おまもり
両手に剣を構えたモニカが息を吸って身を沈める。
眼前には大きな口を開けて迫るリザード。
「ふっ――!」
息を吐くと同時にモニカが踏み込んだ。身を沈めた分だけの反動が足に伝わり、一気に加速する。
目標を見失ったリザードの首をモニカの双剣がすれ違いざまに切り裂いた。
急激な加速を柔らかく殺したモニカが身を起こす。そこに今度は両脇から二頭のリザードが襲い掛かってきた。
モニカが最小の動きで後方にステップする。
またもモニカにすり抜けられて目標を失ったリザード同士が衝突した。仰け反るリザードの首筋をモニカの双剣が素早く捉える。
立て続けに仲間を討ち取られたリザードが怒りに吼えて一斉に飛びかかってきた。
(遅い……!)
心の中でそう呟くモニカに焦りはない。
トルキス家の指導を受けたモニカにはリザードの単調な動きが手に取るように把握できている。
モニカが手にした双剣に魔力を流すと刀身に風属性の光が溢れ出した。
「風刃斬禍・旋!」
その場で一回転するように双剣を振るう。するとモニカを中心とした全方位に風属性の斬撃が閃いて襲い掛かってきたリザードを一頭余すことなく切り裂いた。
周囲に標的がいなくなった事を確認したモニカが双剣を振って鞘に納める。どうやら救援は無事果たせたようだ。
「緩急もかなり身についてきたみたいだな」
背後から声がかかって向き直るとラッツが満足そうな顔をしていた。モニカに体術を指導している彼としてもモニカの動きは及第点のようだ。
「でも武技を使ってしまいましたから必要以上に魔獣を傷つけてしまいました」
魔獣の素材は冒険者の収入源でもある。傷つけばそれだけ安く買い叩かれるし、下手をすれば売れなくなることもある。魔獣はできる限り綺麗に仕留める事がセオリーだ。
そういう意味でモニカはまだまだ納得していないようであった。
「それはしょうがないよ。武技も使わないと、いざという時に役に立たないし」
適切なタイミングだった、とラッツは言う。そもそも救援の時まで素材の品質にこだわる必要はない。
「ジョンの旦那も見てたらきっと褒めてくれるさ」
「そ、そうですか?」
ジョンも評価してくれる、と聞いてモニカの表情が少し和らいだ。モニカは体術をラッツに、剣術をジョンに教わっている。特にモニカはジョンの事を尊敬していて心を許している節がある。両親を早くに亡くし、魔暴症であった妹と苦労してきたモニカだからジョンに父性のようなものを感じているのかもしれない。
そして、その気持ちは同じく幼くして両親を失ったラッツもなんとなく理解できた。
モニカの喜びを察したラッツの表情も自然と緩む。
(一体、何なんだこいつら……)
モニカとラッツの微笑ましいやり取りを遠巻きに見ながらガーネットは難しい顔をしていた。別にモニカとラッツの仲を訝しんでいるわけではない。
単純に強すぎるのだ。
元テンランカーであったシローやレンが強いのは分かる。だが、まだ若手であるモニカやルーシェも経験不足とはいえガーネットから見れば相当な使い手だ。
(特にあのラッツとかいう男……)
ガーネットの視線がラッツの腰にある武器に向けられる。戦闘用に設えられたであろう二刀の鎌。どう見ても実戦向きには見えない武器だが、ラッツはそれを用いていとも容易くリザードを切り捨てていた。
冒険者の中でも鎌を主な武器として扱う者など殆どなく、農民が臨時の武器として使用する程度だ。武器屋でも見かけない。
ガーネットがそんな汎用性のかけらもない武器を操る強者に興味を惹かれても不思議はなかった。
「どうかしましたか~?」
自分の持ち場が片付いたのか、ミーシャがガーネットの背中に声をかける。ガーネットは一度ミーシャに向き直ると、視線をまたラッツに向けた。
「いや……強いんだな、と思ってさ。あんな変わった武器を使ってるのに」
「ああ、ラッツさんですかぁ~」
失礼な物言いに取れなくもないが、ミーシャはすぐに納得してくれた。
「ラッツさんはすごいですよ~。元は~フィルファリア城御庭番の頭目候補だった人ですから~」
「御庭番の頭目候補?」
一般の人々には馴染みが薄いが、その役職がどれほど重要かは推測すれば分かる事だ。王城の護衛任務、その頭目候補。一貴族の家臣を勤めるより待遇はいい筈だ。
「そんな人間がなんだって家臣に?」
「理由は色々あるようですけど~権力には興味ないそうです~」
「……私からしたらもったいない気もするけどね」
王家への仕官などそうそう受けられるものではない。貴族との繋がりが少ないガーネットなどはそう思わずにはいられないのだが。
「まぁ、強いのは理解できたよ」
肩を竦めるガーネットにミーシャが笑みを返す。それから胸の前で手を合わせた。
「魔獣の討伐が終わったら回収作業ですね~。これだけの数ですからみんなにボーナスが出ると思いますよ~」
「そいつは楽しみだ」
討伐した魔獣は冒険者ギルドに持ち込んで解体を依頼することが多い。冒険者ギルドには解体専門の職人がおり、持ち込んだ方が高値で買い取ってくれるからだ。しかし、今回のように運ぶのが困難だと冒険者たちはその場で解体して分配する。
今回は救援という形なのでシローやデンゼルは被害に合った者に多めに分配するかもしれないが、それで足りないという事はないだろう。
少し浮かれたガーネットと笑みを浮かべたミーシャはラッツとモニカを伴って休息所の中央へと戻っていった。
全てのリザードを討伐し終えた休息所に後続の部隊が到着して、兵士たちが忙しなく動き回る。大量のリザードの素材は彼らの懐も温めるのだ。解体にも気持ちが入るというものだ。
そんな中、子供たちは大人の邪魔にならないように一か所に固まっていた。
「しょーたいー?」
聞き覚えのない言葉にウィルは首を傾げた。
ウィルたちが助けた者たちは帝都周辺を巡行している商隊であった。
「そうよ。商隊っていうのは色んな街や村を巡って商売する人たちの事をいうの」
「おー」
セレナの説明を受けてウィルが感心したような声を出す。内容を理解しているかは定かではないが。
商隊とは大きな街で品物を仕入れて地方で売ったり、商人ギルドで依頼を受けて品物を仕入れたりする商人の集まりだ。移動には魔獣や野党に襲われる危険もあり、商人たちは出費を抑えるために隊を組んで冒険者ギルドに護衛を依頼する。
今回は帝都へ帰る途中に襲われたのだそうだ。
セレナとウィルのやり取りを横で聞いていたシトリという少年が苦笑いを浮かべた。
「まぁ、正直に言ってしまえば店を持てていない商人って言い方もできるんだけどね」
「でも、私はバザーとか見るのワクワクして好きだわ! ねー?」
ニーナがシトリをフォローして足元にいるカミュという少女に笑顔を見せる。カミュは初対面のウィルたちに戸惑っているのかシトリのズボンを掴んで離れなかった。
「カミュみたいな小さな子もいるし、本当は店を持てる方がいいんだよ」
商隊の子供たちの中でもシトリは成人して父親の元で商人の見習いとして働いているが、ウィルと同い年であるというカミュは旅をするにはまだ幼く、シトリはカミュの為にも店を持った方がいいと考えているのだ。
「あまり多くないですよね、子供連れの商隊は……」
「ルーシェさん」
リザードの解体で賑わいを見せる一団の方から近付いてきたルーシェがシトリと子供たちの付き添いであるレンへ挨拶をする。ルーシェも知り合いに商隊の人間がおり、少し詳しいようだ。
そんなルーシェを見たレンが目を細めた。
「ルーシェ、解体作業を手伝わなくていいのですか?」
解体作業にはトルキス家からも手伝いを出している。普段携わる事の少ない解体作業を実践できるのは冒険者としてもいい経験だ。
だが、ルーシェはそんなレンに困った笑みを浮かべて頬を掻いた。
「僕、子供の頃から父に仕込まれて冒険者ギルドの解体場でバイトしてたから解体できるんですよ……」
言葉の端々から苦労の滲み出る少年である。
ルーシェは既に自分のノルマを終え、今はラッツがモニカに解体を教えているのだという。
「だから今は休憩中なんです」
「そうでしたか……」
さすがのレンもこれには納得するしかない。
セレナもルーシェの家が貧しかったという事を理解しているので苦笑いを浮かべている。逆にウィルとニーナはすごい事だと目を輝かせ、シトリも感心したようにルーシェを褒め称えた。
「すごいですね。僕は魔獣に関してはからっきしで……」
「よかったら教えましょうか?」
ルーシェも同年代のシトリと話し易いのか、気兼ねなく提案する。
シトリは少し考えてから足元にいるカミュの頭を撫でた。
「では、後で……母たちの手が空くまで子供たちの面倒を見なければいけないので……」
商隊の子供たちの面倒を見るのはシトリの役目らしい。特に妹のカミュはシトリにべったりだ。先程怖い思いもしているし、しょうがないのかもしれないが。
「ウィル様は大丈夫なんですか?」
シトリたちにはウィルたちがフィルファリア王国から訪れた貴族だという事を告げてある。カミュと同じ年端もいかないウィルが長旅をこなしている事を心配しているのかもしれない。旅を繰り返す中、彼なりにいろいろな苦労や経験を重ねた上でのことだろう。
「ウィルは長旅で疲れてない?」
セレナの質問で自分が心配されていると気付いたウィルは首を縦に振った。
「うぃるにはしゃーくてぃとくろーでぃあがいるからー」
精霊たちと契約したことでウィルの長旅への懸念は多少改善されている。しかし、それはシャークティやクローディアがウィルの少ない体力を魔法でサポートしてくれているのであって、ウィルの体が強くなったわけではない。
ウィルはその事を理解しているので同い年のカミュが如何に大変かも子供ながらに理解してしまった。
(しんぱいー……)
シトリの足にしがみついたままウィルの様子を伺うカミュを見て、ウィルも考え込んでしまう。カミュはどう見ても丈夫そうではない、華奢な女の子だ。いつも騒がしい女友達のティファやラテリアの方が強そうである。
「あっ、そーだ!」
何かを思いついたウィルの表情が華やいだ。いそいそと腰のポーチに手を入れ、何かを取り出す。
「かみゅちゃんにこれをあげよー!」
「それは……?」
シトリがウィルの小さな手を覗き込む。そこには小さな組紐があった。端に土属性の小さな精霊石の付いた組紐である。
「うぃるのつくったおまもりだよー」
ウィルが手の中の組紐を簡単に説明すると、セレナとニーナ、レンはそれが何かすぐに理解した。
「メルディアちゃんにもあげたお守りね!」
「そー。なんこかつくってあったのー」
言い当てたニーナにウィルが頷く。その様子を見てセレナは困った笑みを浮かべ、レンは難しい顔をした。
なぜならそれはただのお守りではなく、ウィルが新しく考案した魔道具の試作品であったからだ。
新しくトルキス家に加わる事になったメルディアを見たウィルは心配になった。ウィルの目から見ても赤ん坊のメルディアはとても弱々しく見えたのだ。心配になったウィルは自分にできる事を考え、精霊たちに相談し、新しく魔法を作り始めた。
しかし、ウィルに使えてもメルディアに魔法が使えるわけがない。それでもメルディアの為、何とかしようと考え抜いたウィルは代謝としてメルディアから放出される微弱な魔力に目を付けた。魔道具であれば微弱な魔力を吸収して魔法効果を発動できるのではないか、と。
意図的に込められる魔力ではない為、発動したとしても効果は弱い。しかし新しく作ったメルディアの為の魔法に強い魔力は必要なく、弱くても効果が得られれば用途としては十分であった。
魔法と新しい知識に目がないカルツはウィルの説明を聞いて興味を惹かれると快く協力してくれた。そうしてカルツの書き起こしてくれた魔法文字を手芸が得意なアイカと共に組紐に編み込んだものが今回のお守りであった。
「へー……」
感心したように唸るシトリ。ウィルが一人で組紐を編めるはずがないので誰かに手伝ってもらって作ったのだろうと推測できるが、まさかウィルの作った部分がお守りに使用されている魔法だとはシトリも思い至らないだろう。
「もってるだけでからだをよくしてくれるのー」
「身につけていれば小さなお子様に不足しがちな体力を補い、病気になりにくくする効果があるのだそうです」
ウィルの説明をレンが補足すると、今度はシトリが困り顔になった。
「でも、高価な代物ではないんですか?」
商人として身を立てようとしているシトリが魔道具の価値を知らない訳がない。いくらウィルが作った物だとはいえ聞いたこともない魔道具の上、持っているだけで効果を得られる代物だ。安価な贈り物であるはずがない。
シトリの推測通り、まだ知られていない魔法効果の特注魔道具だ。その知識だけでも一財産になるだろう。
だが、ウィルにとってそんな事はどうでもよかった。
「かみゅちゃんがしんぱいだからいーのー!」
一緒にいられない以上、ウィルがカミュの為にしてやれることは少ない。だが、少なくともこの魔道具を持っていれば、カミュの旅の疲れは大分改善されるはずだ。
「どーぞー」
「お受け取り下さい。ウィルベルは言い出したら聞きませんので……」
レンも諦めて促した。ウィルは誰かの心配をし始めると止まらないし、魔法や魔道具の贈り物で誰かが幸せになってくれる事に喜びを感じているのだ。
結局、シトリは戸惑いながらも贈り物を受け取るようにカミュを促した。
「私がつけてあげるわね」
セレナが屈んでカミュの腰に組紐を結んで身に着けさせる。
「あ……」
揺れる土属性の精霊石が微かに輝いたように見えてカミュが小さく声を漏らす。それからカミュは組紐をそろそろと撫でた。小さな手に心地よい組紐の感触が広がる。
「カミュ、プレゼントを貰ったらなんて言うの?」
「あ、ありがとー」
シトリに促されたカミュが慌てて顔を上げて礼を述べると喜んでもらえたウィルは思わず笑みを浮かべた。
「あっ……」
「どうしたの、カミュ?」
カミュが慌ててシトリの足にしがみ付いて顔を隠す。突然の妹の行動に何事かと覗き込むシトリ。その理由はすぐに思い当たった。
「カミュ、照れてるのか?」
「…………」
カミュの耳がちょっと赤い。
兄の足の陰からウィルたちを覗き込むカミュの姿に事情を察したセレナとニーナが釣られて笑みを浮かべ――
「どーしたのー?」
よく分かっていないウィルだけが不思議そうにレンを見上げ、レンは思わず苦笑してしまうのであった。




