魔力の流れ
「どうかな……?」
「ふむふむー……」
一度障壁を張るところを見せて欲しいとウィルが言うので。
ハインリッヒはウィルの前で障壁を展開して見せた。
いつも通りの弱々しい障壁を見てハインリッヒが落胆してしまう。
目の前の小さな男の子は異国に名が知れ渡るほどの魔法の天才児だ。障壁のような基礎魔法は当然使いこなせるだろう。
自分の方がずっと年上ということもあってハインリッヒは恥ずかしい気持ちでいっぱいであった。
一方、ウィルはというと真剣そのもの。ハインリッヒの魔法の問題点にもすぐに気が付いた。
(まりょくのながしかたがへん……)
(そうね……)
ウィルが胸中で呟くと土の精霊シャークティが同意する。
ハインリッヒは魔力を練るのも魔法のイメージも特に問題はない。しかしイメージに魔力を流す段階になって妙な魔力の流れが発生していた。
(からだのなかをながれてたまりょくがきゅうにかたくなってる……)
(力んでるようにも見えるわね)
今度は風の精霊であるアジャンタが助け舟を出してくれた。
精霊たちもウィルと同じように魔力を見ており、まだまだ語彙力に乏しいウィルの手助けをしてくれている。
(だからこんなながしかたになっちゃうのかー)
(はやくつよく、って思えば思うほど、こんな風になってしまうのかも……)
(ふむふむ……)
樹の精霊クローディアの補足に頷くウィル。
そんなウィルの様子を不安に思ったハインリッヒが視線を一片に向けると、視線に気づいた一片がハインリッヒを見上げた。
「案ずることはない」
見抜かれて緊張してしまうハインリッヒに一片が小さく笑みを浮かべる。
「ウィルに魔法を見てもらうことは宮廷におる一流魔法使いに魔法を見てもらうことよりも有意義なことだ」
「それはどういう……」
普通に考えれば、いかに魔法が達者とはいえ子供のウィルが一流魔法使いを上回るとは到底思えない。幻獣にそう言わせるだけの何かがウィルにはあるということだ。
その何かに関してハインリッヒの考えが及ぶところではなかったが。
「いずれ分かる……」
一片はそれだけ答えると視線をウィルに戻した。一片の口からウィルの秘密が語られることはない。
答えを得られないと理解したハインリッヒも視線をウィルへと戻す。何も言われずとも一片の考えに理解を示せるハインリッヒもなかなかに利発な少年であった。
「うーん……」
黙して考え込んでいたウィルが小さく唸って人差し指を小さく振る。するとウィルの前に障壁が展開された。
「うーん、うーん……」
なおも唸るウィル。リズムを取るように指を振り、まるで見えない壁を叩くようなそぶりを見せるとそれに合わせて一つ二つと新たな障壁が生まれていく。強く弱く、魔力の流し方にも変化をつけながら、ウィルはハインリッヒの問題点の確認を行っていた。
見る見るうちに数を増やしていくウィルの障壁にハインリッヒが息を飲む。それは離れてみていたレオンハルトたちも同様だ。
ウィルの障壁に目を奪われて、誰もが言葉を失っていた。
するとウィルは唐突に手を止め、自身の周りに張り巡らせていた障壁を全て消してしまった。
納得したようにこくこく頷くウィル。
黙って見守っていた一片が口を開いた。
「何かわかったか、ウィル?」
「わかりましたー」
ウィルは笑顔でそう答えると視線をハインリッヒに向けた。
まだ驚きから立ち直れていないハインリッヒにウィルがはっきりと告げる。
「はいんにーさまはまりょくをそとからながしてます」
「外から……?」
「そー!」
ウィルがまたこくこく頷いて、身振り手振りを加えて説明し始めた。
「まりょくはからだのなかをながれてるの。だからなかからそとにひろげるほうがながしやすいの」
要するにイメージした魔法の中心から外へ魔力を流した方が効率的で魔力も込めやすくなる、ということらしい。しかし――
「でも、はいんにーさまはまりょくをこめるときにちからがはいっちゃってまりょくがそとからながれちゃってるの」
ハインリッヒは魔力を流すときに力んでしまっていて、その影響でイメージした魔法の外側から中心に向かって魔力を流してしまっていた。そうなると非効率で魔力を込めにくい。ハインリッヒの魔法が弱くなってしまうのはそれが原因であった。
「はやくしなきゃ、とか、つよくしなきゃ、とかおもったり――」
クローディアに教えてもらったとおり丁寧に伝えようとして、ウィルはふと思いついたことを口にした。
「あと、まりょくぎれをおこしたことがあったりとか……」
「えっ……?」
室内に沈黙が広がる。ソーキサス家の面々が驚いたように顔を見合わせた。
あったのだ。ハインリッヒが魔法を発動する時に力んでしまう理由が。
「あの……よろしいでしょうか?」
ウィルたちに声をかけたのは部屋の脇に控えていた年配の執事であった。
ウィルが笑顔で執事を招き入れる。
「どーぞー」
「実はハインリッヒ皇子は幼い頃に一度魔力切れを体験なされておりまして……」
幼い頃、ハインリッヒは両親の喜ぶ顔見たさに魔法の習練に没頭し、魔力切れを起こして倒れてしまったのだそうだ。当然、皇帝や皇妃は倒れたハインリッヒのことを心配し、それを悔いたハインリッヒはしばらく魔法を遠ざけ、剣術の習練に気を向けることになった。
怪我の功名というか、ハインリッヒには剣術の才覚があり、その実力を伸ばしていくことでまた両親を笑顔にしていったという。年頃になり、魔法の能力が剣術に影響するまでは。
「確かに……そんなこともあったね」
ハインリッヒ自身、魔力切れのことなどウィルの発言を聞くまで完全に忘れていた。まさか、その経験が自分の魔法に影響を及ぼしているとは。
「ウィルはよく気が付いたな」
黙って聞いていた一片がウィルを労うとウィルは照れ笑いを浮かべて頭を掻いた。
「うぃるもそうだったからー」
何度も魔力切れを起こしているウィルも力んでしまうという経験があったようだ。しかしウィルには魔力を目で見るという特殊な能力があった為、自身で修正し、大した問題にならなかった。
魔力切れを起こした人間が必ず不調になるわけではないが、ハインリッヒは魔法を一時遠ざけており、その間に接近戦闘の技術が開花した。急激な成長により魔法技術と戦闘技術のバランスを崩したことが不調の原因に繋がったのかもしれない。
「また、ちゃんと魔法を使えるようになるかな……?」
不調の理由も原因も分かり、ハインリッヒにも微かな希望が芽生えたようだ。
手元に落とした視線の先で笑顔のウィルが見上げていた。
「だいじょーぶ! うぃるがおしえてあげる!」
胸を張ってウィルが答える。魔法に関していえば、ウィルほど頼りになる存在はそうそういないのだ。
「まずはゆっくりでいいからー」
イメージした魔法の中心から外側へ魔力を流して障壁を張ること。
ウィルと一片の監修の下、深呼吸したハインリッヒはゆっくりと障壁を張る練習を始めた。
その日の夜――
夜の見回りをしていた老齢の執事はハインリッヒの部屋の前で足を止めた。
ドアの隙間からは微かに明かりが漏れており、ハインリッヒがまだ起きているのだと分かる。
時間としてはそろそろ就寝の時刻であり、執事は義務からハインリッヒの部屋の扉を叩いた。
中から返事を待ち、執事が部屋の中へ入る。
「ハイン皇子、まだ起きていられたのですか?」
部屋の中央に立ち、目の前に集中していたハインリッヒが顔を上げて照れ笑いを浮かべた。彼の前には魔法の障壁が浮かんでいる。今まで苦心していた弱々しい障壁ではなく、執事の目から見ても分かるほど力強い障壁だ。
障壁は室内で簡単に練習ができる。どうやらこっそり修練に励んでいたらしい。
「ウィル君はすごいね……ウィル君のアドバイスを意識するだけで魔法の強さが全然違うよ」
ハインリッヒも自分の作り出した障壁に満足しているようで目を輝かせている。
(こんな表情をするハイン皇子は何時ぶりくらいだろうか……?)
ここ最近の暗いハインリッヒを知っているだけに老執事の胸のつかえも取れる思いであった。
「ほんとうに不思議なお子様ですな」
「そうだね」
笑みを浮かべる老執事にハインリッヒが頷いて返す。
ハインリッヒの様子を見ればウィルに感謝しているのは容易に分かる。そしてハインリッヒに笑顔を取り戻してくれたウィルに老執事も同じように感謝していた。自分だけではなくレオンハルト皇帝もシャナル皇妃も、きっと。
しかし、それはそれ。老執事は自分の役目からハインリッヒを気遣わねばならなかった。
「ハイン皇子、あまり夢中になられてまた魔力切れを起こされると爺は肝を冷やしますぞ?」
「大丈夫だよ、もう少しだけ」
ハインリッヒが自分の手に視線を落として自身の疲労度を推し量る。
「ウィル君が言ってたんだ。今まで上手くいってなかった魔法もちゃんと僕の魔力量を鍛える効果はあった、って」
試行錯誤を繰り返しながら魔法の鍛錬を続けたことは無駄ではなかったのだ。その言葉だけでもハインリッヒがどれほど嬉しかったことか。有力な幻獣である風の一片も魔法を習得する土台はできていると太鼓判を押してくれた。
「だから、もう少し……」
せがむハインリッヒに老執事は困ったような笑みを浮かべて息を吐いた。今のハインリッヒはまるで幼い子供に戻ったようだ。懸命に魔法の修練を繰り返していた幼い頃と姿が被る。
「わかりました、ハイン皇子。しかし、あまり夜更かしが過ぎると明日に差し支えますぞ?」
「わかってるよ。もう少しだけ修練したら寝るから……爺もおやすみ」
「かしこまりました。おやすみなさい、ハイン皇子」
障壁の修練に戻ってしまったハインリッヒに一礼をし、老執事は部屋を出た。
静かに扉を閉め、しばらく扉の前で立ち止まる。
まるで楽しみを邪魔して追い出されたような気分になって思わず笑みが零れた。同時に明るさを取り戻したハインリッヒの姿を思い返して感極まる。
(……年を取ると涙もろくなっていかんな)
ハインリッヒの心からの笑顔を我が事のように喜んだ老執事は目立たぬ仕草で目元を拭うと夜の見回りを再開するのであった。




