選ばれたのはウィルでした。
翌日――
ソーキサス城へと招かれたウィルたちはシャナルとその子供たちに暖かく迎え入れられた。
「ようこそ、皇室のプライベートルームへ。私は父レオンハルト皇帝と母シャナルの息子、ソーキサス帝国第一皇子ハインリッヒ。そして隣にいるのが妹のマリエルだ。トルキス家の子らよ、よろしくな」
年の頃はセレナより少し上か、体格の良いハインリッヒが丁寧に挨拶すると彼の隣にいたマリエルも優雅なお辞儀を披露した。
「よろしくお願いしますね」
ハインリッヒと比べると物腰柔らかな美少女がウィルたちにはにかんだ笑みを浮かべる。その表情は同性であるセレナもニーナも思わず見惚れてしまいそうになるものだ。
だが、そこはさすがというべきか。セレナはトルキス家の子供たちの代表として完璧な挨拶を返して見せた。
「ご機嫌麗しゅうございます、ハインリッヒ皇子、マリエル皇女。本日はお招きありがとうございます。私は父シロー・ハヤマ・トルキス男爵と母セシリアの娘、セレナと申します。横に並ぶのは妹のニーナ、そして弟のウィルベルでございます。以後お見知りおきのほど、よろしくお願い致します」
その堂々としたセレナの姿はシャナルをも感心させるものだった。
笑みを浮かべたシャナルが視線をセシリアに向ける。
「さすが、セシリアの娘ね」
「ありがとうございます、シャナル従姉様」
セシリアにとってもセレナの姿というのは誇らしいものだ。貴族としてのマナーなど、幼い頃はまるで教えてこなかったというのに。今ではどの貴族の前に出しても恥ずかしくない身のこなしであった。
しかし、さすがにニーナとウィルにはまだ無理がある。特にウィルなどは――
「ニーナです。よろしくお願いします」
「…………」
「ウィル?」
はきはきと挨拶をするニーナの横で沈黙してしまったウィル。後に続かないウィルを不思議に思ったニーナがウィルに視線を向けると、ウィルはじっと一点を見つめたまま固まっていた。
子供たちが不思議に思い、首を傾げる。
ウィルの視線はマリエルの胸元へ注がれているように見える。子供とはいえ、あまり良いマナーとは言えない。
「どうかした?」
視線を向けられたマリエルが少し困った風にウィルに問いかけると、ウィルは時間が動き出したようにマリエルの顔を見上げた。
「まりえるおねーさま、なにかつけてるー?」
自分の胸を押さえて尋ねてくるウィルに最初は分からない顔をしたマリエルだったが気付くものがあって服の中から何かを取り出した。
それはチェーンを通された小さなプレートのようであった。
「これかしら?」
「そー、それー」
示されたネックレス上のものを見たセシリアとセレナが小さく声を溢しそうになる。
服の上からプレートを見分ける芸当など、誰にもできない。だからウィルはおそらく魔力的な何かに反応したのだ。あまり深く追求しない方がいい類のものである。
「よく気付いたわね」
「えへー」
頭を撫でてくるマリエルにウィルが身を任せる。
「これは遺跡から発掘された物なの。あまり価値はないそうだけど、綺麗だから首飾りにしてもらったのよ」
「それね――あっ!」
「きゃっ!?」
首飾りについて説明してくるマリエルにウィルが答えようとした時、ウィルの体から緑光が瞬いて何かが飛び出してきた。
「あー、れびー! かってにとびだして、もー」
いきなり飛び出たレヴィに会話が分断され、セシリアとセレナが胸中で安堵の息をつく。
レヴィはウィルを一度見上げてからマリエルの周りを歩き始めた。
と、同時にセレナとニーナからも光が溢れ出し、次々と幻獣が姿を見せ始める。
レヴィが飛び出したことで他の幻獣たちも姿を見せてもいいと判断したのかもしれない。
「幻獣がこんなにたくさん……」
「かわいい……」
次々と姿を見せる幻獣たちにハインリッヒとマリエルが目を輝かせる。
レヴィはマリエルの周りを歩くのに満足したのか、ウィルの前に座ってウィルの顔を見上げてきた。
その表情はどこか自分の出番だ、と言いたげでもある。
「はい!」
「わぁ、ありがとう!」
ウィルがレヴィを抱き上げてマリエルに渡すとレヴィはマリエルの腕の中にすっぽりと納まった。レヴィもウィルたちの仲を取り持つ役に立っていると理解しているのか、大人しいものである。
幻獣たちを代わる代わる抱きすくめるマリエルを見守っていたハインリッヒが感嘆の息をついた。
「トルキス家の子供たちが優秀な魔法の使い手である事は聞いていたけど、これはすごいね」
普通なら一体の幻獣と契約を交わしているだけでも一目置かれる。それがセレナとニーナに至っては二体である。
幼い幻獣ではあるが、それ自体を見たこともないハインリッヒが感心するのも当然のことであった。
「魔法が少し苦手なハインリッヒには刺激が強すぎたかしら」
「お母様……」
同じように驚いていたシャナルが気を取り直して悪戯っぽく付け加える。その言葉にハインリッヒが思わず苦笑いを浮かべた。
そんな母子のやり取りを不思議そうに見上げたウィルがこくんと首を傾げる。
「はいんにーさまはまほーがにがてー?」
「そうだね。上手くできているかもよく分からないし……」
苦笑しながらウィルの頭を撫でるハインリッヒ。
目に見えない魔力の良し悪しなど大人でも判断が難しく、ハインリッヒが苦手と感じてしまっていても不思議はない。むしろ、そんな人間は多いのだ。
しかし――
「ほうほう……」
ウィルはそんなハインリッヒを見て大仰に頷いた。わざとらしく考えるふりなどをして顎に手を当てている。
トルキス家においてはウィルの次の言葉は容易に想像ができた。
「だったらうぃるがまほーおしえてあげるね!」
自信満々に言い放つウィル。
シャナルもハインリッヒもウィルが魔法の天才であると噂で聞いている。だからウィルの発言がただの戯言ではない事はすぐに理解できた。
しかし、魔法の技術というのは簡単に教え広めるものではない。それはフィルファリア王国もソーキサス帝国も同じだ。
ゆえに、ウィルが魔法を教えていいかどうかは分別のあるトルキス家の大人に委ねられることになる。
自然と、視線はセシリアへと集まった。
困ったように表情を和らげるセシリアだったが、声は別の方から響いた。
「いいんじゃないかな?」
「とーさま!」
全員が声の方に向き直るとそこにはシローと年若い男の姿があった。
「陛下」
シャナルが前に出て男を迎え入れ、セシリアたちがそれに倣うように男に頭を下げる。
シローと共に現れた男こそ現ソーキサス帝国皇帝レオンハルト・シューゼ・ソーキサスその人であった。
「会議、早く終わられたのですね」
「ええ。事前に受けていた報告のすり合わせだけで済みましたから」
労いの言葉をかけるシャナルにレオンハルトが微笑みかける。その表情は素から優し気である為か、あまり威圧感を感じられない。
元々、その人柄と人脈を持って内乱を勝利に導いた立役者なのである。カリスマ性はあるものの、威厳威圧の類とはあまり縁がないのかもしれない。
そんな人良さそうな皇帝を見上げるウィルの頭をシローが優しく撫でる。
「皇子さまに魔法を教えてあげるんだって?」
「そーだよー。そしたらたくさんなかよくなってどーめーできるでしょー?」
ウィルの口から同盟の話が出てきてレオンハルトとシャナルは普通に驚いた。ウィルはウィルなりに考えが合っての申し出だったようだ。
シローもそんなウィルの考えに賛同するように頷く。
「わかった。そうなるように父さんもお願いしてみるよ」
「ほんとー?」
「でも、すぐにとはいかないよ? 今日はお話するためにお呼ばれしたんだから」
「そんなー」
釘を刺すシローにウィルが眉根を寄せる。どうやらウィルはハインリッヒに魔法を教えつつ自分も魔法が使いたいらしい。
「ほんのちょっとー。しょーへきだけでもー」
「どうか、私からもお願いしたい」
徐々に我が儘を言い始めたウィルと同意を求めるハインリッヒにシローが困った表情を浮かべる。
シローもウィルが間違ったことをハインリッヒに教えるとは思わないが、何をどのように教えたのかは大人がしっかりと監修する必要があった。しかし、それではプライベートルームにまで招かれた意味を失ってしまう。シローやセシリアが付き添うわけにはいかなかった。それはレオンハルトもシャナルも同じだ。
一方、ハインリッヒとウィルは障壁の練習に乗り気であった。
「シロー」
困るシローの前に魔刀から姿を見せた一片が声をかける。
「一片?」
「ウィルは儂が見ておく。主らの話に儂は不要だろう?」
更なる幻獣が現れてマリエルなどはさらに目を輝かせていたが。
一片の積極的な助け舟にシローは安堵の表情を浮かべた。一片にならウィルの監督を任せられる。
「たのむよ、一片」
シローの許可を得て一片が一つ頷く。
一片が顔を上げるとレオンハルトが最上位の礼を持って一片に応えた。
「幻獣さま、どうか我が息子のこと、よろしくお願い致します」
「うむ」
一片は短く応えるとウィルとハインリッヒを連れて、部屋の隅に移動していった。
そんな息子たちの背中を見送ってからレオンハルトが小さく笑みを浮かべる。
「申し訳ない、シロー殿」
「いえ、陛下。最初にわがままを言い出したのはうちの子の方ですから」
それが他者から教わる機会の限られている魔法の技術であっても。謝るべきは自分たちの方だとシローは思っていた。
しかし、レオンハルトとシャナルには思うところがあるようだ。
「内々には、このようになることを望んでいたのです」
シャナルがシローに向き直る。その表情は皇妃のものでもあり、また母のものでもあった。
「あの子の剣術の才覚は私たちから見てもなかなかのものです」
その腕が発揮される機会があるかどうかはともかく、ハインリッヒは剣の修行に邁進していた。その姿は生き生きとしており、見守る者たちも微笑ましく思っていた。
しかし、魔法の修行は簡単にはいかなかった。
思うように成果は現れず、次第に剣と魔法の技術の差が乖離していく。
強くなるためには魔力の扱いは切っても切り離せず、そのせいで同い年の貴族に後れを取ることもしばしば。
自然とハインリッヒの表情は曇ることが多くなっていた。
ハインリッヒは壁に突き当たっているのである。
「ソーキサスにも優れた魔法の使い手は現れ始めていますが、それでもフィルファリアには及びません」
シャナルもフィルファリア出身とはいえハインリッヒに指導できるほどの腕前があるわけではない。
そんな時、ウィルの噂を耳にしたのである。
フィルファリアでの魔法の第一人者オルフェスの娘であり、自身も優秀な治癒術師であるセシリア。その息子のウィルベルが幼いながらも市井の民や冒険者を回復魔法で癒して話題になっていると。
折しもソーキサス帝国ではフィルファリア王国との同盟を望む機運が高まっており、先駆けて交友を深めてはと声も上がっていた。
フィルファリア王家に連なるトルキス家をソーキサス帝国に招待することはシャナルたちにとって渡りに船だったのである。
「同盟のことももちろんあります。でもそれと同じようにハインリッヒも何か得られればと」
優秀な魔法使いの一族でもあるトルキス家と触れ合うことでハインリッヒにも学べることがあるかもしれない。
シャナルたちはそんな期待を込めて招待する貴族にトルキス家を指名したのであった。
「なるほど……」
シャナルの説明を聞いたシローは一つ頷いた。
子を想う親の気持ちはシローも理解できる。それは隣にいるセシリアもそうだろう。
シローもセシリアも協力できることがあれば力になりたい。
しかし、二人は自分たちの思いが杞憂に終わるだろうと理解していた。なにせ、ウィルがいるのだ。
魔力の流れを目で見て見識を得るウィルであれば、おそらくハインリッヒの悩みも解決するはずだ。未だ舌足らずなところもあるが、一片も付き添っているので問題ない。
当然その事は話を聞いていたセレナもニーナも知るところであり、
「だったら大丈夫です、シャナル様!」
自信満々に胸を張って見上げてくるニーナにレオンハルトとシャナルは不思議そうな顔をした。
ニーナが微塵も揺らがず笑顔で告げる。
「ウィルは魔法の天才だもの! ハインお兄様もきっと笑顔になるわ」
その表情は弟のウィルを信じ切っていて。
皇帝と皇妃相手に臆さず弟愛を炸裂させるニーナの姿にレオンハルトもシャナルも笑みを深くしてしまうのであった。




