師の行方
「ウィル」
「あい」
「みんなと広場で踊ったんだって?」
「たのしかったー」
「でもな、広場でいきなりダンス大会しちゃうのは、父さん、どうかと思うんだー」
「みんなのりのりだったよー?」
ウィルとドワーフの子供たちの踊りは街の者を巻き込んで歓喜歓迎の舞へと昇華したようだ。ちょっとした騒ぎとなってシローの元へ報告されていた。
「どわーふさんともまちのひとたちともなかよしになれましたー」
ウィルは満面の笑みを浮かべている。よほど楽しい時間だったのだろう。
「それは良かったな」
「よかったー」
満足そうに報告を終えたウィルはセレナとニーナに連れられて部屋を出ていった。子供たちは寝る時間である。
ウィルたちの背中を見送ったシローの背後でレンが小さく咳払いをした。
「ウィル様たちにあまり騒がないよう、申し伝える筈だったのでは?」
「あー……」
向き直るシローが困った笑みを浮かべる。
子供に注意を促すというのはなかなかに難しい。特に今回、ウィルたちは別に悪い事をしたわけではない。不測の事態に見舞われることが多かった旅路の中で大人たちが周囲を警戒している為に付け足された事項であった。
レンもその事は十分に理解しているが、ウィルたちが心配で仕方ないのである。
もっともそれはシローやセシリアを始め、この場に集まったトルキス家の家臣たちの誰もが思うことだ。付き合いの長いレンだからシローにはっきり問えるだけだ。
「まぁまぁ……ウィルには明日にでも伝えておきましょう」
セシリアがやんわりと二人の間に入る。
ドワーフの子供たちや街の人たちと仲良くなれたことでウィルは興奮している。少し落ち着いてから話した方がウィルも理解しやすいだろう。
労せず落ち着きを取り戻した室内にシローの控えめな咳払いが響いた。
メイド以外の家臣たちは外部に宿を用意されており、迎賓館に自由に出入りすることはできない。シローが許可を得てまで家臣たちを集めたのは情報を共有しておきたかったからだ。
シローたちの報告により帝都の警戒感が増したとはいえ、シローたちが備えを疎かにしていい理由にはならない。有事の際はシローたちも迅速に動く必要がある。
「それじゃあ、報告してもらえるかな?」
「「はっ」」
促すシローに短く応えたのはラッツとマイナであった。二人には諜報活動を率先して行ってもらっている。
まずはラッツがゆっくりと語り始めた。
「帝国軍も警戒態勢の中、検閲に尽力しているようですが、いかんせん来訪者が多く目が行き届いているかは疑問を感じます。多くの者がシロー様の親善訪問の話を聞きつけて集まったようですが……」
「不審な者が紛れていても見分けをつけるのは難しい、か……」
「はい」
シローの推測にラッツが同意する。シローたちの親善訪問に沸き立つ来訪者に紛れて不審な者が帝都に潜伏する可能性は大いにある。木を隠すなら森の中、というわけだ。
顎に手を当てて思案していたシローが思いついた質問を口にする。
「帝国貴族の評判はどうです?」
あまり疑いたくない事だが、帝国貴族の誰かが不審者を匿っている可能性もある。レティスで騒動を起こしたカルディ一派のような貴族が帝国にいないとも限らない。
しかし、ラッツは首を横に振った。
「住民たちの覚えは良いようです。アンデルシアの貴族は内乱時、現皇帝に協力した者たちで固められていますので……」
少なくとも住人の不評を買うような貴族は存在しない。
それはマイナが聞いた話と擦り合わせても同様の意見だった。
「帝都内に潜伏していない可能性もあるにはありますが……」
そう告げるラッツも潜伏していない可能性は低いと判断しているのか、言葉に気は乗っていない。それはシローも同意見であった。
今まで見つけた証拠から白いローブの集団が帝国内で何かを企てている可能性は高く、旧帝国軍の残党と接触していると考えると帝国の中枢である帝都で行動を起こさないのは考えづらい。帝都への訪問者が増えている今が警備の厳しい帝都に潜入する好機なのだ。
(それとも、他に目的があるのか……?)
シローが考えを巡らせるが、白いローブの集団についてはまだ分かっていないことが多い。国盗りに手を貸したり、ウィルたちを襲撃したり、離れた土地に現れたりといくつかの活動を確認したが、その目的も未だ不明のままだ。
結局、今のシローたちにできることは何が起こっても対処できるように備えることだけだ。
「マイナさんは【夢心地】から他に情報を得られましたか?」
ラッツが報告を終えて、シローがマイナを促すと彼女は姿勢を正してサイドテールを揺らした。
【夢心地】はシローの協力者であるハッチが営むキョウ国風茶店であり、アンデルシアにも支店を持つ。出資者であるシローの大事な情報源であり、その繋ぎを情報収集能力に長けたマイナに任せることも多かった。
「【夢心地】の店主の話によりますと、地方での賊の活動が活発化しているらしく……」
その殆どが居合わせた警備兵や冒険者のおかげで大事に至らなかったらしいが、中には被害を出してしまった村もあるようだ。
「証言の中には賊が魔獣を使役していた、というものが多く含まれているようでした」
白いローブの集団が用いていた魔獣召喚の筒が広く出回っている可能性がある、ということだろう。
「規模や詳細が分からず人員も確保できない為、多くの場所で討伐ができずに睨み合っている状態のようです」
「いくつかの場所は討伐できたのか……」
これにはシローも驚いた。十分な戦力があって、相手を調べた上で自分たちの被害が最小限になるように考慮し、討伐に踏み切るのが定石なのだ。
魔獣召喚を駆使する賊を退けるだけでなく、反撃して討ち取ってしまうなど簡単なことではない。
「私も気になって調べたのですが……」
同じように不思議に思ったマイナの調査により、その理由はすぐに知れた。
「どうやらテンランカーが一人、動いていたようなのです」
テンランカー。言わずと知れた最強の冒険者。その十席に名を連ねた人物が魔獣召喚を駆使する賊を一人で鎮圧してしまったのだ。それも数か所。
「冒険者ギルドにも問い合わせたので間違いないかと……」
本来であれば、テンランカーの所在など簡単に教えてもらえるものではないが、諜報活動をスムーズに行えるようにシローは自分の印をマイナたちに持たせている。それだけ彼女たちを信頼しているのだ。
「それで、誰が?」
「それが……【百歩千拳】のロン・セイエイ様でした」
「師匠が!?」
シローの質問に答えたマイナの横でレンが驚きを露わにする。
テンランカー第五席【百歩千拳】。なかなか連絡が取れずにいた元【大空の渡り鳥】のメンバーでレンの拳闘士としての師匠でもある。
「ロンはソーキサス帝国にいたのか……?」
もしくはシローからの連絡を受け取り、移動していた最中なのかもしれないが――
「ひょっとして旅先で偶然巻き込まれたのでは?」
「……有り得る」
何かと巻き込まれ体質であった仲間のことを思い出し、レンとシローが納得する。本当の所は本人に聞いてみるしかない。
「できれば連絡を取りたいが……」
そう思案するシローであったが、それはさほど難しい事でもなさそうだ。
「聞いた話によると任務報告の為に帝都へ向かっているとか……おそらくですが帝都滞在中に渡りはつけられるかと」
しっかりと調べていたマイナの報告を聞いてシローが頷く。
「二人とも、報告ありがとう」
シローはラッツとマイナを労うと、また少し思案する素振りを見せた。
(さて、どうしたものかな……)
白いローブの組織がソーキサス帝国内で広く暗躍しているのは間違いなさそうだ。しかし、その目的は不明。いつ、何のために行動を起こすかも分かってはいない。
親善訪問期間中に動きを見せない可能性も十分にある。
シローやレン、それに気付いているか定かではないがロンの存在もあると白いローブの組織が何を企てていようと目的の達成率は大幅に下がるはずだ。逆にシローたちがソーキサスを去った後であれば目的の達成率は上がると言える。
そんな単純なこと、白いローブの組織が理解していないとは考えにくい。
すぐには動かないとしても、これだけ白いローブの組織の動きを捉えて見過ごすのはどうか。
(必要であれば自分だけでもソーキサスに留まって……)
そんな風にシローが考えているとセシリアがシローの顔を覗き込んだ。
「シロー様。ひょっとして何かあった時の為に自分だけ帝都に残ろう、とか考えていませんか?」
「うっ……」
あっさり見抜かれてシローの言葉が詰まる。
シローの反応を見て理解したセシリアの頬がぷくりと膨れた。
「やっぱり」
シローの性格からして自分や子供たちを危険から遠ざけてシローだけ残る、なんて選択肢は妻のセシリアにはお見通しだったようだ。
「私たちの心配をしてくれるのは大変嬉しく思いますが、シロー様が危険を背負い込むというのはまた別の話です」
「はい……」
素直に謝ってしまうシローである。
シローも周りに心配をかけていることは自覚しているのだが。自分の強さも自覚していて危険に身を置いてでも問題を解決しようとする姿勢がなかなか抜けない。
そんな夫婦のやり取りも微笑ましいもので、トルキス家の家臣たちもつい笑みを浮かべてしまう。
「とりあえず、私たちで解決するのではなく、まずは皇帝陛下にしっかりとお伝えし、それから対策を練るのがよろしいかと思います」
「はい……」
セシリアの心配からの苦言も、それに素直に従うシローの姿も周りの目からはかわいいもので。
トルキス家の会議は程よい緊張感と和やかな雰囲気のまま終了する運びとなった。




