切り裂く。傷口から燃え広がった炎がミノタウロスの頭部を包み込んだ。

 咆哮を上げたミノタウロスが火を振り払おうとするが魔力の炎は絶えず燃え続け、ついには力尽きて膝から崩れ落ちた。


「やりましたね、リーダー!」


 一難しのぎ切って笑顔で駆け寄ってきたカリンの頭をガーネットが小突く。


「いたっ」

「危ないだろう?」

「えー? だってトルキス家の人たちに教わった通り動けましたよ?」


 自分の成果を褒めてくれないガーネットにカリンが頬を膨らませる。

 カリンの言うことももっともで、その動きは見事なものであったのだが今まで心配する立場だったガーネットからしてみれば過保護になってつい出てしまった反応であった。

 まったくいつの間に成長したのであろうか。

 複雑な心境のガーネットを他所にカリンが駆け寄ってきたカミュたちに胸を張る。


「ウィル様に教わった魔法とトルキス家の指導! 私も少しは成長してるんです!」

「ずるいっ!」

「なんで!?」


 自信に満ちた態度をカミュに非難されてしまいショックを受けるカリン。

 どうやらカミュはカリンがウィルに魔法を教えてもらったことに反応しているようだ。

 カミュの言いたいことをなんとなく理解してガーネットも思わず苦笑してしまう。


「まぁまぁ……」


 シトリが間に立ってカミュを落ち着ける。

 一難は去ったようだがすべてが解決したわけではない。騒ぎが収まることはなく、次々と現れ始めた魔獣に部隊長の指示が飛んでいた。

 そんな部隊長がガーネットに向き直る。


「ガーネット! ここは我々に任せてみんなを近くの精堂に誘導してくれ!」

「了解した! あんたたち、聞いたね!」


 ガーネットが部隊長に短く返事を返し、カリンたちに向き直った。【荒野の薔薇】のメンバーが直ぐに集まって避難を呼びかけ、シトリははぐれないようにとカミュを抱き上げる。よく見ればシトリやカミュの両親も近くに駆け寄ってきている。


「シトリだったね。妹を運びながら走れるかい?」

「まかせてください。商隊の荷物運びで慣れてますから」

「かみゅ、にもつじゃないもん!」


 妹の非難に苦笑いを浮かべながら、シトリがガーネットたちに続いて走り出した。

 駆け抜けた道の脇から更なる怒号が響き、戦闘が広範囲に渡っているのが分かる。


「いそげ!」

「おにーちゃん、いそいでー!」


 ガーネットに促され、カミュがシトリの肩を叩く。

 シトリが一層足に力を込めた。


(なんか最近、カミュが元気になったなぁ……)


 ふと湧いたシトリの感想を肯定するかのようにカミュの腰に揺れるウィルのお守りの精霊石が陽の光を微かに反射するのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございました。シローの言う通りとうとうきましたね!ウィルがどんな活躍をするのか、はたまたピンチになるのか続きが楽しみです!
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