帝国に蔓延る影
村の冒険者ギルドの一室。そこにはトルキス家の他に村や護衛部隊の代表者が集められていた。
「これは……」
帰還したシローたちが森で回収した遺品を広げるとデンゼルが唸って眉根を寄せた。
横に並んだギルドマスターや護衛部隊の指揮官も同じような表情をしている。
遺品の防具にある統一感は国や有力貴族の保有戦力に見られる傾向であり、遺品の持ち主が普通の冒険者でないことは一目瞭然であった。
デンゼルの視線が遺品の中の紋章で止まる。
「見覚えはありますか?」
シローがデンゼルの視線に気づいて促すとデンゼルは一つ頷いた。
「ええ、これは……先の戦で取り潰された貴族家の紋章です」
「と、すると……これは落ち延びて野盗と化した貴族のモノか……」
ギルドマスターが納得したように顎を摩る。
帝国には先の戦で没落した貴族家がいくつかあり、中には反発の末、盗賊に身をやつしてしまった者たちもいるという。そういった者たちの殆どは旧帝国の威を借り、後ろ暗い事を行っていた者たちだ。
「旧体制の中で甘い蜜を啜っていたとはいえ、こうなってしまっては哀れなものです……」
アンデッドとなって意思なく徘徊する。それがどれだけ救いのない事かデンゼルも理解している。
しかし、シローたちの懸念はそれより他の所にあった。
「デンゼルさん、これに見覚えは?」
「それは……?」
シローが取り出した筒に視線を向けたデンゼルが首を捻る。その他の代表者も見覚えがないのか、同じような反応だ。逆に討伐に参加していなかったトルキス家の大人たちの間には緊張が走る。
周りの反応を観察したシローは一拍置いて静かに告げた。
「これは魔獣を捕らえて召喚する魔道具です。レティスの魔獣騒動にも同じ物が使われました」
筒の正体を聞いた代表者たちが騒めく。シローの説明を聞けば、それがどれほど危険な代物であるか子供でも分かる。レティスを襲った悲劇の元が自国に出回っているのである。
「シロー」
黙って聞いていたレンが前に出た。その表情はメイドのものではなく、元テンランカーとしての顔だ。レンの威圧感が増して、代表者の中には顔を青ざめる者も現れた。
「落ち着け、レン」
なんとなく言わんとしている事を察してシローがレンを落ち着かせる。
なぜ盗賊と思われる元貴族が魔獣召喚の筒を有していたのか。
「おそらくだけど……俺たちが狙われたわけじゃない。白ローブの集団がその気なら直接襲撃してくるはずだ」
白ローブの集団。どのような目的のもとに行動しているのか知る由もないが、セシリアたちは精霊魔法研究所で一度襲撃を受けている。今更、魔獣の筒を提供してまで盗賊をけしかけてくるだろうか。
「盗賊が生きていたとして、親善訪問中の俺たちを襲ったところで何のメリットもない」
元貴族に実権があるはずもなく、友好関係を結ぼうとしている両国に対して憂さ晴らしか嫌がらせをしているようにしかならない。それどころか、帝国軍に捕まれば重い刑が科されるのは目に見えている。そんな危険を冒してまでシローたちを襲うとは考えにくい。
落ち着きを取り戻したレンの威圧感が収まった。
「それは、理解しているつもりです……」
いつもは冷静なレンが感情的になっているのはトルキス家に害が及ぶ可能性を考慮してのことである。白ローブの集団の目的が分からない以上、襲撃の可能性が全くないとは言い切れない。
そんなレンの態度が愛情の表れであるという事を理解しているシローが悟られないように苦笑してから話を元に戻す。
「とにかく。どういった経緯かは分からないが、盗賊たちは筒を手に入れ、魔獣を捕らえようと森へ入り……そして、失敗した」
結果としてトレントが不死化し、その悪影響が村を襲った。そう考えると盗賊たちの狙いは森の番人であるトレントだったのかもしれない。
だが、そう考えるとまた違う問題が出てくる。白ローブの集団が一つの盗賊団だけに魔獣召喚の筒を提供するだろうか、ということ。
「帝国内で白ローブの集団が暗躍しているとなると……碌な事にはならないな」
カルツも白ローブの集団はそれなりの規模だろうと推測していた。おそらく今回のような不死化したトレント程度の騒ぎでは収まらないはずだ。いつなんどき暴挙に出るのか、予測がつかないのも怖いところだ。
「どうなさるおつもりですか?」
それまで静かに話を聞いていたセシリアがシローを促すとシローは顎に手を当てて考えを巡らせた。
「考え得る手立ては今日中に纏めるとして……とりあえず、護衛の騎士団から先行部隊を出して村での成り行きを皇帝陛下に報告してもらおうかな」
「それは構いませんが……」
シローの提案に今度は護衛部隊の隊長が声を上げた。
「護衛が手薄になりますが、よろしいですか?」
護衛部隊も非常時に対応できるように人員を組んでいる。しかしそれでも護衛が手薄になる事に違いはなかった。当然、護衛部隊の負担は増えるし、貴族の中には護衛が手薄になる事に抵抗を覚える者もいる。ましてやシローたちは他国の来賓。何かあればソーキサス帝国の面子に関わる。
「今回の場合は仕方ないでしょう。帝国に危機が迫っている可能性もありますので」
シローはあっさり承諾した。何かあれば自分が最大戦力なのだから当然と言えば当然だが。
「それに……」
シローの視線が離れた所にいる我が子たちの方へ向けられる。ウィルと目が合って、ウィルは不思議そうに首を傾げた。大人たちの話し合いをウィルはまだ理解できていないのだろう。
「護衛部隊にだけ負担を強いる気はありませんので」
「はぁ……」
シローの言葉の意味が分からず、護衛部隊の隊長はデンゼルと顔を見合わせるのであった。
翌日――
「いつでもお立ち寄りください。何もない村ですが……」
「ええ。今度来た時はゆっくりさせてもらいます」
皇帝への報告を優先したシローは先行部隊を送り出した後、立てられるだけの対策をして村を出立することになった。
シローたちへの感謝から多くの村人がその出立を見送りに集まり、代表である村長と精堂の司祭がシローと握手を交わす。
「シロー様、モーガンの事をよろしくお願い致します」
「はい」
モーガンの育ての親である精堂の司祭が深々と頭を下げるとシローは快く頷いた。モーガンは村で一番の出世頭であり、幼い頃から彼を知る者は成功と幸福を心から願っている。
照れくさそうに頬を掻くモーガンの背中をシローは軽く叩いて励ました。
「さて……」
挨拶を終えたシローがウィルたちに視線を向ける。
ウィルたちはシローたちと同じように村の子供たちと別れを惜しんでいた。
出発の時が近づいて、子供たちがシローたちの下へ戻ってくる。
「出発だ。ウィル、たのんだぞ」
「まかされましたー」
元気よく返事をしたウィルが馬車とは違う方へ駆けていき、セレナとニーナもその後について歩く。それを村人たちは不思議そうに見守っていた。
「あまりお勧めできませんが……」
同じようにウィルたちを見送ったレンのぼやきを聞いてセシリアが苦笑する。
昨日のうちに取り決めた事とはいえ、レンはどうにも子供たちが心配でならないようだ。
「いい機会だから、ウィルたちに色々教えたいそうよ」
「確かに、こんな機会でもないと指導できないでしょうが……」
むしろ、こんな機会でもないと指導できないような力を身に着けてしまったのがウィルなのだ。レンとしても諦めるしかない。
「がーねっとさんは、こっちねー」
「何を見せてくれるんだい?」
女冒険者であるガーネットがウィルに誘われるまま子供たちの後についていく。
ウィルたちは待機している馬車の車列の向こう側へと歩を進めた。
「あまり道から外れるんじゃないよ? 魔獣が寄って来ないとも限らないし」
「だいじょーぶー」
ガーネットの忠告に応えるウィルの声が弾む。その楽し気な様子にガーネットも彼女の冒険者パーティーである【荒野の薔薇】のメンバーも笑みを浮かべた。
長い冒険の旅路、貴族とはいえ子供にとって大変な道行きの中で元気を失わないウィルたちの姿は彼女たちにとっても癒しとなっている。
「このへんでいーい?」
「ええ、大丈夫よ。ウィル」
セレナに確認したウィルは平原に向き直って魔力を練り、心の中で語り掛けた。
(みんな、おねがいー)
(((了解)))
ウィルの声に精霊のアジャンタたちが応える。
魔法の始動を省いたウィルが杖を平原へと向けた。
溢れ出した魔力の発光に見守っていた人々が息を飲む。
「つちくれのしゅごしゃ、わがめいにしたがえつちのきょへー!」
魔力が意味を成し、大地へと吸い込まれる。次いで地面が隆起し、巨大な人型がウィルの前にかしづくように姿を現した。
「上級ゴーレム……」
ゴーレムを見上げたガーネットが圧倒されたように呟いた。
ただでさえゴーレム生成の魔法の使い手は少ない。伝え聞いているだけで上級ゴーレムを見た事の無い者も多い。そんな上級ゴーレムを年端もいかないウィルが生成してしまったことに大半の大人は言葉を失っていた。
「ね、いったでしょー?」
向き直ったウィルが言葉を失って佇むガーネットに胸を張る。
ウィルは旅の始めに交わしたガーネットとの約束を果たせてご満悦の様子だ。ゴーレムを見せてあげる、という約束。
当然というか、ウィルと初対面であったガーネットはウィルの話に合わせていただけだったのだが。
「ゴーレム生成の魔法は魔力コストが高いと聞いていたんだけどね……」
何とかそれだけを口にするガーネットにウィルはきっぱりと答えた。
「うぃるのまりょくりょーはおとななの!」
実際、ウィルの魔力量は大人顔負けである。精霊や幻獣と契約している為でもあるが、魔法が大好きなウィルは毎日毎日魔法を使って何か楽しい事はできないかを模索しており、日に日に魔力の総量が上昇しているのである。
「準備できたか、ウィル」
「じゅんびばんたんです!」
歩み寄ってきたシローにウィルが自慢げなポーズを取るとシローはポンポンとウィルの頭を叩いた。
「ウィル、お父さんとの約束を覚えているかい?」
「はい! わがまましない!」
「よろしい」
元気よく返事をするウィル。
シローはウィルのゴーレムに相乗りして周囲の警戒をするとともに、子供たちに旅での役立つ知識などを説明する気でいるのだ。今すぐに実践する機会があるとも思わないが、実際に見て聞いて、知っておいて損はない。
満足そうにウィルを見返したシローが部隊へ向き直って号令を下す。
「よし、出発だ!」
ソーキサス帝国、帝都へ。
シローは子供たちと共にゴーレムの上部に乗り込んで、帝都への道を進み始めた。




