開幕
式典当日――
「ウィル様。本日、私は一緒にいてあげられませんがみんなの言うことをよく聞いてお利口さんにしていてくださいね?」
「えー?」
「えー、ではありません」
ウィルの着替えを手伝いながら今日の予定を告げるレンであったがウィルからは不満げな反応が返ってくる。
「ウィル様には帝国貴族の子供たちやドヴェルグ王国の子供たちと仲良くなるためにお行儀良くして頂かないと……」
「そーではなくー」
丁寧に言い含めるレンにウィルがフルフルと首を振った。ウィルはおとなしくしていることに不満があるわけではないらしい。
「れん、いっしょにいてくれないのー?」
ウィルはレンがそばにいないことが不満なのだ。物怖じすることの少ないウィルではあるが、やはりレンがいる方が心強いらしい。
ウィルの反応の理由が知れてレンの表情が優しさで微かに緩む。だが、今日のレンはウィルの傍についていてやることはできない。
結局、潜んでいると思われる反乱分子に動きはなく、その目的も分からぬまま式典の日となった。そして式は予定通り城外の広場で行われることになった。
皇帝の身の安全を考えれば式を城内で執り行うことも当然考えられたが、そうなれば真っ先に狙われるのは街の人々である。城を固めていれば当然初動は遅れ、被害は増す。それは心優しい現皇帝の望むところではなかった。
現皇帝は民を想う優しさに加え、若く勇敢である。自らが姿を現し、その身を囮に広く兵を配置しようと考えたのだ。国民の命が第一である、と。
結果、式典に参加するシローは皇帝の護衛。街の警護はレンやトルキス家の家臣たちが手助けすることになった。貴族の奥方や子供たちは交友を育むという名目で城内の迎賓館に身を寄せ、城に配した兵に護衛されることになる。
「申し訳ございません、ウィル様。私は街を見て回らなければいけませんので……」
「あそびに?」
「違います」
頬を膨らませるウィルにテンポよくツッコミを入れて、レンがウィルの頭を撫でる。
「街の人々を警護するためです」
正直、どこも危険になるのであればレンはセシリアやウィルたちの傍にいたいのだが、かといって王都レティスの惨劇の二の舞を見過ごすわけにはいかない。ウィルたちの傍にはエリスたちも控えているのでよほどのことがない限りは守る手も足りるはずだ。
そしてなにより子供たちを戦闘から遠ざけたいという大人たちの思惑もあった。反乱分子に動きがあったとしても迅速に対処できればウィルたちに及ぶ危険も少なくなるのだ。
「けーご……?」
言葉の意味を思い出すように反芻したウィルが思い至って凛々しい顔になった。続けて出てくる言葉はトルキス家の者ならば予想できる。
「うぃるもてつだおっかー?」
ウィルは有事の際に自分の力が役立つことを知っている。幼くても力の確証を得られる出来事には何度も遭遇しているのだ。それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。
しかし、それは力だけの問題であり、経験を迅速な判断に結び付けられるかと言えば疑問だ。ウィルはまだ幼子なのだ。いくら精霊たちの力が借りられるといっても警護に駆り出すような真似が正しい筈がない。
だからレンは首を横に振った。
「いいえ、ウィル様。ウィル様にはハインリッヒ様やマリエル様、それに貴族の子供たちと仲良くなってもらわなければ困ります」
ウィルも皆と仲良くなるのを楽しみにしていた。だが、街の人を守る為に出かけるレンのことも理解している。ウィルの中で交友と警護が天秤にかけられているに違いない。
ウィルは優しいからレティスの魔獣騒動と同じことが起きるかもしれないと知れば無理やり街に出ようとするかもしれない。
だからレンはウィルが思い留まるように付け加えた。
「それに、ウィル様まで街に出られては城の守りが手薄になります。ウィル様にはもしもの時のために精霊様たちと城にいる者たちを守ってもらわなければなりません」
そうなる可能性は低いとはいえ、こう言っておけばウィルは城内に留まるだろう。城にいる者たちを守ることも大事な役目なのだ。
「……わかったー」
少し迷った末、ウィルは了承した。強くとも、ウィルのこういう子供らしく聞き分けてくれる部分があることはレンにとっても助かるところだ。
「でも、まちのひとたちもとってもしんぱいー」
レンを見上げてくるウィルは城に残るからといって街の人々を心配してない訳じゃないんだ、と言いたいらしい。
しかしそれは見当違いな罪悪感というものだろう。
ウィルの心を見透かしたレンが目を細めてウィルの髪を撫でつけた。
「分かっておりますよ、ウィル様。だから私が赴くのです。ウィル様が心配しなくても大丈夫なように」
「おまかせします」
納得したように頷くウィル。
ウィルの理解を得られたレンは優しい手つきでウィルの身だしなみを整えていくのであった。
「両国の代表には申し訳なく思っている」
式典の行われる舞台の袖。そう告げるレオンハルトにシローとドワーフのオリヴェノは苦笑してしまった。周りにいるソーキサス帝国の貴族たちはレオンハルトの腰の低さを理解しているのか涼しいものだ。
「陛下、あまり他国の貴族に頭を下げてくださいますな」
「分かってはいるが危険な決断であることに変わりはない」
年配の重臣に苦言を呈されてもレオンハルトの態度は変わらない。レオンハルトとしては囮に巻き込んだシローとオリヴェノの身を案じるのは当然のことだ。
シローよりも現状に慣れているオリヴェノが人の良い笑みを浮かべて間に入った。
「私もシロー殿も陛下の民の思う心は重々理解しております。その手助けになるのなら囮も望むところです。それに護衛してくださるのはソーキサスの騎士たちと救国の英雄と歌われたシロー殿です。これほど心強い護衛もない」
襲撃の危険があるのなら第一に国民を守りたい。そう言い出したのはレオンハルトであり、帝国貴族の中にはレオンハルトの身を案じる意見も多かった。しかしシローもオリヴェノもレオンハルトの意思を尊重したのだ。
オリヴェノに見上げられて笑みを返したシローもレオンハルトに礼を示す。
「必ずここにいる皆様も国民も守ってみせます、陛下」
「ありがとう」
レオンハルトが改めて礼を言う。
何も起きなければそれでいい。だが、起きれば。広く警備に出た騎士団で国民を守り切る。
レオンハルトの瞳には強い意志が宿っていた。
「陛下、もう間もなく広場は群衆で埋まります」
「検閲は抜かりないな?」
「はっ」
警備を担当する騎士団長が姿勢を正す。
式典を一目見ようと集まった国民たちは警備の騎士により手荷物を検査され、不審な人間が紛れ込まないように徹底されている。中には入り切れない人もいて遠巻きに眺めたり、魔道具で中継された映像を各属性の聖堂で見物する人もいた。
(狙いが国家転覆であればこれほど分かりやすい囮はないが、はたして……)
シローが胸中で呟きながら集中力を高めていく。
式典は、もう間もなく。開幕すればそれは合図となって遅かれ早かれ戦闘が始まるとシローは確信している。
「時間です」
連絡係の声を聴いてシローが顔を上げる。
護衛の騎士を先頭にシローたちは壇上へと進み始めた。




