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アンデルシアの街にて

 薄暗い石室の中でフードを目深にかぶった男が机に身を預けている。部屋を灯す薄明りでは目元まではっきり見る事はできないが、こけた頬の口元は微かな苛立ちに歪んでいる。

 周りを囲む者たちもその雰囲気を推し量っており、室内の空気はこれからの計画も相まって緊張に満たされていた。

 やがて扉の向こう側から合図があり、男が苛立ちを隠す。

 一拍間を置いて、若い男が室内に入ってくる。

 男の苛立ちの原因はこの本部から遣わされた仲間にあった。


「ようこそ、キース殿」

「どこの貴族も同じだなぁ……こうした地下道を秘密裏に作るところなどは……」


 それは男の配下に元貴族が多いことへの当てつけか、それとも本部の人間が無神経なだけか。

 周りの視線を感じ取った男――キースが軽薄そうな顔を緩めた。


「気にするな、経験談だよ」


 手を振って同類をアピールするキース。キースの態度からは元貴族のような品は感じられないのだが。キースは気にした素振りもなく、フードの男の前に進み出た。


「外はお祭り騒ぎだったよ。よそ者の俺が紛れ込んでても全く疑われもしない」

「……そうか」


 キースの報告にフードの男は感情を殺し、かろうじて短く応える。

 そんなフードの男の様子にキースは肩を竦めて見せた。若いキースの振る舞いがいちいち男たちの癪に障る。

 だが、ここで声を荒げて騒ぎ立てるわけにはいかない。男たちはある計画の為に潜伏中の身であり、目の前のキースは彼らの組織の中でも実力者だ。ここにいる人間が束になっても敵わない程に。

 歓迎の無い静まり返った室内の空気を吹くように息を突いたキースが懐に手を忍ばせる。


「そういや、忘れてた。ドミトリー殿、こいつを渡しておくぜ」

「それは……?」


 キースが懐から出した物は見る者を引き付けるような美しく赤いクリスタルであった。神経を逆撫でするような男の手にあるというのに、思わず手を伸ばしてしまいそうになる。

 キースは笑みで口元を歪めるとフードの男の目の前にクリスタルを置いた。


「我らが神の思し召しさ。それ自体に強大な力が秘められているらしいぜ」


 周りの誰かからも感嘆の声が漏れる。それほど美しいクリスタルだ。

 彼らの信仰する神は聞いたことのない知識を授け、見たこともない力を彼らに示す。彼らが活動に用いる魔道具などはその一端でしかない。

 赤いクリスタルは誰もが初めて見る代物であった。

 この場に持ってきたキースもどのような効果が及ぶものか知らないらしい。


「だから、そのクリスタルはあんたがどうしようもなく追い詰められた時の切り札として使え、ってさ。まぁ、俺としてはド派手にぶちかましてしまうのもアリなんじゃねぇか、って思うけどよ」

「追い詰められた時の切り札、と言うからにはそれなりのリスクがあるのだろう……気軽に使用できるはずがない」


 軽口を叩くキースにフードの男――ドミトリーが目を細め、視線で射貫く。

 だがドミトリーにとっても強大な力というのは得ていて損はない。


「これは有り難く使わせてもらう」

「そうかよ」


 ドミトリーの愛想の悪さにキースがまた肩を竦めて見せる。そして来た時と同じように扉の方へ歩いていった。


「俺はお祭り気分の街中に潜伏させてもらうぜ。こんな地下で引き籠るのはゴメンだし、あんたらが行動を起こせばすぐに駆け付けるからよ」

「好きにしろ」


 計画の大方はキースにも伝わっている。本部からの増援であれば馬鹿なこともしないだろう。何よりお互いそりが合わない者同士、顔を突き合わせている必要もない。


「ちゃんと働くからよ」

「分かったからとっとと行け」


 これ以上、話すこともない。

 キースが退室し、石室は元の静けさを取り戻した。

 足音が遠のいていくのを待って壁に寄りかかっていた男の一人がフードの男の前に立った。


「大丈夫なのか?」


 味方にするには些か軽薄で、初対面の彼らには信用に値しないのだろう。

 大きく息を吐いたドミトリーが組んだ手の上に顎を乗せる。その顔には暗い笑みが張り付いていた。


「問題ありませんよ。如何に強くとも、ああも足りない頭ではね」


 計画に支障はない。そして、その計画が成就すれば自分はとんでもない力を得る事ができる。

 フードの奥で、ドミトリーは湧き上がる笑いを必死に噛み殺していた。




「ウィル君たちがいる迎賓館や僕たちがいる大使館はアンデルシアの南東側のこの辺り。今いる広場はお城から少し西にあって式典とかはここで行われることが多いね。街並みは東に行くとだんだん裕福層になっていく感じかな」

「ほうほう……」


 広げた街の地図を覗き込みながら説明してくれるドワーフの男の子にウィルがこくこくと頷く。

 ドヴェルグ王国の大使館に従事している者には家族連れも多く、ウィルたちに手製の地図を用いて説明してくれた男の子はオリヴェノの息子であるグレイグだ。

 シローとセシリアはそれぞれ仕事がある為、ウィルたちは昼までドヴェルグ王国の子供たちと街中を散策し、友好を深めている。


「とても分かりやすい地図ですね」


 子供が作ったとは思えない出来栄えをセレナが褒めるとグレイグは照れたように頭を掻いた。

 付き添いで来ていたルーシェとミーシャも感心している。


「見事なものですね」

「ほんとうに~。よくできてます~」

「立ち入れない所は書けないですけど、それ以外は……」


 どうやら自分の足で赴いて書いているらしい。彼の地図からはアンデルシアの街の魅力がよく感じ取れた。


「ドヴェルグの人たちにもアンデルシアの街を知ってもらいたくて」


 そんな思いで彼の地図は誕生したらしい。


「僕は色んな街を巡って、その魅力を記してみたいんだ」


 夢を語るグレイグに他の子供たちも関心を示す。

 ドヴェルグ王国は険しい山に囲まれており、閉鎖的なのだそうだ。

 同盟を結んだソーキサス帝国経由でしか他国に渡る方法がなく、そのソーキサス帝国とも十数年前まで戦争状態であった為、国民の他国への関心が薄いのも致し方ない事ではあった。

 グレイグはそんなドヴェルグの人々に色んな街の魅力を届けたいのだ。


「じゃあ、うちにもおいでよ!」


 ウィルもグレイグたちがフィルファリアに来るのは大歓迎だ。

 実際、ソーキサス帝国と同盟を結べればソーキサス帝国が間に立ってフィルファリア王国とドヴェルグ王国の交流が始まるはずだ。


「そうだね。いつか行きたいね」

「ねー」


 興味を示してくれたグレイグにウィルが小躍りしながら喜びを表現する。

 そんなウィルに感化されたグレイグやドワーフの子供たちもウィルに合わせて踊り出した。

 ドワーフは陽気な者が多く、子供たちもウィル同様に嬉しくなってしまったのだ。

 見守る者の笑いを誘いながら、ウィルはドヴェルク王国の子供たちと気が済むまで踊り続けるのであった。


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