帝都への街道にて
帝都への道を親善使節団が進む。
その脇を進むゴーレムの姿は遠目から見ても異彩を放っていた。先頭を行く部隊がフィルファリア王国とソーキサス帝国の旗を掲げていようとも先に目に触れるのは巨大なゴーレムであり、通りかかった人間が何事かと身構えるのは間違いない。
幸い、今のところ使節団とすれ違う者はなく、誤解を招くような事態にはなっていなかった。
「んー、いい景色ね!」
「ねー」
そんな状況を知ってか知らずか、ゴーレムの頭上にはニーナとウィルののんびりした声が響く。
最初は使節団の周辺を警戒するためと張り切っていた二人であったが何の変化もなく、今は高い位置から一望できる景色を楽しんでいた。
「まぁ……子供の集中力ならこんなモノかな」
ウィルたちの背中を眺めつつ、シローが苦笑する。シローも最初からウィルたちが見張りを完遂できるとは思っていない。
見張りに飽きてしまったものの、ウィルたちは子供にできるだけの集中力で見張りを行ったのだ。長時間見張る為の忍耐やコツなどこれから覚えていけばいいだけの話である。
「セレナも休んでていいよ?」
「いえ、お父様。もう少し……」
シローが見張りを続けているセレナを気遣うと、セレナは首を横に振った。
セレナは真面目で折角の機会だからと見張りに従事したいようだ。まだ幼いのに真面目過ぎて逆に心配になってくる。
「大したもんだね」
「そうかな」
見張りを続けるセレナの背中を見ながら評価したのはゴーレムに同乗したガーネットであった。
「勤勉さとか忍耐とかっていうのは教えてもなかなか習得できないモンだし」
冒険者としての経験が豊富なガーネットは精神的な成熟が如何に難しいか理解している。大人でも難しい事を幼いセレナが示して見せている事は十分評価されるべき事なのだ。もちろん、ガーネットは父親としてのシローの心配も理解している。
「親としては、もう少し子供らしくしていいと思うんだけど……」
「そういうところなんだろうねぇ、シロー様が平民に大人気なのって」
普通の貴族なら我が子にも貴族としての振る舞いを強要する。そうした指導が良くも悪くも純粋な子供に影響を与える事が多く、その姿は平民の常識からは縁遠いものとなる。
ガーネットもシローたちに会うまではトルキス家を普通の一貴族とみなしていた。自分たちと縁遠い存在だと。いくらシローが冒険者上がりとはいえ、ガーネットからしてみればテンランカーなど雲の上の存在に変わりはないし、貴族となったシローを同業視するのは難しい。
だが、実際会ってみると、トルキス家の人間は普通の貴族とは違って偏った考え方をせず、平民に寄り添う暖かさがあった。恐れ多くも親しみやすい。そう感じているのはガーネットだけではないはずだ。
ただ、ガーネットをもってしても理解できない事はあった。
「でも、フィルファリアではこんな小さな子供にまで強力な魔法を教えているのかい? 正直、驚いたよ」
ガーネットの視線の先にはウィルがいる。
ガーネットもウィルが魔法を使っているのを見ていたので使えること自体は知っている。それだけでも驚くべきことなのに、まさか本当にゴーレムを生成できるとは思いもよらなかった。
『安全を考慮して子供に強力な魔法を教えない』という世間一般の常識を破るのに十分な魔法をウィルは行使してしまっているのだ。
当然というべきか、その事を追及してくるガーネット。
シローがその事について説明しようとすると話題に気付いたニーナが元気よく言い放った。
「ウィルは天才なのよ! ウィルは誰にも教えてもらわずに魔法を使えるようになっちゃったんだから!」
まるで我が事のように自慢するニーナの姿にシローとガーネット、セレナも思わず苦笑した。その姿からは如何にニーナがウィルの事を好いているかという事がありありと滲み出ていて、まさに姉バカ爆発といった様子であった。
気を取り直したシローが興奮気味のニーナをポンポンと撫でる。
「ウィルはね……庭で魔法の練習をしていた姉たちを見て魔力のコントロールを覚えてしまったんだ」
シローの説明はウィルの特殊な能力をぼかしている。さすがに魔力の流れを目で見て捉えていることを大っぴらにはできない。
「ゴーレムもね、たまたま見て覚えてしまったんだよ」
シローの説明を聞いてガーネットは小さく唸った。
トルキス家に仕えているモーガンを見れば、その経緯も薄々納得できる。
モーガンはゴーレム使いとしてそれなりに名が通っており、ガーネットもモーガンの事を噂程度に知っている。ウィルがモーガンの魔法を見て覚えてしまったという事だろう。
見ただけで勝手に魔法を覚えてしまう事ができるかどうかは別として、だが。もしそんなことができるのだとしたら、ニーナが弟を天才だと自慢する理由も分かる気はする。
シローもウィルの才能を少し持て余しているように見て取れる。望んでそうなったのではない事はガーネットにも感じ取れた。
「ありがたい事は、そんなウィルが回復魔法に興味を示してくれたこととみんなに魔法を教えたいと思ってくれたことかな」
「それは、まぁ……」
ガーネットが困ったように額を掻く。
なぜならガーネットたちもその恩恵に与ってしまっているからだ。
彼女のパーティーである【荒野の薔薇】には一人、年若い魔法使いがいる。ガーネットが拾ってきた少女であるのだが、その実力は当てにできるものではなかった。
元々フィルファリアよりも魔法の知識が遅れているソーキサスにおいては魔法の知識の独占はより厳しく、魔法使いとして成長できる機会も限られている。
年若い魔法使いも自身がパーティーのお荷物になっている事を自覚しており、その事を思い悩んでいた。
ところが、である。
ソーキサス帝国の護衛部隊や【荒野の薔薇】のメンバー相手にウィルの『みんなで魔法を覚えましょう大作戦』がいつも通り発動してしまった。
この大作戦は、ウィルがみんなに魔法を教えるという口実を元にウィルも大好きな魔法がたくさん使用でき、さらにみんなが喜んでくれるというウィルにとっては得しかないと思っている作戦である。
当然、トルキス家の大人たちから見ればウィルの思惑は透けて見えており、ウィルを好意的にアピールできるという打算もあった。
だが、本来魔法の教授とは大金を積んで頭を下げて初めて受けられるかどうかというものである。無償で奉仕されるべきものではないと考えるのが普通だ。
有利過ぎる提案にソーキサス側は当初困惑していたが、トルキス家から説明されるウィルの純粋な思いに納得し、ウィルを心配しつつもその欲望を叶える事になった。
そんな中にあって、ウィルが悩める魔法少女の相談に乗らない筈がなかったのである。
フィルファリアの魔法知識の源泉とも言えるウィルに加え、優秀なトルキス家の指南。有力な貴族でもこれほどレベルの高い指導を受ける事は難しい。しかも個人だけでなく部隊単位でも生かせる運用マニュアル付きである。
断言してもいい。護衛部隊も【荒野の薔薇】も、その戦力はトルキス家に会う以前よりも格段に増していた。
「感謝しているよ。あの娘のあんな笑顔も久しぶりだったし」
「よかったー」
ガーネットもリーダーとして魔法使いの少女を気にかけていたのだろう。
ウィルもガーネットが喜んでくれているのを知って嬉しそうな笑みを返した。ガーネットがウィルの頭を撫でるとウィルも気持ちよさそうに身を任せてくる。
女性としては大柄で日に焼けた体躯を持つガーネットは子供に怖がられることも多いのだが、不思議とトルキス家の子供たちはガーネットにそんな素振りを見せたりしない。それがどうにも心地よく、ガーネットの表情も微かに緩んでしまっていた。
その時である。
使節団の向かう先、その上空に光の玉が打ち上がった。
光に気付いたウィルがそれをポカンと見上げる。
「はなびー?」
それは何となく精霊魔法研究所で見た花火に似ていた。
首を傾げるウィルの後ろでシローとガーネットの表情が険しくなる。
「違う。あれは救難信号だ」
「きゅーなんしんごー?」
「誰かが助けを求めてるんだ」
短く説明するシローの顔を見上げたウィルの表情が意味を理解したことで引き締まった。隣にいたセレナとニーナの表情も緊張で強張る。
ゴーレムの足元では光の玉を確認した者たちが騒めいていた。よほどのことがない限り救難信号が打ち上げられる事はない。打ち上げた者は手に負えないような魔獣に襲われている可能性が高かった。
「たすけにいかなきゃ!」
「ウィル」
「なーに、とーさま?」
シローが息巻くウィルに向き直って端的に告げる。
「ゴーレムで父さんをあの光の玉に向かって投げてくれ」
「わかったー! ……えっ?」
勢いのまま返事をしたウィルが話の内容に思わずポカンとしてしまう。我が父ながら何という事を言い出すのか。
「父さんならゴーレムが投げた勢いを利用していち早く助けに向かえる」
それはそうなのだろうが。投げるイコール攻撃手段である幼いウィルはすぐに理解が追いつかなかった。
ウィルの理解が追いつかない以上、多少のロスがあっても全力の一片で駆けつけるしかない。
一瞬の間を置いて、シローがウィルへの願いを取り下げようとした時、ウィルの体から土属性の光が溢れ出た。
「わわっ、しゃーくてぃ!?」
身の内に隠れていた精霊が自ら顕現したことにウィルが驚く。当然それを見ていたガーネットも驚きを露わにしていた。
そんな二人を尻目にシャークティがシローを見上げる。
「調整は私が……」
「お願いします」
シャークティは事態の緊急性を理解していた。だからウィルに無断で姿を現したのである。
「ウィル、やりましょう。人間を救わなければ……」
「わかったー!」
信頼しているシャークティが人前に姿を現してまで行動を起こそうとしている。
ウィルはシャークティの意を汲むとシャークティと魔力を合わせてゴーレムを操った。
いきなり投擲体制に入ったゴーレムに足元の隊員たちが騒然となる中、防御壁を張ったシローがゴーレムの手の上に降り立つ。
「セレナ、あとは頼む! 一片、アロー様、いくぞ!」
シローはセレナに後を託すと真っ直ぐ光の玉の方角を見つめた。シローの準備が整ったことを確認したウィルとシャークティがゴーレムへと魔力を込める。
「とーさま、ごー!」
ウィルの合図とともにゴーレムがものすごい勢いでシローを投げ、その勢いを殺さず跳躍したシローはまるで砲弾のように光の玉へ向かって飛び去って行った。




